ぼっちの俺、居候の彼女

川島晴斗

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 青い月の下、輝流はニコニコと笑いながらパソコンのキーを操作した。
 直後、ダダダダダッという音と共に、俺の足元で何かが弾ける。

「動かないでね〜? 動いたら殺すから」
「…………」

 ニィイと笑い、俺たちを牽制する。
 先ほどの音はドローンからの攻撃だったらしい。
 おそらく拳銃やライフルのたぐいだろう。
 アイツ、そんなものを手に入れやがったのか。

「お前の目的はなんだ? 津月をたぶらかし、武器を使ってまで俺を脅すなんて、どうかしてる」
「どうかしてる? あはははっ、今更そんなこと言わないでよ。僕が狂ってるのなんて、君はよく知ってるじゃないか」

 嘲笑いながら、彼女はパソコンを置いて背中からタブレットを取り出す。
 ドローンの操作はどちらでもできるのだろう。
 輝流は貯水タンクから飛び降り、俺たちのいる高さまで降りた。

「ねぇ、利明くん。ボクは君が憎いんだ。こんなに可愛いボクをフッたんだから。せっかく邪魔者も片付けたのにさ、酷いよね?」
「そんなの、全部テメーの独りよがりじゃねーか。愛だの恋だの言って、結局俺を追い詰めて傷つけようとしている。そんな奴とは――手を繋げない」
「…………」

 俺の言葉を聞き、輝流の瞳からはハイライトが消える。
 暗い瞳が俺を見て、口元は笑っていた。
 不気味だ――しかし、俺にこの場を覆す策は無い。
 輝流は指先1つで俺たちを殺すことができる、ドローンが引き金を引くなら外す事は無いだろう。

 だからって俺は怯えもしないし逃げもしない。
 自分に従って死ぬなら本望だ。

「……メールで使った背景の画像。紫のヒヤシンスはね、日本の花言葉で【悲哀】と【直向ひたむきな初恋】って意味があるんだ。僕は君が嫌いであると同時に、まだ好きなんだ。だから……」

 輝流は、俺に向けて右手を伸ばした。

「君は手を繋げないと言った。でも、君にそんなことを頼むんじゃない、命令してるんだ。手を繋げ、さもないと後ろの女子2人は殺す」

 無慈悲な言葉だった。
 女ってやつは、好きな男を手に入れるためにここまで壮大な計画を立てるもんかと、感服すらしてしまう。
 津月は結局捨て駒だった。
 美頭姫も無意識に俺のところへ寄越された。
 成る程、お前は黒針のように人を操るのが上手いよ。

 だけど、俺はそんな2人と手を繋いだ。
 建設的な関係を作り上げ、お互いに信頼し合っている。
 だからこそ言える。

「それでも俺は、お前の手を取れない。撃ちたければ撃てばいい。俺も、美頭姫も、津月も……。殺したかったらそれでいいさ。お前は既に1人殺してるんだ、今更2〜3人増えたって構わねぇだろ?」
「…………」

 俺の返事を聞き、輝流は目を閉じた。
 憂う瞳を隠す、そんな感じだった。
 ここまで計画を練って俺を手に入れようとしたのに、俺は手を弾いて、彼女は本当の意味で失恋したのだ。
 悲しむのは当たり前かもしれない。

「利明……」

 顔だけ後ろに向けると、美頭姫が真摯な瞳で俺を見ていた。
 そこには覚悟が宿っており、俺の言葉に異論はないらしい。
 俺の事を信じ、命まで張ってくれる。
 これが、本当の友情なのだろう。

「……残念だよ」

 ポツリと輝流の口から放たれた言葉。
 ドローンのプロペラがうるさいながらも、その言葉はハッキリと聞こえた。
 こんな事をされたって、俺は最後までお前の物にはなれなかった。
 お前を悲しませてしまった、それだけは輝流に悪いと思う。

 輝流は右手を上げ、人差し指をゆっくりと、タブレット端末に落とした――。












 ガシャン!!!

「?」

 だが、彼女がタブレットをタッチしても、俺は生きていた。
 代わりに聞こえたのは、何か機械が落ちる音。
 ガシャンガシャンと音を立て、2つ、3つと音が増える。
 落ちていたのは、輝流の操るドローン達だった。

「なっ、なんでっ!!?」

 驚愕の声が響き渡る。
 当然だ、輝流が操るドローンが落ちたのだ。
 彼女は中学の頃、自身をウィザードクラスのハッカーだと言っていた。
 後で調べたのだが、ウィザードクラスはハッカーのランクでも上から3番目……今の彼女ならそれ以上の実力もあるはずで、彼女の操作する物に干渉することなんて出来ないはずだった。

 何が起きてるのか理解できない。
 動揺が走る最中、1人の少女が屋上に姿を現した。

「――Berezhenogo Bog berezhet.
 神は注意深いものを大切にするのさ」

 カッ、カッと、ヒールの高い靴を履いたままの女性が放つ言葉。
 その人物は学校の制服を着ていて、金髪で、白い肌で――。

「オリガ……」

 タブレット端末を片手に持つ少女を見て、俺は彼女の名前を口にするのだった。
 名前を呼ばれたロシア人の彼女は俺の顔を見て、ニコリと笑う。

「明星先輩、Dobryy vecher♪ 助けに来たよ♪」

 明るく俺に手を振りながら言い、俺は安心した。
 この子は揚羽の友人だった。
 揚羽には何もできない、だから助っ人を呼んでてくれたようだ。

「……なんで。ボクは、ウィザードクラスなんだ。ずっとパソコンを触ってきた。なのに……」

 悔しそうにタブレット端末を睨みつける輝流に、オリガは何でもないように説く。

「父はロシア警官、叔父は元KGB(ソ連国家保安委員会)に所属していたの。私は2人からプログラミングを仕込まれて生きてきた。技術面では貴女とどっこいどっこいだと思うわ。もっとも――秋宮先輩。貴女が明星先輩にご執心で、技術が衰えなければの話だけどね」
「ツッ……こんな、小娘に!!」
「あら、貴女の方が身長低いでしょう?」
「黙れ!」

 輝流はタブレットを捨て、落ちた一機のドローンの元へ走る。
 そしてすぐさま黒い拳銃を取り出し、俺たちの方へ向けた。

「殺す、コロスコロス――!」
「まともに射撃訓練を受けてない貴女に、私達が狙えて?」
「黙れぇぇぇええええええ!!!!」

 パァンと、乾いた銃声が静寂な夜を染め上げた。
 誰も声を出さない、それはあまりにも衝撃的で、俺も美頭姫も、輝流でさえ言葉を失っている。

 輝流の手から銃が離された。
 彼女の手を掴むか細い腕が、銃を取り上げたから。

「揚羽……」

 音もなく現れ、揚羽は輝流が引き金を引く間際に銃口を真上へとズラしたのだ。
 怪我人はいない、再び世界は静寂が支配した。

「……輝流さん、もうやめて。この状況で貴女は勝てない。大人しく手を引いて」
「……ふざけるなよ。ボクがこの日のために、どれだけ頑張ってきたと思ってるんだ!!! それをたかだか妹のお前に、邪魔されてたまるか!!!!」
「妹だから邪魔するんだよ」

 揚羽は輝流の手を奪い、そのまま前のめりに倒した。
 運動部で活動していた彼女とパソコンを触って生きてきた輝流、力の差は絶大だろう。
 輝流は少し呻きながらも、上からのしかかる揚羽に抵抗する術がなかった。

 オリガはそんな2人の方へ歩み、胸ポケットから銀色に輝く手錠を取り出す。
 父が警官だと言っていた、きっとくすねてきたのだろう。
 オリガは輝流の背中にある両手に手錠を掛け、立ち上がる。

「……オリガちゃん、ありがと」
「お安い御用だよ。それより、彼女は私が見てるから、お兄さんと話してきなさい」
「うん、行ってくる」

 オリガは輝流を起こし、1歩離れた所で見張っていた。
 代わりに揚羽が俺の前にやって来る。

「今日の月は、青いね」

 ふと、揚羽は空を見上げた。
 釣られて俺も見上げると、綺麗な弧を描く三日月はほのかに青く、不思議な気持ちになる。

「ブルームーンを見るとね、幸せになるんだよ。もっとも、それは1月中の満月の話なんだけどね……」
「そうか、ロマンチストだな」
「うん。揚羽はね、ロマンチストなんだよ」

 そんな前置きを置いてから、揚羽は再び俺の目を見た。
 今にも泣きそうなその顔に、俺は――やっぱり――
 と感じる他なかった。

 不自然な点はいくつかあった。
 揚羽は俺自身の物は壊すが、俺自身は狙わない。
 物はなんとかなる、そんな事は金があるのをわかってるから無意味だと知ってるはずなのに、狙うのはいつだって物だし、俺に家に帰ってきてと強く言う事は少なかった。

 それに、揚羽なら津月に中学での事件を話すことができたはずなのに、話していなかった。
 俺を脅す材料にしていたなら、もっと早く使っていただろう。

 決め手となったのはそれより少し前の、オリガの一言。
 演技をしているのは、君達・・と言ったことだ。
 アレは、おそらくわざとだろう。
 俺に気付いて欲しくて言ったはずだ。
 しかし、気付いていても気付いていなくても、この結果は変わらなかっただろう。

 俺達は演技者アクターだ。
 こういう形でしか互いを大切にできない。
 でも、それは今日でおしまいだ。

「兄さん……」

 ポツリと揚羽は呟く。
 その後に続いた言葉は、彼女がずっと言いたくても言い出せない、想いの詰まった一言だった。

「仲直り、しよう――」

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