裏切られた俺と魔紋の奴隷の異世界冒険譚

葉月二三

169話



テンコとニアと雑談をしていたら、森から勢いよく何かが飛び出てきた。
咄嗟に構えをとろうと立ち上がったが、飛び出てきたのがセリナだとわかり、俺は座り直した。でも、ニアはまだ敵だと思っているのか地面に突き刺していた盾を引き抜いてから俺とセリナの間に立った。そのせいで俺の視界から完全にセリナが消えた瞬間、横から何かがぶつかってきた。それがセリナに抱きつかれたんだと気づいたときには逆側がテーブルにぶつかってサンドイッチ状態となり、ボキボキとくぐもった音が響いて激痛が走った。

「リキ様ただいま〜。」

「ざっけんな…。」

『ハイヒール』

加減のなさにイラつきながらもとりあえずハイヒールを自分にかけると痛みがひいた。

「離れてください。」

ニアが俺からセリナを剥がそうと黒くなっている手を伸ばした瞬間、セリナが飛び退いた。

「にゃにする気!?」

「リキ様に痛みを与えたのだから、腕の一本や二本程度で代償となるとは思わないでください。」

ニアは怒っているのか黒い湯気のようなものが体から漏れ出ている。見た目は邪龍の瘴気に近いな。

「範囲にゃいにリキ様がいるのに威圧をかけるにゃんてふざけてるのかにゃ?」

セリナが少し低い声でニアに質問しながら双剣を取り出したが、どう考えても発端はセリナだろ。

「ふざけてるのはお前だ。」

「んにゃ!?」

俺がセリナに歩いて近づき、セリナの頭にガントレットをつけたままチョップをすると、セリナは変な声をあげて、頭をおさえて蹲った。

「ニャーーーッ!!これは冗談ににゃってにゃいよ〜〜。」

「俺だってセリナのタックルで肋骨が折れたんだ。おあいこだ。だからニアもやめろ。」

「はい。」

「痛いよ〜。」

ニアから出ていた瘴気のようなものがなくなって、黒かった手も元に戻ったことを確認してから、セリナにも『ハイヒール』をかけた。
本気でチョップをしたわけじゃないから出血してるわけでもねぇし、ぱっと見凹んでるようにも見えなかったから『ハイヒール』をかけときゃ大丈夫だろ。

そんなくだらないやり取りをしていると、アリアたちも森から出てきたようだ。
俺がアリアたちに視線を向けたら、護衛のやつらもつられたようにアリアたちを見ておえっとえずいた。

いや、気持ちはわかるが、護衛をするようなやつがそんなんじゃダメだろ。場合によっては人だって殺すことになるんだから。

護衛がえずいた原因はイーラとヒトミとサーシャが生首を両手に2つずつの計4つずつを持って歩いてきたからだろう。まぁ俺の指示でやったことなんだが、この光景はかなり引くな。俺がミノタウルスの首を持ってたときも周りからはこう見えてたわけか。自分が持つ立場だとわからないこともあるんだな。

「ただいま〜。」

イーラが生首を持ったまま笑顔で手を振ったけど、血が飛び散ってないみたいだから既に体の一部を切断面にくっつけているのだろう。それによく見るとイーラは3つずつの計6個の生首を持ってるみたいだ。髪の毛を掴んでるみたいだから、そんなに激しく手を振ったら危ねぇぞ。

『無邪気な殺戮者』

こうやって見ると納得できる2つ名なのかもな。

「…ただいま戻りました。」

アリアが俺の前まで来てわざわざ報告してきた。先頭を歩いていたところを見るにミノタウルスのときのように生首を視界に入れないようにしていたのかもな。アリアはロッドしか持ってないし。というより魔族組以外は誰も生首は持っていないな。まぁ気持ち悪いからな。

1番後ろにいたヴェルの後ろからはぞろぞろと汚らしい男どもが大量に歩いてきた。こいつら全員盗賊なのか?そのうちの何人かは生首を持ってるけど、思いの外抵抗した盗賊は少なかったみたいだな。

「首は全部荷台に入れておけ。」

「「「はい。」」」

イーラたちが荷台にてきとうに放り込んでいるのを見た護衛たちが慌てて近づき、何か指示を始めた。護衛が離れたのを確認したアリアが口を開いた。

「…全部で3ヶ所の拠点があり、抵抗したものが24人、リキ様の名前を聞いて無抵抗だった人と仲間を殺されて戦意喪失した人が合わせて86人でした。抵抗した盗賊はイーラたちが片付け、抵抗しなかった盗賊はサーシャが魅了しました。蓄えていたものは汚れているものと食べ物以外は全部回収しましたが、何人か人が囚われていました。囚われていた人は手枷などを外して服がわりに布を渡し、逃げたければ好きにするように伝えてありますが、そちらも回収して奴隷として売りますか?」

「いや、盗賊でないなら好きにさせておけばいいだろ。帰りたきゃ帰るさ。」

ファリルカートに行きたいやつは金を払うなら護衛してやるといって稼ぐのもありだったかもしれないが、わざわざいいに行くは面倒だからいいや。

「…囚われていた中に複数の子どもがいたので、帰りにまだ残っていたら村人にしたいと思うのですが、いいですか?」

まだ村人を増やす気なのか?家も全然建ってないっていうのに。まぁアリアが願い出るってことはなんか意味があるんだろうから任せるか。

「わかった。帰りに寄ってまだ残っていたらな。」

「…ありがとうございます。」

イーラたちが生首を全て荷台に乗せ終わっていたようだから、商人に出発する旨を伝え、俺たちはファリルカートに向かって歩き出した。




ファリルカートは近いと聞いてたんだが、歩いて1時間以上かかった気がする。この世界なら近い方なのかもしれないが、けっこう歩いたぞ。

町に向かうまでにすれ違ったやつらには奇異な視線を向けられたが、とくに話しかけてくるやつはいなかった。でも、さすがに町の門番には止められて事情を聞かれた。これだけ大量に盗賊を引き連れて、荷台には大量に生首があるのだから止められること自体は仕方がないと思うが、聞かれたことに素直に答えてやったのに訝しんだ目を向けられたままなのが少しムカつくな。

門番とやりとりしているうちに違う門番が部屋から水晶を持って出てきた。

「では身分証を見せてもらえますか。」

門番が身分証の提示を求めてきたから見せると、今度は水晶を向けてきた。手を乗せろってことか。ここはステータスチェックもするんだな。

そういったルールは町ごとに決められているっぽいから、仕方なく手を乗せた。

「リキ・カンノさんですか!?」

水晶を見ていた門番がいきなり裏返った声で確認を取ってきた。何を驚いてんだ?

「ステータスチェックしてんだから見りゃわかんだろ?」

「あ、いえ、失礼しました!どうぞお通りください。盗賊は冒険者ギルドか衛兵詰所に引き渡せばあとの処理はしてくれるはずです。」

急に態度が変わったな。そういや盗賊狩りはローウィンスからの情報提供だったから、何か伝えられてるのかもな。
だとしても俺と関係のない商人や護衛のやつらの身分証すら確認しないのはどうなんだ?まぁいいか。この町で何か問題が起きても俺は困らないしな。





ファリルカートの町は王都と雰囲気が近く、せっかく新しい町に来たのに新鮮味がない。門を通って周りを見回しながら数分歩いたら満足してしまった。

「んで、どっちの方が近いんだ?」

門番に確認を取り忘れたことを護衛に聞くが、門番との話から少し時間が経ったからか首を傾げられた。数秒後、質問の意味がわかったようで1つの建物を指差した。

「あれが衛兵詰所なので、衛兵詰所の方が近いです。冒険者ギルドはこの市場の先の大きい建物なんですが、ここからだとちょっと見えないですね。」

冒険者ギルドに別のようがあるわけじゃねぇから、近い方でいいだろう。

「商人。盗賊を衛兵詰所につれてくから、そこまで頼む。」

「え?…あ、はい。」

「それでは私たちは冒険者ギルドに用があるのでここで失礼します。」

「あぁ、じゃあな。」



ぞろぞろと汚らしい盗賊を連れてるせいかさっきからじろじろと見られてる。これだけ目立てば仕方ないんだろうが、気分のいいものではねぇな。
まぁ門から衛兵詰所が近かったから見られてたのは数分間だけなんだけどな。

「何の用だ?」

詰所の入り口前に立っていた2人の見張り番の内の1人の男が入り口を塞ぐようにして、もう1人が近づいてきて声をかけてきた。

「盗賊狩りをしたから金をもらいにきただけだ。」

「盗賊?荷台の中か?」

何をいってんだ?

「荷台の中にもいくつか首があるが、ここにいる汚らしい男たちが全部盗賊だ。」

衛兵は盗賊たちを見た後に眉を寄せて訝しんだ目を俺に向けてきた。

「縄をしている者が見当たらないが?」

「縄はしなけりゃいけないのか?縄なんて持ってねぇし、俺がいる間はこいつらは暴れることはないから、そっちで勝手にやってくれよ。」

「まぁいい。これから全員の手を縛ったら中に入っていいぞ。懸賞金がかかってるやつがいればその場で支払う。それ以外はこちらで預かり、取り調べの後、それぞれ対処する。それでいいか?」

話している衛兵がもう1人の男に縄を持ってくるように伝えると、男は走って中に入っていった。




しばらくして縄を取りに行った男が別の衛兵を連れて大量の縄を持ってきた。
衛兵たちが縄で盗賊の手を縛り終えてから、商人に礼をいって別れ、見張り番以外の衛兵とともに詰所に入った。

全員が入ると邪魔になりそうだから、入るのは俺とイーラとヒトミとサーシャだけだ。
他の奴らは生首を持ちたくないようだったから外で待たせて、俺らは1人6個ずつ持って中に入った。
衛兵の顔が引きつっているが、入れ物がなかったんだからしゃーない。
俺だって人間の生首なんか持ち歩きたくねぇのを我慢してんだから、我慢しろ。



生首も含めた盗賊たちを詰所に引き渡すと、デスクワークしてるっぽい衛兵が盗賊一人一人の顔を似顔絵と見合わせながらチェックしてるみたいだ。それで向かわせる部屋を分けてるみたいだな。デスクワーク組は慣れているのか生首に顔を歪めることなく似顔絵と見合わせている。
そういやもうイーラの体は回収していいんじゃないか?

「イーラ。もう断面を塞ぐ必要はねぇから回収しとけ。」

「は〜い。」

イーラが「集合!」と声を出した瞬間、生首の断面に付いていたイーラの一部がニュルっとすごい速さでイーラに集まってきた。奴隷契約のあれみたいだ。

「ひぃっ!」

短い悲鳴が聞こえて衛兵たちを見ると、イーラが体の一部を回収したせいで生首から血がドバドバと流れ始めたみたいで、慣れた手つきで仕事していたデスクワークの衛兵の顔が真っ青になっていた。カウンターも血まみれになってるし、なんかすまん。まぁ俺のせいにされたら面倒だから口に出して謝罪する気はないがな。

衛兵たちが慌てて血を拭いたり断面を塞いだり仕分けしたり確認したりしてるのをぼーっと見ているうちに全て終わったようで、1人の衛兵が紙と金が入ってるっぽい袋を持って近づいてきた。

「確認が終わった。ラクラスが率いていた盗賊団みたいだな。あいつらには手を焼いていたから助かった。討伐感謝する。これが懸賞金だ。この紙にサインをもらえるか?」

サインだと!?俺は字なんて書けねぇぞ?

「サインは必須なのか?」

「身分証を見せてくれたら代筆するが?」

そういや冒険者でも字の読み書きができないやつもいるんだよな。そのおかげで助かった。アリアがいれば頼めるけど、今いるメンツには期待出来ないからな。

俺は冒険者カードを衛兵に渡すと、衛兵はそれを水晶にあてた途端に目を見開いて少し固まり、しばらくしてから紙に何かを書き、冒険者カードを返してきた。

「これでカンノさんの手続きは終わりになります。これが今回の懸賞金の合計で金貨25枚と銀貨80枚です。」

なんかいきなり言葉遣いが変わった気がするが、なんで?
まぁいいや。とりあえず金を貰っておこう。

金の入った袋を受け取って、軽く上下に振ってみたらけっこう重たいな。袋を開いて覗き込み、中を確認してからもう一度袋を閉じて軽く振った。

ヂャリン。

顔がニヤけるな。

「確かに受け取った。」

アイテムボックスに中の金をジャラジャラと流し込み、残った袋もポイッとアイテムボックスに入れたところで衛兵に声をかけられた。

「カンノさんは冒険者なのにこちらに届けてくださったのですね。」

「どういう意味だ?」

「懸賞金自体はどちらでも同じ額ですが、冒険者ギルドに頼む場合は討伐依頼も出さなきゃならないうえに冒険者ギルドへの懸賞金の支払の場合一割上乗せして払うことになるため、これだけの大物ですと国の負担が結構なものになってしまうんですよ。」

ん?よくわからないぞ?わかってないのは俺だけか?

「なにがいいたい?」

「冒険者ギルドに連れて行けばカンノさんは懸賞金とクエスト達成報酬とギルドのランクを上げるために必要なポイントを手に入れられるのにわざわざこちらに連れてきてくださるなんてさすがだなと思ったんです。ありがとうございます。」

…は?

いや、ちょっと待て!え?近い方を選んだせいで損をしたってことか?
今から連れていくのは…もう無理だよな。代筆とはいえサインしちまったし。

マジかよ…。でも今回はローウィンスの頼みのようなものだから、国の負担を減らしてやったってことで諦めるか…まぁ諦めるしか選択肢がねぇんだけどな。

「今回はロー……第三王女からの頼みだったから国の負担を減らせたなら何よりだ。」

ちょっとした強がりを口にしたら衛兵が目を見開いた。

…さすがに嘘がバレたか?

「まさか冒険者の中にそういった考え方ができる方がいたなんて、偏見を持っていた自分が恥ずかしい限りです…。本当にありがとうございます!」

「ありがとうございます!」

なぜかその場にいた衛兵全員が俺に向かってお礼を述べて頭を下げた。

わけがわからないけど、感謝されてんならさせとくか。
余計なことを喋ったらボロが出そうだから、片手を上げて返答とし、イーラたちを連れてそそくさと詰所を出た。



詰所から出て、アリアたちのところまで歩いている途中でふと思い出してサーシャを見た。

「そういや、もう盗賊たちの魅了を解いてもいいぞ。」

「ん?我は魅了出来ても解き方なんぞ知らんよ。」

…。

べつに俺らは困らねぇからいっか。盗賊はちゃんと全滅させたんだからローウィンスの願いは叶えただろうしな。たぶん。

考えるのが面倒になった俺は盗賊のことはもう忘れることにして、アリアたちのところに戻った。

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