虫のこえ

マウンテン斎藤

第2話 -揶揄-



山型のアスレチックの窪地の上で、酒を飲み、歌い、騒ぎ、語り合い、そうして彼らが疲れ、寝静まった頃。ナマリはブランコの上で、半分に欠けた月を眺めていた。辺りは静けさを取り戻し、冷たい風の音だけが聞こえる。


「あぁ、なんだか僕を見ているみたいだ。」

あの月は僕のこの光で、欠けた部分が僕の記憶。誰にも見ることのできない、謎だらけの自分。どうして僕は欠けてしまったんだろう。


ナマリがボンヤリと月を見ていると、ブランコの裏の森の中から、クスクスと笑う声がした。ナマリが気づいて後ろを振り返ると、暗闇の中に黄色に光る二つの目があった。

「ふふふふ。あなた、変なことを突然言いだしちゃうタイプの人なのね。あら、でももう人ではないか。私たちは蘇者だしね。」

黄色い目は大きく開き、ナマリの方をじっと見つめていた。
ナマリは恐る恐るその声のする方に問う。

「蘇者?それはいったい何?君は誰?」

声の主は揶揄うようにナマリに言う。

「あらあら、あなた本当に自分のこと何にも知らないのね。可哀想。可哀想だから特別に教えてあげる。蘇者っていうのは、着ぐるみを着たおじさんみたいなものよ。中身はおじさんなのに、見た目は可愛い兎になっちゃうの。それと、着ぐるみを着ていられるのは月明かりがある夜だけ。私たちは決まった着ぐるみしか選べないし、その着ぐるみが死んじゃえばもうこの世には戻れない。ゲームオーバーってわけ。」

ナマリはゴクリと息を飲む。声の主が近づいてきて、スルスルとブランコに絡みつき、ナマリの目の前に現れる。それはとても大きな目をしていた。

「私の着ぐるみは見ての通り蛇よ。あなたを食べちゃおうと思ってたの。」

彼女が大きな口を開けて牙を剥き、ナマリに迫ると、
ナマリはビクッと身体を震わせ、尻餅をつき、身体をピカッと強く光らせた。驚いて声も出ない。すると彼女はそっと口を閉じ、笑いながら言う。

「ふふふっ!あははははっ!あなた良いリアクションするわね!ふふっ。怖かった?私の演技見事だったでしょ?でもまさか、こんなに驚いてくれると思わなかったわ。第一、私があなたを食べるわけないじゃない。そんなことをしたら人殺しよ。元はあなたも人間なんだから。」

ブランコの板に絡みつき、ケラケラと笑う彼女を警戒しながら、ナマリはやっとのことで身体を起き上がらせたが、足がまだかくついている。

「…やめてくれ。君は僕のことを揶揄いすぎだよ。本当に食われると思った…。」

ごめんごめんと彼女が謝ると、ナマリは不機嫌な面持ちで尋ねた。

「ところで、君はなんで僕のところに来たの?揶揄うため?」

彼女はちょっと待ってねと言うと、笑いを抑えるために、時間を置いてゆっくりと話し始めた。

「ふぅ…。えっとね。私があなたのところに来たのは、名前が欲しかったからよ。」

ナマリは少し驚いた。僕以外にも、自分で名乗れないやつがいたのか。

「名前?君は生前の記憶があるから、それに因んだ名前をつければ良いんじゃないの?それに、名前をつけるなら、あのアスレチックの天辺にいる、シキシャに聞けば良いじゃないか。」

それを聞くと彼女は困った顔をして言う。

「それが、、、そういうわけにもいかないの。私が生きてた頃、私はある国のお姫様だったの。でも、こんな見た目で姫なんて名乗れないじゃない。だから、他に名前をつけようとしたんだけど、私お城から出たことなかったし、毎日執事達と同じような生活をしてたから、何も浮かばなかった。それに、あのシキシャとかいうやつはあんまり好きじゃないの。今を生きることに精一杯で、その日暮らしの毎日。それでいっかって満足して、いつか蘇者としての夢を残したまま死んでいく。私はそれを見ていられない。」

ナマリは彼女の意外な答えにキョトンとしている。お姫様?この子が?まさか。こんな意地悪で恐ろしいお姫様がいるものか。しかもそれが本当だとすると、僕はお姫様に尻餅をつかされたことになる。なんともマヌケだ。彼女がお姫様だったなんて半信半疑だけど…でも、名前ならピッタリのがある。

「わかった。僕が君に名前をつけよう。」

彼女は目を輝かせてナマリの方にグイッと顔を寄せた。

「えっ、ほんと!?やった!ありがとう!えっと、どれくらい待てば良い?半日?3日?1週間?ん〜、いくらでも待つわ!」

興奮気味の彼女に、ナマリは皮肉たっぷりの笑顔で答えた。

「うん。そんなに待たなくていい。今決めたよ。君は…ケラケラだ。」

ナマリは自分を揶揄った彼女にピッタリの名前を与えたと思った。ケラケラ笑うやつ。そんな名前をつけてやった。どうだ。変な名前だろう。

すると彼女はパアッと目を開いて驚き、ブランコの上でとぐろを巻き、ケラケラ…ケラケラ…と何度も呟いた。

「ケラケラ…。ふふっ。とても素敵な名前だわ。私にピッタリ。気に入ったわ!あなた少しはやるじゃない。」

彼女が満足気な表情を見せ、何度も自分の名前を呼ぶ姿を見て、ナマリは思っていた感想と違い少し悔しいような気がしたが、しかしどこか誇らしげになっていた。

「名前をくれたお礼に、一つ教えてあげる。蘇者にはね、必ず叶えたい夢が一つあるの。この世に未練を残した魂が、それをどうしても叶えたくて蘇者になるの。だから、あなたにも夢があるはず。それを探せばきっと、生前の記憶も取り戻せるわ。」


ケラケラはそれを伝えると、もう行かなきゃと言って森の中に消えていった。
辺りはまた夜の静けさを取り戻した。しかし、ナマリはしばらく彼女の笑い声が耳から離れなかった。



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