【書籍化作品】無名の最強魔法師

なつめ猫

親類の絆(17)

 泊まっていた部屋から出て、階段を下りていく。
 その間に、物音を立てずに階段を下りようとしたが、やはり体重を乗せると木の軋む音だけはどうにもならないわけで……。

「ユウマさん……」

 声がした方を振り向くと、エリンフィートが呆れた顔で俺を見下ろしてきていた。

「今から、どこに行かれるのですか? 余計なことをすると世界の構成が変わってしまう可能性がありますから、なるべく余計な行動は控えて頂けると嬉しいのですけど?」
「少しだけ、外を見て来ようと思っただけだ」
「そうですか? まぁ、それもいいかも知れませんね」

 エリンフィートが、食い下がってくると思っていたばかりに、あっさりと引きさがった事に少しだけ拍子抜けする。
 また、何か考えていないのかと思ったが、彼女はすぐに宛がわれた部屋へと入っていってしまう。

「一体、アイツは何を考えているんだ?」

 余計にエリンフィートが何を考えているのか分からなくなっていく。
 どちらにせよ、このまま何もしなければリネラスが妖精の儀でエルフガーデンのエルフ達からの迫害対象になる運命は変わらない。
 建物から出ると、太陽が沈んだこともあり、辺りは、すっかりが闇に覆われていた。
 一寸先を見ることも出来ないが……。

「ヤンクルさんに、冒険者の心得を教えてもらっておいて良かったな」

 俺は一人呟きながらも、空を見上げて星の位置から方角を特定するとエルフガーデンの集落へと向けて歩き出す。
 そして、そのまま真っ直ぐに歩こうとしたところで、木に頭をぶつけた。

「――ッ!?」

 エリンフィートや、リンスタットを連れてこなかった前の深層心理の世界では、森に生えている大樹などは、手を伸ばしてもすり抜けていた。
 ただ、意図的に通り抜けようとはしなかったが……。

「触れる?」

 俺は、大樹に手を伸ばして表面に手を触れさせるが、木特有の質感が手に伝わってくる。
 試しに、近くに転がっていた小石を手に取り樹木に擦り付けると傷が出来上がった。

「どういうことだ?」

 今さながら気がついた。
 前回とは世界の構成の仕組みが違う。
 その質感は、まるで現実世界のものに近いようにすら感じる。

「まさか……な……」

 俺は手を前へと向ける。
 そして、頭の中で空間を切り裂くイメージを想像する。

「【風刃】!」

 本来なら、漢字の文字を思い浮かべるだけでよかったが、今回は、確認の意味合いもこめて言葉に出す。
 ただ――。

「魔法は発動しないか……」

 大樹や石などに触れることが出来るが魔法は発動しない。
 それは、何を意味するのか――。

「エリンフィートなら何か知っていそうだが、あいつが素直に話すわけがなさそうだからな……まぁ、それでも――」

 俺は、手に握っていた石で大樹に傷をつけて目印を作る。

「目印がつけられるようになっただけでも御の字というところか」

 エルフガーデンの集落までの距離は、俺の探索魔法の範囲外。
 つまり少なく見ても3キロ以上はある。
 冒険者ギルド、エルフガーデン支部の周囲には木が生えておらず空を見上げれば星の位置から方角を割り出すことは出来るが、一度、森の中に入ってしまうとそうも行かない。

 何せ、エルフガーデンの大樹は50メートル近い。
 そこを上っていって方角を割り出すなんて、身体強化の魔法が使えない俺にとっては、かなりの重労働になる。

 俺は、樹木に傷をつけながらアライ村で、ヤンクルさんに習った地質と方角の関係性から、まっすぐに森の中を歩く。
 アライ村の周辺で培った経験が、こんなところで生きるとは思っても見なかったが……半刻ほど歩くと、エルフガーデンのエルフ達が住まう集落が、その姿を現した。
 まっすぐに視線を向けると、何人かのエルフが篝火を片手に歩いている様子が確認できる。
 全員が女エルフだというのは体格から分かるが……。

「全員、顔がない?」

 篝火で照らされたエルフ達には、本来は存在するはずの顔が墨で消したのごとく表情が見えなかった。

 
 

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