ルーズリアの王太子と、傾いた家を何とかしたいあたし

ノベルバユーザー173744

27……微笑み魔王クシュナ

 ちなみに体調は良くなったが腰痛に悩むラミー伯爵は、連れ去られた大事なリティに真っ青になる。

「お嬢様……!」
「貴方!お嬢様!リティ様!」
「父上、母上!お待ち下さい!」
「クレスール!だが、だが……!」

 クレスールは止める。

「私が向かいます。父上、母上とリズを頼みます」
「だが……」
「まずは、己の身を守ること、です。私は伯父上に裏道なども伺っています。行って参ります」

 父に妻と母と共に安全な場所に避難させ、アレッザール子爵、クレスールは伯父に教わった通路に移動していく途中、蝶々の飾りが落ちているのに気がついた。

「これは……リティの身につけていたものだ!」

 頑丈なのか運が良かったのか無傷である。

「多分連れ去られた時に落としたんだな。リティが泣いているかも……持って行って……?」

 手にした蝶の髪飾りがポンっと姿を変え、ひらひらと飛び始めた。

「術か?もしかして、リティか犯人の行方が解るのか?」

 蝶にしては早い速度で飛んでいくそれを追いかけ、早足で進む。
 すると、血相を変えたデュアンが必死に走る姿に気がついた。
 確か、怪我を負っていた筈と見ると、簡単に手当をされていた包帯には血が滲んでいる。

「先輩!」
「クレス!リティが!リティはどこか分からないんだ!」
「先輩!冷静に!」

 その言葉にハッとするデュアンに、ポケットに入れていたスカーフを包帯の上から巻いた。

「リティは子供ですが、判断力はありますし、俊敏です。逃げて、助けを求めるでしょう。まずは落ち着いて、近くの衛兵に……」

 すると、セントバーグ子爵のマナックが、疲れ果てたように衛兵に支えられて現れる。



 マナックは従兄クシュナの親友で、父が縁を切った妹の夫……クシュナは何度か親友に使いを送り、離婚を勧めた。

「陛下も、ラルディーン公爵閣下も判っていらっしゃる。誠実な君は絶対に陛下を裏切ったりしない。デュアンを殺そうとしない。だから、罪人と離婚しなさい」

 しかし、幼い子供達には母親が必要だからと、それを断り、距離を置いたのだとクシュナは一度デュアンに言った。

「デュアンには分かって欲しいんだ。マナは本当に優しい人なんだ……その優しさを甘さと弱さだと思い込んでいる。優しさは強さだと、子供や領民、家族を思うなら、全てを選ぶのではなく、何かを切り捨てるべきだと……悔しいよ」



 マナックに声をかける。

「マナ兄さん……」

 表情も、それよりもクシュナと同じ歳だと言うのに、会わなかった7年の間に一気に老け込んだ義兄は、顔を上げ、涙を浮かべた。

「デュアン……サー・デュアンリール……申し訳ありません……私は……!」
「兄さん。ここにいると言うことは、クシュナ兄さんがリティの祝いに来て欲しいと言ったのでしょう?本当にすみません。このような事になって……サー・クレスール。兄さんを……」
「私は、先輩と行きますよ。皆、セントバーグ子爵を安全なところに」
「待ってくれないか!クシュナ……第二公爵閣下が、残られているのです!」
「何処に?」

 マナックは、来た道を示す。

「塔に……」
「妹はいるのですか?」
「いない!君の妹はいない!いるのはパルスレット公爵、そして、それに追随する愚か者だけだ!」
「……潜入捜査までしていたのですか!」

 敢えて声を大きくする。
 集まってくる周囲にマナックが反逆者でなく、国王に敬意を払う存在だと認識させる為。

「……大変申し訳ありません。本当は私の仕事だったはず……兄さん。本当にお疲れ様でした。皆、兄さん……セントバーグ子爵を頼む」
「デュアンは、何処にいくんだ?」
「クシュナ兄さん……が、心配・・なので行って来ます」

 微妙な顔になったデュアンに、横でウンウンとクレスールも頷く。
 マナックや周囲は正直にその言葉を受け取ったが、二人が含みをもたせたのは、そちらではない。
 表向き温厚なクシュナだが、武器を握ると鬼神と化す。
 その恐ろしさを知っているデュアンたちは、ちらっと顔を見合わせる。

「止めないと、命がない……特に主犯者……」
「そうですね」

 会話をした二人は、歩き出す。

「あっ!リティの蝶の髪飾り……何処に行ったんだ?」
「蝶の髪飾り?落ちてたの?落としたの?」
「いえ、ちゃんと拾いました。でも、術がかかっていたようで、蝶に変化して私をあちらまで連れて来てくれたんです」

 周囲を見回すクレスールは、デュアンの怪我をした手に巻いた自分のスカーフに止まっている事に気がつく。

「先輩、それ」
「あっ!気がつかなかった……それに、あれ?」

 蝶の止まっている手を見つめる。

「痛みがない……?」

 と、蝶から声が響く。

『パパ!ママ!』
『リティ!』
『あぁぁ!リティ、怪我は?良かった……ティフィくんありがとう、本当に……』
『リティが頑張ったんです。私は戻ります』

 妹と両親、そして従弟の声に、つい、

「リティ!無事だね!」
『お、お兄ちゃん……お兄ちゃん、ふあぁぁん!蝶々の、飾り……』
『デュアンか?』
「父上、母上。クシュナ兄さんが、一人で乗り込んで行きました!クレスールと合流しましたので、追いかけます」

蝶に呼びかけると、

『何処に行ったんだ?クシュナは?』
「塔です。封印の塔。そこにいます。パルスレット公爵が……」
『私も行きます』
「ティフィは来ないで。それよりもそちらの安全を。私は大丈夫だから。それと、クシュナ兄さんの親友のマナック兄さんが、潜入捜査をされていたようです。かなり疲労が溜まっているようで、安全な場所に向かっています。父上。よろしくお願いします」
『……解った。では、気をつけて行くんだぞ』

ミューゼリックは息子に伝え、

『リティ。パパはちょっと出て行く。ティフィがいるからまずは顔を洗って、口をゆすごう。いいね?』
『うぇぇぇ……パパ。お兄ちゃん』
『ママといましょうね?ママも怖いからギュってしましょうね』

アリアの言葉に、涙声でリティが答える。

『ママといる……パパ、お兄ちゃん、帰って来てね』
「必ず戻るから、それと、リティの蝶々は、クレスールが見つけてくれてお兄ちゃんが持っているからね」
『本当?』
「はーい、兄ちゃんが見つけたんだ。リティ。先輩……デュアンお兄ちゃんが無茶しないか見張ってるから、安心しろ。それと、ミューゼリック様、ティフィリエル殿下。両親と妻を一応父の知る一の扉に避難させております。出来れば……」
『解った。二人とも無茶はするな……自分の身を第一に考えろ』
「はい、リティ。蝶々は一緒に帰るから、借りておくね?」

 問いかけを終え、蝶をそっととると少し考え、耳につける。
 自らのピアスに沿わせようと思ったのである。
 すると、繊細な蝶の足が動き、デュアンのピアスにくっついた。

「フェルディさまは、本当に凄いな……」

 呟きながら歩いて行く。
 そして、叔母であり、従姉でもあるティアラーティアが怯える為、伯父が封印した筈の塔に向かう。
 すると、塔の入り口だけでなく、数少ない塔の窓を警戒する者たちが引きつりながら見守っている。

「誰か、中から出て来た者は?ラーシェフ公爵閣下は?」
「い、いえ……」

 兵たちの最も上らしい男が、振り返り口を開こうとした背後の塔の上の小さい窓が開き、

「た、助けてくれぇぇ!誰か、誰か!」
「うるっせぇよ!てめぇが、何度言っても伯父上の言うことを理解できなかったんだろうが!クズが!死ねや!オラァ!」

声とともに内部に消えていった後、バキバキと言えばいいのか、ボコボコと言えばいいのか、凄まじい音が響く。

「……あははは〜、先輩、何か溜まっていたんですかねぇ……?」
「……多分。兄上!兄上!リティが見つかりました。出て来て下さい!」

 デュアンは呼びかける。

「リティが怯えてるんです。それに泣きじゃくっています」
「先輩。クレスールです。あのどさくさで、リティの髪飾りが落ちていて拾いました。今デュアン先輩が持ってますよ〜。それにこの飾り、通信機能もあるみたいで、リティに繋がるんです〜。先輩、私の可愛いリティがこれ以上泣くのは辛いので、そろそろ終わりにしませんか?」
「もう少し待てや!まだ殴り足りねぇんだよ!このクズ!俺のデュアンを傷つけた上に、今度は俺の蝶々姫を!死んで結構!親父とじいちゃん、ばあちゃんの墓に報告してやらぁぁ!」

 ドガッ、

壁に叩きつけたのか、古い塔からパラパラと破片が落ちた。
 これは本格的にキレているらしい。
 ついでに、デュアンの名前の前に『俺の』が付くのは、クシュナが留学するまでデュアンと共に育っていた為である。
 デュアンは扉に近づき、

「中から出てきた者を捕まえろ。少々手荒くともいい。転落だけは厄介だ。よく見ておくように、サー・クレスール。頼む」
「かしこまりました」
「……あぁぁ……兄上。お願いします。これ以上壊すとパパよりも怖い人が……」

呟きながら開ける。
 すると、血だらけの男たちが出てくる。

「た……助けてくれ!」
「魔物……」
「人間じゃない!」

 叫びながら手を伸ばしてくるのを避けながら入り、螺旋階段を登って行く。
 途中の部屋はワインや食料などが溜め込まれ、前々からここで潜伏していたことが解る。

「姉さんの為に封印したのに、伯父上も自分の足元にとは思わなかっただろうね」

 呟くと、上から、転がるように降りてくる男と真正面から見つめる。
 それは、すぐ下の……9歳下の弟。
 自分が三十路後半だから、まだ二十代の筈だが、不節制のせいか体型は小太りで顔色が悪く、自分より老けて見える。

「……っ!」

 立ち竦むその男を見つめ返し、過去、言えなかった言葉を告げた。

「……お前を可愛いと思えたことはなかったよ。ティフィやクレスの方が素直で可愛い僕の弟だ」
「……!」

 目を見開いた男に、繰り返す。

「僕の弟はティフィとクレス。妹はリティ。それに、僕はパパやママに似てるけど、お前は誰に似てるの?似てない癖に、パパやママがどれだけ苦しんで来たか解らない癖に、何をしたの?何をして来たの?」
「私は!」
「僕は僕なりに、パパの息子として努力をして来た。して来ていないお前に僕を否定する資格はない!ラルディーン公爵家、ひいてはこの国に対して、お前は反逆しこの国中に陛下や公爵閣下に恥をかかせた!情けない!」
「……」
「ラルディーン公爵家の人間として、僕はお前を許さない」

 デュアンは目を背け、横を抜けて登っていく。
 そして登っていった先で、目の前を飛ぶ体に驚くよりも感心する。
 クシュナがどれだけ鬱憤を貯めて来たのか、良く分かる。
 入れ違いに出ていったボロボロの男たちだけでも10人は超えていた。
 吹っ飛んだ人間以外に、数人が動けなくなっており、その奥で震えているのは、パルスレット公爵だった男。
 頰が腫れているのは、一発殴られたらしいが、それ以降、自分が顎でこき使って来た男たちを突き飛ばし盾にし、逃げ回っていたらしい。

「さぁて……前菜はたっぷり味わわせて貰ったし……メインディッシュに行かせて貰うかぁ」

 普段穏やかな風情の従兄弟がキレると、形相が一変する。
 昔はこんなことはなかった筈なのに……。
 それに感情はコントロールして戦うようにと、シェールドの騎士の館で徹底的に館長に……国王アルドリーの祖父に常々言い聞かせられたのに……多分。
 デュアンは息を吸った。

「パルスレット公爵……いや、元だね。国王陛下の住まわれるこの王宮に許可なく侵入し、本日のデビュタントを妨害した罪、我がラルディーン公爵家の娘……妹を害しようとして連れ去ろうとした罪、そして、今まで国王陛下、ラルディーン公爵閣下、そしてラーシェフ公爵閣下を悩ませ、苦しませ続けた罪、叛逆と捉えても良いだろうか?」
「私は、私が当然受け取る筈のものを返して貰おうとしただけだ!何が悪い!」
「お前が受け取るべきは、陛下が躊躇ってきた数々の温情を踏みにじった罪を償うことだ!この国を破壊しようとした罪、簡単に償えると思うな!」

 クシュナ以上に大人しいデュアンの声に、後ずさり、そのまま気絶した男。
 そして、血まみれの従兄弟に近づくと、

「兄さん、ちょっと」
「何だ、デュアン」

全身血を浴び、使用前の姿が想像できないクシュナは首を傾げると、その頰に思いっきり平手打ちした。

「なっ……!」
「何考えてんですか!兄さん!どれだけ自分を大事にできないんですか!一人で敵地に入り込むなんて!自分が誰か解っているんですか!あれだけ何かあったら兄さんを手伝いますと……一人で全てを受け止めることはできないって僕に言ったのは、兄さんでしょう!」

 デュアンに頬を叩かれ、呆然とするクシュナ。

「兄さんの今の姿を、フェル伯父さんは見たら涙を流すと思います。伯父さんは体は不自由でしたけど、心は自由な人でした。だから芸術的なものが好きで、兄さんは芸術的なものは苦手だったけれど、美しい蝶や生き物を家にいる伯父さんに見せたら喜んでくれたから、昆虫の研究を始めたんでしょう?研究はしても、温室に放して、育てていくことを続けていたんでしょう?温室に、伯父さんを案内して見て貰う為に」
「……っ……」
「伯父さんだけじゃない。エスティも子供たちも、リー伯父さんたちもパパもママも、リティや僕も、兄さんにはいるでしょ?泣くのは恥ずかしいとか言ってますけど、兄さんの今の姿を見る僕の方が泣きたいです!兄さんが本当にしたいのは、伯父さんに生きていて欲しかった……そう言って泣きたかったんでしょう?」
「……」
「僕は泣いてばかりで、兄さんは泣けない。僕が弱いんだと思ってた。でもこの行為は、騎士としてしてはいけない!ただの、兄さんのように戦いに出ていない人間に手を挙げるのは、絶対にいけない!幾ら伯父さんの死を受け入れられないとしても!逆恨みは兄さんの、あの剣舞を穢すものです!」

 デュアンは涙を流す。

「あんなに、必死に何年もシェールドに残って、館長に稽古をつけて貰って、卒業した後も度々通って認められたんでしょう?で、伯父さんの前で舞った時、伯父さんは本当に喜んでたじゃないですか!忘れたんですか?僕はあの剣舞を覚えています。兄さんは本当に嬉しそうに、笑ってたじゃないですか!」
「デュアン……」
「忘れないで下さい!兄さん」

 必死にクシュナに訴える……と、その背後から忍び寄る姿に気づく。

「兄さん!危ない!」
「えっ!」

 突き飛ばされ、受け身をとって振り返ったクシュナが見たのは、デュアンの背中……。
 デュアンは、容赦なく手刀で気絶させたものの、立ち竦んだまま……呟いた。

「兄さん……忘れないで……」

 崩れるように倒れこんだデュアンの胸には、割れたワインの瓶……。

「デュアン……デュアン!」

 クシュナの叫び声が響き渡ったのだった。

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