【書籍化作品】無名の最強魔法師

なつめ猫

月夜の朝焼け(前編)

「ユウマさん、ユウマさん」

 鈴の音がなるような声で、何度も自分の名前を呼ばれる。
 そこでようやく、俺は目を覚ました。

 ゆっくりと瞼を開けると、やわらかな朝日の日差しが目に飛び込んできた。
 俺は目を細めながら日差しを右手で遮る。
 すると後頭部にやわらかい感触を感じた。
 そこでようやく俺は、リネラスの母親であるリンスタットさんに膝枕された後、記憶がない事に気が付いた。

 見上げると、そこにはリネラスの母親であるリンスタットさんの顔があり俺に微笑みかけてくると「よく眠れた?」と額に手を当てながら聞いてくる。
 俺は思わず頷いてしまっていた。
 今まで、些細な音であっても海の迷宮リヴァルア以降……違う、よく分からない世界の知識があった時から気絶以外では熟睡出来た事なんてなかった。

「はい……ありがとうございます」
「まだ駄目……もう少し寝ていなさいね?」

 体を起こそうとした俺に対してリンスタットさんはやさしく子供に諭すように話しかけてくる。
 それが何故かとても心地いい。

「ユウマさんは、とても疲れているのね」
「疲れている?」

 疲れているという自覚は俺には無いんだが……エルフには違ったように見えるのだろうか。俺は、曖昧に「そうですか……」という言葉しか返すことは出来ずにいた。

「ユウマさんは……」
「はい?」
「何でもないわ。どこか体に不都合な事とかない?」
「いいえ……とくには……」
「そう――何かあったらすぐに相談するのよ? 娘もユウマさんを気にしてるみたいだしね」
「そうですか……」
「ええ……」

 最後に俺の言葉に答えてたあとにリンスタットさんは、俺の前髪を弄りながら良く知らない歌を歌い始めた。
 それが心地よくて聞き惚れていると「ユウマさんは、これからどうするの?」と、聞いてきた。
 どうするの? と聞かれてもすぐには答えは出ない。
 とりあえずは、ユゼウ王国内のユリーシャ率いる反乱軍とエルンペイア王が率いる国軍とのゴタゴタに巻き込まれないようにエルフガーデンに来ただけだし、これからの予定は特には決まってもいない。

「特に決まってはいないですね」
「そう……ここで暮らしてみたりはどうかしら? ユウマさんなら歓迎するわよ? 男手も必要だし、娘もあなたを……これは言わない方が良いかしら?」

 リンスタットさんは途中まで話したところで、言葉を濁すと俺の頭を撫でてきた。

「もう大丈夫そうね。そろそろ戻りましょう。ユウマさんがいないと娘やあなたの連れの方々にも怒られそうだからね」

 俺に向かってリンスタットさんは、呟いてきた。
 そして、【移動式冒険者ギルド宿屋】の入口前にリネラスが少し怒った表情で俺を待っていた。

「お母さん! ユウマを勝手に連れていかないで!」

 俺が怒られると思っているとリネラスは突然、自分の母親に食ってかかった。
 あまりの剣幕に一瞬、俺は驚いてしまっていると「お母さん! ユウマは……なんだから!」と、リネラスは叫んでいるが途中の言葉が小さくて聞こえない。
 リンスタットさんは、少し困ったそぶりを見せると「リネラス、違うのよ。ユウマさんには少しお話があってね」と、リネラスを諭そうとしていたが「お母さんだってエルフだもん! きっとユウマに……」と、リンスタットさんに、リネラスが大声で文句を言っていたので俺は、リネラスとリンスタットさんの間に入る。

「リネラス、落ち着け。いつものお前らしくないぞ? リンスタットさんと、俺は何でもないんだ。実の母親にそういう風に感情をぶつけるのは良くない」
「リンスタット……さん? さん付け……? や、やっぱり!」

 リネラスは突然、瞳から涙を零すと走って森の方へ向かってしまう。

「ユウマさん! 娘を追ってください」
「はぁ……まったく……アイツは……」

 俺は、リンスタットさんの言葉に頷いたあと、リネラスを追う。
 そしてすぐにリネラスに追いつき、リネラスの細い左手を掴む。

「リネラス、一体どうしたんだ?」

 俺は、リネラスに語りかける。
 するとリネラスは、俺の方へ顔を向けてきた。

「リ、リネラス……お、おまえ……」
「なによ!」

 至近距離だからこそリネラスの瞼は、赤く腫れていたことに俺は気がついた。


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