「お前ごときが魔王に勝てると思うな」とガチ勢に勇者パーティを追放されたので、王都で気ままに暮らしたい
075 ブレイカーズ
王城に併設された兵舎。
その外では、激しい剣戟の音が響いていた。
黒いコートをはためかせた大柄な男が、強く地面を蹴り飛び出す。
その速度を乗せて振り下ろされる斬撃を、白い軍服の女は刃渡り七十センチほどのブロードソードで受け流した。
「加減は必要ないぞ、ガディオ!」
「そちらも出し惜しみはするな、アンリエットォッ!」
黒い大剣が薙ぎ払われる。
アンリエットは素早く飛び退き、剣を構える。
「ふっ、ならば先に使わせてもらおうか!」
意識を集中させると、彼女の心臓が激しく脈打つ。
送りされる大量の血。
最も高い熱を孕んだそれが右手に達したとき、アンリエットの手のひらが突如裂けた。
そこから染み出す体液が柄に染み込み、そして幅広の刃に赤いラインを描く。
「血蛇咬!」
彼女が剣を振るうと、その剣先の軌跡が血の色に染まる。
放たれた血は刃となってガディオに向かって飛んでいく。
「はあぁッ!」
ガディオは、後退し距離を取りつつ大剣を薙ぎ払う。
繰り出す剣技は気剣斬、プラーナの刃が血蛇咬とぶつかり合う。
だが――アンリエットの放つそれは、さながら毒蛇のように彼の一刀をするりと躱した。
「ちぃッ!」
舌打ちをしたガディオは、迫る血刃をコンパクトに振り下ろした大剣で断つ。
速度と正確性を重視した一刀は、今度こそアンリエットの攻撃を確実に捉えた。
力を失い、赤い靄となって消える血蛇咬。
一方で彼女は気剣斬を血の満ちたブロードソードで真正面から受け止め、防ぎ切る。
「騎士剣術――久々に受けたが、やはり重いな」
「貴様の虐殺規則は、相変わらず掴めん」
将軍と、伝説の冒険者。
普通なら交わることのない二人だが、実は何度か、巨大モンスター討伐の依頼で顔を合わせたことがあった。
依頼と言っても、それを出したのは国である。
つまり、ガディオは傭兵として雇われていたわけだ。
もちろん当時は協力してモンスターに立ち向かったが、二人はお互いの剣術を見て、ずっと思っていた。
いつか彼/彼女と手合わせしたい、と――
そしてついに今、それが叶ったのである。
「私はお前ほど体格に恵まれていないのでな、ならば厄介さで打ち勝つしかあるまいよ」
虐殺規則は元々、王国と敵対していた帝国と呼ばれる国家で生まれた技術だ。
血液とは、人間にとっての力の源である。
体力があろうと魔力があろうと、それがなければ人は生きていけない。
つまり血に宿る力は、プラーナや魔法を凌駕するはずだ――そうして生まれたのがこの剣技であった。
刃に滴る血に己の意志を導通し、命を刈り取るために放つ。
つまりは人殺しのための技、ゆえに虐殺規則。
「剣を握るために生まれたかのような体質を身に着けておいてよく言う」
しかし、その技の発動には血液が必要だった。
一般的には、柄に“血液弾倉”と呼ばれる、血で満たしたカプセルをセットしなければ使用できない。
刃を血で濡らせば使えないこともないが、技を放つたびに血を捧げていたのではキリがないのである。
しかし、アンリエットの剣には、血液弾倉は存在していない。
なぜならば――彼女は自身の体内に巡る血液の流れを、自在に操ることができるからだ。
ガディオがプラーナで身体能力を強化するように、一時的に血の巡りを加速させて肉体のスペックを引き上げることすらもも可能だ。
それが彼女の“体質”。
そして女性の身でありながら、将軍にまで上り詰められた理由の一つである。
「さあ、次も行くぞガディオッ!」
アンリエットは剣を地面に突き立てた。
「潜蛇咬!」
そして剣先より放出された血液が、地中を潜行してガディオに接近する。
だがその姿は目視できない。
彼は大剣を高く掲げると、全力で地面に叩きつける。
ゴバアァッ!
地面がえぐれ、潜蛇咬も一緒にかき消される。
さらに、砂礫を巻き込んだ暴風がアンリエットを襲った。
「さすがだな英雄!」
アンリエットは実に楽しそう言いながら、飛び退き回避した。
ガディオも悪い気はしない。
状況が状況なだけに素直に没頭はできないが、強者との戦いというのはいつだって心が躍るものだ。
それが命の奪い合いではないのなら、なおさらに。
「まだまだ本気を出したつもりはない」
「ははっ、それは最高じゃなか!」
アンリエットはガディオとの距離を一定に保ちながら移動する。
一方で彼は、脚部にプラーナを集中、矢のように飛翔し、アンリエットに肉薄する。
それを見て彼女は目にも見えないほど素早く剣を振るうと、無数の血蛇咬を射出。
ガディオは線ではなく面で――素早く十字に大剣を振り、その中央にプラーナを注ぎ込むことで盾を作り出す。
打ち消されるアンリエットの虐殺規則。
さらに接近した彼は、横一文字で彼女の脚部を切り結ぶ。
すると彼女はぴょんと跳ね、後ろに回転しながら曲芸めいて避けてみせた。
そして着地と同時に血流加速、強化した脚力でガディオの懐に飛び込む。
「速さは私の方が上のようだな!」
「ぐっ!」
筋力で劣るアンリエットだが、敏捷性ではガディオに勝っている。
大剣を立てて防ぐ彼に、彼女は怒涛の連撃を仕掛けた。
それに加えて彼は、地中より迫るなにかの気配を感じ取る。
とっさに後退。
直後、地面から血の針が飛び出す。
「先入観だな、ガディオ!」
「一匹だけではなかったか!」
針はやはり、生きた生物のようにガディオの足を狙って追尾する。
「はああぁぁぁぁぁぁぁああッ!」
ゴオォッ!
気合の入った雄叫びをあげ、プラーナを放出するガディオ。
周囲に強い風が吹き、迫る潜蛇咬もかきけされる。
「ははっ、気迫だけで吹き飛ばすとは!」
あくまで今のは緊急手段だ。
プラーナの消耗が大きく、そう連発できるものではない。
しかしそこまでしてでも、虐殺規則による一撃は避けるべきものなのだ。
なぜなら――
「だが二度目を言わせてもらおう」
「なに?」
「これも先入観だ」
不敵な笑みを浮かべるアンリエット。
するとガディオの背後で地面が蠢き――地中から、細い血の針が飛び出した。
それは彼の左ふくらはぎを直撃、
「……なっ、三体目!?」
ちくりと鋭い痛みが走る。
ガディオは悔しげに表情を歪めた。
これで――左足は使えなくなった。
確かに虐殺規則は騎士剣術に比べて威力で劣るかもしれない。
人殺しのための技術にしては、正義執行よりも殺傷力が低いかもしれない。
だが、一度でも相手に傷を負わせることができれば、体内に潜り込んだ血液によってその部位の機能を封じることができる。
それが他にはない、何よりの強みだった。
「では、そろそろ本気で攻めさせてもらおうか」
今度はアンリエットの方から接近する。
まずは刺突。
ガディオは刃の腹でガード、だが、続けて繰り出される鋭い突きをさばくのは難しい。
的確な防御を続けていた彼も、じわじわと推され――血で満ちたブロードソードの刃が肩をかすめる。
するとガディオの左腕から、がくっと力が抜けた。
「もらった!」
残る右腕に向けてアンリエットは剣を突き出す。
だが彼女の中には油断があったのか、その動きは今までに比べると若干オーバーアクションだ。
見極めは容易であった。
ガディオは体をそらして刃をかわし、大剣を手放しアンリエットの腕を掴む。
そのまま強引に引き寄せ、彼女の体勢が少し崩れたところで、すれ違いざまに腹部に膝蹴りを叩き込んだ。
「がっ!?」
「勝ち誇るにはまだ早かったな」
これが本当の戦いなら、アンリエットは隙など見せなかっただろう。
「楽しいんだから仕方ないだろう……!」
彼女は四つん這いになりながら、額に汗を浮かべ、大きく深呼吸をした。
かなりきつい一撃だったようだ。
だが、その表情は笑顔である。
アンリエットはすぐさま立ち上がり、剣を握りガディオと向き合う。
一方で彼は左半身を引きずりながら、地面に落ちた大剣を拾い、同じように構え視線を合わせた。
そして、戦いが再開しようとしたそのとき――アンリエットの視線が、ガディオの後ろに立つ少女の姿を捉えた。
ついでに、その隣に立つ大柄な男性も。
「……ヘルマンめ、外に出すなと言ったはずだが」
「どうしたアンリエット、来ないのか?」
「これ以上は続けられそうにない、規律違反になる」
「規律……?」
怪訝な顔をしつつ、ガディオは振り返る。
「なぜフラムがここに」
「うちの部下に聞けばわかるだろう。そういうわけで、決着は持ち越しだな」
ガディオたちは、フラムとの接触を禁じられていた。
戦いを見学するだけなら接触とは言えないかもしれないが、不祥事を起こしたばかりのアンリエットとしては可能性は排除しておきたい。
アンリエットはガディオの体内に残った血の力を解除する。
「仕方あるまい」
剣を背中の鞘に収め、フラムの横を通り過ぎて兵舎に戻るガディオ。
一瞬だけ二人の目が合うが、特に言葉を交わすことはない。
しかしフラムはなにかを感じたらしく、彼の姿が見えなくなるまでその背中を目で追っていた。
「ヘルマン、彼女を外に連れ出すなと言ったはずだが?」
声をかけられ視線を前方に戻すと、すでに不機嫌顔のアンリエットが目の前にいた。
「……退屈そうだった」
「それで連れ出すやつがいるか!」
彼女が声を荒らげると、フラムはびくんと体を強張らせた。
血を舐められた記憶が蘇る。
オティーリエほどではないにしても、アンリエットも十分にフラムにとってはトラウマだ。
「あー……フラム・アプリコット」
「な、なんでしょうか」
彼女にもそれだけのことをしてしまった自覚はある。
アンリエットは怯えるフラムに、気まずそうに声をかける。
「なぜ、ここに来た? ヘルマンに連れてこられたからか?」
「剣に興味はあるかって聞かれたんです、だから“はい”って言ったら、ここに……」
一度はヘルマンの部屋に連れて行かれたが、そのあと違う剣であることに気づいた彼が、ここまで案内してくれたのである。
そして、しばらく二人はアンリエットとガディオの戦いを見学していた。
「あの、血が飛んでいくやつ、なんだったんですか?」
「今はそれを説明している場合では――」
「……虐殺規則」
「じぇの……?」
なぜか代わりに答えるヘルマンに、アンリエットは頭を抱える。
仕方ないので、彼女は手早く説明だけ終わらせることにした。
「自分の血液を使った剣術のことだ。血液に自分の意志を導通させ、体外に排出されたことによって死につつある彼らを奮い立たせ、従える」
「血を……従える、ですか」
「感覚の話だがな、それだけ強い意志が必要だと言うことだ。あとは“敵に向かえ”と指示を出してやれば――」
虐殺規則の出来上がりだ。
もっとも、口で言うのは簡単だが、実際は初歩の技術を身につけるだけでも一年はかかるのだが。
「さあ、説明は聞いたんだ、もう十分だろう? ヘルマン、彼女を部屋に送るんだ。あと、二度と勝手に連れ出すんじゃないぞ」
「……わかった」
ヘルマンはしょんぼりとしている。
「あの、そもそもなんで、私は部屋から出たらいけないんですか?」
聞いても無駄だとは思っていたが、今回ばかりは問わずにはいられなかった。
アンリエットの戦いを見ていたフラムは、ふと一つの可能性に気づいたのだ。
彼女の虐殺規則には、どうやら人間の肉体の機能を封じる力があるらしい。
それを使えば――あるいは、フラムの記憶を封じることもできるのではないか、と。
軟禁という、明らかに敵対的な行為。
そして口をつぐむ瞳の濁った将官たち。
まあ、アンリエットについてはさほど汚れた目をしているわけではないが――それでも、信用はできない。
フラムの問いかけに、彼女は困った顔で考え込んだ末に答えた。
「危険だからだ」
「なにがです?」
「王都は未曾有の災害に見舞われ、現在復興作業の真っ最中だ。無論、治安も悪化していてな。どこにどんな悪党が潜んでいるのかわからない、だから勝手に出歩かれると困る」
「あなたたちの方が危険じゃないですか……」
彼女はあまりにストレートな表現でアンリエットを非難する。
「昨日の件については、本当に申し訳ないと思っている」
アンリエットは、素直に頭を下げて謝るしかなかった。
「私は、血さえ見なければ大丈夫だ。オティーリエにも反省するように伝えてあるし、再発は絶対にさせないと誓おう」
「騎士団長って人はどうなんですか?」
「申し訳ないが、ヒューグに関しては行動を制限できる立場にない。だが、君がいるうちは二度と立ち入らないよう念は押してある」
対応は、真摯だ。
確かに最初に血を舐められたときも、正気に戻ったアンリエットは心の底から申し訳なさそうな表情をしていた。
フラムの血さえ見なければ、たぶんまともな人なんだろう。
「それでも足りないというのなら、飲める条件は飲もう。だから今日のところは部屋に戻ってくれないだろうか」
別にフラムは戻らないつもりではない。
記憶のない今の状態で、ボロボロだという王都に放り出されても困るし、ここに滞在する以外の選択肢は無いのだ。
しかし、条件を飲んでくれるというのなら――
「じゃあ、一つだけお願いしてもいいですか?」
フラムは少し無茶だと理解しつつも、注文をアンリエットに押し付けた。
◇◇◇
ガリ、ガリ、ガリ――部屋の奥からなにかを削るような音が聞こえる。
しかし、姿が見えるのは、出入り口に耳をぴたりとくっつけたインクだけだ。
彼女は感覚を研ぎ澄まし、接近する兵士がいないか探っていた。
そして同じ部屋で寝泊まりしているミルキットは――
「ふぅ、ふぅ……」
息を切らしながら、ガリガリとスプーンで壁を削っていた。
手は真っ赤で、握りしめた柄も曲がっていたが、それでも彼女は一心不乱に手を動かし続ける。
ガリ、ガリ、ガリ――その先にある無人の部屋を目指して、クローゼットの壁に穴をあけているのだ。
ネイガスから最初の手紙を受け取って一週間が経過した。
やはりこの建物からの脱出に関しては、彼女からの助力を受けるのは難しいらしい。
つまり、二人は自力でケレイナを助け出し、ここから逃げなければならない。
二人は連日話し合い、脱獄計画を練った。
まずミルキットとインクのいる部屋には、鍵が存在しない。
外側からしか開けない仕組みになっており、それが“部屋の前に見張りの兵すら置かない”という油断に繋がっていた。
事実、二人にはその鍵を突破する方法はなかった。
そこでミルキットが思いついたのが、隣の部屋に続く穴を開ける、という案だった。
インクは無茶だと反対したが、ミルキットはできると断言して聞かない。
なにも、ただ勇み足で鼻息を荒くしているわけではないのだ。
彼女は、ここに壁の薄い部分があることに気づいていた。
それが現在、彼女が穴を開こうとしている場所――ホコリの溜まった、クローゼットの中である。
ホコリがあるということは、つまり長期間誰も足を踏み入れていないということ。
今まで何度か兵士が抜き打ちで部屋の見回りに来たが、そこまで見た者は一人もいなかった。
つまり、音にさえ気をつければ、ミルキットの行動に気づく兵士は誰もいない。
「あと、少し……っ」
今日も朝からずっと、くすねたスプーンを握りしめ、作業に没頭していた。
一週間近く力仕事を続けた手はマメだらけだし、腕は筋肉痛でうまく動かなかったが、その先にフラムが待っていると言い聞かせて体に鞭を打つ。
開きかけた穴は、その成果に他ならない。
人が通れるサイズまで広げるのにはまだ時間がかかるだろうが、貫通はそう遠い未来ではなさそうである。
そして、その翌日――ついに、穴は隣の部屋にまで届いた。
そこから広げる作業は、掘り進める作業に比べればそうとう楽だ。
さらにその次の日になると、女の子一人が通れる程度の直径になり、ついにミルキットとインクは隣に部屋に到達した。
薄暗く、埃っぽいこの部屋は、おそらく物置として使われているのだろう。
「やったね」
薄暗いその場所で、二人は音を立てないように軽くハイタッチをする。
「インクさんのおかげです」
「私は何もしてないって」
「それはありえません。私一人じゃ、絶対になにもできませんでしたから」
謙遜するインクだが、彼女の役割もかなり大きい。
その優れた聴力で見張り役をするのはもちろんのこと、兵士の足音を聞き分け、この施設の簡易的な地図まで作ってみせたのだから。
かすかに聞こえてきたハロムの泣き声のおかげで、ケレイナたちの居場所も知ることができた。
インクがいなければ、脱出計画は早々に頓挫していただろう。
「あんま褒めないでよ、恥ずかしいから。さて、まだ近くに兵士はいないみたいだから……試してみる?」
「はい、やってみます」
ミルキットは物置の出入り口に近づくと、内鍵がついていることを確認して、ほっと胸をなでおろす。
そして音を立てないようゆっくりとひねり――カチャ、と解錠した。
生唾を飲み込み、ごくりと喉が上下する。
緊張で手汗のにじむ手のひらで、二、三度ほど開けたり握ったりを繰り返し、ドアノブに手をおいて、扉を開く。
「開いた……!」
ちゃんと扉が動くことを確認すると、ミルキットはすぐさま閉め、施錠した。
「ふっふっふ、これで私たちの脱出路は確保できたね」
「第一段階成功、ですね」
必要なことだけ確認すると、二人は穴を通って元の部屋に戻る。
そして並ぶベッドにそれぞれ腰掛け、今後の作戦を練ることにした。
「問題は、こっからどうやってケレイナたちを助けて、この施設から出るか、だけど……」
「二階なんですよね、ここ」
「みたいだね。階段の位置はわかってるし、そこを降りたらすぐに出口はあるみたいだから、ケレイナさえいれば勢いでいけちゃう気がする」
ケレイナの実力は未知数だが、元Aランク冒険者なのだ。
腕がなまっているとはいえ、そこらの兵士には負けないだろう。
「ケレイナさんの部屋の鍵を、どうやって手に入れるのか……」
「一番手っ取り早いのは、後ろからぶん殴って奪っちゃうパターン」
「そんな力、私にはありません。それにもし奪えたとしても……どれが部屋の鍵なのか、わからない可能性もありますよね」
「あ、確かにあいつら、鍵をあけるときにいつもジャラジャラ言わせてるよね」
正解の鍵を見つけるまでに、ランダム性の高いタイムロスがあるのが怖い。
遅れれば、異変を察知した別の兵士が救援に来てしまう可能性もある。
「うーん、だとするとやっぱあれかな」
「あれ?」
「食事の時間にさ、鍵を開けて見入りの兵士も一緒に部屋に入ってるみたいなんだよね。そこで強引に合流しちゃえばいいんじゃないかな」
「でも部屋には兵士も一緒にいるわけですし、すぐに助けを呼ばれてしまいませんか?」
「そこはケレイナに任せちゃえばいいんだよ。あっちが動けないのは、私たちが人質になっているから。そして私たちが自由に脱出できないのは、ケレイナたちが人質になってるから。そうやって雁字搦めにして逃げにくくしてる」
「なるほど、そのしがらみさえ無くなれば、ケレイナさんは遠慮をする必要がなくなるわけですね」
「そゆこと」
つまり、ミルキットとインクさえケレイナの部屋にたどり着くことができれば、脱出は成功したようなものなのだ。
見えてきた希望。
二人の表情も、自然と明るくなる。
「あとは、食事の時間に兵士たちがどういう動きをするのか音で把握できれば、すぐにでも逃げられると思う」
「そしたら、ご主人様にまた会えるんですね……!」
「ミルキットはいつもそればっかだよね、そんなにフラムのことが好き?」
「はい、大好きですっ。インクさんだって、エターナさんのことが好きなんですよね」
無邪気に、さも当然のことであるかのように問いかけるミルキット。
するとインクの顔が、みるみるうちに赤くなっていく。
「はあぁっ!? ない、ないからっ! 私はただ、エターナに遊ばれてるだけだし!」
「そうでしょうか、エターナさんもインクさんのことが好きなんだと思いますよ」
「なんで言い切れるのさ?」
「薬が届いたじゃないですか」
ミルキットは、テーブルの上に置かれた薬の包み紙を見ながら言った。
「普通は、薬なんて送れないと思います。きっとエターナさんが頼み込んでくれたんですよ、インクさんを助けたい一心で。それってつまり、インクさんのことが好きってことじゃないんですか?」
「それは……いや、まあ、その、えっと……ミルキットに言われなくても、わかってる、し……私も……それなりに……は」
「好きなんですね」
追い打ちをかけられて、インクは耐えきれずにぼふっと枕に顔を埋めた。
その様子を見て、口元に手を当てながら肩を震わせるミルキット。
「そういう無駄話はいいから、計画立てようよぉ……」
インクはくぐもった声で、弱々しく懇願した。
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