脇役転生の筈だった
6
早朝、私達兄妹はいつもと同じように早めに起きる。
理由は兄の学校だ。
大学と高等部は距離が離れているのだ。
別々に車を出せばいい、と思うのだが兄がそれを断固として許さなかったのだ。
……という事で、私を先に高等部まで送ってから兄の大学まで車を走らせる事になる。
つまりは兄の過保護が原因で早起きせざるおえないのだ。
兄の過保護なところは今に始まった事ではないのだが。
「清水、お父様とお母様は?」
清水というのは私専属の使用人だ。
専属はいらないと言ったのだが何かあればどうする!
と聞いてもらえなかった。
「旦那様と奥様は昨夜の疲れが溜まっているのかまだ起床されてはおりません」
「そう、ありがとう清水」
「勿体なきお言葉でございます」
そういう固いのは好きじゃないのだが……仕方ないのだろうか?
というか、父は疲れているというよりも二日酔いだろう。
母は…朝が弱いからなぁ……。
つまり、母はいつもの事であり、父は自業自得だ。
「お待たせしてしまい申し訳ありません、お兄様」
「うん、今日も咲夜は可愛いね。
さぁ、行くとしようか」
私は兄のシスコン発言のせいか取得したスルースキルを発動した。
これさえなければ最高の兄なんだけどなぁ……。
「昼休みは3組に迎えに行くから待っていてくれるかい?」
……ソウデスカ。
やっぱり昼食を一緒にとるのは決定しているんですね。
分かってたよ!
「その事ですが……愛音も一緒にいいでしょうか……?」
「勿論だよ。
咲夜の大切な友人だからね」
……昨日、私の友人である天也と奏橙の事は悪い虫とか害虫呼ばわりした癖に。
そんな事を思っていたが、決して顔には出すことなく笑顔でお礼を告げた。
すると兄も嬉しそうに表情筋を動かした。
「咲夜様、御到着致しました」
「えぇ、ありがとう。
お兄様、行ってまいります」
「行ってらっしゃい、咲夜」
私は車から降りるとまっすぐに教室に向かった。
教室には既に何人かの生徒が登校していて、その中には愛音や、天也と奏橙までいた。
私は自分の席に鞄を置くと3人のところに近づく。
「おはようございます、愛音、天也、奏橙」
「おはようございます、咲夜」
「あぁ、おはよう」
「おはよう、咲夜」
愛音、天也、奏橙の順で私に挨拶を返してくる。
丁度話が一段落ついたところだったらしい。
そこで私は先に忘れそうな要件を伝えておく事にする。
「今日の昼食の事なんですが……」
そう話を切り出すと天也は顔を引き攣らせ、奏橙は苦笑を漏らした。
唯一、愛音だけが2人の表情に戸惑いを隠せずにいた。
「やはりというか……お兄様が来ますわ」
「「だろうな(ね)悠人先輩だからな(し)」」
天也…奏橙…あれでも私の兄なんだからそんな嫌そうな顔しないでくれるかな?
分かるけど…。
確かに私が天也や奏橙の立場なら嫌だし……。
そしてやはり2人の表情の意味が分からないのか愛音はえ?え?と、戸惑いを隠せずにいた。
「愛音、お兄様は覚えているかしら?」
「は、はい。
恰好いい人ですよね?」
恰好いいか…まぁ確かに恰好いいだろうね。
………外見は。
「お兄様が天也と奏橙に言った言葉があったでしょう?」
「あ……その……。
なんというか、個性的というか…シス……咲夜を大切にしてるんですね?」
分かったらしい。
というか、最後、何故疑問形?
まぁシスコンっていいたいんだろうけどさ。
言い直しても無駄だと思うよ?
「悠人先輩はシスコンだからな。
それは咲夜も認めてるし、悠人先輩の周りの人なら悠人先輩の印象を聞かれたら大抵、親しい人ならシスコンって答えるくらいだしな」
「悠人先輩がシスコン発言連発してるせいか先輩方は咲夜の事知ってるしね」
笑いながら言っているが私にとっては全くもって笑えないんだけど!?
それどころか死活問題なんだけど!?
「そ、そうなんですか?
ってあれ?
来るって事は3人共いないんですか……」
あれ?
いなくなるって……もしかして自分は一緒じゃないとか思ってる?
そんなわけないのに……。
「愛音も一緒ですわよ?
今朝、お兄様に愛音も一緒に、と言っておきましたから大丈夫ですわ」
「え!?
で、でも……迷惑じゃ…」
迷惑って……。
そんな事あるわけないのに……。
「迷惑なわけありませんわ。
それともやはり私と一緒にというのは……」
「そ、そんな事ありません!
嬉しいです!」
「なら良かったですわ」
本当に良かった。
私の数少ない友人だし。
「そうでしたわ…。
お兄様の事なんですが……クラスまで迎えに来るそうですの」
「「だろうな(ね)」」
まぁこれもいつも通りだからね。
問題ない。
ただクラスが騒がしくなるのだが。
そして時間は流れ、昼休みとなった。
昼休みとなってすぐに天也と奏橙は女子の軍団に囲まれる。
これもいつも通りだ。
ただ、いつも通りではないとすれば愛音といた私が男子達に囲まれている事くらい。
愛音はヒロインだし…と思っていたのはつかの間、私にも誘いがかかってきたのだ。
「海野さん!
良かったら御一緒しませんか?」
「咲夜さん、俺と一緒に昼食を…」
「海野さん、よろしければ2人で昼食を……」
「海野さん、昼食…」
と、私にも誘いが来たときはびっくりした。
そしてその隣では愛音まで誘いを受けている。
どう処理しようかと考えている時のことだった。
教室の扉が開いた。
……兄が来たのだ。
兄は囲まれている私を見て優しい笑顔を浮かべた後、周りの男子達をみて冷たい笑顔に変貌した。
そして、いつもよりも数段低い声で問いかけた。
「…何をしているんだい?
僕の可愛い可愛い天使である妹の咲夜に群がらないでくれるかな?
その声で僕の天使の鼓膜を汚さないでくれるかな?
それと…世界一可愛い天使である咲夜の友人の黒崎さんにも近付くのはやめてもらえるかい?
先約しているのは僕なんだ。
最後に…僕の天使に触れた奴はいるかい?」
笑顔でスラスラと述べた兄の怒りのオーラに晒された男子達はすぐに私と愛音の傍から離れていった。
それを確認すると兄は私のそばへ来て暖かな笑みを浮かべた。
「咲夜、害虫に触れられたところはないかい?
ごめんね、僕が遅くなったせいでこんな害虫達に囲まれるだなんて…。
こんな可愛い可愛い天使である咲夜に群がらないはずがないのに…本当に済まなかったね。
さぁ、行こうか」
「…お兄様!
私は可愛いくも無ければ天使でもありません!
そんなに連呼するのはやめてください!
それとクラスメイトの事を害虫呼ばわりするのはやめてください!」
私は兄が来てから今まで何も発しなかったが遂に羞恥が勝ち、兄を咎める。
…が、私がそこまで怒りを顕にしても兄は笑顔だった。
それどころか…
「うん、怒っている咲夜もやっぱり可愛いけど笑顔の咲夜の方が倍以上可愛い」
「お兄様!!
お兄様がそんなだから先輩方に同情のような目で見られるんです!
大体ですね、私も高等部に上がったのですからいつまでも子供扱いするのはやめてください!
それと、いい加減天也と奏橙に対して大人気ない対応をするのはやめてください!
助けてもらった事には感謝しますがお兄様は言い過ぎなんです!
私が可愛いだの天使だの…お兄様の目は節穴ですか!?」
私がまくし立てても兄は笑顔を崩す事は無かった。
「咲夜、同情の目で見た先輩の名前は分かるかい?
僕がそんな目で見ないように目を潰してこよう。
それと、あの悪い虫は追い払わないといけないんだ」
「…悠人先輩、本人がここにいるんですが……」
「…俺、そこまで何かやったか?」
そんな奏橙と天也の2人をスルーして兄は私に言い聞かせるようにゆっくりと言っていく。
「大体ね、咲夜が可愛い過ぎるのがいけないんだよ。
咲夜が可愛い天使だからあんなにも害虫が寄ってくるんだ。
害虫共は追い払わないとますます寄って来るんだからこれでも生温いくらいなんだよ」
あぁ、この兄を矯正するのは私じゃあ無理だね。
この神を崇めるかのような心酔ぶりじゃ無理無理。
放って置くことにしよう。
「如月さんも待っているからね、早く行こうか」
「皐月先輩が!?
お兄様、急ぎましょう!
天也、奏橙、急がなければ置いていきますわ。
愛音、行きましょう」
「なっ…おい!?
済まない、悠人先輩と約束が…」
「悪いけど先輩方と約束があるんだ。
だから、通してくれるかな?」
2人共抜け出せたようだ。
奏橙は大分なれたが天也は断るのは向いてないようだ。
それか、それ程までに天也が人気なのか……。
ま、いいけど。
食堂につくと5席だけ空いている席があった。
勿論、皐月先輩達がとっておいてくれていた席だ。
「皐月先輩!
お待たせしてしまい申し訳ありません」
「咲夜さん、気にしないでくださいな。
どうせそこのシスコンが何かやらかしたのでしょう?」
皐月先輩はこの9年間で兄の事に限り随分と辛辣になった。
9年前であれば兄の前では決してシスコン発言はしなかったが今ではサラッと口に出している。
「そうなんです!
お兄様がクラスの男子のことを害虫呼ばわりしたんですの!」
「あら…悠人さん、後輩を害虫扱いするとは……どういう事ですの?
勿論、詳しく説明してくださりますよね?」
皐月先輩は後輩想いの優しい先輩だ。
だからこそ、こういうのは許さないだろうと判断していた。
「僕の可愛い咲夜に群がる虫共なんて害虫で充分だと思わないかい?
咲夜は優しいから断りづらくて困っているのを知っている癖にああやって群がってくるんだよ?
そんな奴らは後輩というよりも害虫てましかないだろう?」
兄は笑顔で言い切った!!
……本当、うちの兄がすいません……。
ご迷惑をおかけしています……。
マジで穴があったら入りたいくらいだ。
「そういえば咲夜さん、その方は?」
「あ…紹介します!
昨日会ったばかりですが…私の友人の…」
「黒崎愛音といいます!
よ、よろしくお願いします!」
愛音の慣れていない様子に皐月先輩はふふっと優しく微笑んだ。
やっぱり皐月先輩は可愛いなぁ……。
可愛いし、恰好いいし…勉強も出来るし、運動神経もいいし……憧れるなぁ……。
「私は、如月皐月と申します。
そこのシスコ……悠人さんと同じ大学の1年ですの。
咲夜さんとは初等部の頃からの付き合いです。
これから顔を合わせる事もあると思いますし…よろしくお願い致します」
「あ、皐月先輩は今年も光隆会のメンバーですか?」
「えぇ、今年は1年からは私と、悠人さん、涼太さんと八神さんがメンバーよ。
会長は和希先輩ですわ」
あぁ……またか。
やっぱり鬼龍院先輩もメンバーなんだ…。
あんな巫山戯た様子でよく……。
って…そういえば鬼龍院先輩がいない気がする。
「鬼龍院先輩は今日は来られないんですか?」
「あぁ……先輩は…その、なんていうか……悠人が仕事を押し付けておきながら『遅い!』って言って置いてきたんだ……」
……まさかの兄のせいでしたか。
重ね重ねすいません……。
「…お兄様、仕事を押し付けたとはどういう事ですか?」
「仕事が多くて咲夜と会える時間が減ってしまうからね。
頼んできたんだよ」
「お兄様!
私とお仕事とどちらか大切か分かっているんですか!?」
絶対分かってないだろうけど。
「そんなの当たり前じゃないか。
大切なのは咲夜に決まっているだろう?」
駄目だ……。
そこは普通、仕事と答えないといけない場面だと思うんだ。
なのになんで『私』で決定しているのだろうか?
頭が痛くなるよ、本当に。
そんな事をしているうちに愛音は他の先輩方と挨拶を終えたらしい。
そんな時だった。
何故か外が騒がしく感じた。
嫌な予感がして振り向いてみると案の定、鬼龍院先輩だった。
「おいこらテメェら!!
何普通に俺に仕事押し付けて昼メシ食ってんだよ!?
普通逆だろうが!!
後輩が仕事して先輩がメシだろうが!!
お前らも止めろや!!
1年で来たのは仕事を押し付けにきた悠人と仕事を断りに来た皐月だけだぞ!?
八神は初日から学校休むし!!
白鳥、オメェはまず会に顔出せや!!
何お前らだけいい思いしてんだ!
俺も混ぜやがれ!!」
先輩がまくし立てたところで私は箸をおいた。
そして周りの高等部の生徒が見ている中、大声でまくし立てる先輩をみてまたか、とため息をつく。
「鬼龍院先輩、お仕事お疲れ様です。
私がお兄様達に我儘を言ったせいで鬼龍院先輩にご迷惑をおかけしたようで申し訳ありません……。
鬼龍院先輩も何も食べていないようですし今からでも一緒に食事をとりませんか?」
上目遣いで自分の持つ武器を最大限まで引き上げ似合わない事をしていると感じつつもやり遂げる。
すると、鬼龍院先輩はたちまち上機嫌に戻った。
「咲夜がそう言うなら仕方ねぇな。
まぁ、仕事放り出した悠人が悪ぃんだからオメェは気にすんな」
「……先輩、先輩の変人オーラが咲夜に伝染ったらどうしてくれるきですか?
分かったらさっさと僕の天使かた離れてください。
半径10km以内に入らないでください。
咲夜と同じ空気を吸わないでください。
天使である咲夜の事をその目で見ないでください。
咲夜の視界に入らないようにここがけでください。
髪の毛1本でも、先輩がおこした風すらも咲夜に触れたら容赦しませんからそのおつもりで」
……兄よ。
さすがにそれは私ですらドン引きするからね?
ほら、皆も顔を引き攣らせてるし…。
はぁ……何で兄はこうシスコンなんだろう?
これがいつかヒロインである愛音に向いてくれるのかな?
それなら嬉しいんだけどなぁ……。
「なぁ、咲夜、お前からも何か言ってやってくれねぇ?」
なんて先輩が言うので仕方なく兄を注意する。
「お兄様、鬼龍院先輩で遊ぶのはおやめください」
「咲夜がそう言うなら」
兄はすぐに了承をかえしてくれた。
それから暫くたわいもない話をしてお開きとなった。
「咲夜、帰りは迎えに行くよ」
「…仕事、終わらせてからですよ?」
と言うと兄は一瞬固まってから笑顔で
「あぁ、分かってるよ。
(咲夜に付きまとう虫の駆除をしないとね)」
などと少しニュアンスが違うようなするがきっと気の所為だろう。
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