裏切られた俺と魔紋の奴隷の異世界冒険譚

葉月二三

176話



しばらく休憩するついでに遅めの昼食を取っていたが、その間に魔物が近づいてくることもなく、セリナが戻ってきた。

「見つかったか?」

「たぶん?実物は見たことにゃいから違うかもだけど、あれで合ってるはずだよ。」

「そうか、ありがとな。案内頼むぞ。」

「は〜い。」

「全員移動だ。日が暮れる前にさっさと終わらせて帰るぞ。」

全員の返事を聞いてから、セリナの案内で森の奥へと進んだ。
進むにつれて傾斜がキツくなってきた。山に突入してるのだろう。

そのままさらに奥、麓の森の木々より高い位置まで登ったところでセリナが足を止めた。

「もうすぐにゃんだけど、気づかれたかも。メタルボアがこっちに近づいてきてる。」

「なら我が先頭を行かせてもらおうかのぅ。メタルボアは我だけで倒してよいのか?」

「好きにしろ。危なくなるまでは手は出さねぇよ。」

「感謝する。」

上機嫌に笑ったサーシャが前に出た。

「して、セリナよ。どこにおるんじゃ?」

「このまままっすぐ歩いた先だよ。」

「そうか。」

サーシャは背中から血を吹き出し、それを両腕にまとった。肩から指先にかけて赤い鎧のように包まれたあと、右手に赤い剣を作り出した。
サーシャはその剣を何度か振りまわしてから、ニヤリと笑って歩き出した。

サーシャの後ろにゾロゾロとついて歩いていると、けっこう離れたところに銀色の物体が見えた。見た目はたしかに牙が突き出した猪だな。銀色だから違和感が凄いが。

「あれでしょ?」

「そうじゃ!前のより大きいではないか!あやつを倒せば我は前より強くなったと確信できるのぅ。」

セリナが指をさしてサーシャに確認を取ると、サーシャは肯定し、ニヤニヤと笑いながらメタルボアの方に走って行った。

俺らもついて行こうと思った瞬間、なぜか嫌な予感がした。
確信はないが、サーシャが何かをやらかす気がする。

「全員下がれ!」

「「え?」」

俺が指示するとイーラたちは走って後退したんだが、あまりに予想外だったのか、俺の指示を理解できなかったドラとムスカは呆けた顔で立ち尽くしていた。

何がくるかわからねぇから逃げるのが一番だったが、しゃーねぇ。

ドラとムスカの前まできたところで振り返ってサーシャの方を向くと、ちょうどサーシャが赤い剣を上段に構えたままメタルボアに飛びかかったところだった。

そのまま着地とともに振り下ろした剣がメタルボアの頭にあたり、金属同士がぶつかるような音がした。

サーシャが何かをやらかすと感じているからか、もしくは俺の観察眼の能力なのか、視界に映るものがゆっくりと動いているように見え始めた。

サーシャの赤い剣を頭で受けたメタルボアは斬られたというよりも叩きつけられたため、そのまま足の途中まで地面にのめり込んで、その後耐えきれなくなったのか足が曲がって伏せたような姿勢になり、グチャリと顔が潰れた。

ただ、勢いがそこで止まらず、サーシャが剣を打ち付けた地面に地割れのような裂け目が浮かび、サーシャを中心とした衝撃波のようなものが球状に飛んできた。普通は見えないんだろうけど、俺には透明な何かが迫ってくるように見えている。しかもそれに触れたらタダでは済まなそうというのがなんとなく想像できるから正直怖い。

だが、ドラとムスカが動けてねぇから、俺が逃げるわけにはいかねぇんだよな。

『上級魔法:土』

ジョブが魔王のおかげで大量にあるMPを湯水の如く使い、足元の土を集めて固めて分厚い壁を目の前に作った。さらにMPを流し続け、その場に固定し続けるようにした。

壁が出来上がった瞬間、何かに押される感覚があったが、MPを大量に使ったからか壁にはヒビが入ることもなく衝撃が収まった。これならイーラたちを逃がす必要はなかったかもな。

「…今の何!?」

後ろで正気に戻ったドラが最後に見た光景を思い出したのか驚いていた。

「あの馬鹿が力の限り地面に向かって攻撃した結果だ。あれは悪い見本だから真似するなよ。」

「え?あんなこと出来ないよ?」

ドラはいまだに驚いたような顔をしているが、とりあえずドラとの話は後回しだ。
俺は土壁にMPを注ぐのをやめ、邪魔な土壁を殴って崩し、サーシャのもとに向かった。

俺に気づいたサーシャはこの惨状を作り出した自覚がないのかニコニコしながら駆け寄ってきた。

「リキ様!全力で攻撃したら一撃で倒せたぞ!」

そのまま抱きつこうとしてきたサーシャの頭をガントレットをつけたまま引っ叩いた。

「んなっ!痛いではないか!」

「馬鹿なのかお前は?いや、サーシャは馬鹿だったな。それを知ってて好きにやらせた俺が悪いか。だから次からはどうしようもない時を除いて地面に向かって本気をぶつけるな。」

「なぜじゃ?」

「は?この惨状を見てわかんねぇのか?」

サーシャが立っていた場所はクレーターが出来ていて、その底では銀色の敷物と貸したメタルボアがいる。あれをふちが赤い銀色の敷物と思って目を細めながら見ればなんともないが、俺がもとは生き物で強制的に潰されたとわかっているせいでグロく見える。周りの赤い部分は血だし、その血の部分をよく見たら内ぞ………いや、あれは敷物だ。

それにいくらこの辺の地面は土だからそこまで硬くないっていってもクレーターが出来るほどの衝撃を急に与えたもんだから、地面が耐えきれなくて表面だけだが地割れが起きてるし、サーシャがいた場所に近い木々は何本かへし折れたり倒れたりしている。

土砂崩れとかは起きなかったし、俺らに被害は出なかったからよかったが、何かあってからじゃシャレにならねぇ。

「この程度、魔物と戦えば当たり前じゃないかのぅ?」

「ほぅ。仲間に被害が出る攻撃が普通だというんだな?」

俺がサーシャに冷めた目を向けたら、さすがに空気を察したのか、オロオロとし始めた。

「そ、それは…。」

「じゃあ俺が魔物と戦うときにサーシャを巻き込むような攻撃をしてもいいんだな?」

「っ!!!ごめんなさい!!!!!」

久しぶりにサーシャの土下座を見た気がする。しばらくその姿を眺めていたが、サーシャは微動だにしなかった。

…まぁ理解したならいいか。

「わかったなら次から気をつけろよ。んじゃ、用も済んだんだし、帰るぞ。」

「…はい。」

サーシャが立ち上がりながら返事をしたが、珍しく落ち込んでいるな。さすがに反省してるってことか。

「帰る前にメタルボアの処理はしておけよ。あと、サーシャが強いからこそ戦い方に気をつけろっていってるんだからな。」

「はい!」

サーシャの頭を右手でペシペシと軽く叩きながら再度軽く注意したら、なぜか返事が元気になった。よくわからんが結果オーライだな。

他のやつらの方を向くと、全員こっちに歩いて向かってきていた。

「イーラもメタルボアを食っていいぞ。」

「は〜い。」

「え?素材を取らないんですか?」

イーラが返事をして、メタルボアの死骸に向かったところで、フレドが驚いた顔で質問してきた。

「素材っていわれてもどこが素材かわからねぇし、わかったとしても素材を取るのが面倒い。どうせたいした金になんねぇしな。」

「たしかにリキ様からしたら金貨1枚くらいじゃたいした金額ではないですよね。」

フレドが苦笑いしながらいってきたが、金貨1枚だと!?

「イーラ!止まれ!」

「ん?」

先にイーラに止まるよう指示を出すと、こっちを振り向いて首を傾げた。

「それで、メタルボアのどの部位が金貨1枚になるんだ?」

「えっと…綺麗な状態の全身の毛皮なら確か金貨1枚はしたと思います。あと、牙も銀貨数枚の価値はあったと思います。」

それなら既にサーシャが血を抜いた今でも取れるな。

「ありがとな、フレド。…イーラ、毛皮と牙だけ残しとけば、あとは好きに食っていいぞ。」

「は〜い。」

あらためてメタルボアのもとに向かったイーラは、大きなスライム形態になってメタルボアに乗っかり、数秒後にイーラが人間形態に戻ったときにはその足もとに銀の毛皮と牙だけがあった。

イーラがいると素材を取るのもかなり楽だな。前に自力で取ったことが数回あるが、そうとう面倒だった。これなら使えそうなやつや金になりそうなやつは素材を回収するべきなんだろうけど、どの素材がいいかなんてわからねぇし、調べるのは面倒いから今まで通りになるだろうな。

「そしたらもう暗くなり始めてるし、とっとと帰るぞ。」

「「「「「「「「「はい。」」」」」」」」」





討伐に向かった山は王都からそこまで遠くなかったから、歩いて王都の冒険者ギルドに向かった。そのためギルドに着いた今は夕方よりも夜よりだ。夕飯はいらないと伝えてなかったから、早く帰らないと村のやつらが飯を食えずに待つことになっちまう。

「とりあえずフレドたちは依頼の達成報告をしてこい。俺らは素材を売ってくる。反省会は晩飯の後に屋敷でやるぞ。」

「「「「「はい。」」」」」

フレドたちは返事をしてから、結構並んでる列の最後尾に並んだ。やっぱりこの時間は人が多いんだな。

俺は受付の中で出来るだけ並んでない列の最後尾に並んだ。といってもそこまでの差はないけど、少しでも早く終わらせたかったからな。



しばらくして、俺らの番がやってきたんだが、この列が人気がない理由がなんとなくわかった。他の受付は綺麗めなお姉さんって感じなのにここはイカツイおっさんだからだろう。まぁそれでも結構並んでいたからたまたま少し列が短かっただけかもしれねぇけど、あえて違うとこに並んでいる可能性は高そうだ。

まぁ俺はふざけた相手じゃなくて、早く終わってくれんなら誰でもいいけどな。

「素材を売りたいんだが。」

「おうよ。じゃあここに出してくれるか?もしここに乗らないくらいにデカい場合や解体前のものだったら裏で頼みたいんだが、ちょっと時間がかかっちまうと思うぞ。」

これだけ混んでれば、受付で済ませられないものは時間がかかるだろうな。メタルボアの毛皮は折りたためるから問題ないだろう。

俺はアイテムボックスからメタルボアの毛皮と牙をカウンターに置いた。

「今回はこの2つだ。メタルボアの毛皮と牙だ。」

「凄えな。それじゃあ冒険者カードか魔術紋を見せてくれ。」

受付に冒険者カードを置くと、受付のおっさんが俺のカードを水晶にあてた。

「おぉ!あんたが噂のカンノくんか!本当にFランクなのにメタルボアまで仕留めてくるなんてな。しかも毛皮も一部裂けてはいるが綺麗だな。むしろ綺麗過ぎる。どうやって中身を取り除いたのか知らんが、額と腹の裂け目以外に切れ目が見あたらねぇんだが?」

おっさんは首を傾げていたが、イーラがやったことを俺がわかるわけもない。
俺が黙っているのを話す気がないと判断したのか、おっさんは黙って素材を観察し始めた。

「かなり上質の素材みたいだな。毛皮が金貨1枚と銀貨20枚で牙が銀貨20枚の合わせて金貨1枚と銀貨40枚ってところだな。どうする?このサイズだったら鍛冶屋に持っていけば防具一式を作れると思うけど、買い取りでいいのか?」

おっさんは俺の服装をチラッと見てから提案をしてきた。親切なおっさんだな。

「このメタルボアの毛皮と龍の鱗はどっちの方が防具としての強度がある?」

「え?そりゃもちろん龍の鱗だろ。」

それなら龍の鱗で作ればいいだけだ。龍の鱗はまだまだあるしな。今はチェインメイルで満足してるから作る予定はないけど。

「ならいらない。買い取ってくれ。」

「そ、そうか。ならちょっと待っててくれ。」

おっさんは素材を持って裏に引っ込み、すぐに戻ってきた。

「金貨1枚と銀貨40枚、それと預かってた冒険者カードだ。」

「あぁ、ありがとう。」

金貨1枚と銀貨40枚と冒険者カードを全部アイテムボックスに入れ、テーブルがあるスペースへと向かった。

フレドたちはまだ列の途中みたいだからもうしばらく待つことになりそうだ。
仕方ないから出入口に一番近い6人がけのテーブルに座って待つことにした。




「あ、あの〜………カンノさんですか?」

イーラたちと何気ない話をしていたところで知らない女が声をかけてきた。
年齢は14.5歳ってところか?
水色に近い青の短髪で、目も透き通ったように青い。あまり外見を気にしてないのか髪はところどころはねているが、それが要所を護るようにつけた革鎧という冒険者らしい格好と合わせると似合っている。
腰のベルトにはガントレットと短剣、中身はわからないがポーチがついていた。

…ここまでじっくり見ても思い出せないってことは知らないやつだろう。

「誰だお前?」

「えっ!?あっ!す、すいません!!!ぼ、僕……いえ、私はカミュ、カミエルです!」

慌てすぎだろ。

「カミュ・カミエル?聞いたことねぇが、何の用だ?」

「すいません。噛んでしまっただけで、わ、私はカミエルです。あ、あの…握手してください!」

そういって、カミエルは頭を下げて右手を出してきた。なんだこれは?

わけがわからん。何かの罠か?

わけがわからないときはだいたいアリア任せなんだが、今はいないからセリナを見た。

「ん?…あぁ、大丈夫だと思うよ。」

セリナは何を察したのか大丈夫だと告げた。
罠とかではないって意味か?だとしたらこの女はただ単に俺に握手を求めてるってことか?会ったこともないのに意味がわからない。

「なぜだ?」

「尊敬してるからです!…ダメでしょうか?」

カミエルは顔を少し上げ、目を潤ませて困った顔をしてきた。べつに握手くらいはかまわないんだが、会ったこともないのに尊敬される意味がわからない。

念のため識別で大丈夫であることを確認してから右手を握った。

「リキだ。」

名前だけ名乗り、すぐに手を離そうとしたら、両手でガッシリと掴まれた。

やっぱり何かの罠だったかと思ってカミエルを見たら、何故かガチ泣きしてた。

「ありがとうございます!まさか、本当に握手してもらえるとは思わなくて、嬉しくて、嬉しくて…。」

いや、握手させる気満々だったじゃねぇか。

「とりあえず泣くな。俺が泣かせてるみたいじゃねぇか。」

「す、すいません!」

カミエルは右手で俺の右手を掴んだまま、左手で目元をぬぐい始めた。…離さねぇのかよ。

どうしたものかと考えていたら、フレドたちが達成報告を終えたようでこっちに向かってきていた。ちょうどいいな。

「悪いがそろそろ帰らねぇといけねぇんだ。見たところ冒険者みたいだし、これからも死なないように頑張ってくれ。」

「ありがとうございます!!いつかカンノさんのように立派な大人になれるように頑張ります!」

てきとうな言葉をかけただけなのにそんなにキラキラした目で見られてお礼をいわれるとなんだか胸が痛い。しかも俺のような立派な大人って、俺はべつに立派ではないと思うがな。

こういうときはとっととこの場を離れるのが一番だろ。やっと手も離してくれたしな。

「そうか、頑張れ。んじゃフレドたちの報告も終わったみたいだし、帰るぞ。」

「「「「はい。」」」」

イーラたちの返事を聞くなり、俺はすぐに立ち上がり、こっちに向かって来ていたフレドたちに顎で出口の方を示してから、早足にギルドを出た。

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