ルーズリアの王太子と、傾いた家を何とかしたいあたし

ノベルバユーザー173744

23……控え室にて。

 王族、公爵専用の馬車止まりは後宮に近く、普通の貴族が幾つもの回廊を通って庭や王宮内の芸術、美術品を鑑賞できるように歩いて行くのとは違い、会場の大広間の最も奥、国王夫妻、王太子が席に着く壇上近くの通路の手前に公爵家専用の控え室が幾つかあり、衛兵ではなくデュアンの部下である近衛隊員が先導する。

「いつも助かる」

 副隊長であり、デュアンを上司としつつ最高齢の近衛副隊長のロビンソンは、ミューの言葉に、

「いいえ、閣下がお越しがこの時で宜しゅうございました」
「何かあったか?」
「いえ……ラーシェフ公爵閣下が全て収めて下さいました故」
「……ラーシェフ公爵に、礼を言っておこう」

 微妙な顔をするロビンソンに無理に問いかけるのはやめ、アリアをエスコートする。
 その後ろでちょこちょこと歩く妹の体力を心配したデュアンは、ドレスにシワがつかないよう、ヒョイっと抱き上げる。

「お、お兄様。大丈夫です」
「ダメダメ。多分周囲が気になって、転んじゃいそうだから。控え室まで抱っこするよ」
「……お兄様、何で解ったのですか?」
「昔から好奇心旺盛で、あれは何、これはどうして?って聞いてたでしょう?抱っこすれば説明できるから」
「お兄様、えっと、近衛の皆さんが見てますよ?」

 デュアンは、妹に笑いかける。

「良いよ。恥ずかしくないもの。レディのエスコートは騎士の務めだからね」

 その様子に、近衛たちはどよめく。
 一応、デュアンには妹をエスコートすると聞いていたが、想像以上に小柄で華奢な少女だった為驚いたのである。
 身長は高いヒールを履いているのだろうが、それでも140センチ程で、顔や手足が小さく、お人形のようである。
 髪飾りは蝶々、そして淡いピンクのドレスは、レディと呼ばれるようになるこの年には幼すぎるかもしれないプリンセスラインだが、よく見ると裾や袖口には可愛らしい布で作った小さい花が飾られている。
 しかも、それがよく似合っていた。

「閣下、そして奥方様……こちらにございます」
「あぁ、ありがとう」

 四人は休憩室に入る。

 その部屋にはメイドたちが控えているが、王宮のメイドたちである。
 リティは知らないが、王宮のメイドたちを指導しているのはアリアや、ラルディーン公爵家のメイド達であり、大丈夫と分かり次第王宮に送り出す。

「久しぶりですね、皆さん」
「お久しぶりにございます。ラルディーン公爵夫人」

 一様に礼儀正しく頭を下げる。

「お茶をお出しできますが……」
「いいえ、今日は娘が主役で、私も緊張しているのよ。デュアン?」
「あ、リティ」
 母の傍に近づき、妹を下ろす。
 ふらつかないか心配し、確認すると、微笑む。

「こんにちは。今日はありがとうございます。紹介します。妹のファティ・リティです。リティ。王宮に勤める私の同僚の皆さんだよ」
「始めまして。私はファティ・リティと申します。よろしくお願いします。そして、今日はありがとうございます」

 丁寧にお辞儀をする。

「ファティ・リティさま、デビュタントおめでとうございます。私ども、皆、本当に姫様にお会いできまして嬉しゅうございます」

 メイドの代表者の言葉に、揃って再び頭を下げる。
 その言葉が偽りでないのは、本当に嬉しそうにリティを見ているから。



 その間に、部屋を出ていたミューは、すぐ近くの控え室の扉をノックした。

「はい?」
「申し訳ない。ラルディーン公爵ミューゼリックだ、失礼しても構わないだろうか?」

 内側から開かれた扉の向こうからニコニコと微笑む甥が顔を覗かせる。

「叔父上。お久しぶりです」
「あぁ。クシュナも変わらないな。失礼しても構わないか?」
「えぇ。どうぞ」

 入っていくと、妻で、ミューの妹アンジェラの末娘エスティマがソファから立ち上がる。

「叔父様!お久しぶりですわ」
「あぁ、久しぶりだ。エスティ。アンジェに似ていると思っていたが、母上……おばあさまに似てきたな」

 目を細める。



 ティアラーティアの異母妹で、ミューの姪である。
 立場の微妙な姪を兄のフェルナンドは、妹や妹の生んだ長男で兄のクリストファーと共に領地に引き取った。
 しかし、隣国の政変で女王となったクリストファーの妻エレナと共に当然夫のクリストファー、そしてアンジェも隣国に向かった。
 エスティは当時まだ幼く、おませな女の子だったが、アンジェがクシュナに預けていった。
 エスティは当時は理解できなかっただろうが、この国同様、隣国も国王夫妻が国益を損なうほど豪遊し、民は疲れ果てていた。
 唯一と言われていた第一王女も傲慢で、メイドたちに乱暴を働き次々辞めていき、クーデターが起こった。
 そのクーデターで国王夫妻は処刑され、逃亡していた第一王女も護衛に裏切られ殺された。
 リスティルやミューは隣国の政変に驚き、知人である隣国の大臣たちと連絡を取り、どうするのかと聞いた。
 すると、彼らは一様に、

「我々はエレナ様を存じております。先代陛下の直系の孫であり、唯一の継承権を持たれております。エレナ様を、我が国に……」
「何とぞ、よろしくお願いします」

と頭を下げた。
 苦り切ったのはリスティルである。
 甥であるクリストファーは、従兄弟の息子でもあるが、本当に聡明で養子に迎えようかとクリストファーの妹であるティアラーティアとも話していたのである。
 しかし、クリストファーはエレナと共に隣国に向かうと宣言した。
 形式上与えられていた王位継承権を放棄し、エレナの王配として国を立て直すことに尽力したいと……。
 すると、従兄弟の正妃に無理矢理なっていたアンジェも、

「この国は変わっていく。負の遺産は消えていくのがいいのよ。私も隣国に行くわ。お兄様たちがいるもの、安心だわ」
「アンジェ!」

 元々、アンジェ自身嫌がっていた結婚が何故決まったか……それは、王宮でのパーティでの最中、行方不明になったのである。
 家族は末娘の姿を探し、当時放浪中だったリーも自分で帰還し、妹を探した。
 すると、しばらくしてボロボロの姿で、実家に戻ってきた。
 その時にはもうすでに妊娠しており、泣き叫ぶアンジェを連れ、両親は異国を転々とした。
 しかも、アンジェはこの時誰が手引きしたか口を閉ざしていたが、次兄が従兄弟に頼まれ、安易に妹を別室に呼び出したのだった。
 しかし、生まれる子供を憎むことはできず、その上、クリストファーはリーやミューによく似ていた為、家族は大切に育てた。
 誰の子かも言わなかったアンジェに転機が訪れたのは、息子が15歳になった時。
 次兄が、従兄弟の命令だとアンジェとクリストファーを迎えにきたのである。

 アンジェの息子は国王の子。
 王太子として戻れと。

 無理矢理連れ戻され、王妃となり、生まれたのがエスティ。
 エスティも本当に大切にしてきたが、政変が起き、リーがまず行ったのは、アンジェの結婚が無効であると宣言したこと。
 アンジェは長年にわたる被害者で、クリストファーにエスティも被害者であり、戸籍から父親の欄は消去された。
 辛い思いから解放されたアンジェは、その時に次兄に呼び出されたことを告げた。
 両親は泣き崩れ、リーとミューが殴り飛ばしたのは言うまでもない。
 家族の中の害悪……次兄を切り捨てたのは、最悪にして最大の裏切り……妹を権力者に差し出したこと。
 口はたつが、身を守るすべのない妹を差し出すなど、騎士として赦すことはできなかった。



 その為、息子夫婦と隣国に行きたいと言う、妹を止められなかった。
 ただ幼いエスティには辛い思いをさせたくないと、クシュナの婚約者としてこの国に残したのである。

「母上は……再婚されて、お幸せそうです……」

 成人し、自分の立場を理解していたエスティは寂しそうに呟く。

「アンジェは、お前が憎くてこの国に残して行った訳じゃない……お前の為を思ってなんだ。それだけは信じてくれないか?アンジェを憎むなら、私を恨んでくれてもいい。守ってやれなかった私に」
「いいえ、分かってます。母上も兄上も、お姉さまや、向こうの父上も度々便りを下さいます。でも……」

 自分の出生に心を痛めるエスティに近づき、口を開く。

「クシュナにもエスティにも会わせていなかったが、2ヶ月前に養女を迎えた。ファティ・リティ……リティと呼んでいる。今日はデビュタントだ」
「陛下より伺っておりますわ。お姉さまにも。最近ラミー伯爵となられた前のアレッザール子爵の遠縁とか」
「あぁ、そうだ。だが、多分それ以上詳しくは聞いてないだろう。本当は、陛下の友人だった先代ラミー子爵の孫娘で、位を剥奪された元ラミー子爵の娘だった」
「ラミー子爵に娘?聞いたことがありませんわ。叔父様」

 キョトンとする。

「私もクシュナと同じでパーティなど面白くもないですから余り出席はしませんが、この時期デビュタントから後、しばらくパーティがありますので毎年、嫌々ですが最低限出席するようにしておりましたが、元ラミー子爵夫人は、御令息のことは口にしていらっしゃいましたが、そのようなこと……」
「私は亡くなったラミー子爵ルイス卿に良くして頂いていたから、何度か女の子を抱いていたのを覚えてる。『孫だ』って言って、『息子夫婦にはこの子を預けられない』と言っていた気がします。確か、とても珍しい髪では無かったですか?……そうそう。ザクロ色の髪です。小さい子で、それに何か気になると突進して、何度か捕まえたことがあります」

 クシュナは思い出したように呟く。

「そうそう。オオルリアゲハのような瞳で、『ちょうちょさん〜』ってちょこまか庭で走り回って、エスティはおませさんだったけれど、無邪気でぴょこんぴょこん飛び跳ねてた。マカロンを渡すと、『かーいい。おいしー!』って喜んでましたね」
「クシュナが虫以外で覚えているとは、印象に残ってたのか?」
「……いえ、我が儘を言わなかったんです。それに、一回本当に転びかけて、『だからダメだって言ったでしょ』って叱ったら、涙を溜めて『ごめんなしゃい、もうしましぇん。ごめんなしゃい』って、頭を抱えて怯えていました。『お兄ちゃんは、君が転んだら痛いだろうと思って注意しただけで、気をつけるなら遊んでいいんだよ』と言ったら嬉しそうにニコニコ笑って、『ありがとうごじゃいましゅ、おにいしゃま。気をちゅけましゅ』って……あの子ですか……大きくなったでしょうね」
「いや、本人は140センチあると言い張っていたが、11センチのヒールの靴を履いてもこれ位だ。体重は増えたが自己申告で24キロ……メイドに聞くと22キロだった」

 ミューが示す身長に二人は唖然とする。

「……エスティ……のデビュタントは、身長、今位はあったよね?」
「え、えぇ。体重も……かなり軽いですわね」
「言うか、引き取った時はガリガリで、骨が浮いていた。栄養失調、過労で二日間目を覚まさなかった。すぐに働くとか言い出すから、動き回らないように目を光らせて、スープから少しずつ食べさせて、食べたいものを食べさせているんだが、本当に少食なんだ。それなのに好奇心が旺盛で、ティフィから譲って貰ったナムグが体が弱いから、元気にさせるんだと庭の川に飛び込んで運動させたり、馬にも乗れるから、時々元の家から連れてきた馬に、乗馬服で走らせて馬屋番たちが慌てて追いかけてとかな」

 くくくっと楽しげに笑う。

「デュアンとは本当に仲が良くて、デュアンの館に行っては、生き物を抱かせて貰ったって大喜びだ」
「えぇ?あのデュアンが?自分の館に?」
「シェールドのパラプルやグランディアの犬とか、ウサギとかを抱かせたらしい。時々犬の散歩にも一緒に行っているな」
「……あの、デュアンがですか」
「クシュナが会った前後にデュアンも会っていたし、シェールドで好奇心そのままで金の森に迷い込んだ子供がリティだ」

 クシュナは唖然とする。
 昔、伯父のリーに聞いた。
 友人と一緒にシェールドに行ったら、友人の孫が行方不明になり、あちこち探し回っていたら、街中ではなく森に迷い込んでいて、慌てて迎えに行ったのだと。

「えぇぇ、伯父上の言っていたあの子ですか!」
「リー兄貴がどう言っていたかは知らないが、森でマザードラゴンに見つけて貰い、一緒に遊んでいたそうだ」
「……!」

 クシュナもシェールドに留学し、何度か森に行ったことはあるが、マザードラゴンに会ったことはなかった。
 シェールド王曰く、

「マザードラゴンは母性が強くて大人の男は特に警戒するんだよ。デュアンはヴァーソロミューに頼んで会うことはできたけど、デュアンよりもティフィの方が好かれるかな、童顔だから」

とのことだった。

「はぁぁ……羨ましいです。昆虫が好きでも、ドラゴンは別です。ヴァーソロミュー様やマーティン様には近づけますが、それは上司と部下で、それ以上はないですからね」
「もう少ししたら出て行くから、会わせるよ」
「えぇ。楽しみにしています」
「それより、私がいない間に対処してくれたと聞いた、ロビンソンは口を濁したが、又あいつだろう?」

 ミューが完全に指摘したことで、クシュナは苦笑する。

「一緒に元ラミー子爵夫婦と太った坊やも、ラミー伯爵一家を口汚く罵っていましたので一緒に追い出しておきました。叔父上のようにサッと解らないようにと言うのは無理ですね」
「いや、本当に助かった。ありがとう。では、又後で」
「はい、叔父上」

 ミューを送り出し、クシュナは首をすくめた。

「私が叔父上のように陛下をお助け出来るようになるのは、まだまだだなぁ……」

 そう呟き、父の遺髪を収めたロケットを握り締めたのだった。

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