公爵令嬢は結婚したくない!

なつめ猫

過ぎ去りし時の記憶




 ベッドの中で体を休めること数刻。
 時刻は、窓の外に見える太陽の位置からお昼近いと思う。
 
「眠れない……」

 魔法が使えるようになってから魔法力が激減している状況に陥ったのは初めてと言う事もあり何となく落ち着かない。
 おかげで寝た方がアルコールは抜けると思っているのに眠れずにベッドの上で横になっていることしかできないのだ。

 ――コンコン

「はい」
 
 私は慌ててベッドから起き上がる。
 ベッドの端に座ると同時に「失礼する」と、カベル海将が室内に入ってきた。
 彼が直接来ると言うことは、王位簒奪レースについての話なのかもしれない。
 正直、体温がいつもより高いと思う。
 それに、思考に霞みが掛かっているようで正常な判断が出来るとは言い難い状態なので大事な話はしたくないのだけれども……。
 話を後回しにして弊害が出ても困る。
 意識をシッカリと持って話すしかない。

「カベル海将様。そろそろお時間ですか?」
「いや――、その顔色だと調子が悪いのだろう?」

 どうやら私の体調は他人が見ても悪いと判断されてしまうくらいらしい。
 表情から判断されるなんて貴族としては失格だと思う。

「――ですが……」
「あまり無理をするものではない。それに、話を詰めるのは今すぐで無くとも大丈夫だからな」

 彼の言葉に私は「そうなのですか?」と首を傾げながら言葉を返す。
 
「やはり休んでいた方がいい。すぐに王位簒奪レースが始まるわけが無いと言うのは少し考えれば分かることだろう? ユウティーシア嬢。君は、王位簒奪レースが国内の為だけに行うと考えているのか?」
「……」

 思考が霞んだ中、私はカベル海将様の顔を見ながら考えるけど考えがうまく纏まらない。

「ユウティーシア嬢。王位簒奪レースはローレンシア大陸南方貿易協定に参加している国々が見にくるイベントでもあるのだ。その為、協定を結んでいる国の長や貿易に参加している商会などが集まるまでレースは開催されない。何せ、自国の力を誇示する為の祭りでもあるからな」
「あ、そういえばそうでしたね」
「本当に大丈夫か?」
「申し訳ありません。少し体が熱くて……。考えが纏まらないのです」

 私の言葉にカベル海将様は眉間に皺を寄せると近寄ってきて額に手を当ててきた。

「――こ、これは!? マルス! マルス!」

 何やらカベル海将様が、執事の方を大声で呼び始めた。
 私は、それをぼーっと見ながら体から力が抜けていくような感覚を覚えると同時にベッドの上に倒れこむ。

「カベル様、どうかなされ!? これは!?」
「マルス。至急、水か氷を作れる魔法師の手配を! 冒険者ギルドマスターのグランカスに魔法石の在庫があるか確認しろ。これは、魔力欠乏症だ」

 カベル海将様の言っていた魔力欠乏症。
 それは魔力が無い生物が無理をして魔法を使った場合に起きる症状で下手をすれば命に係わると言われているもので……。

 途中からメリッサさんやアクアリードさんの声が聞こえてきたけど、何も見えずに私の意識はブラックアウトした。

 

 ――どのくらい寝ていたのだろう。
 気がついた時には何もない黒い空間で私は存在していた。
 
「……ここは、どこなの?」

 足元を見るけれど、自分が立っているのか浮いているのかも分からない。
 何せ重力をまったく感じない。

 ――でも……と、私は呟く。
 どこかで見た場所だと……、この場所を私は知っていると思ってしまう。
 しばらくすると、何もないと思っていた黒一色の空間に一つ明かりが――、灯が生まれた。

 一つ、明かりが生まれると次々に明かりが生まれていき黒一色の空間が無数の光が煌めく世界へと変貌を遂げる。

「ここは……、宇宙?」

 私が居る場所は、地球で得た知識の中で宇宙と呼ばれる場所にそっくりであった。
 でも、問題はどうして私自身がここに居るのか分からない。

「やあ、ティア。夜空が綺麗だね」
「――え?」

 声がした方へと振り返ると、そこには地球で言うところの高校生くらいの年齢の殿方が立っていて手を振りながら私に近寄ってきた。

「やっと見つけました! クサナギ様、どこに行かれたかと心配していました。まさかと思って来てみれば!」
「悪いな」
「謝って済んだら兵士はいらないのです! まったく!」

 私の意志に反して、口が勝手に目の前の殿方の名前を紡ぐと、体が勝手に動き彼の腕を掴む。
 身長差がずいぶんとある。
 私の頭は男性の胸元までしかなくて近づかれると見上げないと彼の顔を見ることが出来ない。
 それよりも……、ここってどこなの?

「いや。ほら――、前に話しただろ? 地球と違ってアガルタの世界の星空は綺麗だから、つい見に来てしまうんだよ」
「もう! クサナギ様は、もう少し御体を御自愛ください! この世界に来てから日が浅いのですから……」
「ティアは、口うるさいな」
「もう! 夜のアルニカ大草原は危険な場所だと何度もお伝えしておりますのに」

 何故か知らないけれど、最初は強めだった口調が最後の方では尻すぼみになっていく。

 それと普段の私なら決して口にしない言葉が勝手に口から出る。
 そして気が付けば周辺は踝まで埋まる程度の緑の草原へと様相が一変していた。

「ティア。君は、僕と一緒に旅に出て良かったのか?」
「それはどういうことですか?」
「君は王族だ。そんな君が僕と一緒に旅をするのは危険じゃないのか?」
「王族でも、私は聖女ですから。それに勇者様の御供をするのは聖女の役目なのです」
「君の代わりならば大神殿の神官でも問題ないだろう? 女性を危険な目に合わせるのは僕はちょっと……」
「…………クサナギ様。私は、異世界から何の関係もない方を国王陛下――、お父様の命令で召喚してしまいました……」
「……だから罪滅ぼしで着いてきたと?」
「そういう訳ではありません。私は――」

 体や口が勝手に動く。
 まるで自分が何かの劇を見せられているようにすら思えてしまう。
 両手は、殿方の腕を両手で掴んでいて彼に体を預けているとすら思える。

「私は、神殿という牢獄から救ってくれたクサナギ様を……」

 続く言葉は声にならない。
 だけど……、私にはわかってしまう。
 私が紡ごうとしていた言葉は「お慕い申しております」と、言う言葉であって……。
 それが何故分かったのかと言うと……、同じ女だからとしか言えなかった。



「――んっ……」
「ユウティーシア様!」
「目を覚ましたか!」

 何か夢を見ていた気がする。
 大切な誰かの記憶を……。
 
「カベル海将様……、私は一体――」
「もう大丈夫だ。魔力は微量ながらも安定している。あとは安静にしていれば普通に動けるようになるだろう」

 そういえば……、カベル海将様は私の症状を魔力欠乏症と言っていた。
 おそらくそれで私は気を失っていたのだろう。
 
「ユウティーシア様。どうかなされましたか?」
「何かありましたか?」
「いえ、泣いていらっしゃるので……」

 アクアリードさんが気を利かせて渡してくれたハンカチで目元を拭う。
 体はどこも痛くない。

「どこも怪我はしていないようです」
「それは良かったです。それより譫言でクサナギ様と言っておられましたが何かあったのですか?」
「クサナギ? いえ、分からないわ」

 たぶん日本人の名前だと思うけど、私には心当たりがない。
 少なくとも前世では、そのような友人はいなかったと思う。
 ――あれ? 以前にも誰かに草薙と呼ばれたような気がしたけれど思い出せない。




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