公爵令嬢は結婚したくない!

なつめ猫

精神世界




 ――どこまでも高く、どこまでも広がる青い空、そして足元には雲海が見えている。
 現実離れした場所。
 だからすぐにわかってしまう。
 ここは、現実世界では無いことが。

「珍しいわね」

 声が聞こえてくる。
 視線を向けると、雲海の中に小さな島が存在していた。
 大きさとしては前後30メートル程だろう。
 手入れされた木々が立ち並び風景画さながらの様相を見せつけてくる。
 島の中央には、白で統一され細かな細工が成されたテーブルと2脚の椅子が置かれていた。
 その一脚の椅子に一人の少女が座っており、テーブルの上に置かれていた白い陶器で作られたと思われるポットを手に取ると2つのティーカップに琥珀色の液体を注ぐと。
 
「――ここはどこ?」
「ここは精神世界よ。以前にも来た事があるでしょう?」

 そうだったっけ? と首を傾げながら私は片方の椅子に腰かける。
 すると少女はティーカップを差し出してきた。
 私は、ティーカップを見ながら口を開く。

「毒は入ってないでしょうね?」
「精神世界で毒なんて意味は為さないわ」

 私の言葉に少女は呆れた声色で答えてくる。
 
「毒が意味を為さないかどうかなんて私には分からない事だけども?」
「ずいぶんと疑がり深い性格になったものね。やっぱり人間世界に居るとそうなってしまうのかしら?」
「どういうことなの?」

 少女の言葉に私は苛立ちながら飲まないのは負けるような気がしてティーカップに口をつける。
 味は悪くないどころか最上の茶葉を使っているのが分かってしまう。

「気にいってもらえたようね」
「気にいるも何も、帝政国の茶葉でしょう?」
「そうよ。さて――」

 少女は、赤い瞳を私に向けてくる。
 その瞳に映っているのが15歳の少女である私――、ユウティーシア・フォン・シュトロハイムで。

「なるほど……ね。ずいぶんと浸食が進んでしまっているようね。これは、困ったわね」
「困った? 何を言っているの?」

 私は、彼女の言葉が何を差しているのか分からない。
 
「自覚が出来ていないのが問題なのよ」
「自覚が出来ていない?」
「だって、私が誰かすら理解できていないでしょう?」

 自覚? 理解できていない?
 この少女は、一体何を言っているの?
 
「貴女、自分の名前を思い出せないのではなくて?」
「自分の名前って……、私はユウティーシア……」
「ほら、自分の名前が分かっていない」
「一体、何を言って……」
「貴女の名前は草薙雄哉。地球から転生してきたことくらいは覚えているわよね?」
「……くさなぎ……、草薙……」

 ゆっくりと少女が語った私の名前と言うのを口にすると、何となく自分の名前だと言うのが分かる。
 ――でも、どこか違和感が拭いきれない。
 それが、本当の私の名前ではない気がするからだけど。
 迷っていると、少女は小さく溜息をつくと口を開く。

「かなり精神的に不安定なようね。やっぱりアウラストウルスの楔――そのものの影響が出てきているみたいね。だから、この精神世界にアクセスが出来たのかしら?」
「何を言って……。それにアウラストウルスって……、ティアを救った時に戦った――」
「ええ、臨界の女神の手下のことね。あれは使い魔みたいなものよ。アウラストウルスの楔を自称していたけど……」
「自称?」
「だって、本来のアウラストウルスは、ああ言うものではないもの」
「……」

 話が噛み合わない。
 
「どうやら、この世界に来た時の記憶すら無いようね」
「記憶が無いって……、地球に居た時の記憶はあるけど……」

 落胆した表情で私を見てくる少女はティーカップを手に取ると口をつけ。

「これから貴女は何度も、この世界に来ることになると思うわ」
「私が?」
「ええ。本来なら成人と共に来られるようになるはずだったのだけれども――。思ったよりも自意識損失が早いから……」
「成人と共に? あっ――」
「どうかしたのかしら?」
「一つ聞きたいのだけれども……、私の魔力が他人に病気として干渉しているのは私の年齢に関係があるの?」
「あるわよ」

 即答してくる少女に私は目を見張った。
 私自身が求めていた答えを少女は知っていたから。
 それと同時に解決策も知っているのでは無いのかと思ってしまう。

「そんな期待されるような眼差しで見てくるところ悪いのだけれども――」

 少女は前置きをした上で私の瞳を真っ直ぐに見てくる。
 どうやら私が聞きたいことをすでに知っているようで。

「貴方は、他人と共存して暮らすことが出来ないわ」
「そ、そんな……」
「そろそろ時間のようね」

 ショックを受けていた私に少女は語り掛けてくる。
 気が付けば先ほどまで青一色であった周囲は、すでに霧に覆われていた。
  
「まだ聞きたいことが――」

 何故、妖精が私に力を貸してくれているのか。
 どうして私の記憶が損失していくのか聞きたいことは山ほどあった。

「全てを話すことは出来ないわ。それに話したところで貴方が、それに対しての回答を見つけられるとは思えないもの。それに……、仮初の存在である貴方に、それだけの価値があるとは思えないもの」

 最後に聞いた声には、どこか悲しみを含んでいるように私には思えてならなかった。

 


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