裏切られた俺と魔紋の奴隷の異世界冒険譚

葉月二三

92話



奴隷市場から出た頃には夕方になっていた。

時間もちょうどよさそうだったから、宿を取ってから俺とアリア以外は宿に留守番させてオークション会場に向かった。

俺は文字が読めないからアリアが招待状に載ってる地図を見ながら目的地に向かってるんだが、ここってスラム街だよな?

てっきり高級住宅街の方で開かれるパーティー的なのを想像していたが、普通に考えたら奴隷の売買をするのにそんなわけがないか。


「…ここのようです。」

アリアが指し示す建物は廃墟にしか見えなかった。

だが、入り口の両脇にスーツを身につけた厳つい男がいるから、ただの廃墟ではないのだろう。ここが会場で間違いなさそうだ。


入り口に近づくと男2人が少し入り口を塞ぐように足を踏み出し、プレッシャーをかけてくる。

こいつらヘタなAランク冒険者より強いぞ。

「招待状をご提示願います。」

男の1人が招待状の確認をしてきた。

アリアが持っていた招待状を男に渡すと、確認をしてから招待状を返されて、中に通してくれた。

廃墟に入るとすぐに下り階段があった。
奥に続く道は封鎖されているから、地下に下りろということだろう。

階段を下りると受付があり、そこでまた招待状と金貨1枚を渡すと何か書かれた札と取り替えられた。
たぶん数字だと思いアリアに確認をとると389番らしい。

けっこう人がいるんだな。

受付横の扉から中に入ると、ステージのある広いホールのような場所になっていた。
座席に番号が書いてあるようで、アリアの案内で389番の席に座った。

本当にアリアを連れてきて良かったな。

俺の後にもぞろぞろと人が入ってきて、ほぼ満席となった頃にステージに人が上がってきた。


「本日は忙しいなかお集まりいただき、ありがとうございます。本日の進行を務めさせていただくカイシン・コウヤクと申します。」


どうやら始まったようだ。

最初はかるいルール説明があり、そのあとに出品される種類の順番などの説明があった。

どうやらオークションに出品されるのは奴隷だけでなく、珍しい食材や武器、防具。宝石などもあるらしい。

順番は食材、宝石など、防具、武器、奴隷のようだ。

まぁ食材は安ければ練習がてら手を出してみるかな。


説明が終わり、最初の商品が運び込まれた。

なんか爬虫類みたいなのが出てきた。
今って出てくるのは食材じゃなかったか?もしかしてこれが食材なのか?

進行役が説明を始めた。

ケモーナよりも南の海にある島に生息する魔物らしい。
健康によく、主に夜にお役立ちだそうだ。
まぁ日本でいうスッポンみたいな感じなんだろう。

席に座ってるやつがちらほらと手を上げて金額をいっている。
ほぼ同時に手を上げて同じ額をいった場合は進行役がいった番号のやつが通るみたいだ。

よくこんなバラバラに金額をいわれて、全部聞いていられるな。




けっきょくめぼしい物はなく、防具の順番になった。

防具は一発目で目玉商品らしい龍の鱗で作られた鎧が出てきた。

成長の加護付きで魔法に強く物理にも強いらしい。

スタートが銀貨1000枚だったが、一瞬で10000枚を超えた。
神薬よりも価値があるらしい。

もちろん俺なんかが手を出せる金額ではない。

最終的には銀貨25000枚で落札されたみたいだ。

龍の素材で作られたものって高価なんだな。

防具はそれだけで、次からは武器だったが、全部高すぎて俺が手を出せるレベルじゃない。
スタートが銀貨1000枚って時点でやる気失せるわ。

オークションに出品されたのは全部、魔物やらの素材で作られたものだった。
武器は龍以外もあったが、どれも聞いたことないものばかりだ。

ちなみに色んな武器があったにもかかわらず、ガントレットは1つも出品されてなかった。

ガントレットは武器じゃないのか?

そんなことより俺の本命はこっからだな。

つってもこの流れ的にどうせ俺が買える奴隷なんていなさそうだが。

けっきょく何も買わずに終わるとかありえそうだ。


そんな風に思っていたが、意外と奴隷は安かった。
まだメジャーな種族しか出ていないが、1番高くて銀貨500枚だった。

だが、欲しいと思えるのがいないんだよな。

プログラムとかがあるわけじゃないから、あとどんくらいいるのかわからねぇけど、もしかしたらめぼしい奴隷はいないのかもな。


「それでは続きまして、ドワーフの女。鍛冶の経験があり、力も男顔負け。まだ18歳という若さなので、未来にも期待できる商品です。スタートは銀貨50枚からです!」

18歳にしてはちんまりしてるが、鍛冶の経験があるってのはいいな。
俺より年上ってのは面倒そうではあるが、安く買えるなら買っておくか。

「100枚!」

番号札を上げて大声で金額を告げた。

もちろん一発で決まるとは思っていなかったが、あっという間に銀貨350枚になってしまったから、俺はやめた。
そこまで欲しいって程じゃなかったからな。

今のところ奴隷では最高額の銀貨680枚で落札された。
やっぱり特技があると高くなるんだな。

その後も欲しいという奴隷は現れないまま、進行役が最後の商品といって少女をステージに呼んだ。

長い銀髪を揺らしながら黒いワンピースを着た少女がステージの真ん中まできてこちらを向き、左手を胸の前にして右手を広げて恭しく礼をした。

こいつ首輪をしてねぇぞ?

「我を見るためにわざわざ足を運んだ愚かな人間どもよ。」

『ルモンドアヌウドゥ』

「我にひれ伏せ!」

ステージ上のスタッフが一斉に土下座のような姿勢を取った。
パフォーマンスか?

「愚かな人間どもではすぐに理解できぬようだな。我は吸血鬼だ。ひれ伏さぬのなら殺すまでよ。」

銀髪の少女は金と銀のオッドアイを見開いて笑った。

牙もあるし、本当に吸血鬼みたいだ。
ってかこいつは奴隷商のとこにいたやつじゃね?
なんで拘束衣じゃねぇの?

周りの奴らが悲鳴をあげながら出口に走り出した。

今出口に向かっても出れそうにないし、落ち着くまでアリアのルモンドなんちゃらの中にいればいいか。

周りを見ると逃げようとするやつ、その場で恐怖に震えるやつ、ひれ伏してるやつと行動が分かれてる。

吸血鬼と聞いただけでこの反応って、かなり恐れられてんだな。

一通り周りを見渡したあと、ステージに視線を戻すと、吸血鬼がめっちゃこっちを見ていた。

周りが慌ててるなか座ってる俺らが気にくわないのか?

ステージの両脇からスーツを着た男たちが現れ、剣で吸血鬼を串刺しにした。

こっちをガン見して周りに注意を払わないからそうなるんだよ。

ってか奴隷商の商品が売れる前に殺されちゃったな。どんまい。

そんなことを考えていたら、吸血鬼がまたしても笑った。

不快になるほどの歪な笑顔だ。


「愚かな人間どもよ。我の血に触れたな?」


少女が両手を上げるとスーツの男たちが膨らみ始め、一回りほど大きくなったと思ったら破裂した。

飛び散った血が宙を舞うように少女の両手の上に集まっていく。

吸血鬼だけに血を扱うわけか。

近づくだけでアウトなら戦いようがないな。

誰かがこの場を収めるか、この少女が飽きてどっか行くまで大人しくしておくかな。


少女の両手の上に集まった血が複数の塊に分かれ、先端を尖らせていく。

そして、俺らに向けて撃ってきた。

観察眼が反応しなかったから気にせず座っていたが、目の前に凄い勢いで物が向かってくるのはヒヤッとするものがあるな。

見えない壁に邪魔されて止まった血の塊が少女の元へと戻っていく。

戻ってきた血で新たに複数の塊を作成しているようだ。

「…リキ様。申し訳ありません。私のMPだけでは次の攻撃を耐えられるかわかりません。」

「そんなに威力があったのか!?俺とマジックシェアをしてもどうせ一度か二度しか耐えられないしな。…しゃーない。俺とあいつをルモンドなんちゃらで隔離してくれ。」

「………かしこまりました。」

何かいいたそうにしていたが、了承したようだ。

だが、これだとちょっと距離が離れすぎてるよな。

俺は徐ろに立ち上がり、アイテムボックスからチェインメイルを取り出して装備し、短剣をベルトに付ける。最後にガントレットを装着した。

軽く手足を振って首を回してから、足に力を入れてステージまで跳んだ。

『ルモンドアヌウドゥ』

俺がステージに着地するのと同時にアリアが魔法を使うと、少女の周りに浮いていた血の塊が一斉に床に落ちた。

新たに何かするつもりなのか?

「我と血の繋がりを一瞬でも断ち切るとはなかなか面白い技を使うのだな。だが、どんな策を弄したところで人間風情が我に勝てるわけがないことを知れ!」

少女は右手を横にかざしたあとに「あれ?」という顔をした。
すぐに何もなかったかのような顔に戻り、右手を自分の左肩に突き刺して血の剣を引き抜いた。

決め台詞から少し時間が空いてしまったが、準備が整ったようで切りかかってきた。

魔族というだけあって速いが、全く脅威に感じない。
こいつの剣は触れずに避けれる程度だし、近づいても破裂するなんてことはなかった。
何よりも観察眼が危険を示していない。

魔族にも強い奴と弱い奴がいるのだろう。

ふと視界の隅に何かが映り、大きく体を捻って避けた。
どうやら剣は形を自由に変えられるようで、枝分かれした刃が俺の首を狙ってたようだ。
危なく死ぬところだったな。




…あれ?




観察眼が反応してなかったぞ?


そういや、最初にこいつを見たときに観察眼が反応しなかったから俺より弱いと決めつけていたが、本当にそうなのか?

そういやこいつの傷が塞がってやがる。

もしイーラと同じく物理無効なんて持ってたら勝ち目がないぞ。

いや、そんなことを考えたって仕方ないな。
どうせ俺には動けなくなるまで殴るしかできないんだから。



少女が大きく振った剣を避けて、懐に潜り込む。
視界の隅で剣の形が変わっているのに警戒しながら、少女の脇腹に拳をめり込ませて、すぐに離れる。

「かはっ。」

少女が苦しそうに唾液を吐いた隙をついて、全体重を乗せた拳を鳩尾に打ち込んだ。

少女は剣を手放し、転がるように後ろに吹っ飛んだ。

止まって倒れてる少女に馬乗りになり、顔面を殴打しまくった。

「い、痛い。やめ、や、やめて。ごめ、ご、ご、ごべん、ごべんなざい。許じて…ください。」

心が折れたのか攻撃をしてこないで泣き出してしまった。

なんか俺が悪者みたいだな。

外見は少女だけど魔族だから、暴れた魔族を黙らせた俺はヒーローだと思うんだが…まぁヒーローになるつもりなんてないけどな。

「しゃーねぇな。痛めつける趣味はねぇから楽に殺してやるよ。」

「え?」

少女が信じられないものを見る目で俺を見ていた。

俺が立ち上がって少女から一歩離れて、アイテムボックスから衝撃爆発のハンマーを取り出すと、何かが俺の中に入ってくる感覚がした。
もちろん別の何かがそれを拒んでくれたが、こいつは負けを認めたくせにまた攻撃してきたのか?

「お前、せっかく楽に殺してやるつもりだったのに攻撃しやがったな?」

「え?いや、違うの。我は死にたくないから、攻撃をやめてもらおうと思っただけで、怒らせるつもりなんてないの。だから…ごめんなさい。」

少女は体を起こして座った状態で頭を下げた。既に怪我は治っているみたいだ。
口ではこんなこといってるが、ダメージも残ってなさそうだし、何かデカい攻撃をするための時間稼ぎかもしれないから、早く消そう。

衝撃爆発のハンマーを持つ手に力を入れて持ち上げる。

本気で床に打ち付けるから多少反動で火傷を負うかもしれねぇが、ガントレットにチェインメイルも着けてるから前みたいなことにはならねぇだろう。

「うぬ…いや、お主はあの時我を覗こうとした者であろう?先ほどの拒まれ方が同じであった。だとしたらあの男の仲間なのだろう?我はまだあの男の物だから殺したらあの男が悲しむぞ。良いのか?」

どんな脅しだよ。
そんなに死にたくないのかよ。俺の想像する魔族らしくないな。

「別に金で解決すりゃあいいだけだ。そもそも文句なんかいわせるつもりはないがな。だからそんなの脅しにもならねぇよ。」

「くっ…。なぜ、なぜ我はこんな目に遭わなければならんのだ…。」

少女は諦めたのか、独り言のように呟いた。

「それはお前が俺を襲った罰だ。」

「先に襲ったのは人族では…え?人ではなくお主を襲った罰と?」

「俺の知らない人間がどうなろうとかまわないが、俺に敵意を向けたやつは許さない。」

別に魔族が人を殺すのは人間側からしたら悪いことなんだろうが、俺らだって魔物を大量殺戮してるんだから、文句をいえる立場じゃねぇだろ。

それに魔族が街を襲って無害な人間を虐殺したって話はまだ聞いてないから、やられてんのは攻撃を仕掛けた騎士とか冒険者だろ?なら弱いのが悪い。
まぁ俺が知らないだけで、殺人鬼的な魔族もいるかもしれねぇがな。

おっと、話が逸れたな。
さっきからハンマーを掲げたまま会話してる俺の姿は第三者からみたらバカみたいだろうな。もしくは少女を脅してる悪者か。

「ごめんなさい!」

少女は土下座をした。

この世界でも謝罪の最上級は土下座なのか?
それになんで魔族がそんな謝罪方法を知っている?

「これでも頭が高いとおっしゃるのであれば踏んでいただいてかまいません。二度とあなた様に害を与えないと誓います。なのでどうかお許し願えないでしょうか?目障りであればすぐにあなた様の目の届かないところに行かせていただきます。ごめんなさい。お許しください。」

頭を精一杯下げた姿勢がたまたま土下座だったわけね。

土下座する少女の頭を踏む趣味はねえよ。といいつつ、ついつい踏んじまったがな。
ちょうどいいところに頭があるのが悪い。

なんか急に馬鹿らしくなってきたな。

頭上に掲げていたハンマーをアイテムボックスにしまい、少女の頭から足をどかして、その足で少女の顔面を蹴り上げてひっくり返した。

「もう悪さすんなよ。俺の知らない人間がどうなろうとかまわないが、知ってる人間に被害が出れば、殺すだけじゃすまねぇからな。」

少女はひっくり返ったまま、コクコクと何度も頷いた。

俺は買った商品はないし、こいつでオークションも最後だったみたいだし、面倒ごとに巻き込まれたくないから帰るか。

「アリア。帰るぞ。」

気づくと俺の近くまで来ていたアリアはチラッと少女を見た後に俺に向き直った。

「…はい。リキ様。」


最後に少女が「リキ様…。」と俺の名前を小声で呟いていたのが少しだけ気になった。

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