ルーズリアの王太子と、傾いた家を何とかしたいあたし

ノベルバユーザー173744

1……下働きかと思ったら

 ある程度の身の回りのものを集め、じいやとばあやと3人で出てきたのだが、ティフィの乗ってきていた馬車に唖然とする。

「えっ?この紋章は……」
「あ、あの、第2公爵家の……」
「マリアどの、マリアどののじいやさん、ばあやさん、こちらですよ」

 馬車の扉を御者に開けて貰ったティフィは振り返る。

「あ、あの、私は、ドレスではなくて……」

 継ぎまでは当たっていないが、くたびれたワンピース姿である。
 その上元執事に、メイド頭である夫婦は身分が違う。

「早く。確か、ギャンブル好きの子爵はもうすぐ帰ってくると思うよ?荷物は後で全部引き上げるとしても、まずは貴方方がここを動かないと引き留めるよ?」

 ティフィは視線を動かし、ティフィが呼んだらしい数人の侍女や侍従が動き回る屋敷を示す。
 呆然としている母とルイが来る可能性がある。

「お嬢様。参りましょう。お嬢様は頑張られました。先代様が亡くなられて7年……もう十分でございます」
「私のお嬢様……この方のおっしゃられる通りです。私どもは歩いて追いかける……と言うことはさすがに無理です。馬車に、申し訳ございませんが同乗させて頂いても構いませんでしょうか?」
「どうぞ。マリアどののじいやさん、ばあやさんなら親も同然。どうぞ」
「お嬢様……」
「え、えぇ。失礼致します。ティフィさま」

 御者の手を借り、乗り込んだ中は美しい刺繍と絨緞、装飾に覆われていた。
 ボーッと見いる姿に、ティフィは微笑み、

「亡くなられた叔父上が芸術家だったんだ。装飾を手掛けられたのは全て叔父上。見たいならどうぞ。こちらに座るとよく見えるよ」

自分の隣の席を示す。

「で、ですが……」
「大丈夫。あちらにお二人が座るからね」

 言いながら紋章を刺繍されたクッションを、マリアの居心地のいいように並べる。

「……凄いです……夢みたいです」
「あ、お茶とお菓子もここにあるから、欲しいなら言ってね?」

 二人が座り、様子を確認し、大丈夫と踏んだティフィは小さい窓の向こうに指示をする。
 いつもなら……いや、今年手放した馬車は、動く時にかなり揺れるので有名だった。
 いつも、小さい体が跳ねるのを覚悟しつつ乗っていたのだが……。

「……揺れてません……でも、動いてます……」
「少し振動があるだろう?」
「今年手放した馬車は、かなり揺れて、跳び跳ねて頭を良く打っていたので……」
「馬車も手放したのかい?」
「馬も二頭遺して全部……二頭は私の馬なんです」

 マリアは微笑む。

「飼い葉が高いと言うので、小さいのですが馬たちが食べられる飼い葉を育てて……あっ!連れてくるのを……」
「大丈夫だよ。伝えておくから」

 いつの間にか肩に留まっていた深紅の小鳥に囁くと、翼を羽ばたかせ消えていった。

「えっと……」
「あぁ、あれは、術。この国にはそんなに使える人はいないんだけれど、私の父が隣の大陸のシェールドに留学していて、私も習ったんだ。父ならシェールドのドラゴンを模したりできるけど、私は小鳥までなんだ」
「術……」
「うん。多分、マリアどのも術の力、持っていると思うよ。でも、習っていないと暴発するから使おうとか思わないこと」
「はい。でも、どこに向かっているのでしょう?第2公爵家のお屋敷は南ではありませんでしたか?」

 馬車の窓から見える景色に首をかしげる。

「この馬車は、従兄弟に借りたから。向かっているのは私の家だよ。あ、そうそう」

 突然、向かい合う座席の間に細長いテーブルが現れ、お菓子にティカップ等が現れる。

「お茶はここで淹れられないから、ボトル缶で持ってきてるけど、どうぞ。朝早かったから何も食べてないでしょう?」
「えっ……あっ!」

 丁度、お腹が知らせてくれる。

「どうぞ。お二人も」
「ありがとうございます」

 恐る恐る摘まんだお菓子は、甘く口の中で溶けていく。

「美味しいです……食べたことない……」
「異世界のお菓子だよ。シェールドで材料が作られるようになって、時々贈られてくるんだ。母が大好きで……ほら、綺麗な花の形でしょ?」
「本当です……」
「見て楽しむ、食べて楽しむのがいいんだって。父は作り方を覚えて材料を取り寄せたり、こちらでも育てられるか研究中だよ。本当はラミー家の地域が材料を育てるのに適してそうだって、頼もうかって言ってたんだけど……跡取りが彼とは……。私が聞いていたのは、当主は頼りないけれど、跡取りがしっかり者で、石榴色の髪と瞳が逆にアイスブルーの子だって聞いたんだけど……」

 マリアはため息をつき、

「馬に乗れるのは私だけだったので、領地を回る時には乗馬服でした。多分、そのせいだと思います。跡取りは、私と違って可愛い顔です。色も少し違います」
「はぁ?君も可愛いじゃない。顔も整ってるし、髪も豊かだよ。着いたら、着替えを頼もうね?」
「メイドの服ですか?」
「何いってるの。母に頼むから、あれこれ着てみるんだよ?」

ティフィはお茶を飲みながら、

「お二人も、お仕事とかはなしで、私の両親の話し相手をお願いしますね」

と笑う。
 マリアは、自分を拾った少年の正体は知らなかった。
 しかし、初めて食べたお菓子に、いつの間にか夢中になっていた。

 出てきた家では贅沢禁止と、まずは甘いものが消えた。
 続いて、嗜好品、お茶とかパイプ等がなくなった。
 それでも家族の贅沢はやまず、料理の品が減り、それと共に雇っていた使用人が一人二人と去っていった。
 必死にその穴を埋めようとするが、あちこち掃除されておらず、シーツなどの洗濯も怠るようになった。

 これからどうなるのだろうか……。
 ふわふわとする頭で考えるが、心地よい満腹感と、何故か安堵感に、堪えきれず手で口をおおいつつあくびをする。

「眠たいんですか?」
「あ、すみません。最近余り眠れなくて……」
「休んで下さっても平気ですよ?お部屋に案内しますので」
「それはいけません。きちんと……」

 座り直し、まばたきをしたりを繰り返していたものの、最後に首が下がり、目を閉じて船をこぎ始める。
 ティフィは毛布をとり出し、マリアにかけると、眠っても大丈夫とゆっくりと横たえる。
 ティフィと少女の距離はクッションの膨らみのみ。

「ありがとうございます……」
「ん?なあに?」

 ティフィは二人に笑いかけると、冷めてしまったお茶を飲んだのだった。

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