裏切られた俺と魔紋の奴隷の異世界冒険譚
178話
意味がわからないと思いながらイーラを見るが、ニコニコとしながら俺を見ているから、間違いなく俺にいってんだろうな。
「何いってんだ?」
「リキ様が戦ってくれるって約束したもん!」
イーラは膨れっ面になって抗議をしてきたが、約束なんて………したな。あとで有耶無耶にしてしまおうと思って適当なことをいったが、約束は約束か。
「そうだったな。じゃあかるく模擬戦でもするか。」
てきとうにやってさっさと終わらせれば、時間もかからないし、イーラも満足するだろ。
「本気がいいよ!前にリキ様が本気の戦闘訓練をしてくれるっていったもん!」
「…は?」
それは本当に覚えてない。
いくら訓練でも俺がイーラと本気で戦おうとするとは思えないんだが。
「ダンジョン攻略のときにイーラとセリナに本気で戦闘訓練をしてくれるっていったよ!」
…あぁ、いった気がするな。
たしかあの時はふざけてる2人を叱る意味でいったんだが、けっきょくセリナにはこの前実際に本気の戦闘訓練をしたから、それで俺がやりたくないからってイーラにはしないのは良くないだろう。
約束は守るべきだからな。あきらめるか。
「忘れててすまん。たしかに約束したしな。約束通り手加減なしでやり合うか。」
「やったー!」
何が嬉しいのか、イーラが抱きついてきた。
今回は念のために身代わりの加護つきのブレスレットも買ってあるし、イーラは簡単には死なないからなんとかなるだろ。
負けて恥をかく可能性があるのは怖いが、覚悟を決めるしかないか。
「そしたら表でやるか。」
「…待ってください。壁の中でやるつもりですか?」
逆隣にいたアリアが止めてきたから振り向いた。
「そういや建築準備をしてるんだったな。間違って壊したらマズイな。でも夜の山は魔物が多いんだったよな…。」
そしたら明日にするべきか?これからはずっと暇だろうし急ぐ必要はないからな。
だが、せっかく覚悟を決めたのに後日に回すのはな…。
「…大丈夫です。隣の山までは魔物を減らしてあるので、隣の山頂でならここへの被害が出る可能性も魔物の邪魔が入る可能性も低いかと思います。」
「ちょっと待て、どういう意味だ?」
「…ゴブキン山の山頂でリキ様とイーラが本気で戦うとこの村がなくなる可能性がありますので、念のためです。」
「それはそれでなんでそこまで過大評価してるのか意味がわからないが、そっちじゃない。隣の山の魔物を減らしてるってのはどういう意味だ?」
なんで山頂で俺らが戦って麓の村に被害が出ると思ったのかは不明だが、そんなことよりいつのまに隣の山の魔物を減らしたりなんてしてたんだ?
「…まだ地図の作成が途中だったので、少しずつ探索しながら出会った魔物を討伐していました。今はスルウェー山脈の三分の二近くは地図が出来上がっています。」
確かスルウェー山脈は山が3つあった気がするからこちら側2つを既に探索済みということか?
「そんな時間あったか?」
アリアはほとんど俺と一緒にいた気がするんだが、どうやって地図の作成なんて出来たんだ?イーラみたいに分身するスキルを得たとか?…いや、それはねぇか。
「…寝る前にイーラやセリナさん、たまに他の方も一緒に少しずつ探索しながら魔物の討伐をしました。1人で探索はしていません。」
最後に言葉を付け足したのは俺が心配してると思ったからだろう。
「危険という意味での心配もあるが、アリアはまだまだ成長期なんだから夜更かししないで寝た方がいいぞ。まぁ無理をしてないなら好きにしろ。」
やめろと命令すればいうことを聞くだろうが、好きでやってるのならその時間を奪いたくはないから、あまり余計なことはいわないことにした。
「…お気遣いありがとうございます。」
これはやめるつもりはなさそうだな。まぁイーラやセリナがいるなら万が一もなさそうだからいいけど。
「そんじゃ、あんま遅くなる前にとっとと行ってちゃっちゃと終わらせよう。戦闘前に悪いが、イーラは龍形態になって隣の山頂まで運んでくれるか?空からなら迷わないだろ。」
既にけっこう遅い時間だから、本当に早く終わらせたい。
「大丈夫だよ!早く行こ!」
「じゃあ俺らは行ってくるから、アリアたちは寝てていいぞ。遅くまで付き合わせて悪かったな。」
「…わたしも行きます。」
「私も見たいから行く!」
「自分もお伴します。」
「あたしも行きたいな♪」
「テンコも、行く。」
「我も行こうかのぅ。」
全員来るのかよ。
「イーラ、いいか?」
「ん?べつにこのくらいなら増えてもたいして変わらないからいいよ。」
6人をこのくらいかよ。そんな力があるやつに俺は勝てるのか?
戦闘技術に差があれば力がなくても勝てるのかもしれないが、俺は喧嘩慣れしてる程度で技術なんかない。…勝つ要素がねぇんじゃねぇか?
いや、戦う前から弱気になってどうするよ。
「じゃあ行くぞ。」
「「「「「「「はい。」」」」」」」
龍形態のイーラに乗って来たら、本当にすぐだったな。
まぁ隣っちゃ隣だからな直線距離で数キロはあると思うが。
山頂に到着したときに魔物がいたように見えたが、イーラがすぐにブレスで燃やし尽くしたから、本当にいたのか、どんな魔物だったかわからない。
「これで戦う場所が出来たね。」
龍形態だからか低く野太い声でイーラが告げてきた。
というか場所を作るためだけに魔物ごと木々を焼き払ったのかよ。
山火事を心配する必要もないくらい跡形もなくなってるからいいんだけど、木々の密集地帯で火を使うときは少しは気をつけるべきだろ。…あれ?俺らが戦った邪龍は木々を黒焦げにした程度だったと思うが、イーラの方が威力が強いのか!?あの邪龍が本気を出してなかったというのは考えづらいから、単純に今のイーラはあの邪龍以上に強いってことだよな…マジで戦いたくねぇ。
いや、俺だってあれから強くなってるはずだ。なんとかなるはずだ。…うん、考えるのをやめよう。
イーラが山頂に着地してから、俺らは地面に飛び降りた。
俺らが飛び降りたことにより、木々が燃え崩れたことでできた灰が舞い上がった。
『上級魔法:風』
予想以上に灰が舞ったことでしかめっ面になって固まった俺とは違い、アリアは魔法で灰を吹き飛ばした。危なく思いっきり吸い込むとこだった。
「ありがとな。」
「…はい。」
イーラが焼き尽くして作ったスペースは直径30メートルの円に近い歪な形になっている。せっかく作ったそこそこ広いスペースなのに龍形態のイーラがいると狭く感じる。
少しスペースを広げるか?
そんなことを考えていたら、イーラは人間形態になった。
「イーラは準備万端だよ!」
イーラは両手に毒々しい色をしたガントレットをはめているだけのかなりの軽装だ。服も防具ではなく短パンにキャミソールといった感じのただの服だ。というか、それをいったらイーラは常に裸か。ガントレットも服もイーラの体なんだもんな。見た目に騙されたらダメだろ。
イーラが装備してるガントレットは俺のと近い形で肘まであるタイプだが、腕の外側に刃物がついている。あれならガントレット1つで殴ることも切ることも出来るのか。ちょっと欲しいな。
ん?よく見るとイーラの肌が月明かりに照らされてテカってる。暗くて見にくいがいつもとは違そうだ。
『上級魔法:光』
急にアリアが光の玉を上空に浮かべたことで見やすくなったが、どうやらイーラは表皮に鱗を纏ってるみたいだ。わざわざ纏うくらいだから龍の鱗なんだろうな。装備いらずとか羨ましすぎるわ。
「見やすくなって助かるが、上級魔法を使い続けるのはMPがもたないんじゃないか?」
「…少しの間でしたら大丈夫なので気にしないでください。光がないとリキ様にとって不利すぎます。」
少しの間ならといいながらアリアは無理をするからな。光があった方が見やすいのは見やすいが、なくても……いや、普通に見えていたことに違和感がなかったが、街灯もないところでなんで見えるんだ?月明かりが遮られる森の中も暗いながらも普通に見えてたぞ。レベルが上がったからか?…いや、可能性的には観察眼のおかげってのが高い気がするな。
それを知らないアリアは同じ人族の俺にはほとんど見えていないと思ったんだろう。気持ちは嬉しいが、そのせいで万が一があったら嫌だし、それよりも俺らの戦いの巻き添えにならないように自分を護るための魔法を使ってほしい。
「光がなくても多少は見えるから、アリアはルモンドナンチャラを使っておけ。セリナたちは危ないと思ったらすぐに逃げろよ。」
「…。」
アリアは何かをいいたそうにしながらも光を消した。
「じゃあ、テンコ、明かり、つける。」
アリアが光を消したあとにテンコがそういうと、細かい光が周りから集まり始め、最初にアリアが作った程度の明るさを放つ光の玉が出来上がった。
「これはテンコがやったのか?凄いけど、テンコも無理せずMPは自分に使っとけ。」
「これ、精霊、集めただけ。テンコ、MPない。これ、もう、勝手に照らす。邪魔なら、精霊、散らす。邪魔?」
そういやテンコは名前以外のステータスがないんだったな。だからMP自体を持ってないわけか。
そういや前に川沿いに漂ってた精霊は光ってたし、それを集めただけならテンコはとくに何も消費してないってことなのか?
ならこのままの方が助かるか。さすがに暗くても見えるといっても明るい方が断然見えるからな。
「いや、とくに消費してるものがないならそのままの方が助かる。」
「リキ様〜。」
テンコと話していたらイーラが遅いとでもいいたげな感じで声をかけてきた。
なんでそんなに戦いたいかね。俺も喧嘩は好きだが、命がけの戦闘なんかはいざという時以外でしたくねぇんだけど。しかも仲間となんて尚更したくねぇ。殺されるのも嫌だが、間違って殺しちまったらシャレにならねぇ。
だからといってそんなことを考えるほどの余裕がある相手でもねぇんだよな。
イーラを見ると頰を膨らませて待ちわびてますアピールしてやがる。
「わかったよ。」
防具も身代わりの加護のブレスレットも既に着ているからガントレットだけをつけた。
「イーラはいつもの大鎌は使わなくていいのか?」
「あれじゃリキ様には勝てないからね〜。」
それだと鎌じゃなければ勝てると聞こえるんだが…まぁ実際にそうかもしれねぇな。
それでも俺はやっぱり負けたくねぇ。俺にも意地やプライドがあるからな。
「そうか。…俺も準備完了だ。アリアたちはもっと離れておけ。」
「「「「「「はい。」」」」」」
アリアたちは返事をして、まだ木が残っている場所まで下がっていった。
「もう始めていいの?」
「あぁ、既に使い魔紋の設定は変えてあるから大丈夫だ。先手は譲ってやるから好きなタイミングでこいよ。イーラが攻撃準備に入ったら開始だ。」
俺の言葉を聞いたイーラは一瞬目を細めたが、すぐに口らへんに魔力を集め始めた。
口に魔力?と一瞬思ったが、俺が知ってる口に魔力を集める攻撃はドラゴンブレスしかない。いきなり殺しにきやがったな。しかも口に集めてる魔力の密度がおかしいだろ。数値化されてるわけじゃないから感覚だが、邪龍がドラゴンブレスをするときに集めてた魔力の5倍はありそうだ。
なるほど、使う魔力量が違うから威力もあんなに違ったのか。イーラの馬鹿げたMP量だからこそできる技だな。
そんな余計なことを考えていたら、既に魔力を集め終わったイーラがドラゴンブレスを放った。
ヤバいどうしよう…笑えない。
『超級魔法:雷』
ズドンッ!!!
水で防げる火力とは思えなかったから何かドラゴンブレスを吹っ飛ばせる魔法がないかと考えた瞬間に思いついた魔法が『超級魔法:雷』だった。カリンとラスケルがこれで吹っ飛んでた姿を思い出したから使ってみたんだが、成功だったみたいだ。さすがに押し返すことは出来なかったが、爆音とともにドラゴンブレスを2つに裂き、俺を通り過ぎて消滅した。
ただ、時間がギリギリになっちまったからって俺の目の前に落としたのは失敗だった。
2度目だから学習して口を半開きにして耳を塞ごうとしたが、雷が落ちるまでに間に合わなかったせいで鼓膜が破れるかと思った。
というか、俺は音と眩しさ以外でダメージはないが、イーラに電気はまずかったんじゃねぇか?直撃じゃなくてもこの距離ならダメージを受けてもおかしくないはずだ。
ヤバいと思ってイーラの姿を探したが、いな…。
ふと危険を感じて横に跳びのいたら、俺がいた場所にイーラが殴りかかっていた。
「リキ様もちゃんと本気を出してくれて嬉しいよ。昔のイーラだったら今ので死んでたね。」
イーラは俺を見てニコリと笑ったあとにまた構えをとった。
イーラはたいしたダメージは受けてないように見えるが、たまに体からパチッと紫電を発していた。
5度目の紫電がパチッと音を立てたと同時にイーラが殴りかかってきた。
イーラのガントレットの外側の刃物の素材はわからないが、ヘタしたら俺のガントレットごと切られる可能性もあるから、触れないように気をつけながら受け流した。
その後もイーラが何度も連続で殴ってくるが、案外余裕で受け流せてる気がする。
イーラの力は化物級だが、戦闘技術は俺より低いのか?
もちろん観察眼のおかげってのは大いにあるが、これなら反撃もできそうだ。
イーラの攻撃を受け流しながらタイミングを見計らい、会心の一撃を右手に集中させてイーラの鎖骨を殴ったが、いつものようには弾けずに吹っ飛んでいった。
右手にはいつもと違ってしっかりと殴った感触があって、指が潰れたんじゃないかという痛みが走った。
ケモーナの城の壁を壊したときですら痛くもなんともなかったのに、今のイーラはどんだけ硬いんだよ。
俺に殴られて、地面を転がるように砂埃を上げながら吹っ飛んだイーラに追撃をかけず、右手をグーパーと握ったり開いたりして指の状態を確認するが、折れたり潰れたりはしてないっぽいな。
ほとんど会心の一撃を溜められなかったから、大したダメージは与えられてないだろう。ただ、この感じなら一撃の極みを使っても大丈夫そうだ。そもそもヘタに遠慮してたら勝てないだろう。
念のためイーラのPPゲージを視界の隅に設置しておこう。これが0になったら死んじまうからな。つってもこの馬鹿げた量が0になるとは思えないが。
イーラの反撃を警戒しながら現状確認と今後の方針を決めていたら、砂埃の中をこちらにかけてくる音が聞こえる。隠すつもりがない足音が4人分。もしくは4足タイプが2体か。それらが左右に分かれた。
砂埃が薄れて見えたのはどこかで見たことがある人間4人。そいつらが左右に2人づつに分かれて俺に向かってきていて、後方ではイーラが手を胸の前で組んで光っている。いや、自分でいってて意味がわからないが、本当に光ってやがる。あれに白い翼が生えたら天使だと思ってしまうくらいに神々しくも見える。あと10年分、見た目が成長してたら女神だと勘違い出来るレベルだ。
そんなくだらないことを考えていたら、既に4人は目の前まで近づいていた。
あぁ、思い出した。こいつら武術クラブにいたやつらじゃん。ならイーラの分身で間違いないだろ。だから殺しても問題ないはずだ。
っ!?
イーラの分身だからさっきと変わらないだろうと思って最初に攻撃を仕掛けてきた男に対処しようとしたら、動きがあからさまに違った。こいつ、俺の動きに対処してきやがる。
だが、俺の方がスピードが速いようで、最初の短剣二刀流の男は俺の2度目の攻撃に対処が間に合わず、脇腹に俺の拳をめり込ませて吹っ飛んでいった。というかこいつもさっきのイーラほどではないが硬いな。
もしかしてと残り3人をよく見ると、全員が龍の鱗つきじゃねぇか。…厄介すぎる。
分身でこれはズルいだろと思いながらイーラに視線を移すと、イーラの周りに紫色に光る複数の模様が浮かび上がっていた。………昔漫画で見た魔法陣に見えるのは気のせいか?
観察眼が危険を知らせてきやがる。まぁ見れば危険なのはわかる。だってイーラが攻撃のためにこんなにタメを作るのを見たことがないからな。それ相応の威力はあるだろう。
イーラが魔法を放つ前にこの邪魔な3人を倒して、直接止めるしかねぇかと思って動き出したときには既に遅かったようだ。
イーラの背後の魔法陣が強く光り出した。
あ、死んだ。と思ったら、周りがスローに見え始めた。これなら避けられるかと思ったが、残念なことに俺自身もスローになってやがる。…これじゃ無意味じゃねぇか?いや、考えることが出来るだけ助かったのかもしれない。
…さて、どうすればいいのだろうか。
イーラの魔法陣からは光の暴力としか思えないような光の塊が俺に向かって飛んできている。どうやら分身ごと消し飛ばすつもりみたいだな。
もしあれがただの光なら眩しいだけで済むんだが、それはさすがに楽観的すぎるよな。
だからといって、さっきのように雷を落としたところで、この光の塊を相殺できる気がしない。
光といったら闇か?いや、俺が持ってる超級魔法の闇は物理攻撃じゃなくて精神攻撃だからこの場面では役立たずだし、あれを仲間に使うつもりなんかねぇ。
どうするか…いくら全ての動きがスローだといっても限度がある。徐々に光の塊は近づいてきているのに俺が持ってる魔法に使えそうなのがない。
…さすがにテンパってるみたいだな。冷静な判断がくだせそうにない。というか、ありえないことをしようとしている。
でも、どうせ死ぬなら前に倒れて死にたいってやつだ。
うん、意味わかんねえ。
だけど、どうせ時間がねぇんだ。
ちょうど構えは取れてるんだから、最後の抵抗といこうじゃねぇか。
俺は一撃の極みを発動し、右手に集中させる。
視界の隅では右の肘から先が黒い靄のようなものに包まれているのが見える。
ギリギリまで溜めながらふと気づいたんだが、あの光が実体のないものだったらそもそも俺の拳が当たらないんじゃねぇか?
いや、今さらどうしようもないんだから、俺はこの拳を振り抜くだけだ。
余計なことを考えるのをやめて、本気で光の塊を殴ろうとした瞬間、スローではなくなった。
いきなりもとの速度の世界に戻ったのだが、不思議と違和感はなかった。
そして、俺の拳と光の塊がぶつかった。どうやら実体のあるものだったみたいだ。
実体のあるものだとわかり、それならなんとかなるかもと思ったら、その期待に応えるかのように光の塊が弾け、同時に俺の右腕も弾けて血が飛び散った。
…え?
右肩から先に力が入らなくなり、俺の意思とは関係なくぶらりと垂れ下がった右腕を見ると、所々が裂けて真っ赤に染まったグロい状態になっていたが、どうやら弾けて粉々になったわけではなく、かろうじて腕の形を残したまま存在はしていた。
だが、頭で状態を理解してるはずなのによくわからない。なにがどうした?
現実逃避しかけたところで遅れて激痛が走り、意識が現実に戻った。
目の前では分身3体が破裂した光の塊の余波で飛び散り、イーラは土壁を作って衝撃を防いでるみたいだ。
その手があったか。
いや、そんなことよりこのチャンスを逃したらまた痛い思いをしかねない。一気に終わらせる。
『ハイヒール』
イーラに向かって走りながらハイヒールを使ったが、まだ右腕に違和感があるな。
『ハイヒール』
回復魔法マジ便利。
MPをめっちゃ食うけど、逆にいえばMPがなくならない限りは戦える。即死や気絶さえしなければだがな。
俺は一撃の極みを両腕に使おうとしたが、どうやら一ヶ所にしか使えないみたいだな。ならもう一度右腕に集め、左腕には会心の一撃を使って集めた。
あと少しでイーラが作った土壁にたどり着くところで、勝手に土壁が崩れた。イーラが解除して攻撃を再開しようと思ったみたいだ。
土壁を解除して進みだそうとしていたイーラが俺に気づいて一瞬驚き、ニヤリと笑ってから再度こっちに向かって走り出した。
互いに走っているから、攻撃の間合いに入るまでは一瞬だ。
互いに最強の一撃をぶつけ合うとか少年漫画っぽくてカッコいいかもしれないが、化物級の力を持つイーラ相手にそんなことをやってやるつもりはない。
イーラが殴りかかってきたのを体をひねって避けつつ、左拳をイーラの右脇腹にめり込ませた。
今度は会心の一撃をけっこう溜めることが出来たからか、変な体勢から殴ったのにイーラの腹は弾けて、胸上と下半身に分かれた。
視界の隅に設置してあるイーラのPPゲージをチラリと確認するが、まだ3分の1も減ってないから、もう1発だ。
左拳を振り切った状態から腹筋と背筋をフルに使って反対側へ腰をひねり、そのままの勢いでイーラの鎖骨へ殴りかかった。
さすがにイーラも反応して両腕をクロスに構えて防御しようとしたが、一撃の極みまで使った本気の一撃をその程度で防げるわけもなく、見事に弾けた。
視界の隅にあるイーラのPPゲージをもう一度見るが、まだ半分近く残ってるから死んではないだろ。死んでたらゲージそのものがなくなってるはずだしな。たぶん。
これで終わりかと思ったら、急に疲労が表に出てきたのか、体が重くなった。
会心の一撃や一撃の極みはスキルだから何も消費せずに使えるからって遠慮なく使ってたが、もしかしてこの疲労感はそのスキルのせいか?それとも緊張が解けたからか?
『ハイヒール』
力が抜けた瞬間、両手の指から激痛が走ったから、即座にハイヒールをかけた。
ガントレットをしてるのに殴っただけで指を痛めるとかどんだけだよ。
「イーラ。もういいだろ。ちゃんと本気でやったし、これ以上続けたら本当にどっちかが死にかねない。そもそも俺は疲れたからもう帰りたい。」
倒れてるイーラの下半身と飛び散った液体がある方を向いて声をかけた。
持久戦に持ち込まれたら体力的に勝てる気がしないというか、既に体力がほとんど残ってない。
だからこれ以上続けたら間違いなく負ける。そうとわかってて続ける気なんてない。
それに早く帰って寝たいってのは本当だ。既に夜中だし、マジで疲れたからな。
俺が話しかけているにもかかわらず、イーラは返事をしない。下半身だったものが青い半透明な液体となり、それがもぞもぞと動いて体を集めてるから、死んではいないはずだ。つまり無視か。
「なんだ?俺がイーラに勝ったのが不満か?俺の方がイーラより弱いと思ってたのか?」
「そんなんじゃないけど…。」
イーラは体を集め終えたのか、もとの人間形態に戻って唇を尖らせながら返答してきた。そして、分身たちが飛び散った方にトボトボと歩いていった。
「じゃあなんだよ?ハッキリいわねぇとわかんねぇよ。もし俺が勝ったと認める気がないんならそれでもかまわねぇが、俺はもう続けるつもりはないからな。」
「イーラは負けたよ。あそこからどう頑張ってもリキ様に勝てる気がしなかったし、やっぱりリキ様は強いなって思って嬉しかったよ。」
いや、嬉しかったやつの表情ではないだろ。イーラも皮肉をいえるようになったのか?
「でも…。」
「でも?」
イーラは飛び散った分身の破片を集め終わったようで、トテトテと俺の方に走ってきて、弱々しく抱きついてきた。
「もうちょっと戦えると思ってた。イーラも強くなったと思ってた。もっと楽しめると思ってた。でも、実際はリキ様に傷一つつけられないで一方的にやられちゃった…。」
イーラは顔を俺の胸に埋めてるからどんな顔でいってるのかはわからないが、悲しそうに聞こえた。
ただ、イーラは勘違いしている。俺はハイヒールを使ったから傷がなくなってるだけで、怪我はしてるし、イーラは十分に強い。
だけど本当のことをいったところで、今のイーラが聞き入れるかわからねぇ。
「イーラはかなり強くなった。だが、俺だって強くなってるんだから簡単に負けてやるつもりはねぇよ。出会ったときの実力差に比べりゃ今は僅差でしかないが、それでもまだ俺の方が強かったってだけだ。不貞腐れずに努力を続ければすぐに俺より強くなれるさ。」
「…うん。もっと強くなるから捨てないでね。」
イーラはそういって、スライム形態となって俺をよじ登り、頭の上に落ち着いた。
俺は頭の上に乗ったイーラを軽く撫でた。
「イーラはもう仲間なんだから捨てるわけないだろ。悲しくなるからそんなこというな。」
「ごめんなさい。」
念話では謝罪の言葉がきたが、なんだか嬉しそうなニュアンスに聞こえた。
…あれ?このパターンは嫌な予感がするぞ。
「イーラ?」
「…。」
完全に落ち込みモードに入ってるのか寝ているのかわからないが、どうやら俺の頭の上から動く気はないようだ。その意思だけは不思議と伝わってきた。
嘘だろ…ここから徒歩で帰るのか?
「…ここで野宿をしますか?歩いて帰りますか?」
既に戦闘が終わったと判断したアリアたちが近づいてきて、俺の心を読んだような質問をアリアにされた。
「野宿か…。」
「我が運んでもよいのだが、さすがに7人はキツいのぅ。」
「でしたら自分がリキ様と一緒に飛びます。イーラさんも落ちないでくれるならリキ様と一緒に運びますよ。」
そういやイーラとヴェル以外にも空を飛べるやつはいるんだったな。ソフィアもたしか飛べたはずだ。今はいないけど。
「運び方に文句をつけぬのなら、4人はいけるかもしれん。」
「テンコ、自力で飛ぶ。」
サーシャとニアで話し合っているところにテンコが口を出した。
「テンコさんは飛べるのですか?」
「テンコ、精霊。精霊が飛べる、当たり前。でも、人を抱えて飛ぶ、無理。」
「でしたらテンコさんは1人で飛んでついてきてください。自分がリキ様とイーラさん。あとはサーシャさんにお願いします。」
「まぁ3人ならいけるじゃろ。」
そういうとサーシャは手首から大量の血を吹き出し、アリアとセリナとヒトミを包んだ。そのあと、背中から血を吹き出し、大きな赤い翼を作った。
ニアは目の色を変えてから黒い翼を生やして、俺の後ろから腰に手を回した。
イーラは俺の頭の上に乗ったままだが大丈夫か?
まぁイーラだったら高所から落ちても死なないだろうし、1人でも帰ってこれるからいいか。
イーラのことは俺以外誰も気にもしていないのか、サーシャとニアが翼を羽ばたかせて、村に向かって飛び立った。
ちなみにテンコは翼もないのにふよふよと飛んでついてきた。
途中で落とされることはなかったが、帰ってシャワーを浴びてベッドに入ったときには、窓の外が薄っすらと明るくなり始めていた。
この世界にきてからこんな時間まで起きてるなんて初めてかもなと思いながら、俺は疲れのあまりすぐに意識を手放した。
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