鮫島くんのおっぱい

とびらの

戦いの後始末


 すべての戦いが終わって。
 闇の明けきらぬ早朝。ラトキア騎士団総勢が集結し、散らばったバルゴの死骸を回収する。
 彼らはみな、ここでの戦いを見ていない。それでも騎士団長がほとんど一人で殲滅したという話は聞いていた。

「……えげつねえなあ。この銃弾、子供用のおもちゃで撃ったもんだろ? なんだよこの威力」
「攻撃力は改造してんだろ。連射は指先の握力、精度は……ただ本人がバケモノだからだな」
「バケモノか、違いない」

 戦場の後に笑い声。
 蝶はゆっくりと、その現場を視察していた。
 騎士たちの軽口をたしなめたりしない。そんなことで空気を悪くして、自分の立ち位置を揺るがしたくはなかった。

(……定年まで、あと……三十年弱)

 自分の年齢と、指折り数えて考える。

(もしもうちに、子供がいれば、そいつらが就職するまでの十何年で構わない)
(けども、うちは、おれがいなけりゃ女房はひとりになるんだ)
(しっかり稼いで、ちゃんと生き延びる。……それが、おれの本業だ)

 治療された足を少しだけ引きずって、蝶はまっすぐに、空き地最奥の土山を目指す。
 こんもりと盛られた土山に、大きく開いた穴は、なぜか埋め立てられていた。獣が後ろ足で掻いた後。
 蝶は乱暴に、爪先で持って土山を蹴り壊した。簡易的に蓋されただけの巣穴がボコリと開き、空洞が見える。

 そこから、ミイミイと甲高い声がする。
 うまれたばかりの赤ん坊。

「……ごめんね」

 蝶は腰の刀を抜いて、巣穴の中に差し込んだ。刃先を走らせ、えぐる。
 それで声は静かになった。

「誰だって、家族は大事だよな。わかるよ。おれもだ」

 赤く濡れた切っ先をぬぐって、蝶は立ち去った。


 霞ヶ丘市本町、駅からほど近いとある建物に、看板らしいものは何もなかった。
 だが確かに、手に持った地図はここを示している。そういうつもりで見てみれば確かに、やたらとシンプルすぎる建てましは、わかりやすく病院のそれであった。
 スマホの画面に映された地図と、短文のメッセージ。送り主は基本的に饒舌だが、メールでは面白いほどに寡黙である。

『暇つぶしのオモチャちょーだい』

 たったその一文。

 それを確認し、柳場少年は、看板のない病院へ侵入していく。
 はいってすぐ、まるで侵入者を検問するかのように塞ぐ受付カウンター。人見知りがちな少年はすこし躊躇しながらも、思い切って、ナースに向けて声を張り上げる。

「あ、あのっ……おれ、柳場っていって……ここに先輩が、栗林梨太さんが、入院してるって聞いたんですけどっ」

 叫び、手に持った紙袋を持ち上げる。と――それが、ひょいと上空に持ち上げられた。
 少年よりも長身の人間が、背後から手を伸ばし、奪い取ったのである。ぎょっとして振り向くと、そこにいたのは絶世の美女である。
 少年は言葉を失った。

「……リタの、ともだち?」

 穏やかな声で問われた。あわててコクコクうなずく。

「これを……渡せばいいんだな」

「は、はい。ええと。……お願いします」

 本当は見舞がてら自分で持っていくつもりだったとは、とても言えない。緊張した少年のようすに、美女はどこか悲しそうに目を細める。そして身を屈めた。ぞくりとするほど美麗な顔が間近に迫り、少年は震えあがる。バラ色の唇が言葉を紡いだ。

「リタのともだち……おまえは、リタのことが好きか」

「へ……え? ええ、はい。まあ。面白い、先輩です」

「リタがいなくなったら、悲しい?」

「そりゃまあ……って、え? 栗林先輩、そんなに危ないんですか!?」

 ぎょっとして追及する、と、美女のほうが目を丸くしてたじろいだ。紙袋で顔を隠すように身を縮め、後ずさる。

「い、いや。ちがう。……変なことを聞いて申し訳なかった。では、たしかに荷物は預かった。伝えておく」

 口早に言って、走り去ってしまった。


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