裏切られた俺と魔紋の奴隷の異世界冒険譚

葉月二三

40話



宿屋に着いてから思い出した。
鍵はセリナが持っているんだった。

昼飯を食っておくようにいってあるから、そりゃ出かけてるわな。

「入れないからシャワーはやめて森に行くぞ。まだ明るいから、川で体を洗う。」

「え?」

「…はい。」



カレンはわけがわからないといった顔をしながらも俺らについて来ていたが、外壁の外に出て、整備された道をそれて森に入ろうとしたところで立ち止まった。

「何してんだ?早く来い。」

「嫌だ!」

「あ?俺の命令は絶対だって最初にいっただろ?」

「嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!」

ダメだこりゃ。話にならねぇ。

カレンに近づき、カレンの腰に右腕を回して抱え上げた。

「やめろー!離せー!」

暴れるせいでかなり持ちにくい。
そろそろイラついてきたな。

「離してもいいが、俺のいうことが聞けないっていうなら、ここに放置していくぞ?俺がいないと町には入れない。村までは徒歩で5時間くらいだったか?どっちにしろ、お前は日が落ちても安全地帯にいれなくなるがいいのか?」

急に静かになった。
顔を覗き込むと泣いていた。

こんな状態でもちゃんと判断はできるんだな。

「それでいい。というか、まだ日が出てるんだから、そんなに怖がる必要はないだろ?」

「…リキ様。森は昼でも危険な場所です。」

そうなのか!?

「でも今まで昼には魔物に会ったことねぇぞ?」

「…それは運がいいだけだと思います。」

知らなかった…いや、薬屋の女がそんなことをいっていた気もするな。

「まぁ3人いればなんとかなんだろ。」

「…はい。川ぐらいの場所までであれば、リキ様がいてくだされば問題ありません。」

アリアは俺を過大評価してる節があるからな。
でもまぁアリアがいればなんとかなるだろ。


けっきょく魔物に会うことなく川まで着き、川の真ん中あたりにカレンを放り込もうとしたら、アリアに止められた。
なんで止めるんだと思ったら、カレンがガチ泣きしてたから放り込むのはやめた。

前にアリアがやったように浅瀬で全裸で仰向けになって体を洗っている。
今回はアリアがカレンの頭を洗ってやり、俺は見張りだ。

こいつも長いこと風呂に入ってなかったのか、汚れが川下に流れていくのが目に見えてわかる。

カレンって10歳だったよな?
ぶっちゃけアリアと同い年にしか見えない。

セリナは歳の割に身体が成長してると思ったが、カレンは子どもすぎる気がする。

まぁその方が裸を見ても欲情する心配が欠片もなくて助かるんだがな。


しばらくして、洗い終わったようで全裸で川から出てきた。
アリアが急いでタオルで隠すが、カレンは裸にたいする羞恥心というのがまだないようだ。

精神的にも子どもだな。

それに比べてアリアはそういうのを気にするようになったんだな。
10日前には特に気にしてないようだったけど。


せっかく洗ったのにまた汚い服を着せるのもあれなので、炎耐性のローブを渡した。


裸ローブ。


俺の奴隷が一度は通る道だ我慢しろ。

「この服は思い入れとかあるのか?」

カレンが着てた汚い服を持ち上げて確認する。

「べつに。」

「そうか。」

服のポケットの中などを確認してから服を放る。

『フレアバウンド』

服の着地点に炎を出現させ、服を燃やした。


「えぇっ!?」

「なんだ?」

「なんで燃やしたの!?あれしか服ないんだよ!?」

「洗っても落ちないくらいに汚かったからな。必要最低限の服は買ってやるから喚くな。それとこれ、ポケットに入ってたぞ。」

神社に置いてありそうな御守りをカレンに渡す。

身代わりの加護が付いていたから、たぶん親からの贈り物とかだろ。

そう思っていたら、カレンは御守りを見て首を傾げる。
知らずに持たされてたってやつか?
だとしたら死に際に父親が仕込んだのかもな。

「それは身代わりの加護が付いた御守りだ。だから大事に持っておけ。」

「え?あ、うん。」

最後に俺の靴を履かせて、俺は懐かしのスニーカーを履いた。


さて、市場に戻って飯でも食うか。
あとはカレンの服を数着買うくらいか。

「街に戻るぞ。」

「「はい。」」




先に服屋で必要最低限のカレンの服を買った後、前にアリアの褒美で立ち寄った定食屋に入った。

「アリア。てきとうに3人同じものを頼んでくれ。」

「…リキ様はどんなものが食べたいですか?」

「特に思い浮かばないが、強いていうなら米が食いたい。」

「…わかりました。」

アリアが店員に注文をしてからしばらくして、牛丼みたいなのとスープとサラダが運ばれてきた。

某牛丼屋のメガ盛りくらいはありそうだ。
肉もチェーン店のとは違って、少し厚めで肉肉しい。

スープは醤油ベースでよくわからない野菜とふやけたクルトンみたいなのが入ってる。

サラダはもちろんドレッシングなんてかかってない。

「いただきます。」

「…いただきます。」

「?…いただきます?」

カレンは空気が読める子みたいだ。


アリアがスプーンで牛丼にガッツク。

ずいぶん男らしい食い方だ。

この世界には箸がないみたいだから、俺もスプーンで食べる。

…なにこれ?美味い!

とりあえず牛丼っていったけど、ぶっちゃけなんの肉かはわからない。でも口の中でとろけるのにそんなに脂っこさを感じないという不思議な美味さの肉だから、なんの肉だって許せる気がする。

タレはちょっと濃いめで粘性があるからかなり絡みがいい。タレだけでご飯がいける。
でも嫌なしょっぱさではない。

たまにサラダを食べて口直しをしたら、いくらでも食べれそうな気がしてくる。

なるほど。
少し薄めのスープは一時の清涼剤とでもいうのか、心が落ち着く。
そしてまた牛丼をガッツク。

このコンビネーションはやばいな。

さすがに店ではやらないが、このスープを牛丼にぶっかけたら、味が変わってさらに楽しめそうな気がする。


3人で無言のまま完食した。

けっこう苦しいが、2人は満足そうだからいいか。
小さい体のどこにそんな量が入るのか不思議でならないが、まぁファンタジー世界だからで納得しとくか。


店を出てカレンの装備でも買っておくかとおっさんの武器防具屋に向けて歩いていると、前から浮いている女が歩いてきた。

宙に浮いているんじゃなくて、周りの雰囲気から浮いているだ。

庶民の格好をしているのだが、全く馴染めていない。

どこぞの貴族の趣味か何かか?
離れたところに護衛もいるみたいだし、近寄らぬが吉だな。

あえて道の端まで避けてすれ違おうとしたら、行動があからさま過ぎたせいかめっちゃ見られてる。


目を合わせたらダメだ。


そのまま無視して通り過ぎたら、アリアが隣に並んだ。

「…リキ様。ずっと見られていましたが、今の方は知り合いの方ですか?」

「知らないはずだ。少なくとも俺は見たことない。」

なんとなしに振り向いたら、女も振り向いて止まっていた。


完全に油断した。


女が早歩きで近づいてくる。


「アリア。逃げるぞ。」

「…はい。」

状況を理解できてないカレンを抱えて裏道に逃げた。

だが、思ったよりスピードが出ない。

そういや、今履いてんのはただのスニーカーだった。

女は裏道に入った瞬間走ってきた。

今の俺より女の方が早そうだ。

ここは迎え撃つべきか。
観察眼で見る限り、そこまで強そうではないしな。

「アリア。戦闘準備をしておけ。」

「…はい。」

カレンを下ろしてからトンファーを装備し、一歩女に近づく。

アリアも二の腕のロッドを取り外した。

カレンは戦闘モードの空気を感じたのかアワアワしている。


「ちょっと待って!戦うつもりはないから!」

走って近づいてきていた女は足を止めて両手を上げた。

「じゃあなんのようだ?俺はお前に追われる理由に心当たりがねぇぞ?」

こいつが獣人族なら心当たりがあるんだけどな。

とりあえず鑑定を使ってみたら、何も見れなかった。

ん?ノイズとかいうレベルじゃねぇぞ?

なんとなく鑑定の力を強めた。

まだ何も見えない。

さらに強めると微かに字が浮き上がってきた。
頭痛え。

さらに強めるとぼやけた文字が浮かんできた。
頭が割れる…。

たぶん次で見れるだろうが、頭痛の度合い的にこれ以上はやめた方が良さそうだ。

どんだけ厳重に認識阻害をかけてんだよ。
興味本位で見ようとして自爆するところだったわ。

「逃げるから追うことになっちゃったけど、ただ確認したいだけだったの!」

「何を?」

何か嫌な予感がする。




「あなたがリキ・カンノ?」
「人違いだ。じゃあな。」


動揺を顔に出さないために最初に言葉を決めておいた。
嫌な予感ってのは大体当たるからな。

ただ、ちょっと反応が早すぎたかもしれないが、気にするほどじゃないだろう。

おい、バカカレン!そんな顔で俺を見るな!嘘がバレるだろ!

「アリア。」

「…はい。」

俺はトンファーを腰に戻し、またカレンを抱えて、先に進もうとした。

女は俺らの頭上を越えて目の前に着地し、行く手を阻んだ。

「なんの真似だ?」

「それはこちらのセリフ。なんで嘘をつくの?」

カレンのせいか?
後でオシオキが必要だな。

「何を根拠にいってんだ?」

「私は嘘がわかるの。だから嘘をついても無駄よ。」

なるほど。
そういうスキルがあるわけか。
俺の識別と似たようなスキルか。

「仮に俺がそいつだとして、なんのようだ?」

「私の私兵として雇われてくれないかしら?」

また私兵かよ。

「スランダなんちゃらの仲間か?」

「…スランダ・カフ・ミルラーダです。」

よく一度聞いただけで覚えられるな。


「なんでそこで辺境伯がでてくるの?私があなたに興味があるだけよ。」

今こいつ、あの男を辺境伯といったか?
昔の知識が正しければ、かなり偉い貴族じゃなかったか!?
それを知ってるってことはこいつも貴族か?
まぁ私兵を雇えるくらいには金があるってことだもんな。
しかも辺境伯の名前を出しても引かないってことはそれ以上か?マジで面倒だ。

「俺は誰の下にもつく気はない。」

「悪い話じゃないと思うのだけど、そういった意思があるのなら仕方がないか。」

言葉では諦めるようなことをいっているが、全く諦めてねぇだろこいつ。
俺を上から下まで舐めるように見てくる。背中がぞわぞわする。

『ノイズ』

アリアが何かを感じ取ったのか、『ノイズ』を俺にかけた。

もしこの女が鑑定を持ってたら、もう手遅れだがな。

「これは別件なんだけど、後頭部の怪我、勇者、召喚、この単語に心当たりない?」

いきなりなんだと思いながら考えてみると、心当たりがあった。

そういや最近召喚されたとかいう勇者の後頭部に踵落としを決めたな。

もしかしてこいつは勇者の仲間か?

「お前は勇者の仇を取りに来たのか?」

「え?なんでそうなるの?」

「は?そのための確認だろ?」

「仇って、今まで死んでいった勇者とはほとんど接点ないし、今の勇者は無駄に元気だから、仇も何もないのだけど…。」

なんだか話が嚙み合わねえな。

「俺が勇者の後頭部に怪我を負わせたことの確認じゃねぇならなんなんだよ。」

「あぁ、確かにそんな報告もあったわね。だけど、私は今の勇者がどうなろうとどうでもいいの。」

スランダもそうだったが、勇者に期待してないやつが多いのかもな。

まぁ召喚されたのがあんなんじゃ仕方がないか。




「私が聞いているのはあなたのこと。あなたがこの世界に来る前に後頭部に怪我をしていなかったかと聞いているの。」



な!?
なんで俺が異世界から来たって知っている?しかも怪我をしていたことまで。


「やっぱりあなただったのですね。」


クソッ。カマかけだったのか。
動揺を顔に出してしまった。完全に俺のミスだ。


「本当の勇者様は。」

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