このたび、養スラ農家を始めました
一つの仮説
僕が着替え等の生活必需品を家から取って来ると、ミラは先程の発言通りに、既に様々な準備を終えていた。
椅子に深く腰掛けながら、お茶の香りを漂わせるコップを両手に持っていた。いつ見ても絵になる容姿だ。まだ多少は幼さが残るものの、ここ数年で彼女の容姿は大人びた。腰の辺りまで伸ばしている紫がかった白髪は、雪のような肌と相まって、彼女の美しさを引き立てている。
ミラは、僕が地下室の隅に生活必需品を置き、椅子に腰を掛けるのを視認すると、深く息を吐いてから――。
「スライムって、どうやって子孫残してるのか本当に検討もつかないよね。生殖器が無いせいで、オスかメスかすら分からないんだもん。困っちゃうよね、ホント」
その容姿には似合わない変人的な発言をした。
僕が軽くため息を吐いて呆れていると、ミラは口を尖らせて、まだ何も言っていない僕に対して反論してきた。
「だって、生殖器があれば交尾して受精して……って感じに繁殖してるんだろうなーって予想できるのに、そんな予想すら出来ないんだよ?」
そう言いながら、ケースを持ち上げてスライムを横から見たり下から見たりしている。
今までの会話の流れからすると、恐らく生殖器を探しているのだろう。
「少なくとも、女性器は無いね。男性器は実物見たことないからよく分からないけど、スライム解体を生業にしてるネロが気付かないなんてことはないはずだから、スライムは生殖器を持ってないってことで結論付けちゃっていいよね?」
「まぁ、そうだね。スライムのことなら、人一倍詳しい自信はあるけど、スライムに生殖器があるなんてことは今までに聞いたこともないし。それと、年頃の乙女がスライムのとは言え生殖器を探すのは止めなさい……」
まさか全ての女子がミラと同じような考え方をしている訳ではないだろう。
常人離れしてしまっている所は彼女の魅力と言えば魅力なのだが、さすがに生殖器をジロジロ探すのは止めさせた方がいい気がする。
「うーん……。男性器の実物は見たことないし、もしかしたら人間のとは形状が違うだけで存在している可能性がないとは断定できないし……。そうだ、ちょっとネロの見せてよ」
「何を?」 
質問の意味が理解出来なかった訳では無いが、僕の推測が間違っていることを願って聞き返した。
「それはもちろん生しょ……あ……」
彼女の頬が朱に染まる。ようやく、自分の発言のはしたなさに気付いたのだろう。
今この空間には、僕とミラの二人しかいないから不要だろうけど、彼女の自尊心やら何やらのためにも助け舟を出してやるとするか……。
とりあえず、無難に話題を変えてみるかな。
「えーっと、今から何するの?」
流れ的には不自然極まりないが、彼女はこれに乗ってくるだろう、間違いなく。彼女自身のために乗るしかない。故に、俺は今このタイミングで何を言うかはあまり関係なかった。
昔からそうなのだが、彼女は時々好奇心に支配されてしまうことがある。それにより、うっかり普段なら口にしないようなことも言ってしまうのだ。
具体的には今のように。だから、昔からそれを止めるのは幼なじみである僕の役割だった。――と、ここまで考えてふと一つ嫌な予感がした。
「そういえばさ、僕がいない間に何か学校で問題起こさなかった? 例えば、卑猥発言とか」
ミラが、馬鹿にしたような顔で口を開いた。
「そんなの無いに決まってるじゃない。だって、この私だよ?」
「だから不安なんだよ!」
思わず声が大きくなってしまった。
だが、今の言い方だと、もしかしてだが、彼女は自覚していなかったのだろうか……?
「あ、あのなぁ……。お前、たまにヤバい発言してるからな、例えば今のヤツみたいにね」
「今の発言みたいなのはネロの前でしかしたことないよ? ネロがいる時は、私が何か間違えてもその抑制をしてくれるって信じてるから、ネロの前でしかこんなこと言わないよ? ……た……多分……ね……」
不安だ……。猛烈に不安だ……。
特に、最後の部分のせいで信じられない。
「まぁ、そういうことにしておくよ。で、今から何する?」
俺がふと感じてしまった不安のせいで話の腰が折れてしまったが、とりあえず話はずらせたから良しとしよう。
そして、今はとにかく時間が惜しい。時間はあるかもしれないが、無いかもしれない。結果が出るかすら分からないのだから、まだ何も予測できない。
だが、それならば、なるべく前に進み続けるのが最善のはず。とにかく、効率的に……。
「実験に使う用のスライムを大量に確保するのが初めの作業かなー。私は、そういう活発な運動とか苦手だから、ネロに任せたね」
「分かった、任せておいて……って、おい! なんで自分だけ楽しようとてしてるんだよ。スライム捕るのなんて、何も疲れないじゃないか……」
危うく騙されてしまいそうだったが、何とか気付くことが出来た。
「えーやだよーめんどくさいよー。わざわざ森の中になんて行きたくないよー」
何がそんなに嫌なんだか……。
あれ? でも、確か――。
「じゃあ、さっき森に来てたのは何のためだったんだ? そんなに森に行くのが嫌なら、理由もなく行くはずがない。ということは、何かしらの理由があったはずだ。その理由は何だったんだ?」
そうだ。コイツ、森のこと嫌がってるみたいに言ってるけど、そもそもコイツと再会したのが森だった。
今まではこんなに引きこもりたがるような性格じゃなかったから何とも思わなかったが、今の発言と合わせると矛盾が生じる。
そもそも――。
「何かしらの用事があった前提で訊かせてもらうけど、その用事は済んでるの? 僕と会ってから特に何もしてないよね?」
「う……、そ、それはぁー、そのぉー……」
何か、言えない事情でもあるのだろうか?
「久しぶりにネロに会いたいなーって思って……」
俯き、上目遣いでこちらを見てくるミラ。
――ズルい。こんなこと言われたら今のが嘘だったとしても詮索出来ないじゃないか……。
「まぁ、そのことについてはもう詮索しないでおくよ。じゃあ、とりあえず今からスライム捕ってくるけど、十匹程度でいいの? あまり多いんだったら、一度に運べないからミラに手伝ってもらうけど……」
僕が言うと、ミラは何かに悩むかのように軽く唸ってから口を開いた。
「えーっと、五十匹くらい必要になると思うんだけど……。ダメ、かな?」
潤んだ瞳で僕の目を覗き込んだ。だが、ここで甘やかす訳にはいかない。
「いや、そもそも五十匹とかどうやってここまで持ってくればいいの? 一回で五匹くらいが限界だと思うけど……。という訳で、わがまま言ってないでミラも手伝って」
馬車で運ぶという手もなくはないが、そんな金は無いし、ミラに払ってもらう気もない。もしもこの研究がミラから僕に依頼されたものであれば、必要経費と言って馬車を頼むこともできるのだが、この研究は僕がミラに依頼したものだ。必要経費を払ってもらうどころか、こちら側が依頼料を払う必要があってもおかしくない。
「うーん……。まぁ、それなら五匹でいいよ。仕方ないし」
一気に十分の一まで下がるのか……。
「初めからそう言ってくれてれば今のタイムロスは無くなったのになぁ……。ま、五匹でいいなら、今から行ってくるからちょっと待ってて」
そう言うと、ミラの表情が、まるで今までの表情が演技だったかのように明るくなった。もはや、実際に演技だったのではないだろうか……。そう思わずにはいられない程の豹変ぶりだった。
「じゃあ、それまでに私の方で思い付くだけの仮説を挙げておくから、ネロが帰ってきたらその検証していこ?」
「りょーかい。それじゃ、ちょっと行ってくるね」
ミラに軽く手を振ってから、僕は森へ向かった。
歩いているだけでスライムに会える。まったく、どのようにしてこんなにも繁殖しているのだろうか……。疑問に思わずにはいられない程だ。
だが、この疑問もしばらくしたら解消されるかもしれない。そう思うと、いつもは同じ作業の繰り返しでウンザリしていたスライムの捕獲も、まったく新たな気分で行うことが出来た。
先程同様に魔素を用いて、だが先程より一回り大きめなケースを作った。そして、それの中に大小様々なスライムを詰めている。
五匹では足りないような気がしなくもない。だが、重量的には、これ以上スライムが増えるとたいへん困ったことになってしまう。
まぁ、必要に応じて捕りに来ればいいから、もう帰るかな……。
そう考え、街のある方向へ足を進めた。
「はい、とりあえず五匹」
ミラの家の地下室。先程捕ったばかりのスライムを入れたケースを机の上にドカっと置いた。
「……ん、ありがと」
こちらを見ずに礼を言うミラ。
「あー、今何してるの?」
「見ての通り、スライムについてさっき気付いたことを踏まえた上で考察中」
「いや、見ても頭の中までは分からないから……って、さっき気付いたこと!? 何か気付いたのか?」
早くも重大なヒントにでもたどり着いたのだろうか。
「うぅー、考えてたのに、急に大声出されたせいで、せっかく思い付きそうだった何かがどっか行っちゃったじゃない」
ぷくーっと頬を膨らませながら文句を言ってくるミラ。この頬を膨らませて怒るのは、幼い頃からの彼女の癖みたいなものだ。
何となく、スライムとかの小動物みたいな雰囲気で愛らしい。
「ごめんごめん」
軽く下げた顔の前で両手を合わせて謝罪する。別に、ミラも大して怒ってないはずだ。
「まぁ、飛んじゃったものはしょうが無いかな。……それで、さっき私が気付いたことを知りたいんだったよね?」
予想通り大して怒っていなかった彼女が僕の質問に答えてくれるようだ。いやー、寛大寛大。
「とりあえず、この二匹のスライムの顔をよーく見てみて」
「んー……。あ! 二匹とも左右非対称だな」
注意して見なければ気づかない程度ではあったが、左右対称ではない。この世界の生物は、ほぼ全てが左右対称になっていて、スライムも例外ではないはずなの……。
「それぞれの顔は非対称だけど、二匹を並べてみると、左右対称になってるでしょ? これにどんな意味があるかは分からないけど……」
「あ、ホントだ」
言われてみれば、確かにそうだ。
「えーとさ、この二匹って夫婦なのかな?」
「うーん……。単独行動するはずなのに密着していたから、夫婦みたいなかなり親しい関係だとは思うけど……。夫婦……。ある程度成長した後にできる関係。スライムは柔らかい。形状は変わるがやがて戻る。元に戻ろうとする性質……。それぞれは左右非対称だけど、二匹を合わせてみると、左右対称……。構造が単純……。流動性あり。繁殖方法は不明だが多量に生息……。密着……」
「ど、どうかしたの?」
ついに壊れたのだろうか……? 急にブツブツと独り言をつぶやき始めたミラ。
しばらくして、顔を上げたミラは、僕の方を向いて、口を開いた。
「ねぇ、ネロ。一つの仮説が立ったから、その検証してみよ?」
そう言ったミラは、好奇心に満ち溢れている幼い子どものような顔をしていた。
椅子に深く腰掛けながら、お茶の香りを漂わせるコップを両手に持っていた。いつ見ても絵になる容姿だ。まだ多少は幼さが残るものの、ここ数年で彼女の容姿は大人びた。腰の辺りまで伸ばしている紫がかった白髪は、雪のような肌と相まって、彼女の美しさを引き立てている。
ミラは、僕が地下室の隅に生活必需品を置き、椅子に腰を掛けるのを視認すると、深く息を吐いてから――。
「スライムって、どうやって子孫残してるのか本当に検討もつかないよね。生殖器が無いせいで、オスかメスかすら分からないんだもん。困っちゃうよね、ホント」
その容姿には似合わない変人的な発言をした。
僕が軽くため息を吐いて呆れていると、ミラは口を尖らせて、まだ何も言っていない僕に対して反論してきた。
「だって、生殖器があれば交尾して受精して……って感じに繁殖してるんだろうなーって予想できるのに、そんな予想すら出来ないんだよ?」
そう言いながら、ケースを持ち上げてスライムを横から見たり下から見たりしている。
今までの会話の流れからすると、恐らく生殖器を探しているのだろう。
「少なくとも、女性器は無いね。男性器は実物見たことないからよく分からないけど、スライム解体を生業にしてるネロが気付かないなんてことはないはずだから、スライムは生殖器を持ってないってことで結論付けちゃっていいよね?」
「まぁ、そうだね。スライムのことなら、人一倍詳しい自信はあるけど、スライムに生殖器があるなんてことは今までに聞いたこともないし。それと、年頃の乙女がスライムのとは言え生殖器を探すのは止めなさい……」
まさか全ての女子がミラと同じような考え方をしている訳ではないだろう。
常人離れしてしまっている所は彼女の魅力と言えば魅力なのだが、さすがに生殖器をジロジロ探すのは止めさせた方がいい気がする。
「うーん……。男性器の実物は見たことないし、もしかしたら人間のとは形状が違うだけで存在している可能性がないとは断定できないし……。そうだ、ちょっとネロの見せてよ」
「何を?」 
質問の意味が理解出来なかった訳では無いが、僕の推測が間違っていることを願って聞き返した。
「それはもちろん生しょ……あ……」
彼女の頬が朱に染まる。ようやく、自分の発言のはしたなさに気付いたのだろう。
今この空間には、僕とミラの二人しかいないから不要だろうけど、彼女の自尊心やら何やらのためにも助け舟を出してやるとするか……。
とりあえず、無難に話題を変えてみるかな。
「えーっと、今から何するの?」
流れ的には不自然極まりないが、彼女はこれに乗ってくるだろう、間違いなく。彼女自身のために乗るしかない。故に、俺は今このタイミングで何を言うかはあまり関係なかった。
昔からそうなのだが、彼女は時々好奇心に支配されてしまうことがある。それにより、うっかり普段なら口にしないようなことも言ってしまうのだ。
具体的には今のように。だから、昔からそれを止めるのは幼なじみである僕の役割だった。――と、ここまで考えてふと一つ嫌な予感がした。
「そういえばさ、僕がいない間に何か学校で問題起こさなかった? 例えば、卑猥発言とか」
ミラが、馬鹿にしたような顔で口を開いた。
「そんなの無いに決まってるじゃない。だって、この私だよ?」
「だから不安なんだよ!」
思わず声が大きくなってしまった。
だが、今の言い方だと、もしかしてだが、彼女は自覚していなかったのだろうか……?
「あ、あのなぁ……。お前、たまにヤバい発言してるからな、例えば今のヤツみたいにね」
「今の発言みたいなのはネロの前でしかしたことないよ? ネロがいる時は、私が何か間違えてもその抑制をしてくれるって信じてるから、ネロの前でしかこんなこと言わないよ? ……た……多分……ね……」
不安だ……。猛烈に不安だ……。
特に、最後の部分のせいで信じられない。
「まぁ、そういうことにしておくよ。で、今から何する?」
俺がふと感じてしまった不安のせいで話の腰が折れてしまったが、とりあえず話はずらせたから良しとしよう。
そして、今はとにかく時間が惜しい。時間はあるかもしれないが、無いかもしれない。結果が出るかすら分からないのだから、まだ何も予測できない。
だが、それならば、なるべく前に進み続けるのが最善のはず。とにかく、効率的に……。
「実験に使う用のスライムを大量に確保するのが初めの作業かなー。私は、そういう活発な運動とか苦手だから、ネロに任せたね」
「分かった、任せておいて……って、おい! なんで自分だけ楽しようとてしてるんだよ。スライム捕るのなんて、何も疲れないじゃないか……」
危うく騙されてしまいそうだったが、何とか気付くことが出来た。
「えーやだよーめんどくさいよー。わざわざ森の中になんて行きたくないよー」
何がそんなに嫌なんだか……。
あれ? でも、確か――。
「じゃあ、さっき森に来てたのは何のためだったんだ? そんなに森に行くのが嫌なら、理由もなく行くはずがない。ということは、何かしらの理由があったはずだ。その理由は何だったんだ?」
そうだ。コイツ、森のこと嫌がってるみたいに言ってるけど、そもそもコイツと再会したのが森だった。
今まではこんなに引きこもりたがるような性格じゃなかったから何とも思わなかったが、今の発言と合わせると矛盾が生じる。
そもそも――。
「何かしらの用事があった前提で訊かせてもらうけど、その用事は済んでるの? 僕と会ってから特に何もしてないよね?」
「う……、そ、それはぁー、そのぉー……」
何か、言えない事情でもあるのだろうか?
「久しぶりにネロに会いたいなーって思って……」
俯き、上目遣いでこちらを見てくるミラ。
――ズルい。こんなこと言われたら今のが嘘だったとしても詮索出来ないじゃないか……。
「まぁ、そのことについてはもう詮索しないでおくよ。じゃあ、とりあえず今からスライム捕ってくるけど、十匹程度でいいの? あまり多いんだったら、一度に運べないからミラに手伝ってもらうけど……」
僕が言うと、ミラは何かに悩むかのように軽く唸ってから口を開いた。
「えーっと、五十匹くらい必要になると思うんだけど……。ダメ、かな?」
潤んだ瞳で僕の目を覗き込んだ。だが、ここで甘やかす訳にはいかない。
「いや、そもそも五十匹とかどうやってここまで持ってくればいいの? 一回で五匹くらいが限界だと思うけど……。という訳で、わがまま言ってないでミラも手伝って」
馬車で運ぶという手もなくはないが、そんな金は無いし、ミラに払ってもらう気もない。もしもこの研究がミラから僕に依頼されたものであれば、必要経費と言って馬車を頼むこともできるのだが、この研究は僕がミラに依頼したものだ。必要経費を払ってもらうどころか、こちら側が依頼料を払う必要があってもおかしくない。
「うーん……。まぁ、それなら五匹でいいよ。仕方ないし」
一気に十分の一まで下がるのか……。
「初めからそう言ってくれてれば今のタイムロスは無くなったのになぁ……。ま、五匹でいいなら、今から行ってくるからちょっと待ってて」
そう言うと、ミラの表情が、まるで今までの表情が演技だったかのように明るくなった。もはや、実際に演技だったのではないだろうか……。そう思わずにはいられない程の豹変ぶりだった。
「じゃあ、それまでに私の方で思い付くだけの仮説を挙げておくから、ネロが帰ってきたらその検証していこ?」
「りょーかい。それじゃ、ちょっと行ってくるね」
ミラに軽く手を振ってから、僕は森へ向かった。
歩いているだけでスライムに会える。まったく、どのようにしてこんなにも繁殖しているのだろうか……。疑問に思わずにはいられない程だ。
だが、この疑問もしばらくしたら解消されるかもしれない。そう思うと、いつもは同じ作業の繰り返しでウンザリしていたスライムの捕獲も、まったく新たな気分で行うことが出来た。
先程同様に魔素を用いて、だが先程より一回り大きめなケースを作った。そして、それの中に大小様々なスライムを詰めている。
五匹では足りないような気がしなくもない。だが、重量的には、これ以上スライムが増えるとたいへん困ったことになってしまう。
まぁ、必要に応じて捕りに来ればいいから、もう帰るかな……。
そう考え、街のある方向へ足を進めた。
「はい、とりあえず五匹」
ミラの家の地下室。先程捕ったばかりのスライムを入れたケースを机の上にドカっと置いた。
「……ん、ありがと」
こちらを見ずに礼を言うミラ。
「あー、今何してるの?」
「見ての通り、スライムについてさっき気付いたことを踏まえた上で考察中」
「いや、見ても頭の中までは分からないから……って、さっき気付いたこと!? 何か気付いたのか?」
早くも重大なヒントにでもたどり着いたのだろうか。
「うぅー、考えてたのに、急に大声出されたせいで、せっかく思い付きそうだった何かがどっか行っちゃったじゃない」
ぷくーっと頬を膨らませながら文句を言ってくるミラ。この頬を膨らませて怒るのは、幼い頃からの彼女の癖みたいなものだ。
何となく、スライムとかの小動物みたいな雰囲気で愛らしい。
「ごめんごめん」
軽く下げた顔の前で両手を合わせて謝罪する。別に、ミラも大して怒ってないはずだ。
「まぁ、飛んじゃったものはしょうが無いかな。……それで、さっき私が気付いたことを知りたいんだったよね?」
予想通り大して怒っていなかった彼女が僕の質問に答えてくれるようだ。いやー、寛大寛大。
「とりあえず、この二匹のスライムの顔をよーく見てみて」
「んー……。あ! 二匹とも左右非対称だな」
注意して見なければ気づかない程度ではあったが、左右対称ではない。この世界の生物は、ほぼ全てが左右対称になっていて、スライムも例外ではないはずなの……。
「それぞれの顔は非対称だけど、二匹を並べてみると、左右対称になってるでしょ? これにどんな意味があるかは分からないけど……」
「あ、ホントだ」
言われてみれば、確かにそうだ。
「えーとさ、この二匹って夫婦なのかな?」
「うーん……。単独行動するはずなのに密着していたから、夫婦みたいなかなり親しい関係だとは思うけど……。夫婦……。ある程度成長した後にできる関係。スライムは柔らかい。形状は変わるがやがて戻る。元に戻ろうとする性質……。それぞれは左右非対称だけど、二匹を合わせてみると、左右対称……。構造が単純……。流動性あり。繁殖方法は不明だが多量に生息……。密着……」
「ど、どうかしたの?」
ついに壊れたのだろうか……? 急にブツブツと独り言をつぶやき始めたミラ。
しばらくして、顔を上げたミラは、僕の方を向いて、口を開いた。
「ねぇ、ネロ。一つの仮説が立ったから、その検証してみよ?」
そう言ったミラは、好奇心に満ち溢れている幼い子どものような顔をしていた。
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