普通な僕の非日常

Kuro

第8話 ちっ、やられた。

    酷く耳に残る機械音で頭が掻き乱される。
何度も何度も繰り返し流れるそれを聞くのは一体何度目だろうか。少なくとも三百は超えている。
目覚めた数と鳴った数はほとんど変わらない。
煩わしい音を消し、ゆっくりと間を開けながら起き上がる。
   まだまだ寝ぼけた頭と目を醒ますために洗面台へ向かう。
冷たい蛇口から吐き出される水の温度が心地よい。
つい前までなら触れるのでさえ躊躇っていたものを、今では構うことなく浴びる。
まったく季節の移り変わりは早いものだ。
  それに比べてこの頃の生活はどうだろう。
・・・・・・あまりに遅すぎる。厳密に言えば時間的概念に変化はない。ただの感覚的な問題だ。
一日一日が濃ゆく重たい。これまでが薄っぺらい紙のようだったわけではなく、今の一時がひたすらに長いのだ。
   二年に上がってから今日の朝で三日目。その日その日の出来事が鮮明に思い出せる。それ程までに脳に刺激を与える時間を過ごしたのだ。
この思い出とも言えぬ思い出は残り続ける自信がどこかある。根拠は特にないのだが。
   きっと、今日これから起きる出来事も高校生活の一部となる。その一部が重要かそうでないかは今の段階でわかることではない。だが、大きな変化をもたらす予感はどこかしてた。
・・・・・・それは悪い方向ではあるけれど。

*******************

    篠宮さんと今日は話をしようと意気込んで自転車のペダルを回す。
朝食を手早く済ませ、学校指定のカバンを背負い、学校へ向かう。
第一に考えることが女子との会話というのは学生としてどうなのか、と問いたいとこだが、わかる人にはわかる。
好きな異性と会うために学校へ行く人もいるのだから。
学生の本分は勉強ではない、恋愛だ。・・・・・・冗談。
   本分なんて人それぞれで決めればいい。それに、僕の目的も恋愛ではない。
強いていうなら『楽しむこと』とでも言っておこう。
   自転車にまたがること数分。
校舎までの一本道。桃色だった通学路も徐々に消えつつある。やはりここも時間は動いている。無常であり続けるのは不可能だとありありと訴えてくるようだ。
   門を抜ければ豊沢高校。ここの校則では校内での自転車の乗り入れは禁止である。故に、手で引っ張って駐輪場まで持っていく。生徒同士の衝突を避けてのことだろう。校則などは古い考えだと捨てられがちだが、今も健全に守り続けるのが豊沢生である。
   まだまだ生徒が歩くのが見える
どうやらいつもより早い時間に着いたそうだ。校舎に取り付けである大きなアナログ時計に目をやれば、まだ二十分ほどあった。昨日と変わらない時間に出たにも関わらずこの時間につくとは、何が僕の足を急かしたのか。
   駐輪場に着いた僕は、素直に足が進むわけでもなく、かと言って留まるわけにもいかなかった。
昨日の放課後のせいで教室には遅刻直前で入らなければならない。また氷室に絡まれては面倒だからな。
   そんな僕が目指したのは特別棟と呼ばれる場所。別名、部室棟とも言われる。そこには各教科の準備室や文化系の部室があるからだ。
部室と言っても、ほとんどの部が教科準備室を使わせてもらっているだけなので、しっかりとした部室を持つものはほんの一握り。だから朝の練習後に人がたむろすることもない。
   朝の人通りが少ないここなら多少ゆっくりできるーーーーと思ったのだが、想像を裏切るほどの人がいた。
人がいると言うよりは群がっていると表現する方が正しい。丁度美術部の部室前だろうか。
集まっている生徒は決まった方向を向いていて、それに倣い僕も間から覗き見る。
   美術部の前の窓。
そこに幾つもの美麗な絵がこれみよがしに張り出されていた。・・・・・・大胆な展覧会だろうか。
美術部もなかなか思い切った踏み込みをするもんだ。
冗談交じりに心でおどけていると・・・・・・ふと気づく。
何枚もある絵のそのすべてが黒髪のポニーテールの女性をモチーフにした肖像画という事に。女性は人間味溢れる印象を抱かせ、誰の目が見ても可愛いと言うのではないかとさえ思った。
懸命に走っている女性。先を見ながら汗を拭う女性。満面の笑みを浮かべ談笑している女性・・・・・・
全て同じタッチで書かれており、恐らく一人の人物が描いたものと思われる。
今にも動き出しそうなほど精緻に描かれたそれらは素人目でも分かるほどの上手さだった。このレベルなら描ける人はそうそういないだろう。
絵画の目利きが出来るほど目が肥えていない僕はただひたすら感服するだけにとどまるが、他の生徒はそうでもないらしい。ざわざわと声を大にして言えないような会話があたりを埋め尽くしている。
だが、僕には関係の無いことだろうと思いその場を離れようと思い教室へ向かう。時間的にも頃合だ。
   ところで絵画の中の意気揚々とする女性に見たことがある気がする。
・・・・・・気のせいだろうか。

*******************

始業の鐘がなる五秒前に入った僕は見事に氷室を避けることに成功した。目も合わせない徹底ぶり。
席も割と離れているため話しかけられることも無いはずだ。
このまま最後まで逃げ切ってやろう。
   そんな間抜けた考えはすぐに打ち破られることになるのだけれど。
   
昼休み。

用意していた昼飯を持ち、一人屋上に一目散に逃げようとした僕は見事に捕まった。
「佐藤。お前昨日逃げやがったな!」
今日も依然としてドスを利かした大きな声で仁王立ちのまま叫び散らす。
それに僕は多少ビビりながらも正面から答える。
「逃げてないぞ、ちゃんとトイレには行った」
「嘘つけ!あんまり長いもんだから俺は探しに行ったんだぞ?」
「じゃあ、入れ違いになったんじゃないか?どこのトイレとは言ってないんだし」
先の怯えは消え、なかなかの言い訳だと思いつい嫌な笑みを浮かべる。
「それは無いな。全部のトイレを回ったんだから」
「・・・・・・?嘘つけ。校舎に一体どれだけあると思ってるんだ?」
「一階から四階まで各三つづつに加えて、特別棟と職員室前も合わせて二十五個だろ?昨日ついでに数えといたわ」
どこか誇らしげな氷室は少し鼻息を荒くする。
それにしても・・・・・・コイツは底抜けの馬鹿だ。馬鹿というか正直だ。こういう所も氷室の人気を引き立てているのだろう。というか、普通はトイレを全部探したりなんぞするものか。遅いと感じた時点で逃げられたと思うのが当然のことだろう。
・・・・・・・・・・・・騙した自覚があることで今更ながら罪悪感がわいてくる。
とりあえず謝罪が先か。いくら事情があったとはいえ、そこまで労力を使わせたことに対する詫びが無ければ勝手にやった事とはいえ報われない。
それに昨日と違い、今日の僕なら戦える。
そう決めた僕は相手の目を見ておずおずと口を開く。
「・・・・・・氷室、悪かった」
「おっ?逃げたの認めるんだな?」
「あぁ、昨日は事情があったんだ。今日でいいなら話を聞く」
「そうかそうか!じゃあ、今日の放課後な」
軽やかな口調で話す氷室に昨日のような威圧的な感じは微塵も無い。
果たしてそこまで僕にとって悪い話では無いのだろうか。
色々と疑問はあるが、それも全て放課後に済ませばいい。それが終わり次第篠宮さんとも話せばいいしな。
   そろそろ午後の授業が始まる。二時間後、僕はどういったことを思い、どのような事を口にするのか。
今は考えるだけ無駄だという結論に至り、昼食を取りながら残りの授業のことを考える。次は移動教室だったっけな・・・・・・。


    時は流れて二時間後の放課後。


「佐藤くん!」
満開の笑顔の華を咲かせながら、黒髪を揺らして可愛い声を発するのは篠宮美愛しのみやみなみさんだ。
僕が昨日今日と話したがっていた張本人。まさかあちらから声がかかってくるとは思わなかった。
なんだ。凄く嬉しい。小躍りでもしようかと思うが避けられると死んでしまいそうなのでやめておこう。嬉しいからって小躍りはダメだ。ここテストに出ます。
  下らない考えを頭から叩きだし、篠宮さんとの会話を始める。
「どうしたの?篠宮さん」
僕の問いかけにほんのりと顔を赤らめながら俯きがちに言葉を届けてくれる。
「あぁ、えっと、ね。今日も一緒に帰れないかな〜って思ったんだけど・・・・・・」
    なんてこった。今日が僕の命日か。篠宮さんから二度も帰りの誘いを受けるだなんて。思わず小躍りを踊っちゃったじゃないか。
   だが、そんな嬉しい嬉しい誘いも一人の妨害者によってぶち壊される。
   「佐藤!・・・・・・と篠宮?どういうことだ?」
高いテンションと低い声の高低差を使って僕の名前を呼んだのは昼休みに話した氷室雄輝ひむろゆうきだ。
   「篠宮さんごめんね。誘いは嬉しいけど今日は氷室と話があるんだ」
割とガチでしょげながら断りの旨を伝える。
「ううん!いいの!急に誘ったのはこっちだから・・・・・・」
篠宮さんがしょんぼりとしおれた声で返す。
「佐藤との話はすぐ終わるから篠宮も一緒に聞いていけよ!」
氷室が僕と篠宮さんの両方を見ながら提案してくる。
「そうなのか?氷室?それなら篠宮さんも混ざりなよ」
「よくわかんないけど、うん!」
「じゃあ、ここじゃ人が多いから屋上に行くか!」
氷室がそう言うと僕ら三人は教室をあとにした。

*******************
   ・・・・・・放課後が多すぎる気がする。
だがそれは仕方がない。大人にとって大事なのは休日であるように、高校生にとって大事なのは放課後なのだから!
    ・・・・・・どうでもいいことは置いといて。
階段を最後まで登りきり、屋上の扉を開け外に出た。キィっと音を立てて閉まる扉を横目に辺りを見回す。三人以外の姿は見えない。
この高校の屋上は使用頻度はやっぱりかなり少ないようだ。
知る人ぞ知る穴場感がすごいーーーーと、そこで僕は今更になって気づく。氷室がすぐに終わると言った話は僕にとってかなり悪いことであることに。
なぜ気づいたのか。簡単な話だ。
まず、屋上に行くことに提案したのは氷室だ。その時コイツは人が多いからと言った。つまりは人が多ければ出来ない話であることを意味する。今日の一変した態度のせいで危機管理が疎かになっていたようだ。
加えて、昨日のように逃げ出すことも今や出来ないように仕組まれている。
それは二度も同じ手が通用しないのはもちろんのこと、今日は篠宮さんがいるのだ。氷室はそこも見通して呼んだのだ。
・・・・・・バカなんかじゃなかった。きっと、あの振る舞いも僕の警戒を解く要因となったに違いない。
完全に嵌められた・・・・・・

    完成された悪役顔で氷室が言う。
            「さて、佐藤。話をしようか?」

コメント

  • Kuro

    皆さんこんにちは!kuroです。
    この度、ノベルバでログインが出来なくなりました。
    現在は運営の対応待ちです。
    小説の続きが書けなくなる恐れがあるので、このような連絡をとらせていただきました。
    もしも作品が消えてしまった場合はリメイクして出すのでその時もまたお願いしたいです。

    運営からの対応がありましたらもう一度連絡致します!

    0
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