虫のこえ

マウンテン斎藤

第4話 -蘇者-


ハイユー達が樹液を集め、シキシャの不在にまだ気づかずにいる頃、ナマリはいつものように、ブランコの上でぼんやりと月を眺めていた。今日は昨夜よりも月が明るい。もう時期、満月になるだろう。寒さも一層増して来ている。夏が終わり、秋がやってくるのだ。そんなことを考えていると、後ろの森からカサカサと音が聞こえた。その音がどんどん近づいてくる。途端、細長いシルエットが木の枝から飛び出して来た。

「ナマリ!大変!シキシャが!」

その影は飛びつくようにブランコに乗り出し、ナマリの足元を揺らした。はぁはぁと、息を切らしているのはケラケラだった。その血相に驚き、どうした?とナマリが顔を覗き込むと、ケラケラは困った表情で

「目が覚めて私の巣から出たら、シキシャが目の前で蛙に食べられていたの!とても大きな蛙で丸呑みだったわ…!私怖くて…逃げ出して来ちゃった…。とにかく着いて来て!」

焦るケラケラにナマリは分かったと返事をし、ケラケラの後に続いて飛び出した。

森の中を抜けると、一本の立派な大樹があった。枝が無数に伸び、葉はひらひらと落ち始めている。その大樹の根元に、岩のような体躯の蛙がいた。通常のウシガエルの四倍くらいの大きさだろうか。そしてその足元にはシキシャが横たわっている。蛙がこちらに気づき、鋭い目でナマリを見た。すると、地に響くような低い声で話しかけて来た。

「ほう。お前は忘却の坊主じゃないか。確かナマリと言ったか?それとお前は蛇の姫か。そんな血相を変えてどうした?お前らはコイツの友達か?」

ナマリはその蛙というには大きすぎる異様な姿に驚きながら、横たわっているシキシャに視線を移し、蛙に質問した。

「シキシャに何をした?」

蛙は目をギョロっと動かし、シキシャを一瞥した後、唇を舌で舐めた。

「何をしたって…ただ食べただけじゃよ。コイツの魂を。身体は不味くて吐いちまったが。」

蛙はブクブクに太ったお腹をさすり、満足げな顔をして、グウグウと牛のように喉を鳴らす。ナマリは蛙の言っている意味がわからず、シキシャのほうをじっと見つめた。

魂だけを食べる?そんなことが出来るのか?なぜ蛙は魂を食べた?魂を食べて何になる?シキシャは死んでしまったのか?ナマリの頭の中が疑問の波に飲まれる。

「…なんで?なんでそんなことをするのよ…」

先に口を出したのはケラケラだった。その声は震えていたが、怒気の篭った声だった。

蛙は頭をかき、目を細めて蛇をにらめつけた。

「なぁ、お前さんは蛇じゃろ?なら、わかると思うが、儂はコイツらのような虫を見てると無性に食うてしまいたくなる。恐らく動物の本能じゃろう。儂も元は人間じゃったから、最初は食うのを躊躇った。試しに一匹蠅を食うてみたら、ドブの様な味じゃったわ。もう虫なんて食うまいと思った。だが、ある満月の夜、目の前にヤケに美味そうなバッタが現れて、儂に話しかけてきた。ソイツは蘇者の友達が欲しいと言っていた。しかし、儂はソイツを思わず食うてしもうた。するとどうだ。身体は草のような味じゃったが、ソイツの魂はとびきり美味かった。儂は蘇者の魂を食う喜びを覚えたんじゃ。蛇のお前さんも、そこの坊主を食いたくなったことがあるだろう?」

「…そんなこと、あるわけないじゃない。私はお前のような人殺しじゃないわ…。」

ケラケラは目を伏せ、ブルブルと震えていた。蛙はニヤリと笑い、

「…まぁいい。だが、魂を食うことで良いこともあるのだぞ?特別にお前さんらにも教えてやるが、まず、魂を食うことで己の魂の寿命が伸びる。さらには、食うた蘇者の記憶や望みを取り込むことが出来る。あぁ、ちなみにこのシキシャとかいう若造の望みは《生きたい》じゃったな。どうやら生前はガンで闘病していたらしい。それ故に実にシンプルな願いよのう。まぁ、コイツの宿主の蝉は明日、寿命で死ぬ運命じゃったから、どのみち同じことよ。」

蛙は欠伸をして、もうよいか?と聞き、立ち去ろうとした。

ナマリはまだ頭の中の整理が追いついていなかった。蘇者は蘇者の魂を食べ、その寿命を蓄え、記憶や夢を取り込む…。シキシャは《生きたい》と望んでいた。そして、蝉は7日で寿命が来て死ぬ…。恐らくシキシャはそれを分かっていたのだろう。だから毎日のように宴を開いていたのだ。

しかし、ナマリには一つ引っかかるところがあった。ナマリはゴクリと息を呑み、そして蛙を引き止めた。


「待て。宿主に寿命があるのは分かるが、僕らの魂にも寿命があるのか?」

蛙は眉をグイッと上げ、振り返り、ナマリを嘲笑った。

「ぐっふはは!坊主!お前は本当に何も知らないんじゃな!良いだろう。教えてやる。我々蘇者の魂は月の光が出ている間しか生きられないのは知っているな?つまり、満月が過ぎ、新月になると我々の魂は弱り、死ぬのだ。それが魂の寿命よ。」

ナマリは唖然とした。魂は死ぬのか。月の光に合わせて…。なら蛙はどうやって、、、。ナマリがそれに気づいた頃に蛙は、

「儂は蘇者になってから3度の満月を見た。その意味がわかるな?」

そう言い残し、地面がえぐれるほどに強く蹴り出し、一っ飛びで大樹の奥に消えていった。


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