公爵令嬢は結婚したくない!

なつめ猫

雨音の日に(4)スペンサーside




 コンコン。

「入れ」

 室内に音が響き渡ると共に、室内の主から入室の許可が下りる。
 それと共に室内に女性が入ってくると、室内の主傍まで歩み寄ったところで足を止めると膝丈までのスカートを両手で軽く摘みながら頭を下げた。

「どうかしたのか?」
「ユウティーシア・フォン・シュトロハイム様は、お疲れのご様子でしたので床に入られました」
「そうか……」

 報告をしてきた赤毛の女性リーンの報告を聞きながら、アルドーラ公国の元王子であるスペンサーは、読み上げていた報告書を机の上に置くとリーン・グラッセルの方へと目線を向ける。

「スペンサー様。私には理解できません。どうして敵国であるリースノット王国の! しかもシュトロハイム公爵家の令嬢を連れて来られたのですか? そもそもアルドーラ公国で内戦が起きたのも彼女が発端ではありませんか!」

 アルドーラ公国の後宮に務めてから5年が経過しているリーン・グラッセルという女性は、元々は子爵家の長女であったが、リースノット王国が急速に力を付けたころから主要取引であった魔石の暴落に煽りを受けたことで稼業は破綻。
 グラッセル子爵家は、経済的に困窮し内乱を扇動していた大臣と通じているということもあり一家は取り潰しになっていた。
 そのような実態もあり、本来はスペンサーの周囲に居るべき人材ではないのだが――、後宮に行儀見習いとして置いておくのも危険視された為、後宮から放逐される予定であったが……。

 それを雇用したのがスペンサーであった。
 スペンサーには、ユウティーシアと白色魔宝石の取引契約を結んだ実績があった。
 だが、過度な報酬を与えるのは隣国リースノット王国との関係に悪い影響はあることになる。
 それでも、アルドーラ公国に多大な貢献をした元王子であるスペンサーに何らかの見返りが無ければ、他の貴族への意識向上にも繋がらない。
 大公が苦慮したところで、スペンサーは王宮から放逐される彼女を見かねて自分の所で雇うことにしたのだが……。

「リーン。今は、リースノット王国との関係も良好だ。過去のことを、いつまでも思っても仕方ないだろう」
「――ですが!」
「他国で産業革命が起きた。そして、その産業に出資していた者が失敗をした。それで相手を憎むのは筋違いというものだろう?」
「――ッ!」

 スペンサーの言葉に、リーンの手はスカートを強く握りしめていた。
 その肩は震えてすらいる。

「――はぁ……。ユウティーシアの世話係だが――、お前が出来ないなら別にいい。他の奴に任せる」
「――そんな!?」
「無理にやれとは言わない。お前だって、敵国の人間だと思っている者の世話などしたくないだろう?」
「…………私は! 私は、スペンサー王子の事を思って!」
「私は、もう王子ではない。せっかく政争から身を引けたのだ。お前の両親に関してもネイルド王国に身を寄せていることは分かっている。そのうち然るべき対応をする予定だから、今は大人しくしていろ」
「そんな! 私は、私の身を助けてくださったスペンサー王子のことを!」
「失礼致します! エルノの冒険者ギルドからの物品が届きましたが如何致しましょうか?」
 
 リーンの言葉を遮るように騎士が部屋に入ってくると、口早に要件だけを伝える。

「とりあえず、此処に持ってきてくれ。明日になったら俺から持ち主に帰しておこう」
「ハッ! わかりました」

 すぐに兵士は部屋から出ていく。
 途中で言葉を遮られたリーンは唇を強く噛みしめている。

「リーン、すまないな。俺はお前の気持ちを受け入れることは出来ない。内乱を扇動していた者の娘と、リースノット王国から制裁を受けた元・王子が、男女の関係になったら、それこそ問題になりかねない。お前には、いつか良い人間が見つかる。それまでは、此処で――」

 スペンサーの言葉にリーンは涙を浮かべると部屋から出ていった。
 彼女の後ろ姿を見送ったあと、スペンサーは深い溜息を付きながら椅子に座る。
 しばらくすると、騎士がユウティーシアの物品であろう分厚い本を持ってくるとテーブルの上に置く。
 それからしばらくして、室内に3人の騎士が入ってくる。
 3人の騎士が、持ち上げているのは何の変哲もない一本の白い杖あった。
 騎士3人がかりで杖を持っているという現実。
 そして、3人とも額から汗を流しながら運んでいるという異様な様相にスペンサーの表情は困惑していた。
 長さは2メートル程度、棒の太さは、10センチにも満たないというのにだ。

「スペンサー様、床の上に置きます」
「あ。ああ――」

 何とも言えない答えを返すと同時に、3人の騎士は杖を床の上に置く。
 それと同時に、床が音を立てて割れた。

「一体、何キロあるのだ?」
「分かりません。ですが――、これは女性一人で持てる重さでは……」

 困惑していたスペンサーは杖を持ち上げようとするが、一人で持ち上がる重さではなかった。

「これを……、ユウティーシアが持っていたというのか……」

 ゴクリと唾を呑み込みながらスペンサーは額の汗を拭うと、テーブルの上に置かれた本にも興味が沸く。
 彼は、テーブルの上に置かれていた本を手に取りペラペラと捲っていく。

「それでは、私達はこれで失礼致します。スペンサー様、何かありましたら――」
「ああ、ご苦労」

 労いの言葉を掛けられた兵士達は部屋から出ていくと扉を閉める。
 その間、スペンサーは本に目を通すがある程度読み解くことが出来た。
 どうやら、説明書のようであることが書かれていたが……。

「やはり神代文明文字か……。ユウティーシアの発明品は、神代文明時代の物に近かったから気にはなっていたが……」

 ずっと情報収集をしていたスペンサーは、ユウティーシアの発明が神代文明時代に使われていた物に近いことを文献から目ぼしを付けていた。
 問題は、どうして彼女が神代文明時代に使われていた物をウラヌス公爵の助けがあったとしても作れたかのかということだが――。

「所々しか読み取れないな」

 スペンサーは、本を閉じる。
 すると本の隙間から、一枚の紙が絨毯の上に落ちた。

「――ん?」

 絨毯の上に落ちた紙を手に取る。

「これは……、手紙か?」




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