鮫島くんのおっぱい

とびらの

バルフレアの宴①


 バルフレアの村は、研究所のある森からは車で小一時間。黄金葦草原のただなかにぽつんとあった。獣除けだろう、ぐるりと木の塀で囲んでいる。
 サイズとしては、梨太の感覚でちょうど町内一周ぶん。母校の敷地、校庭まで含めたほどか。何とも小さな村である。

 ハーニャの生家、バルフレア村族長の家は、その中心にあった。
 それなりに立派な屋敷である――それなりでしかない――簡素な客室を抜け出す。
 梨太はとりあえず虎を探した。一足先に村へ着いた彼は、同じくこの村長宅に泊まっているはずである。リビングルームに顔を出すと、案の定、すっかりくつろいだ虎がいた。座敷に座りこみ、村長となにやら談笑している。

「ほぉーぅほうほう、なるほど、スラムの鉄鋼所……それで虎どのもそういった作業はお得意で?」
「いや、それは母ちゃんの仕事。まあオモチャ代わりに触ってたから、分解修理くらいならできるけど。造るのは木工のほうが得意だな。機械の修理は軍兵の基本技能だ」
「騎士様ちゅうのはなんでもできるんですなあ。いやほんに助かりましたぞ、発電機やら水道やら、ラトキアさんは敷いていったはいいが整備の仕方なぞ教えてくれず、やって来てくれるわけでもなし」
「そういうのは騎士団でも一番だったぜ。俺、器用なの。大工技師になろうか兵士になろうかで迷ったくらいだ。あのデッカい水車もあとでみてやるよ、任せとけ」

 と、得意げに大笑い。一切の謙遜も照れもない男であった。梨太に気づいて手を振ってくる。

「よぅリタ。もう昼だぜ。だんちょーはまだ寝てるのか?」
「あ……うん。おはよう」

 挨拶は返したが、団長を起こそうという提案は無視をした。そのまま彼の隣に座り、お茶を頂く。
 バルフレアで常飲される茶は、あの葦を煎じたものである。香ばしくて美味しい。一口分かさが減ると、すかさず村長がお茶をついでくれる。なんだか妙に篤い歓待のような気がした。
 村長は梨太の前で膝をつき、頭を深く下げてみせる。

「リタ様、昨夜はよくお休みでしたね。お疲れがたまってらっしゃるのでしょう、馬車が届くまでの数日、故郷と思ってどうぞゆっくりなさってください。足りぬものがあればなんなりと、娘らに命じて頂ければ」

 梨太は苦笑した。

「ありがとうございます。宿のお礼をしなくては……僕は戦えないけど、家畜の世話なら手伝えると思います。これでも男ですから、力仕事でも」
「とんでもない!」

 思いの外強い拒絶に、梨太はシャックリした。叫んだ村長はいよいよかしこまり、土下座のような格好で頭を下げた。

「ハーニャから聞いております、リタ様は現星帝の政策を引き継がれるとか。まずそのお心に我々バルフレアは礼を尽くさねばなりませぬ。そしてぜひとも当選を。そのためにもどうぞ英気を養ってくださいませ」
「はあ……。えっと、バルフレアは、鯨さん――じゃないや、ハルフィンの政治を応援してたんですか?」

 それは不思議な話である。星帝はあくまでラトキア王都、ラトキア人のための政治をしている。バルフレア村は王都から遠く離れ、移住も認められていない。参政権はもちろん、人権がないということだ。嫌われこそすれ、好かれそうには思えないが。

 村長は大きく頷いた。

「確かに、我々はハルフィンにより王都に住み着くことを禁じられました。言い換えればそれ以前、我々は王都に居たのです。しかしやはり、都民ではありませんでした」
「……亜人種、として、迫害されていたのですか」
「それはまだ聞こえのよいほう……家畜、奴隷と呼ばれる存在でした。――それを法で禁じたというのは、すなわち、我らを救ってくれたということです。それから三十年、我々は村でくらしながら、ときに王都と交易し、ラトキア科学の恵みにあずかっています。よき、よきことでございます」
「……なるほど。よくわかりました」
「我らには、あなたを推して差し上げられる権利がございませぬ。ならばせめてものもてなしを。光の塔へゆくまえに、旅の垢を落としていってくださいませ」

 梨太は微笑み、深く頷いた。

 おそらく――村長の言動は、すべてが真実ではないだろう。歓迎はただ好意と応援というだけでなく、接待だ。晴れて梨太が星帝になったあかつきには、さらなる便宜を図ってくれという圧を感じる。

(ま、それならそれで、乗っかるか)

 と、切り替えるのが梨太である。バルフレアの生態と文化には興味がある。魚心あれば水心、ここらでひとつ村の探索と、根掘り葉掘りの質問タイムを取らせてもらう――と、身を乗り出す。
 そこで、村長がパァンと手を打ち鳴らした。

「さあ、行きましょう! 広間に宴の準備が出来ております。虎どのもご一緒に。バルフレアのごちそうを堪能してくださいませ!」


 広場、と言われる場所は、村のちょうど中心にあった。中心を通る用水路を二股に分け、円をつくって、また合流させている。その中州を憩いの広場にしているらしい。
 質素な花壇のほか、日除けのターフや丸太のベンチ程度だが、村人に親しまれている気配がある。

 宴――と言われて、どんなお祭り騒ぎかと思いきや、なにもない。ただ中央に大きな組み木があり、火が燃えている。バルフレアの子供達が焚き火のまわりを駆け回り、キャッキャとはしゃぎながら、飾り布を奪い合っていた。

 それを囲むように車座になったバルフレア。

「あっ、星帝さま! おはようございます。どうぞこちらへ」
「お食事の用意がございます。どうぞ、どうぞ」

 バルフレアの娘たちがよってたかって、梨太達を席へと引っ張っていった。
 すかさずどんどん運ばれてくる料理。バルフレアの主食は蒸し肉まんの形をしていた。お焼きといったほうが近いのか。もっちりと粘りけのあるパンのようなもので、さまざまな具材を包んでいる。
 あとは茹でた芋と、大量の果物が積み重ねられていた。
 素朴といえば素朴だが、クセがなくて食べやすい。

「あ、意外とおいしー。僕、もっと食べ付けないものが出てくるのも覚悟してたよ」
「もともとは食えたもんじゃなかったらしいぜ。でもこの百年、ラトキア王都との交易が進んでる。バルフレアの香辛料が王都に、王都の食べ物がバルフレアに入ってきているらしい」
「ふうん? でも種族じたいがこれだけちがうのによく定着したな」
「そりゃあ、バルフレアの営業努力ってやつだな」
「……ラトキア人の口に合わせてるうち、自分の所まで変わったってこと?」

 虎は頷き、同時に少しばかり苦いものを口の端に滲ませた。

「地球じゃあ、各国の伝統ってものを大事にしてたっけ。ラトキア星にはあんまりそういう考えはない。まあ、二百年前のバルフレア料理も食べてみたかった気はするけどな」

 梨太は複雑な心境で、手中の肉まんじゅうを見下ろした。旅先で美味しい食事にありつけるのはありがたい。が、旅行の醍醐味といえば現地食でもある。異文化に触れ、個性を知る。梨太はそういう旅が好きだった。

(……国の文化っていうのは、長い歴史で積み重ねて行くもの。流通や侵略、合併で、いろんな国のものが混じって変化していったものだ。これは決して悪いものじゃない――)

 そう、わかっているのにどこか、引っかかる。美味しいはずの料理が進まない。

 しかし、

「リタ様、こちらもどうぞ」
「あっはい、どうもありが――」

 と、差し出された液体を口にした瞬間、悲鳴を上げてむせかえった。酒である。それもノドが焼けるほど強い。なにか複数の果実を発酵させたものだろう、異常に甘いがなぜか辛い。その味だけで毒物以外のなんでもない酒だった。

 すぐに吐き出し、ただゲホゲホ咳き込む梨太に慌てて虎が水を出す。やはり小声で、

「ばかっ、バルフレアの酒が俺たちに飲めるわけがねーだろっ」
「っえほ、し、しらないよっそんなの――うげぇ、舌をがしびれる」

「星帝様のお口に合いませんか?」

 バルフレアの女が覗き込んできた。犬にも似たあいくるしい獣の顔が、落胆と狼狽で揺れている。彼女らは、星帝をもてなせと長から言いつかっているのだ。慌てて首を振り、しかし飲み干してみせることは出来なくて、梨太は困った。

 そのとき、真上から白い指が伸びてきた。

「――夫は、酒そのものをあまり飲みつけない。俺が代わりに頂いてもよろしいか」

 鮫島だった。旅の貴族服でも軍服でもなく、ゆったりとした白い貫頭衣を着ている。ラトキアの民族衣装――五年前の夏、女として現れたときの姿だ。変わったところと言えば髪が伸びたところと、当時よりは少しだけ年齢を重ねているだけである。

(……相変わらず、きれいだ)

 そう思った。だが――やはり、女性には見えなかった。

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