ワールド・ワード・デスティネーション

抜井

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 僕は彼女が何を求めていたのか知っていた。彼女は「ほかの人と同じような、普通の生活」を求めていたのだ。友達と一緒に学校へ行って、楽しい話をして笑ったり、喧嘩したり、恋人を作って二人で泣いたり、感動したり、そういったことを求めていたのだ。彼女ははっきりとそれを口に出して言わなかった。でも僕はそうなのだとわかっていた。

 ある時一緒に列車で学校から帰っていると彼女はこんなことを言った。彼女はまず言葉を話さない子だったので、僕はしっかり一つ一つの言葉を大切に聞き取った。
「いつも考えていることは、私は実は二人いて、もう一人の私はどこか全く別の場所で楽しく生活をしているんです。そう考えると私は楽になれるんです。苦しいときがあっても、もう一人の私は別の場所できっと幸せな生活をしているんだから大丈夫なんだ、って」

 小学校低学年の時、彼女は病気にかかった。それが理由で長い間入院をしなければならなかった。結局小学校をみんなと卒業することはできず、病院を出た後もあまりにも長い間人と話していなかったせいで無口な子供になってしまっていた。昔友達だった子たちはみんな別々の中学校に行ってしまい、一人ぼっちの彼女は中学校でいじめにあった。

☝︎彼女の初経は遅れてやって来た。

 僕たちは二人で頻繁にどこかへ行くようになっていた。その時は年末で、駅の周りは片付けるのを忘れられてしまったようなクリスマスのイルミネーションできらきらと輝いていた。僕たちは人気のない城のベンチに腰かけていた。彼女はぽつぽつとそういった自分のことについての話をした。
 「もし私がもう一度入院することになっても、あなたは私のことを探さないでください。そっとしておいてほしいのです。」と彼女は言った。その時の僕は能天気なもので、彼女が僕のそばを離れてしまうことなどないと思い込んでいた。人間というのは本当に危機が迫るまで、何か楽観視しているところがあるものだ。


 そして年が明けると僕たちは初詣に向かった。





 彼女は日常生活でほとんど言葉を発することがなかった。しかし彼女がたまに思い出したように話すとき、言葉の一つ一つが大切に選ばれていて、気持ちがそのまま伝わってくるような気がした。だからすぐに僕は彼女が話さないことが気にならなくなった。そして多くを話さないこともまた、僕の好きなところであった。

 彼女は丁寧に手帳にその日の出来事を書いていた。僕は一度だけそれを見せてもらったことがある。12月の終わりにばつ印がいくつかついていた。
「ばつ印ってどういう意味?」
「月経が来た日と終わった日。」
なるほど。僕も射精した日にちをきちんとメモしておくと後々役に立つかもしれない。

3週間ほどでカレンダーが印で真っ黒に埋め尽くされたのでやめた。




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