ルーズリアの王太子と、傾いた家を何とかしたいあたし

ノベルバユーザー173744

26……連れ去られたリティ

 大好きな兄に手を伸ばそうとした時、近衛の青年の背中が割り込んだ。
 びっくりした時に後ろに引っ張られ、数人の男女に囲まれ、そして背後から抱え上げられたリティは、口を覆われる。
 しかし、布ではなく臭い脂ぎった手だったので、咄嗟に思いっきり噛み付いた。

「ぎゃぁぁ!」

 手が緩んだのもあり、ついでに思いっきり肘鉄を食らわせ、逃げ出そうともがいた。
 その時、ビリっと折角のドレスが破れた音がしたのは哀しかったが、飛び降りると、口の中の鉄の味を吐き出し、手を伸ばしてくる男たちに、履いていたヒールを片方投げつけると走りだした。

 小さい背だが、俊敏であるリティは、ドレスを捲り上げ必死に逃げる。
 姿を恥ずかしいと思うよりも、早く安全なところに逃げることが、家族が安堵するだろうと思っていた。
 ちなみに一度も来たことはないが、どこに何があるのか一応、父と兄たちに聞いていた。
 まずは、兄か父の執務室。
 そこまで逃げ切ってみせる!

「クソォ!父親に噛みつきやがって!お前をパルスレット公爵に渡せば!」

 と言う声に、振り返ることはなかった。

 振り返る暇があれば逃げる。
 そして、リティの父はもうミューゼリックであり、生ませても育ててもくれなかった、弟のルイばかり可愛がっていた夫婦は親でも何でもなかった。

「姉さん!」

 前に飛び出してきた太った子供の顔面にもう一方のヒールを投げつけ、ひるんだついでに横をすり抜ける。

 そして、扉を開けるのはやめて、横道に逸れた。
 結果的にはそれが正しかったのだが、それは王宮のメイドや衛兵たちの動く裏口で、食事や飲み物を持った人々が行き交う。

「す、済みません!済みません!申し訳ありません!通らせて下さい!」
「ど、どうしたんだ!」
「キャァ!何?」

 混乱する人々の間をすり抜け、必死に逃げる。

「貴様ぁぁ!」
「誰か捕まえろ!」
「いやぁぁ!お兄ちゃん、パパ!ママ!えっと、えっと、近衛のろ、ロビンソンおじさま〜!助けて!助けて!」

 悲鳴をあげ走っていく。

「お兄ちゃん!お兄ちゃん!パパ……」
「わしがお前の父親だろう!言うことを聞け!このクソガキが!」
「私のパパは、あんたじゃない!私のパパは、ミューゼリック!世界一かっこいいパパなの!優しくて大好きなの!パパは、パパは……私とデュアンお兄ちゃんのパパだもん!」

 ミューゼリックとデュアンの名前に混乱していたメイドや侍従、衛兵がハッとする。
と、奥から早足で王太子のティフィリエルが、ロビンソンと共に近づいてきた。

「リティ!」
「姫様!」

 その声に安心と、恐怖感を思い出してよろめき、慌ててティフィリエルが抱きとめる。

「大丈夫かい?ごめんね。エスコートしようと向かっていたのに……大丈夫だよ。もう大丈夫」
「大丈夫?ティフィお兄ちゃんっ……」
「あぁ、大丈夫」

 抱き上げたリティの口の周りが血まみれになっているのに、ギョッとする。

「怪我をしたのかい!他にどこか……」
「大丈夫。鼻と口を塞ごうとした人がいて、思いっきり噛み付いたの……気持ち悪い……」
「誰か。水を、それにタオルを。いや、ここから離れよう。ロビンソン」
「はっ!お任せ下さいませ、王太子殿下」

 すでに、近衛だけでなく衛兵に命じ捕らえていたロビンソンを見て、歩いていく。

「……ティフィお兄ちゃん……何処に行くの?」
「安全なところに。大丈夫だよ。陛下の元にまずは行こう」
「……パパ……ママ、お兄ちゃんのところがいい……パパ……」

 大きな瞳が潤み、ボロボロと涙がこぼれ落ちる。

「こ、わかった……どうしよう……折角作って貰ったドレス、破れちゃった……靴も投げちゃった……髪の毛ぐしゃぐしゃ……あっ!」

 慌てて頭を確認すると、ピアスに接続していたシジミアの飾りは無事だったものの、髪飾りの蝶がなくなっていることに気がつく。

「……うっ、ふぅぅ……あぁぁぁん!ササキアの髪飾りが……クシュナお兄ちゃんに、お話しして貰いたかったのに……」

 泣きじゃくるリティをオロオロとしたものの、あやすように背中を撫でながら、

「大丈夫だよ。クシュナ兄上は、とても色々なことを知っているし、優しいから教えてくれるよ」
「折角、頂いたのに……作って下さったのに……もうやだぁぁ!一杯一杯頑張ったのにぃぃぃ、何で、何で、私ばかり」
「リティ……」

一瞬どうしようと遠目になりかけたが、リティは震える声で祈るように呟いたのを聞いてハッとする。

「わ、私のパパはミューゼリック……ママはアリア……だよね?お兄ちゃんは、デュアンお、お兄ちゃんで、弟なんていないよね?お兄ちゃん……さっき、私を捕まえて、口と鼻を塞ごうとしたおじさんは、私の親じゃないよね?前に飛び出して、来て、捕まえようとした……ないよね?又、ま、た……」
「リティの言う通りだよ」

 ティフィははっきりと肯定する。

「リティのパパとママはミュー叔父上とアリア叔母上。お兄ちゃんはデュアンお兄ちゃんだよ。さっきのは関係ない人間だ。それはお兄ちゃんの両親であるリー伯父さんやティアラ叔母さん、クシュナお兄ちゃんも知ってるよ。だから泣いていいから、お兄ちゃんとパパやママの所に行こうね」
「お、兄ちゃん……」
「泣いていいよ。怖かったね……そんな嘘を言われて、一杯不安になったね。大丈夫だよ……もう大丈夫」
「お兄ちゃん……!」

 泣き続けるリティを抱きしめ、これだけの思いをさせた一味の殲滅を、クシュナに託して良かったと心底思ったのだった。



 そのようなこととは露知らず、パルスレット公爵は、ラルディーン公爵家から追い出された従兄弟たちと共に、ティアラーティアが怯える為封じられていた塔の一角で嗤っていた。
 自分の手下が連れてくる筈の、ラルディーン公爵家の末娘を待っていた。
 鍵は細工して壊しており、自分が吸い上げた財産を隠していた。
 それだけでなく、王宮から掠め取っていたワインや備蓄食料、今日のようなイベントでは食事も取り放題である。

「ははは!いい様だ!伯父上には領地を、館を奪われ、財産も取り上げられた!取り戻してくれる!」

 ワインを飲みながら、従兄弟たちを見る。
 ちなみに、従姉妹の夫たちもおり、我が儘で傲慢で浪費家の妻を持て余していた為に、これで家の財政が良くなればと楽観的に思っている者もあれば、これから始まるメインディッシュ……妻の妹に手を出すと言うパルスレット公爵の言葉に眉をひそめる者もいた。

 その一人……元セントバーグ侯爵、現在は子爵である。
 しかし誘われ、心揺れたのは、妻と結婚してからが不幸が続いたこと。
 妻と兄弟が実の兄であるデュアンを暗殺しようとし、毒を盛り、暗殺者を自分の名前で雇ったこと。
 それを罪に問われ、爵位を下げられた。
 領地も減らされ収入は減り、屋敷からは働く者が一人減り、二人減り……しかし、子供達の服も買えないと言うのに、未だに放逐されたことを恨むだけで反省しない妻に、兄弟たちを手伝えと屋敷から追い出されたからである。

 出てくる時に子供達を連れて来ていた。
 そして、昔の友人であるクシュナの元に秘密裏に預けていた。

「何かあったの?」

 クシュナは穏やかに問いかけてくれたが、目を合わすことは出来ず、ただ、

「……子供達を頼む。本当に、本当に……」

と何度も頭を下げていった。

 このままでいいのか……ずっと悩んでいた。
 しかし、何の罪もない少女、友人の従兄弟のデュアンを殺そうとした妻、今でも傲慢な妻の兄弟たちや、あれだけ罪を反省しろと言われても、反省しなかったパルスレット公爵は許せないと、そろっと立ち上がる。

「どうした?」
「あ、いや、少し気になって……」

 隣にいた男に声をかけ、そっと塔を出た。

「マナ」

 愛称を呼ぶ声に、ビクッとする。
 マナックを見つめているのは、親友クシュナ……。

「気持ちは決まった?今、陛下の代わりに私が動いている。中にいる者に後ろめたい思いは必要ない。マナが思うのは、子供達と領地の人々、領地を活性化させたいと思う気持ちで、裏切りじゃない。逆に、これ以上追随すると、悲しむのは子供達だよ。家で、君の帰りを待って泣いている」
「っ!」
「マナ……お願いだ。従姉妹が連れ去られたんだ。まだデビュタントに出るといっても、本当に小柄で華奢で、幼い子なんだ。叔父たちやデュアンをこれ以上苦しめないでくれ……」

 頭を下げるクシュナに、マナックは近づき膝をつく。

「やめてくれ!それよりも、この中にパルスレット公爵や妻の兄弟がいる。頼む!捕らえてくれ!私はいいから!これ以上、子供達を悲しませたくないんだ!」
「……ありがとう。マナ。……衛兵」

 マナックはビクッとするが、クシュナは立ち上がらせ、

「セントバーグ子爵は、私の友人。従姉妹のデビュタントのお祝いに来てくれた。案内してくれるか?」
「はっ!子爵閣下。どうぞこちらに」

 衛兵の一人が先導するように促すと、疲れ切ったようにうなだれ去っていった。
 それをちらっと確認したクシュナは、親友が出て来た扉に向かう。
 そして、連れて来ていた残りの衛兵に、

「この扉を開閉できないようにしておけ。私はこの上から飛び降りれる。扉を開けてくれと言う声がしても、決して開けるな!いいな?」
「お一人で大丈夫ですか?閣下?」

まだ若い衛兵が問いかけると、にっこりと笑う。

「これでも騎士だからね」
「はっ!」

 ひらひらと手を振り、入っていったクシュナは、普段の温厚そうな表情が豹変し、楽しそうに鼻歌を歌いながら、勝手知ったる塔に登っていく。

 しかし、クシュナは自分が音痴であることをすっかり忘れていた。
 それよりも、この上にいる害悪たち……敬愛している伯父達を苦しめ、愛していた父と祖父母を結果的に死に追いやった……親族とも呼びたくないクズたちを、どう料理してやろうかとワクワクしながら登っていったのだった。

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