【書籍化作品】無名の最強魔法師

なつめ猫

絡み合う思想と想い(24)




「セレン」
「ユウマお兄ちゃん……」

 俺は詰め寄ろうとしていたセレンの頭の上に手を置きながら少女の名前を紡いだ。
 話かけられたセレンは、涙を湛えた眼差しで俺を見上げてくる。

「アイツが、アイツが私達を見捨てたから! お姉ちゃんが酷い目にあったの! アイツが全部全部全部!」

 俺は憎しみに駆られてエリンフィートに近づくセレンの両肩を掴む。

「止めておけ」
「ユウマさん……」

 俺がセレンを引きとめた事が予想外だったのだろう。
 エリンフィートが目を見開いて俺を見てきている。
 別に俺は、エリンフィートを助けるためにセレンを押し留めたわけではない。
 今更、起きてしまったことは代えようもないことだし、そもそもエルフガーデンからクルド公爵邸までは、移動に長い時間が必要になる。
 精霊眼を使って、情報収集を行い、対策を練っても実行と移動には数週間かかる。
 それだけの時間、捕まったセレンとセイレスが無事だったという保障なんてどこにもない。
 むしろエルフを救出に向かわせて被害が出る可能性の方が遥かに高いだろう。
 それに――。

「エリンフィート、お前は――、どこまで準備をしていた?」
「準備はしておりません」
「だろうな……」

 為政者なら、命を天秤に掛けることくらいはしている。
 そうしなければ、大勢の民を導くことも出来ないから。
 そのことは、エリンフィートと今まで関わってきて分かっていた。

「それじゃ……、私達を助けるつもりはなかったということなの? ねえ? どういうことなの?」
「セレン」
「――ユウマお兄ちゃんは、あの女の肩を持つの!?」
「そうじゃない。お前の気持ちは良く分かる。だけどな……、よく考えろ。このエルフガーデンからクルド公爵邸まで、どれだけの時間、移動してきた?」
「――それは……」
「たとえ救出に向かわせたとしても、その頃には――、それに副次的な被害が出ていた可能性だってある。それは奴がエルフの族長としては行ってはいけないことだ。それに――、エルフガーデンから出て外に出るってことは、エリンフィートの庇護から外れることも意味するんだ」
「そんな……、それじゃ私は誰に! 誰に言えばいいの!」

 セレンが、どこに向けていいのか分からない怒りを持て余したところで、セイレスが近寄ってくる。
 俺とセレンの横を通りすぎてエリンフィートに近づくと、持っていた黒板でエリンフィートの顎に向けて黒板を横なぎにした。

「――えっ!?」

 俺に仲裁されて助かったと思っていたエリンフィートがふい突かれたこともあり、前のめりに倒れ込む。
 するとセイレスが黒板を俺に見せてくる。
 そこには「ユウマさん、勘違いしているようですが、この女がきちんとエルフを統率して迫害が起きないようにしていれば、私やセレンや両親が村から出ることはありませんでした。――ですから、どんなに言い訳をしても、エリンフィートが悪いことには変わりありません!」と、書いてあった、

「たしかに……」

 そう言われれば全ての現況は、リネラスの祖父とエリンフィートにある。
 一瞬、擁護をしてしまっていたが、よくよく考えればエリンフィートが全部悪いな。
 俺は小さく溜息をついたあと、セレンの両肩を押さえていた手を退けて彼女に向けて頷く。
 言葉は要らない。
 とりあえずセレンの腕力ならエリンフィートでも死ぬことはないだろう。
 そもそも土地神だからな……。
 死ぬことはないはずだ。

「そういえば、サマラ達はどうしたのだろうか?」

 セレンとセイレス、そしてエリンフィートのやり取りを見ていて、さっきまで何か忘れているなと思っていたが――、かなり大事なことを忘れていた。

 現状は戦力補給も大事なことだ。
 サマラ達が、どこまで成長したのか迷宮に下りて確認するのが先決だろうな。




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