【書籍化作品】無名の最強魔法師

なつめ猫

遠き遥かな理想郷(後編)リネラスside

 【海の港町カレイドスコープ】についた私は、ギルド職員の試験に合格してユゼウ王国内の王城が存在する【中央都市エルダート】の冒険者ギルドの職員養成学校へ入学する事が出来た。

「リネラス! 市場に買い物でもいかない?」
「ごめんなさい」

 私は、【中央都市エルダート】で一緒に冒険者ギルドの職員として勉強をしている学友に市場で小物などを見にいかない? と誘われたけど断った。

「止めておきなさいよ、あの子は入学してから一度も妖精学校から出たことがないんだから」
「そうなの?」
「そうそう、お高くとまっているのよ。あの子のお父さんと祖父はギルドマスターって書いてあったから」
「ええ? そうなんですか? それじゃエリートじゃないですか?」

 私を誘ってきた子と、もう一人の子は私の噂話で盛り上がっている。
 そして、しばらく話すと2人とも私から離れていった。
 立ち去っていく後ろ姿を見ながら私は「はぁ……」と溜息をつく。

 市場には行きたい……。
 行きたいけど、お金がない。
 冒険者ギルドの職員見習いという立ち位置にいる私達は一か月、金貨10枚が支給される。
 それで洋服や筆記用具・小物を購入していく。

 でも、私にはエルフガーデンで暮らしている妹や弟達を養わないといけない。
 だから……余計なお金を使ってる余裕なんてない。

 それに冒険者ギルドマスターがエリートと彼女達は言っていたけど、それは間違い。
 冒険者ギルドマスターは給料がない。
 その変わり、純売上の5%が報酬として支払われる。
 つまり……冒険者ギルドマスターは、いっぱい仕事を受注してきて、いい冒険者を発掘して、きちんと依頼を達成して信頼を勝ちとらないといけない。
 だから、決してエリートなんかじゃないし努力を続けなければいけないから大変。

 祖父は、冒険者ギルドをエルフガーデン内に作り……そして失敗した。
 でも、私は……。

「リネラス! 何してるの?」

 後ろから肩を叩かれた。
 そこには……。

「セイレス……貴女、どうしてって!? セレンまで連れてきたら駄目じゃない!」

 目の前にいる女性はセイレス、年齢は成長した私よりも2個年上の16歳。
 そして連れてる子はセレン、ハーフエルフ。

「セレンがどうしてもリネラスに会いたいって言ってきたからね」
「もう……」

 私は膝をついてセレンと同じ目線になり頭を撫でながら、なけなしのお金で購入した飴を1個だけセレンに上げる。
 飴を受け取ったセレンは、そのまま飴を口に含むと口にお中で転がしながら私を見て。

「あまーい! おいしいー!」
「そう? よかった……」

 ああ、私の一日に一回の楽しみが……。
 でも、この笑顔が見れるならいいかな……。

「そういえばリネラス、聞いた?」
「どうしたの?」

 私は膝をついて、セレンの頭を撫でながらセイレスを見ながら問いただす。

「ユゼウ王国の国王が新しい魔法師を王族に加えたらしいわよ」
「そうなの?」

 私は首を傾げながら考える
 そんな話は、ユゼウ王国では結構あって、優秀な魔法師を血筋に取り入れて王族の血を引く強力な魔法師を国防に当たらせると聞いた事がある。
 ユゼウ王国はエルアル大陸でも最も多い3つの迷宮があるからと言われているけど。

「うん、それで名前がねユリーシャって言ってフィンデイカ村から見出されたらしいの」
「お父さんがギルドマスターをしている村……」

 その時、何故か出発の時にすれ違った、一人の器に2人分の魔力を持った儚げな、少女の事を私は思い出していた。



 それから月日は流れ、私は冒険者ギルドの受付窓口、セイレスは魔法師通信としての試験に合格して中央都市エルダートから出立する事となった。

「リネラス、がんばってね!」
「うん!」

 私はセイレスの言葉に頷く。
 セイレスの配属先は、セイレスの両親が眠る【海の港町カレイドスコープ】、そして私の配属先は【フィンデイカ村】だった。
 実は冒険者ギルドは成績優秀者には、特典が用意されていて主席から3人目までは自分で配属先が決められたりするのだ。
 そして、私とセイレスは、配属先をそれぞれ決めた。

「セイレス! 約束忘れてないよね?」
「大丈夫よ! 私が長距離通信魔法師になって……リネラスが冒険者ギルドマスターになったら! 私の両親とリネラスの祖父がやっていたエルフガーデンの冒険者ギルドを開店させるんだものね!」
「うん! それじゃまたねー!」

 私は、フィンデイカ行きの帆馬車に乗り込むとセイレスに向けて手を振る。

「おねえちゃ、またねー!」

 セイレスの妹であるセレンが元気いっぱいに手を振ってきてくれた。



 そして…………私は、その紙芝居のような光景を一人眺めていた。


 冒険者ギルドマスターになる事は出来た。
 でも、それは……ユウマという青年にFランク冒険者なのにSランクの依頼書をやらせたから。

 本来なら、絶対にやらせてはいけない行為。

 でも私には時間が……ギルドマスター代理の資格が消失する前に賭けに出た。
 お父さんから、フィンデイカ村から海の港町カレイドスコープに行く際に預かった冒険者ギルドカードと鍵。

 それは……。

 冒険者ギルドマスターの身に何かがあった時に、代理でギルドを運営できるためのお父さんのカード。
 そしてもう一個は、冒険者ギルドの金庫を利用できる鍵。

 そう、私は……ユウマを騙していた。
 だって、私はただの冒険者ギルドの受付に過ぎないから。
 なのに、冒険者ギルドマスターが不在なのに、普通ならギルドを開けておく事はいけない事なのに、私はお父さんとの思い出が無くなるのが嫌で冒険者ギルドを開けていた。

 そう、町の為なんて嘘だった。
 お父さんの……お父さんとエルフガーデンから出てきて一緒に暮らした冒険者ギルドを守りたかっただけ。
 そこに町の人のためとか冒険者の為とかそんな気持ちなんて全然なかった。

 私は、何て身勝手で自分勝手なんだろう。

 でも仕方ないじゃない!
 私は……私は……弟や妹を守らないといけない。
 それに、お父さんとの唯一の思いでの場も守りたい。

 なら、ネイルド公爵の人間にお金を払ってでも目をつけられないように冒険者ギルドを継続させて何が悪いって言うの!

 …………

 ……

 分かってる……。

 本当は、分かってる。

 こんなものは、もう無くしてしまった思い出を、壊れかけた思い出を大事に布で包んで保管してるだけだって事くらい。
 でも、私は……もう、どうしたらいいか分からない。

 結局、何もかも守ろうとして何もかも手にいれようとして……私は全てを失ってしまった。

 そう結局は、理想に過ぎなかった。

 お爺ちゃんがエルフガーデンを改善するために作ろうとして失敗した冒険者ギルドの立て直しを、お父さんやセイレスと一緒にしようとした事。

 そして、ハーフエルフだからと迫害されないようにと、何とかしようとした事。

 でも何もできなかった。
 結局、私一人じゃ何もできなかった。

 私は最低だ……。
 こんな私に価値なんて……。

「リネラス! リネラス!」

 突然、私の名前を呼ぶ声が聞こえる。
 この声は……。

 ゆっくりと意識が……。
 そこで、誰かが私の手を握ってきた。

 うっすらと開いている瞼から私は――。

「――リネラス、最後に会えてよかった」

 どこかで聞いた声、でも懐かしい声を聞いて私は意識を閉ざした。



 何度も体を揺さぶられながら、私はゆっくりと瞼を開けていく。
 すると目の前には、イノンとユリカと……そしてユウマが居た。

 普段の様子から想像も出来ないほど眉間に皺を寄せて私を心配して何度も私の名前を呼んでくるユウマの手を握ろうとして、私は手の平の中に何かを握ってる事に気がついた。

 握り締めていたものは、私がフィンデイカ村から出るときにお父さんから貰った飴玉。
 それはお父さんと最後に語ったときに貰った物。

「リネラスさん、大丈夫ですか?」
「うん……大丈夫だよ」

 自然と涙がこぼれてくる。
 そう……私が中央都市エルダートから帰った時には、すでにお父さんは……。

「ユウマ……」
「ん? ……どうかしたのか?」
「ううん、なんでもない。えっとね……ユウマは、フィンデイカの冒険者ギルドに最初に入ってきてどう思った?」

 私の問いかけに、ユウマは少しだけ困った顔を見せて「悪くないと思ったが……」と、だけ答えてきた。
 そう、たった一言の言葉。
 それだけの言葉で私の気持ちは救われたように感じた。

 夢だったかは分からない。
 でも手の平の中にある飴を口に含んで舐めると、お父さんに最後に話した時に、もらった飴と同じ味がした。

「――で、何かあったのか?」

 ユウマが聞いてくるけど。

「ううん、何もないよ」

 そう、ユウマは何かあれば助けてくれるし手伝ってくれる。
 文句を言いながらも、何だかんだ言いながらも、でも……その姿は誰かに似ていて……そう、あのユリーシャという少女にとてもよく似ていて……。

 だからユウマには、何もないと言う。

 きっと彼は無理をしてしまうから、そうだよね……お父さん。




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