男女比が偏った歪な社会で生き抜く 〜僕は女の子に振り回される

わんた

9話

 鈴木さんの事件から4日経過した金曜日の5時半。スマートフォンから、けたたましいサイレン音が響き渡り、いつも通りの時間に目を覚ます。

「hey tama。今日のニュースを教えて」

「新着ニュースは3件です。1件目、自動翻訳機デバイスの補助金制度。2件目、アフリカ大陸の開拓計画。3件目、大臣の男は子供作る機械発言」

 制服に着替えながら、スマートフォンの音声認識機能「tama」が読み上げるニュースを確認する。

「hey tama。自動翻訳機について詳細を教えて。あと、窓のセンサーをOFFにして、リビングの電気をつけて」

「窓のセンサーをOFF、リビングの電気をつけました。日本政府は2029年5月11日に自動翻訳機機能を搭載したウェアブルデバイスに補助金を出すことを発表。経済産業省は、自動翻訳機能を活用して、海外企業との競争力の向上を期待しているとコメント」

 ついに、翻訳機能も実用レベルになったようだ。英語の授業は、そろそろ無くなっても良いかもしれない。日課のニュースチェックが終わると、朝食を用意するために1階に降りてエプロンをつけてからの豆を挽き、急いで二人分のコーヒーを作る。

「おはようございます」

「おはよう。もうすぐ来ると思ってコーヒーを作ってました。一緒に飲みませんか?」

 朝一番にリビングに来るのは楓さんだ。朝型らしく、僕とほとんど同じ時間にリビングに来るので、最近はコーヒーを二人分作って一緒に飲むようにしている。L字型のソファーで、タブレットを操作している楓さんの隣に座りコーヒーを渡す。

「今は、何を読んでいるの?」

「コーヒーありがとうございます。今はミステリー小説を読んでいるんですが、これが面白くて最近は少し寝不足なんです」

 眠気を飛ばすために僕が入れたコーヒーを「フーフー」と、息を吹きかけてから飲み始める。熱いのが苦手なのかホットコーヒーを渡すと必ず息を吹きかけるので、これを見るのが密かな楽しみだ。普段は頼りになる楓さんの、可愛らし一面が観察できて非常に満足だ。

 一緒に生活すると、人の意外な一面を知ることができて楽しい。彼女の趣味が読書というのもその一つで、本が好きな僕と話が合い、朝のこの時間は本について話すのが日課になりつつある。

「僕もミステリー小説は好きです。今度、貸してもらえますか?」

「もうすぐ読み終わるので、明日以降でしたらいつでも貸せますよ」

 楓さんは、仕事柄いつも険しい顔をしているけど、趣味の話をしている時は優しい表情になり、笑顔も多くなる。このギャップはズルい……。顔が赤くなるりそうだったので慌ててスマートフォンを取り出し、僕も小説の続きを読むことにした。


 時刻は6時半。そろそろ朝食を作る時間だ。

 海外生活が長かったので、我が家の朝食はパンだ。手抜きの時はシリアルにするけど、今日は気力・体力が満ち溢れているので、サンドウィッチを作ろう。

「そろそろ、朝食を作るね」

 楓さんに一言声かけてから立ち上がり、オープンキッチンに向かう。
 IHコンロで水を温めながら、冷蔵庫から卵・トマト・マヨネーズを取り出す。卵を常温にしてから、沸騰したお湯に入れて10分ほど放置。その間にボールに切ったトマトとマヨネーズを入れ、ゆで卵が完成したら皮をむいて入れる。後は、かき混ぜて塩と胡椒を入れ、マーガリンを薄く塗った食パンで挟み、耳を切り落とせば卵サンド(トマト)入りの完成!

「おっはよー! ねーねーユキト君。私も手伝おうか?」

「朝から元気だね。もう終わるから先に座ってて」

 サンドウィッチを5人分のお皿に入れると、鈴木さんが朝から元気な声で挨拶してくれた。4日も過ぎれば鈴木さん本来の明るくノリの軽い性格に戻っている。そろそろ母さんと絵美さんが起きてくるはずなので、テーブルにサンドウィッチとカフェオレの紙パックを並べて準備を整えておく。

「ユキト君がご飯作ってくれて嬉しいなぁ。実家に住んでいた頃は、私が作っていたから大変だったよ」

「嬉しいのはわかったけど、その格好はだらしないよ」

「いやいや。朝ご飯を食べる英気を養っているのだよ!」

 意味のわからない誤魔化されかたをしたけど、アゴをテーブルにのせてリラックスしている鈴木さんを見て、少し癒されたから良しとするか。たわいもない話を続けていると、母さんと絵美さんもリビングにきたので一緒に朝食を取り、7時過ぎに家を出た。

◆◆◆

 ボディーガードの人数が増えたので、昨日から電車で通学している。京葉線で東京駅まで行き、そこから長い通路を歩いて、駅を出て徒歩10分の距離にある高校まで通っている。

 電車の中に入ると香水やリンスの甘い匂いがする。あまり強すぎる匂いは苦手だけど、このぐらいの甘さなだと心地よい。車両の端っこに移動して僕を中心に、後ろに鈴木さん左前に絵美さん、右前に楓さんといったフォーメーションで車内を過ごしている。

「楓さん。そんなに睨まなくても、僕は大丈夫だよ」

「ですが、油断は禁物です」

「そうだね。でも、常に緊張していたら体が持たないから、適度に気を抜きなさい」

「絵美さんの言う通りだよ。僕は大丈夫だから、もう少し肩の力を抜こうよ」

「……わかりました」

 電車通学が始まってからずっと肩に力が入っていたようなので、気を抜いて良い場では抜いてもらわないと、いつか過労で倒れるんじゃないかと心配してしまう。

 また、もう一つ問題があり、後ろにいるため鈴木さんとは車内で一言も話せいない。

 絵美さんにそれとなく伝えたところ「下っ端だから」という理由で変えるつもりはないようだ。絵美さんが言うことも理解できるので一旦は引き下がったけど、どうにかしてみんなで会話できる方法がないだろうか? できれば、ボディーガードにも序列みたいなものは作りたくないと思う。

 電車を降りて高校まで歩く道のりも鈴木さんとは話すことができなかったが、学校に入り絵美さんと楓さんと別れて二人っきりになると、鈴木さんと横並びになり、自然と会話が生まれた。

「今日は国語があるから憂鬱だなぁ」

「あれ? ユキト君は国語が苦手なの?」

「アメリカとイギリスでの生活が長かったからね。日本語は難しいよ」

「そっかー、それなら仕方がないね! だとすると英語は得意だよね? 私、苦手なんだよねー! 私が手取り足取り国語を教えてあげるから、英語を教えてくれないかな?」

 よく言葉が続くなと感心するほど、話せなかった分を取り戻すように喋る。絵美さんや楓さんに気を使っていただけで、鈴木さんも会話に加わりたかったんだろう。

「ねぇ。ねぇ。どうかな? ものすごく良いアイデアだと思うんだけど!」

「英語〜」辺りから触れ合うぐらいの近さまで移動し、僕のことを上から覗き込むような形で話しかけてきた。近い、近すぎる! いつの間にか前に歩くのをやめて一歩、二歩と後ずさりした僕は悪くないはずだ。

「手取り足取りは置いておいて、テストが近づいたら勉強会をしない? 今まで勉強会をしたことがないから憧れているんだよね!」

「勉強会! それはいいアイデアだね。約束だよ! 絶対だよ!」

 この体勢から逃げ出すために勉強会の話をしたけど、飛び跳ねるんじゃないかというぐらい喜んでくれた。このままだと鈴木さんと二人っきりで勉強会をすることになる。どうしよう? 頑張れ、未来の僕。……最近、頻繁に未来の自分に期待しているけど仕方がないよね。

「そろそろ教室だけど、私が先に入って道を作るから後をついてきてね」

「うん。いつも通りだね」

 ドアをスライドさせて鈴木さんがクラスに入り続いて僕も入ると、予想通り数人の女性が僕の席を囲んでいた。ハーレムに所属していないフリーの女性が、会話のきっかけを掴もうとして、僕の席を囲う日々が続いている。今日も、懲りずに席の近くで待っていたようだ。

「あなたたち。私の(・・)ユキト君に何か用かな?」

「私たちは、あなたには用がないの。どいてくれないかな?」

 僕の席の周りにいた女性の一人が、みんなを代表して抗議したようだ。

「どけるわけないでしょ。それとも……無理やり近づく気?」

 目を鋭くし、鈴木さんは「監視されている場所で、そんなバカなことしないでしょ?」と、親切に警告する。さすがに、この警告を無視する女性はいないだろう。彼女たちは「チッ」と舌打ちをして、自分たちの席に戻っていた。

 クラスに入ると、余計な虫がつかないように鈴木さんが警戒してくれる。

 たまに情けなく感じるが、穏便に済ますには鈴木さんに任せるのが一番良い。本当にバカらしい話だが、男同士の縄張り争いも意識しなければならない。

 仮に、クラスのフリーの女の子に話しかけて仲良くなったとしたら、「江藤君が捨てた女を囲っている情けない男」といったレッテルが貼られ、学校ないの立場がいちじるしく下がってしまい、高校生活が過ごしにくくなってしまう。もちろん、鈴木さんへの風当たりも強くなってしまうだろう。だからこそ、鈴木さんが前に出て僕から女性を排除しなければなならない。

「いつも、ありがとう」

 せめて、この行為が当たり前だと思わないようにお礼を言うと、幸せそうな笑顔をしてうなずいてくれた。

◆◆◆

 僕のボディガードになったので、鈴木さんの席は僕の後ろのなった。右側は壁で誰もいないけど、左側には一人お女性がいる。飯島さおりさんだ。一本に束ねた三つ編みと楕円形の眼鏡、そして男の視線を釘付けにする大きな胸が特徴的で、いつも勉強をしている勤勉な女性といった印象を持っている。

 鈴木さんと同じく江藤さんのハーレムに誘われたが、なぜか断りフリーの女性の中で唯一、仲良くなっても問題がないクラスメイト。普通に会話できる貴重な女性だ。

「今日も賑やかだったね」

 本日の授業はすべて終わりホームルームを待つだけの時間。その暇な待ち時間をつぶすためか、飯島さんは僕に話しかけてきた。

「あはは。うるさかった?」

「ううん。違う。ちょっと羨ましかっただけ」

「羨ましいの?」

「うん。私は勉強ばかりだから友達も少ないいし」

「それならさー! さおりも私たちのところに来れば?」

 後ろにいる鈴木さんが割り込んできた。単純に暇だから会話に乗ってきたのだと思う。

「それは難しいかな……」

 いきなりハーレムの勧誘されても戸惑うだけだろう。OKが出ても断るしかないけど……。

「あはは、そうだよね! じゃぁさ、席も近いしメッセンジャーのIDを交換しようよ! もう、友達なんだからさ!」

「……いきなり話が変わったね? 良いの?」

「当たり前じゃん!」

「ありがとう。家族以外の人と交換するのが初めてだから、驚いちゃって」

 積極性の塊である鈴木さんと、引っ込み思案な飯島さんは意外に相性が良いのかもしれない。

「そんなことで驚かなくても良いのに! スマホを出してアプリを起動してね」

「うん」

 最初に会話していた僕を置いてきぼりにして、二人がスマートフォンにあるセンサーの部分を重ね合わせてIDを交換している。飯島さんの顔は嬉しそうなので、本当に友達がいなかったのだろう……。一瞬、視線がこっちの方を向いた気がしたが、すぐに鈴木さんの方に戻ったので問題ないだろう。

 ホームルームが終わると「図書館に行くから」と飯島さんは先にクラスから出てしまった。

「友達になれたのに、一緒に帰れなかったね」

「さおりが、こっち側にこないと難しいかなぁ。さすがにフリーのまま、一緒に帰るわけにはいかないよ」

「男性が絡むと友達付き合いも難しいんだね」

「そうだよ。でもね。これは贅沢な悩みだし、説得するにしても時間がかかりそうだしね。今、気にしても仕方がないかな? ここで時間潰すのも勿体無いし、そろそろ帰ろっか」

 鈴木さんの提案を断る必要も無いので、そのまま席を立ち上がり帰ることにした。今日は帰りに、舞浜駅の近くにあるスーパーで食材を買うことにしている。ネットスーパーは便利なんだけどなんだか味気ないんだよね。今日は晩御飯の食材と、偶然目に入ったコーヒーゼリーを4人分買って家に着いた。

「ただいまー」

 母さんは仕事で不在なので返事は無いが、習慣で言ってしまう。返事がないことを気にしないまま奥に進み、食材を冷蔵庫に入れてからテレビの前にあるローテーブルに全員分のスプーンとコーヒーゼリーを置いて、準備を進める。

「みんな。お菓子を食べよう」

 僕と絵美さん、楓さんと鈴木さんがローテーブルを挟むようにして座ってから食べ始める。予想通り、このコーヒーゼリーは甘くて美味しい。たまに苦いコーヒーゼリーがあるから心配していたけど、今回は当たりを引いたようだ。みんな美味しそうに食べ、雰囲気も良い。

「鈴木さん。飯田さんは、いつも図書館に行ってるのかな?」

「うーん。どうだろう? 部活には入っていないから、もしかしたらそうかも?」

「飯田さんって、ユキちゃんの隣に座っている子?」

 僕が返答しようしたら、絵美さんが会話に入ってきた。

「うん。ちょっと控えめな子だけど良い子だよ。女性で控えめな子は珍しいよね」

「確かに! 思い返してみると……控えめな性格のせいで、ユキト君が来るまでクラスで浮いてたよ。だから私も友達になれなかったんだよね」

「へぇ。それは、本当に珍しい性格だね」

「……ユキトさんは、控えめな性格の女性が……タイプですか?」

「トン」とコーヒーゼリーを置く音が部屋に響く。ずっと会話を聞いていた楓さんが、非常に答えにくい質問をしてきた。戸惑いながらも楓さんの方を見ると、目尻に涙をためていることに気づく。あぁこれは、興味本位で聞いているわけではなさそうだ。

 楓さんと僕との関係は、本来であれば守る側と守られる側といったビジネスライクな関係で、僕の好みまで把握する必要はないので、適当にごまかすのも問題ないだろう。でも、危ない時は最初に助けてくれるし、楓さんには少なくない好意を抱いている。

「僕の好みの女性は、僕のことを好きでい続けてくれる人だよ。それ以外は一切求めない」

 だから、質問の意図を正確に読み取ることはできないけど、正直に話すことに決めた。
 死ぬまでずっと好きでいてくれる。そんな女性がいたら迷わずアプローチするだろう。でも、愛は増減するし、人の心は移ろいやすい。変わらない愛がない。そんなことは理解はしている。だけど、僕の心は納得していない。

 これは死ぬ直前から抱いている感情なのだから、重症なのだろう。

 ふと周りを見渡すと、楓さんは安心したような顔をしている。絵美さんと鈴木さんは何か考え込んでいるようだ。鈴木さんはきっと、僕を攻略する方法を考えているのだろう。

 絵美さんは、正直よくわからない。16年間も惜しげもなく愛情を注いでく……そこで、気づいてしまった。もしかしたら「僕が、絵美さんのことが好き」だと勘違いしているかもしれない。《僕のことを好きでい続けてくれる人》といった条件だけで考えたら、該当するのは母さんか絵美さんしかいない! だけど、さすがに倍近く歳が離れているし、絵美さんに恋愛感情を抱いたことはない。

 ここは急いでフォローしなければと思い口を開けかけた瞬間に、「ちょっと用事ができたから、部屋に戻るね」といって、絵美さんは立ち去ってしまった。残ったのは笑顔でコーヒーゼリーを食べる楓さんと、考え事から抜け出せない鈴木さんが残っている。

 フォローするタイミングを失ってしまった……。

◆◆◆

 晩御飯も食べ終わりてからは、みんな自由な時間を過ごしている。僕はリビングを抜け出し絵美さんの部屋の前にまで移動した。絵美さんは食べ終わるとすぐに部屋に戻ったので、これから先ほどの失言をフォローする予定だ。「トントン」とドアをノックすると部屋の中から入手つの許可が出たので部屋の中に入る。

 部屋の中は、絵美さんがいつもつけている柑橘系の香水の匂いが薄っすらと漂っている。部屋にはベッドとウォークインクローゼット、パソコンデスク。あとは壁には1mほどの大きめなコルクボードがあり、家族の写真が所狭しと貼られている。物が少ない部屋だ。

「少し話したいことがあってきました。夕方に話していた好みのタイプだけど……」

「ほんと、困った子。あんなことを考えているなんて」

早く誤解を解きたかったので、僕から話を続けようとしたら途中で遮られてしまった。

「姉さんがあの話を聞いていたら、どうなったか分からないよ?」

 確かに、息子が自分の妹に恋愛感情を抱いているなんて知ったら、どうなるか想像がつかない。

「最悪、あの二人は家から追い出されたと思うよ」

「何でそうなるの?! それは困るよ!」

「そうでしょ。だからどうするか、考えている」

 二人がいなくなったら寂しいし、僕の自由も無くなってしまう。なぜ二人を追い出さなければいけないのか分からないけど、早く誤解を解かなければ……。

「ずっと変わらず、僕のことを好きでいるなんて難しいと思っている。それに、条件だってそれだけじゃないんだ」

「どういうこと?」

 少しだけ上の空だった絵美さんが、こちらを向いて質問した。絵美さんを傷つけてしまうかもしれないけど、きっちり言おう。

「さすがに、ずっと愛情が続くなんて思ってないよ。あの場では言わなかったけど、できれば年は近い方がいいし、性格や話が合う女性が良いんだ。むしろこっちの方が重要だよ」

「……そんなの知っているよ」

「え?」

 思わず声に出してしまった。「そんなの知っている?」どういうことだ? 年齢が近い=絵美さんは対象外となるはずなんだけど。

「ん? どうして驚いているの? そんなの、ハーレムに加えるのであれば普通の条件だよ」

「そうなんだけど……。絵美さんは含まれないよ……?」

 ついに言った、言ってしまった! 恐る恐る絵美さんの顔を見ると、噴き出す直前の貴重な顔を見ることができた。

「私が含まれないのは当たり前でしょ……それとも私を狙っていた?」

 お腹を押さえながら笑い、目尻に溜まった涙を拭きながら、冗談だとわかる声色で言ってきたので、慌てて補足した。

「ち、違うよ! でも、《僕のことを好きでい続けてくれる人》って母さんを除くと絵美さんだけが当てはまるでしょ? それでほら、僕が……絵美さんのことを好き……だと勘違いしたかと思って……」

 もう訳がわからなくなり、後半はしどろもどろしながらも、思わずストレートに聞いてしまった。

「もしかして、そんなことで悩んでいたの? 昔からユキちゃんは変なところでバカなこと考えるね。なんだか、懐かしくなってきちゃった。ユキちゃん。私は、姉さんと一緒で母親と同じ愛情を持って接してきた。これは、恋愛感情ではなく親子の愛に限りなく近い」

 絵美さんとの16年間の思い出がフラッシュバックのように蘇り、自然と涙が出てきた。絵美さんも何か感じることがあり、少し涙目になっている。

「僕も同じだよ。ずっと、母さんが二人いると思ってた」

 そして僕は思わず抱き、絵美さんは少し驚いたみたいだけど、すぐに背中に手を回してくれて抱きとめてくれた。

「だから、ユキちゃんとこれからも一緒にいたいと思っているけど、それは家族としてだからね」

「分かってるよ」

「残念だった?」

「ちょっとだけね」

「……」

 また、からかうように言われたので、ささやかな仕返しをした。反応が気になったので顔を見上げてみると、絵美さんは少しだけ顔が赤くなっているようだった。正直、予想外な反応だ。なんとなく気まずくなったので話を変える。


「そういえば、絵美さんは何に悩んでいたの?」

「《僕のことを好きでい続けてくれる人》がハーレムに入る必須条件だったら、姉さんは、どんな状態でもユキちゃんのことを好きでいられるような人を選別する試験を作りそうだったから悩んでいた。あの人は、手段を選ばない。さすがにそれは……試練を受ける人がかわいそうだし、どうやって説得するか悩んでいた」

「母さんは、そんな過激な人だったんだ……」

 長く一緒に住んでいても、分からないことだらけだ。

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