「お前ごときが魔王に勝てると思うな」とガチ勢に勇者パーティを追放されたので、王都で気ままに暮らしたい

kiki

098 世界が滅びる前に愛おしき人の手を握りたいのなら腕を切断してあなたに手渡す優しき私の慈愛

 




 激しい戦闘音が止まっても、ライナスがフラムたちと合流することはなかった。
 サウルの周辺には、まだヒューグがさまよっているのだろう。
 ゆえに町に近づくこともできずに、彼を探して街道付近を彷徨う二人。
 しかし、やはり姿は見えない。

「あれって……」

 フラムはそこで、街道を王都側から歩いてくる人影を見つけた。
 しかも複数人だ。
 ボロボロの一般人を引き連れ先導する女性は、フラムを見るなり驚いた表情を見せる。

「フラム、まさかあなたとこんな場所で会うとは思いませんでしたわ」
「オティーリエ、それはこっちの台詞だって」

 オティーリエの纏う軍服には清潔感があり、特徴的な赤いツインテールもつややかだ。
 おそらく彼女も、ライナスと同じく一旦外まで逃げ切ったのだろう。
 彼女から敵意は感じられない、むしろこちらを心配そうに見ている。
 その様子は、フラムに暴力を振るった時の彼女と同一人物とは思えないほどである。

「その格好からして、二人きりでここまで逃げてきたんですのね?」
「そういうオティーリエは、残ってる人を助けに来たんだ。ってことは、近くにも避難所があるってこと?」
「避難所のことも知っていますの、なら話は早いですわ。ええそのとおりです、軍の人間で手分けして生存者を探していますの。教会騎士のバートや、あなたの仲間であるライナスという男も参加していますわ」
「知ってる、さっきまでライナスさんと一緒にいたから。でも、コアを取り込んだヒューグに襲われて、私たちを逃がすために囮になってくれて……」
「まだ合流できていませんのね」

 フラムは暗い表情で頷いた。
 あれだけの自信を見せていたのだ、ヒューグにやられたとは思いたくないが――ライナスに限って道に迷っているという可能性は考えられない。
 すれ違っている可能性も考えられるが、彼ならフラムたちの位置を魔法で探知するぐらいできそうなものだ。

「コアを取り込んだヒューグ……彼がこのあたりを彷徨っているとなると、早く避難所に身を寄せたいところですわね。あなた方もどうかしら?」

 ライナスとの合流を最優先したいが、ヒューグに襲われる事態は避けたい。
 一旦避難して、夜を明かすのもいいだろう。
 誘いを飲もうとするフラムだったが、ミルキットが不安げに見つめてくる。

「あのオティーリエという人、ご主人様の敵だったんですよね? 信頼できるんでしょうか」
「私個人としては信頼できないけど……ねえオティーリエ、アンリエットさんは無事?」
「もちろん。お姉様に何かあったら、わたくし正気を保てませんもの」

 非常に説得力のある言葉である。
 つまり、アンリエットさえ無事なら、オティーリエが暴走する心配はないということである。

「らしいから、ひとまず大丈夫だと思うよ」
「ご主人様がそうおっしゃるのなら……」

 それでもミルキットは不安げだったが、それだけフラムのことを心配してくれているのだろう。

「話がまとまったところで、出発しますわよ。長時間の移動で彼らも疲れていますわ」

 こうして、二人はオティーリエに連れられて、二時間ほど歩いた先にある避難所へと向かった。



 ◇◇◇



 街道を外れ、草原を抜け、小高い丘に到着すると、オティーリエは足を止める。
 彼女がカンテラで照らした場所には、人一人が四つん這いで入れるぐらいの穴が空いていた。

「これが、避難所?」
「入り口は狭いですが、中は広いのでご安心を」

 そう言って、まずは連れてきた一般人を先に中に入れる。
 フラムはミルキットのあとに、その穴を通って遺跡に足を踏み入れた。
 中は意外にも明るい。
 サトゥーキが避難所として使用する案を立てたと言っていたし、この灯りはそのときに設置されたものなのだろう。
 オティーリエが言っていた通り中は広く、入り口さえ抜けてしまえば普通に立って移動することができた。
 壁面はさすがに時代を感じさせる程度には朽ちているが、なぜか既視感がある。
 顎に手を当てて考え込んだフラムは、一つの結論を出した。
 エニチーデでセーラと共に見たあの研究所だ。
 壁の雰囲気がよく似ている。
 ひょっとするとあそこも、元々遺跡があった場所を利用して作られた地下施設だったのかもしれない。

 最後に入ってきたオティーリエは再び先頭に立つと、フラムたちを案内して先に進む。
 ここのエニチーデと同じ規模の施設だとしたら、かなり広いはずだが――廊下は少し狭く、天井も低めだ。
 あれよりは狭いだろう、というフラムの想像通り、すぐに最奥まで到着する。
 オティーリエが他のものより大きめの扉を開くと、その先には広い空間があった。

「オティーリエ、やっと来たのか。遅かったな」
「お姉様ぁっ!」

 すでに到着していたお姉様の姿を見るなり、オティーリエはカンテラを投げ出して抱きついた。
 アンリエットも慣れたもので、子犬をあやすように「よしよし」と背中に腕を回す。

「ここは……」

 室内を見回すフラム。
 すると大柄な男性と目が合う。

「ヘルマンさん!」
「……久しぶりだな」
「はい、お久しぶりです。無事みたいで安心しました」

 フラムがそう言って頭を下げると、ヘルマンはにこりと微笑む。
 フラムとミルキットの存在に気づいたアンリエットも、目を見開いて彼女の方を見た。

「驚いたな、君たちまでここに来るとは。オティーリエに連れてこられたのか?」
「アンリエットさん、お久しぶり……ってほどでもないですね。彼女とは偶然、街道で会ったんです」
「そうか、君がいてくれるならこの避難所も安心だ」

 魂喰いがない今、フラムにはそこまでの力はないのだが――それでも、戦う力を持たない人々よりは頼りになる。
 その他、ヴェルナーも広間にいる。
 アンリエットがオティーリエに向けた『遅かったな』という言葉から察するに、最初からこの避難所に集合し、泊まる予定になっていたのだろう。

「私まで・・ってことは、他にも誰か来てるんですか?」
「ああ、ケレイナとハロムだったか、あの二人も――ほら、右の方に座っている」

 フラムとミルキットは、二人並んでケレイナたちに歩み寄る。
 ケレイナは腕に、隣でブランケットにくるまり眠るハロムは、顔の半分ほどを包帯で覆っていた。
 痛々しい姿だが、命があるだけ幸運だったと思うべきか。
 しかし――ガディオのことをどう話したものか。
 死んだと決まったわけではない、だが限りなくその可能性は高い。
 ただ事実だけを、エキドナの足止めをして自分たちを逃したのだと正直に話すしかないのだろう。

「フラムちゃんに、ミルキットちゃんじゃない! 王都から出られたんだね」
「はい、ガディオさんが助けてくれたんです」

 フラムがそう言うと、ケレイナは前のめりになって問いかける。

「それじゃあガディオは? 一緒じゃなのかい?」
「エキドナの足止めをすると言って、王都に残りました。そのあとは……ごめんなさい、わからないです」
「そっか……」

 返事を聞いた途端に、ケレイナは萎んだように落ち込む。
 明るい報せを持ってこれなかった、とフラムの胸も痛んだ。

「ケレイナさんたちは、どうやってここまで来たんです?」

 フラムはケレイナの向かいに腰掛けながら尋ねる。
 遅れて、ミルキットも彼女の隣にちょこんと座った。

「恥ずかしい話だけど、最初はあたしたちも錯乱してたんだ。それをガディオが、守りながら落ち着けてくれて……それから、あいつと一緒に屋敷を出た」

 二人の傷は、そのときに自らの手で作ったものであるようだ。

「そこから北区に向かって、王城の近くで軍の人たちに引き渡されるまではガディオが一緒だった。でもあいつは『やることがある』と言って王都に残ったんだ。今になって思えば、それがエキドナと戦うことだったんだろうね」

 ケレイナはハロムをブランケットの上から撫で、寂しげに語る。
 その感情には、『生きている自分より死んだティアの復讐を優先するのか』という嫉妬も多少は混ざっていた。
 言ったってしかたのないことだ。
 彼はそうやって生きてきたのだし、今さら変えられるものでもない。
 それでも――ガディオは魔王城で一度だけ、ケレイナのことを受け入れた。
 面倒くさいと言われても、自分を選んで欲しいと願うのは、女として当然の欲求だろう。

「王都からは、城の中にあった王族だけが知ってる地下通路とやらを使って脱出したよ。そう言えば、その時は王様やイーラって女も一緒だったね」
「スロウやイーラも無事なんだ……!」

 フラムは笑みを浮かべ、主の表情を見てミルキットも頬をほころばせた。
 スロウはともかく、イーラとは憎み憎まれの関係だが、なんだかんだで生きていると聞くと安心する。
 だがここにいないということは、別の避難所を利用しているのだろう。
 確かに、この部屋は広い。
 だが、すでに二十人ほどの人間がいるため、アンリエットたちが外から持ち込む食料や水のことも考えると、収容人数はそろそろ限界を迎えそうだ。

「そういえば、エターナさんやインクの居場所はわかりませんか?」

 未だ所在のわからない彼女のことを尋ねるも、ケレイナは首を横に振った。
 しかし、少なくともガディオやライナスはフラムと会うまで無事だったのだ。
 エターナほどの力を持つ人間なら、インクと一緒にどこかで生きているだろう――フラムはそう信じたい。

「フラム、少しいいかしら」

 ケレイナと話していたフラムの背後から、オティーリエが声をかける。
 思わず『げっ』と声をあげそうになった、体に染み付いたトラウマはそう簡単には消えないものだ。
 それをどうにか抑え、振り返る。

「お姉様が今後の話をしたいと呼んでいますわ、来ていただいてもいいかしら?」

 フラムは素直に従い、ケレイナに別れを告げてその場を離れた。
 そしてミルキットとともに、アンリエット、オティーリエ、ヘルマン、ヴェルナーの会話の輪に加わる。
 正直、居心地が悪い。
 ミルキットもフラムの上着の裾を掴み、不安げに後ろに立っていた。
 そりゃそうだ、つい先日まで本気の命の奪い合いをしていたような相手なのだから、急に味方になれと言われても困る。
 だがそのあたり、ライナスはうまくやっていたようで、改めて『対人スキル高いよね』とフラムは痛感していた。

「済まないな、呼び立ててしまって」
「いえ、構いません。それで今後の話というのは?」
「まずはヒューグに関する情報をもらいたいと思ってな。オティーリエから聞いたよ、コアを使っていたそうだな」
「はい、腕にキマイラみたいなモンスターの寄せ集めがくっついてて、それが巨大化して遠くまで伸びたりしていました」

 実際に交戦したわけではないので、詳しくはわからない。
 今のフラムにはその程度の説明しかできなかった。

「あのとき聞こえた地鳴りは、もしかして彼の戦っている音だったのかしら」
「山の方から聞こえた音だったら、私も聞いたからたぶんそれだと思う」
「足元も揺れていてかなりの威力でしたわ」
「……厄介だ」
「その力を持ってるのがせめてまともな人間だったら、話も通じたかもしれないんだけどねェ」

 対処法は、遭遇しないか、倒すかのどちらかしかない。
 だがここに集まった全員で挑んでも、今の彼に勝てるかどうか。

「あのライナスが足止めから戻っていないとなると……厳しいな」
「でも速度は大したことなかったんで、ライナスさんなら逃げられると思うんです」

 それに関しては、フラムは確信めいた自信があった。
 生き残ることに徹したライナスを殺すのは、おそらくあのヒューグでも無理だ。
 地鳴りが山から聞こえてきたことを考えるに、彼はそこに逃げ込んだ。
 ということは、本気でヒューグとぶつかり合おうとはせず、地形を利用して撒こうとしたのだろう。
 そして、地鳴りを最後に何も聞こえなくなったということは――戦いは、そこで終わった。
 たぶん、ライナスが逃げ切ったことで。

「私たちと合流できなかったのは、別の原因じゃないかと思ってます」
「例えば?」
「ヒューグから離れたあとに、キマイラに見つかった、とか。でもその場合もライナスさんなら逃げ切れるはずですから、どこかで生きてるはずです」
「ふむ……そこまで言うのなら信じよう。そういえば、バートの行方はわかるか? ライナスと一緒に行動していて、彼もここで合流する手はずになっていたんだが」
「あの人なら、ラランクラに残っていた生存者たちを別の避難所に連れていきました」
「ヒューグとの遭遇はそのあとか。そうか、それならいいんだ」

 アンリエットはほっとした様子である。
 合流地点に現れない、今の状況では、それはつまり死を意味する可能性が高い。
 彼女も犠牲者が出るのは仕方ないと割り切ってはいたが、誰かが死んでも辛くないわけではないのだ。

 その後は、明日以降の予定――具体的には、遺跡に避難した人々の輸送計画についての話し合いが行われた。
 安全区域に近い場所から順次護衛を付けて脱出させるのだ。
 その手はずとルート、時間帯を、現在のキマイラの行動パターンやヒューグの存在を考慮しつつ決定していく。
 どこを通っても、絶対に安全な場所はない。
 だからこそ、死の可能性が低い場所を入念に選ぶ。

 もう夜も遅い。
 ミルキットは無理をして起きていたが、途中でフラムが寝かせた。
 話し合いが終わる頃には日付はとっくに変わっており、部屋の避難民たちはほぼ眠っていた。
 フラムたちも明日に備えてすぐに眠り、英気を養う。

 翌朝、目を覚ますなりアンリエット、オティーリエ、ヘルマンの三人は別の避難所へ計画を伝えるために、ここを去っていった。
 護衛のため残ったのは、ヴェルナーだけである。



 ◇◇◇



 昼過ぎまで、フラムとミルキットは、ハロムと遊びながら過ごした。
 怪我の具合を心配していたが、そんなもの関係なしと言わんばかりに彼女は走り回る。
 むしろ無傷のフラムの方が振り回されるほどで、その様子に他の避難民たちも元気を貰っているようだった。

 昼食の配給が近くなると、ヴェルナーがフラムに近づいてくる。
 正直、フラムは彼のことがあまり得意ではない。
 最初に見たときに感じた“濁った目”は、今でも変わっていないからだ。
 まあ、軍の上層部にいる人なのだし、出世欲が強いのはおかしなことではないのだが――こんなときぐらい、そのギラギラとした欲望は隠せばいいのに、と心から思う。
 それとも、むしろ災害に巻き込まれている今こそ手柄を立てるチャンスだとでも思っているのだろうか。

「ねえフラム。ちょっと話があるんだけど、こっちに来てもらってもいいかなァ?」

 馴れ馴れしい呼び方にムッとしながらも、導かれるままに部屋を出るフラム。
 どうやら他には言えない話らしく、ミルキットは置いてくるように言われた。
 それがさらに印象が悪かった。
 この状況で、今さら誰かに隠さなければならない話とは一体なんなのだろう。
 というか、フラムに話すのなら、一心同体のようなものであるミルキットに聞かれたって、何ら不都合は無いはずなのだが。

「部屋を出てすぐの場所でよくないですか? こんなに出入り口まで近づく必要なんて――」
「あるんだよねん、それがさ」

 彼はニヤリと笑って、例の四つん這いでないと通れない出入り口の方を見た。
 しかしそこにあったのは、余裕で人が通れるほど大きな穴だ。
 実際、誰かがその穴からすでに内部に侵入していた。
 背後から、外から差し込むまばゆい明かりが照らしているため、姿はよく見えない。
 シルエットからわかるのは、一方が小柄な女性で、もう一方が大柄な男性ということだけだ。

「あ……!」

 男性の髪型や、背負った剣、纏うコートの形状を見て――フラムの表情が輝く。
 そして、彼女はある人物の名を呼んで、彼に駆け寄った。

「ガディオさんっ!」

 もう会えないと思っていた。
 ここにはケレイナやハロムもいる、彼女たちも再会を心待ちにしている。
 一刻も早く姿を見せてあげて欲しい――そう思ってすぐそばにまで近づいて、顔を見上げた。

 ぶじゅる。

 渦から落ちた赤い雫が、べちゃりと地面を濡らした。
 フラムは一体、何度このおぞましき姿に、心を砕かれればいいのだろうか。

「うそ……だ」

 経緯は容易に想像できる。
 エキドナとの戦いの結果がどうであれ、ガディオは王都で命を落としたのだ。
 そして、隣にいるマリアが、その死体にコアを与えた。
 ネクロマンシーの原理である。
 オリジンの人形として蘇った彼は、操り人形として、ここにやってきた。
 理由なんて一つしか無い。
 終わらせるためだ。
 フラムの戦いを。
 ここまで必死で繋いできた奇跡の連鎖を。
 無情に砕いて断ち切って、オリジンに捧げるために――その手を伸ばし、胸ぐらを掴み、その体を持ち上げる。

「う……あっ、ああぁ……どうしてこんなことにっ……ガディオさん、ガディオさぁんっ!」

 体をばたつかせながら、彼の名前を繰り返すフラム。
 もちろん声は届かない。
 ヴェルナーはその姿を見てニヤリと悪辣に笑うと、マリアに近づいた。

「ほれ、おいらは約束を果たしたよん。これで、コアを貰えるんだよねェ?」
「ええ、使い方は任せます、お好きにどうぞ」

 そう言って、マリアはヴェルナーに内部で黒く渦巻く水晶を渡した。
 彼は満足げに微笑み、一旦懐にしまい込む。

「んじゃ、あとはそっちも好きにやってよ。おいらはとりあえず、外に避難しとくからさ」
「ヴェルナー……お前が呼んだのかっ、ここに、マリアをぉおおおッ!」
「おお、怖い怖い。おいら、長いものには巻かれる主義なんだよねん。だいたい、見てよこの惨状。これを引き起こした神様に勝てると思う? 無理だよねェ!? だったら、強い方に従って、強い力を手に入れる、これが賢さってもんでしょうよ!」

 人差し指でこめかみを叩き、フラムを挑発するヴェルナー。
 つまり、彼女の第一印象は間違っていなかったのだ。
 彼の目も、心も、ずっと濁っていた。

「さあ、行きましょうフラムさん。オリジン様が待っています」
「マリアぁ……お前がガディオさんをぉおッ!」
「ついに呼び捨てですか、悲しいですね。ですが仕方ありません。だって、エキドナさんやヒューグさんにコアを渡したのも、ライナスさんを殺したのもわたくしですもの」
「ライナスさんを……殺した……?」
「はい。最後までわたくしのことを信じて、とてもみじめな死に方でしたわ」
「ああぁぁっ、お前はあぁぁぁああああッ!」
「駄々をこねても無駄です。ガディオさん、行きましょうか」

 フラムは掴まれたまま、為す術もなくガディオによって外に連れ出された。
 そして彼はフラムを地面に投げ捨てる。
 すると、すぐさまマリアの光の魔法が彼女の四肢を拘束し、宙に浮かべながら避難所から引き離された。

「距離がないと危ないですからね」
「離して、離してえぇっ!」
「落ち着かないとよく見れませんよ。大事な人の最期の姿なのですから、ちゃんと見てあげないと」
「大事な、人……? 最期……?」

 フラムは、すっかり遠ざかった遺跡の方を見た。
 ガディオは以前使っていたものとは異なる紅い剣を抜き、広がった穴と向き合っている。
 当然、その先にはミルキットたちが今もいるのだが――

「まさか……待って、どうして!? 私を連れ去ったら、それでいいんじゃないの!?」
「オリジン様がそれをご所望です」
「ふざけないでよッ! そんなもの許されるはずがないっ、許していいはずがない!」
「ですが止められません、あなたには力がありませんから」

 ガディオは無言で剣を振り上げる。
 周囲の景色を歪ませるほどの大量のプラーナが刃に籠もっているのが、フラムにも見えた。
 彼は彼女の悲痛な叫び声など聞こえていない様子で、さらに力を高めていく。

「やめてっ、ガディオさん! お願いだから、やめてぇぇええええええッ!」

 フラムのその声が引き金になったように――ガディオは、剣を振り下ろした。
 プラーナの嵐が放たれ、触れたものを破壊していく。
 遺跡の埋まっていた丘そのものが気剣嵐プラーナストームによって潰される。
 確認するまでもなく、その内側――ミルキットたちのいる空間も、天井が崩落し、全員が命を落とすことだろう。

「あ……あぁ……あああぁ……」

 もはやフラムは、掠れた声を出すことしかできなかった。
 ミルキットを失ったことはもちろん、それを行ったのがガディオだという事実が、彼女の心を粉々に砕いていく。

「……あ……ぁ……」

 そして絶望が許容量を超えると、電源が切れるようにぷつりと意識を失った。
 振り返ったガディオの成れの果ては、ぐったりと力の抜けた彼女を見つめる。

「ようやく、終わるのですね」

 マリアは青空を見上げそうつぶやくと、最後に遺跡の方を振り向く。
 水の音が聞こえる。
 果たしてそれが正しかったのかはさておき――『結局、わたくしは甘いままなのですね』と彼女は自嘲した。





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