普通な僕の非日常

Kuro

第3話 きっと、そんなはずはない・・・・・・

    
場面転換をわかりやすくするために「*」を入れることにしました。今回もまたよろしくお願いします!
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    コツコツとヒールが床を叩く高い音の後を、ガッシャガッシャとプラスチックやらなんやらが擦れる音が追う。ホームルームで僕の職員室行きが決定したあと、高橋先生と二人で前後に並びながら廊下を歩く。
まさか本当に連れていかれるとは思わなかった。
あれはその場のノリとかそういう類のものだと思っていたのに、教壇の整理で出てきた荷物を運ばされるとは。
この人は一年の時から何かと僕に絡んでくる。別にウザったいとかそんなことは無いが、何故こうも絡んでくるのか不思議ではあった。というか、今も不思議なのだが。
「(それにしてなかなか重いな、これを一人で持たせるだなんて何考えてんだ)」
と、僕が心の中でぶつくさ言ってると
「文句を言うな〜ちゃんと聞こえてるぞ」
高橋先生がこちらも見ずに、いつもの怠そうな口調で告げてくる。
「先生、僕は何も言ってませんよ?」
実は心の声が漏れていて、あることないこと全部垂れ流してたとかそんなことはない。
「お前の口が開いてなくても、その表情でわかるんだ」
「あんた今こっちを見ないで言ってたよな!?」
全く意味のわからない理論を持ちかけられた僕は高橋先生の言葉にすぐさまツッコミを入れた。
「いいや、いつも見てるぞ〜」
「そんなわけないでしょう・・・・・・」
異性にいつも見てるだなんて言われたら心がときめくはずなのだが、なぜかときめかない。まぁ、アラサーの彼氏持ちの教師に言われたところでドキッとくるのはギャルゲーの主人公くらいだろう。いや、ギャルゲーの主人公でも流石にないか。
「ギャルゲーの主人公なら可能性あるんじゃないのか〜?」
「なんでまた心の中を読んでるんすか!?」
マジでなんなんだこの人。異能力とかそういうの無いはずなんだけど・・・・・・
「ところで佐藤」
「なんですか?今から重大なこと言い出すみたいにして」
「いや、ただ気になっただけのことだから聞き流してくれて構わん」
高橋先生の声のトーンが妙に緊張したものになったのが分かった。この人は真剣な話をする時にいつもこうなる。
何ヶ月か前に同じような事があったが、その時もかなりシリアスな雰囲気で、誰も口を開けないような状況だった。
だから、声のトーンに敏感に反応するのは至極当然のことで、変化と同時に身を固くした。
「お前はなんでいつもそんな顔をしてるんだ?」
・・・・・・まさかの顔面否定。
容姿のことはもうどうしようもないじゃないか。
それとも、あれか「なんで変顔してるの?」
「いや、してないよ」「あ、ごめん、素がそれか~」という中学生でよくやるいじりなのか?
そもそも、僕は目が腐ってたり、眉毛が繋がってたりなんてしないから顔について人に何か言われたのは初めてなのだが。
   こんな風に脳内でどうしようもないことを考えていたせいか、言葉もそれに似てしまう。
「そんな顔も何も、これがデフォルトですよ」
場を濁した僕の発言に高橋先生の緊張がさらに増した。
周りに他の生徒や先生もいるにも関わらず、僕ら二人の世界だけが隔絶され、時間の軸がぼやけたような曖昧模糊とした空間にいるような感覚だ。
それにも構わず、この人は返答の言葉を口にする。


「私は気付いているよ佐藤・・・・・・なぜ隠す?」


一筋の汗が背中を伝う。
その言葉は先程とは種類も規模も全く違うレベルの衝撃を与えた。
激しい焦燥感に駆られる。何か言わないといけないとは思っても言葉が出ない。出てくれない。
頭の引き出しを開けまくっては答えを探すがどこにもない。見つからないのは当たり前で、最初から持っていなかったことにかなり遅れて気づく。
そんな中、考えきれる限りで最良の言葉を即興で作って投げかける。

「・・・・・・・・・・・・何言ってるんですか先生?」

ああああああああぁぁぁぁぁぁぁっ!!!
完全にしくじった。疑問に疑問で返すなんて、相手にさらに追い詰められる展開じゃないか!最良もクソもない。
これは終わった、と悲観に暮れる僕がため息とも言えないような息を吐くと、
「まぁ〜言いたくないなら仕方ない」
まるで聖母の様な空気を醸しながら微笑みをたたえた高橋先生は僕の心をまた読んだのか、追求の言葉を収めてくれた。
「・・・・・・ありがとうございます」
「ま、いつかは話してもらうがな」
「勘弁して下さいよ・・・・・・」
いつの間にか周りの声が聞こえ始め、世界が解放されたのに気づく。
隔絶させた張本人が、さっきとはうって変わって不敵な笑みを浮かべており、僕は苦笑で返すほかなかった。

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職員室の中は先生方の机が列を作っていて、それぞれの机には個人の色が出ていた。特に男性職員の机はわかりやすい。その中でも一際目立った机がある。
これぞ、男!感が滲み出たその机は他とは格が違う程の汚さだった。さすがにこれを生徒に見せるのはどうなのだろうかとか考えてしまう。
「高橋先生、あの机って誰のですか?」
僕はその汚い机を指差して言うと
「うん?あれは私のだよ」
・・・・・・マジですかい。高橋先生は片付けが出来ない人だった。
これはかなりポイントが低い。家での姿が想像できる。さぞかし散らかってることだろう。それほどまでにその机は汚いのだ。
「先生、家も汚いでしょ?」
「いや~?家は綺麗だぞ」
「見栄はらないで下さいよ・・・・・・」
「彼氏と同棲してるからな~」

これはさらにポイントが低い。そろそろ持ち点がマイナスに行くレベル。
今の高橋先生の発言はつまりあれだろう。
彼氏の方が家事が出来ちゃう女子力低い系女子発言だ。
そりゃあ彼氏と上手くいかないのも多少頷ける。
そろそろ別れそうだなー。怖い怖い。
「ところでこの荷物はどこに置けばいいですか?」
「そこら辺に置いといてくれ」
「汚すぎてそこら辺のスペースすらないんですが?」
「何を言ってるんだ?スペースならあるだろう」
高橋先生は荷物を受け取るとゴミ山(書類の束)の上に乗せると誇らしげにこう言った
「こうやって空間を上手に使っていくのが片付けのコツだ!」
「なんか、もういいです・・・・・・」

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邪魔だった荷物を片付けた僕は隣の応接室への入室を促された。あれ、まだ仕事あるの?残業手当貰えるかな・・・・・・
この部屋は校内で校長室の次に豪華な装飾が施されている部屋だ。
高そうな壺に、高そうな絨毯。ここにあるもの全てが高価なものに思えてくる。まだまだ僕が庶民な証だろう。
少し硬いが決して座り心地の悪くない高そうなソファに向かい合い腰をかけると、スラっと伸びた綺麗な足をこちらに伸ばし、脚を組んだ高橋先生か早速とばかりに話を始めた。
「さて、実はこっちが本題で佐藤を呼び出したんだが、お前、篠宮と知り合いなのか?」
「いや、まぁ、知り合いと言っちゃ知り合いですけど・・・・・・」
言葉がどんどん尻すぼみになっていく。実際問題、篠宮さんとはたった一度しか出会ってないわけで、そこまで深い間柄では無いから適当な表現だと思う。
「そうか・・・・・・篠宮の編入理由は聞いたのか?」
「・・・・・・?聞いてないですよ」
「聞いていないならいい」
「何かあるんですか?」
「それはきっと私の口から伝えるべきではないことだ。気になるなら本人に聞いた方がいい・・・・・・」
高橋先生のその言葉の印象から少し重い空気が流れたので、湧き上がる好奇心を抑えざるを得なかった。この様子だと、篠宮さん本人に聞いてもちゃんとした理由は聞けないだろう。
「話はそれだけですか?」
「まだだ・・・・・・佐藤、お前に篠宮を任せたい」
「えっと、それはどういう意味でしょうか?」
任せるってなんぞ?まさか、篠宮さんにあんなことやこんなことを教える係とかそういう事なのか!?ラッキーハプニングが起こりまくる役目なのか!?
・・・・・・そんなことは絶対にないことは知っている。あんなのはマンガやアニメの世界だけだ。現実にあれば今頃ニュースで取り上げられてしまう。
「篠宮はこの学校の事を知らないから教えてやってくれ」
「構いませんけど、なんで僕が篠宮さんと知り合いって分かったんですか?」
「お前ら教室で手を振りあってたじゃないか」
あの時か。こちらに手を振ってきて、僕が篠宮さんと桜美さんの二大政党を確信したあの瞬間をこの人は見ていたのだ。・・・・・・本当によく見てるんだなぁ。
あんな小さな動作気づく人なんていないと思っていたのに。
「先生目ざといですね」
「生徒のことをよく気にかけてると言ってくれよ」
「じゃあそれでも別にいいですよ」
話はこれで終わりといった風に高橋先生は組んでた脚を解き、ぐーっと背伸びして立ち上がり、さっき入ったドアに手をかけ、僕があとに続くと急に振り返りこう言った
「すっかり忘れていた。一つ忠告をしておこう」
「何ですかいきなり」
「お前は結構顔に出てるぞ〜」
「またそれですか・・・・・・」
数十分前の廊下での話の続きだった。あの時も似たようなことを言っていたが、また掘り返して何のつもりなのだろうか。
「私以外にもきっと気付くやつがいるだろうな」
「いるわけないじゃないですか、先生の勘が鋭いだけですよ」
「先生は勘は鋭くないぞ?ただ見てるだけだ。
違和感を感じてる人は既に何人かいるはずだよ」
「またまたご冗談を。それに僕は何も隠していませんよ」
「・・・・・・本当に隠し通したいならもっと慎重になったほうがいい」
神妙な顔つきで告げてくるのに対し
「頭の隅にでも置いておきますよ」
そう言い残して高橋先生とは逆方向に歩き出した。
放った言葉とは裏腹に、言われたことがかなり気になっていた。
今まで何年も隠してきていたことが数人には勘づかれたというのだ。ありえないとは思いながらもどこか信じている節がある。
「(ずっと同じ顔をして過ごしてきたんだ、そう簡単にはいかない・・・・・・)」
自分に言い聞かせながら教室へ戻る道は、来た時よりも長く、重い足取りになっていた。

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