裏切られた俺と魔紋の奴隷の異世界冒険譚

葉月二三

185話



アリアたちには勝手に飯を食うようにいって金も渡してあるから、俺は急がずに飯屋を探しながら宿屋の方向に歩くことにした。

ここはアラフミナでいう城門通りみたいな高級店が並ぶような通りはないみたいで、安い店も高級店も同じ通りに店を構えていたりする。一応住居区画と商業区画で分けられているが、それも曖昧だ。といっても全てを見て回ったわけではないんだが、今日見た感じではちゃんとした区画整理はされていないように思った。

まぁそのおかげかてきとうに歩いていてもそれなりに飲食店を見つけられる。

とくに行きたい店があるわけではないが、昼飯を食べた店とは違うところにしようと思いながら歩いていると、1つの店が目についた。

外からだと文字が読めない俺には何をメインにした店かは全くわからんが、匂いからして飲食店だろう。その程度しかわからないのになぜか無性に気になる。

気になったならここでいいかと近づくと店の中から笑い声が聞こえてきた。
結構賑わってるみたいだからハズレってことはないだろうし、ここにするかと入ろうとして、ふと思った。

ここって酒場じゃね?

今は酒が飲みたい気分じゃねぇんだよな。べつに情報収集するわけでもないのに酒臭い状態で帰るのもなんか嫌だし。

ということで、俺はこの店をやめて再度歩き出し、100メートルくらい先にあった定食屋っぽい店に入った。

周りを見ながら中に進んで行くが、人気の店なのかテーブル席は全て埋まっていたからカウンター席に座った。

…そういやアラフミナの飲食店も夜に酒場になってたな。もしかしたらこの世界の飲食店は昼が定食屋でも夜は酒場になるのが普通なのかもしれない。
だから雰囲気が定食屋だと思って入ったここが酒場だとしても諦めるしかねぇか。だったらさっきの店でも良かったなと思ったが、なんかそこまで行きたい気持ちもなくなってるし、ここはさっきの店ほどうるさくないからこのままでいいか。

カウンターに置いてあるメニューを取って開いてから失敗に気づいた。

…字が読めねぇ。

写真なんてないから食べ物なのか飲み物なのかもわからん。
どうせなら空席を探しながら他のやつらが何を食ってるかも見ておけばよかった。今から振り返って確認するのもなんかな…。

「チワッス〜。」

俺がどうしようか悩んでいると隣に誰かが座ったから、なんとなく視線を向けた。

隣に座ったのはパーマがかったオレンジ髪を肩くらいまで伸ばした女だった。こういう髪型をソバージュっていうんだったか?

良くも悪くも髪色以外に目を惹くところがないし、ガン見するのも失礼だろうとメニューに視線を戻す。

というかカウンターはほとんど空いているのになんで隣に座った?…特等席だったのか?
まぁそんなことはどうでもいいか。べつに肘がぶつかるほど近いわけでもねぇし。それより俺の飯だ。


…。


仕方がない。最後の手段で店員のオススメにしてもらうか。

「こんばんはッス〜。」

店員に声をかけようとしたら、隣の女が俺の方を向いて挨拶してきた。

女と反対側を見てみるが、女の声が届きそうなところには誰もいない。ということは俺にいってんのか?

「なんだ?」

「とくに用はないッスけど、見かけない顔だなって思ったんで、声をかけてみたッス。」

「そうか。」

俺はそれだけ返すと、カウンターにいる店員に声をかけようとしたが、店員は違う客のところに行っちまった。
他の店員も客の相手をしているからしばらく待たなきゃだな。まぁ待つのはかまわないんだが、これだけ忙しいとオススメとかを聞くのも悪い気がしてくる。

…だが、字が読めないのだから仕方がないと、料理を運び終えてこっちに近づいてきた店員に声をかけようとして、上げかけた右手が止まった。

こいつ人形じゃねぇか。

よく見ると動きが少しぎこちないが、ほとんど人間にしか見えない。これもアオイのようなやつが動かしてるのか?

いや、どうやら他の店員が動かしてるっぽいな。よく見ると他にも2体の人形がいる。喋れるわけではなさそうだから料理を運んだり片付けだけを人形にやらせて、注文取ったり料理を作るのは人間がやってるわけね。どう動かしているのかは俺にはわからないが、なかなか細かい動きをさせられるんだな。

「あの〜。無視ッスか?」

「あ?」

「いや、ごめんなさいッス!睨まないでほしいッス!怖いッスよ!」

べつに睨んだつもりはないし、無視もしてないと思うんだが。

「なんなんだよ。」

「いや〜、そんなあからさまに嫌がられるとさすがに傷つくッス。知らない相手に話しかけるのがウチの趣味みたいなもんなんスよ。だから、一杯奢るんでお話しましょうよ〜。」

逆ナンか?悪いがそんな気分じゃねぇんだよなと思いながら、あらためて女の顔をよく見る。

喋り方は変だが、あとは髪が目立つ程度で普通の女だ。クセのあるオレンジ髪に茶色の瞳、服装はローブの前を完全にしめているから水色のフード付きローブしかわからん。いや、少し視線を落とすとローブからハーフパンツとそこから伸びる細い脚が見えた。
この世界にもタイツがあるのか、黒いピッチリした物をはいていて、膝と脛には金属板っぽいものがつけられている。
俺の視線に気づいた女は無言で脚をローブで隠した。

視線を女の胸を経由して顔に戻す。歳は俺と同じくらいか、見ようと思えば2、3歳下にも見える。でも全体的な成長具合から考えれば同い年か前後一歳差くらいが妥当だろ。

「今日は飯を食いに来ただけで酒を飲むつもりはない。そもそもお前は酒を飲めるのか?」

「もちろんッスよ。さすがにいくらでもとはいえないッスけど、強い方だと思うッスよ!」

「いや、年齢的に。」

「……っ!失礼ッスね!ウチはもう24歳ッスよ!」

「マジか!?」

驚きすぎて声に出しちまった。
だってまさか8歳も年上だとは思えねぇよ。

「マジもマジ、大マジッスよ!ちゃんとステータス上で24歳ッスから!もし鑑定スキルがあるなら見てもいいッスよ!」

そこまでいうならと久しぶりに鑑定をすると24歳になっていた。ただ、他も見ようとしたら何かに弾かれて、首が仰け反った。くそ痛ぇ…。

「本当に鑑定スキルを持っているんスね。」

女は驚きと呆れが混じったような苦笑いをしながらいってきた。

「なんでわかるんだ?」

「ウチは冒険者歴長いッスから。というよりDランク以上の実力があって、何度か鑑定をされたことがある人ならだいたいわかると思うッスよ。鑑定されると《ゾワッ!》とした感覚がして、見られてるって感じるッスから。」

そういわれると俺もそんな風に感じたことがあった気がする…。

というかそれじゃあ強いやつには使えねぇじゃねぇか!
まぁクローノストの勇者に指摘されてからあんま使ってなかったからいいんだけどさ。

「ちなみに鑑定スキルって珍しかったりするのか?」

「どうッスかね?ウチは持ってないッスし、持ってる人は自分からは教えないッスからわからないッスね。」

いくら冒険者歴が長いからって、さすがになんでも知ってるわけではないのか。

「じゃあ俺もこれからはバレないようにしとくかな。だから秘密な。」

「わかったッス!」

もちろんこんな口約束は意味がないのはわかってるから、半分冗談だ。べつに今さら隠したところでだいぶ手遅れだしな。
そもそもこいつとはもう会うこともないだろうし、こいつも俺のことなんて明日には忘れてるだろ。

「なんだかんだ話に乗ってくれるなんていいお兄さんッスね。お礼に一杯…じゃなくて、ミートパイを奢るッスよ!すいませーん!」

「はーい。」

女が店員を呼んで注文を始めた。

「お兄さんは何を食べるんスか?」

何を食べるかなんて決めてない。というか字が読めないから決めようがない。

それを馬鹿正直にいう必要はねぇか。

「てきとうにガッツリ食えそうなものを頼んでくれ。腹減ったから、美味けりゃなんでもいい。」

「ならカウブルの香草焼き一択ッスね!マジで美味いッスよ!」

カウブル?どっかで聞いたな………思い出せん。まぁいいか。

「じゃあそれで。」

「かしこまりましたー。」

店員は隣の女からも注文を受け終えると、キッチンがあるだろう場所に向かって歩いていった。



しばらくして最初に飲み物を運んできたのは人形だった。どうやって動いているのかが気になってマジマジと見ていたら、女が話しかけてきた。

「お兄さんって出身はドルテニアじゃないんスか?」

「違う。アラフミナだ。」

「そうなんスか?もしかしてドルテニアは初めてッスか?」

「そうだな。」

人形が器用にツマミの乗った皿を女の前に置いていくのを見ながら、女の質問にてきとうに答えた。

どうやら魔力の糸みたいなのが繋がってるみたいだな。でもその糸みたいなのはピンと張っているわけじゃないのにどうやって思い通りに動かしてるんだ?そもそも思い通りに魔力操作ってできんの?

「なら人形が動いているのを見るのは珍しいッスよね。でもさすがに見過ぎッスよ。」

「そうだな。なんで離れた人形をこんな器用に動かせるのか気になって見ちまってたが、さすがに見過ぎた。」

この人形は女型だからあまり見過ぎると変態だと思われかねない。

「なんでって人形使いのスキルで動かしてるだけッスよ。もしかしたらそういう魔法もあるのかもしれないッスけど。」

…考えればわかることだったな。
なんで魔力操作なんて考えが浮かんだのか…そっちの方がスキルや魔法より突飛な考えじゃねぇか。口に出さなくてよかった。

「ちなみに人形使いのジョブの取得条件は?」

「知らないッスよ。ウチのジョブは冒険者ッスから。」

「え?冒険者歴が長いってのにジョブを変えてないのか?」

「ウチは基本ダンジョンに潜って生計を立ててるッスから、アイテムボックスやリスタートは必須なんスよ。」

そういや普通はセカンドジョブとか持ってないんだったな。

「たしかにその2つは必須だよな。前にダンジョンでリスタートが使えなくて死ぬかと思ったことがあったし。」

そのときはいきなりダンジョンに飛ばされたからリスタートが使えなかっただけだけどな。

「ジョブ変えてるの忘れて深く潜ると帰りに後悔するッスよね!わかるッス!ちなみにお兄さんのジョブはなんなんスか?」

「俺は魔お………魔ど………冒険者だ。」

「絶対嘘じゃないッスか!いい直し過ぎッスよ!」

どれも嘘ではないが、説明するわけにはいかないからな。でも、こいつの話からしてジョブを変えることはあるみたいだから、俺も便乗しておこう。

「いや、魔導師の方が冒険者よりステータスが高かったから、場面によってその2つを使ってる感じだ。」

場面に関係なくその2つとも使ってるんだがな。そもそもファーストジョブは魔王だし。

「その見た目で魔導師ッスか!?ウケるッスね。」

「あ?」

「調子に乗ったッス!ごめんなさいッス!」

なかなか面白い女だな。8つも年上なのに年の差を感じさせない話しやすさがある。こいつが狙ってやってるんならコミュ力ヤバいな。最初は相手する気なかったのになんだかんだ普通に話しちまってるし、苦痛じゃないどころかちょっと楽しくなりつつある。

女がわざとらしく頭をペコペコさせてるところで料理が運ばれてきた。

…いや、頼み過ぎだろ。

確かにかなり頼んでるなとは思ったが、ツマミとか小皿料理をたくさん頼んで少しずつ食べるつもりなのかと思ってた。だが、運ばれてきた料理はどれもメインになれそうなものだった。

「お前はこれを一人で食うのか?」

「え?さすがに無理ッスよ。お兄さんと食べるつもりで頼んだッス。」

「は?」

「もちろんお金はウチが持つんで気にしないでいいッスよ!お兄さんはそのカウブルの香草焼きの代金だけ払ってくれればいいッス。」

「いや、金の心配をしてるんじゃねぇよ。普通に食いきれねぇって意味だよ。」

「え?………またまた〜。」

女が笑いながら俺の肩を叩いてくるが、普通に考えて無理だろ。

そもそも俺が頼んだカウブルの香草焼きとかいうのが400グラムはありそうな肉の塊だ。それにこの女が奢るといったミートパイもカットされたものではなくて、ホールのままだ。ミートパイは俺とこいつで半分にしたとしても、俺はあとカウブルの香草焼きを食いきれるかって感じなのにこの女の前には30センチはありそうなサイズの魚の干物を焼いたやつや、中は見えないが俺の拳2つ分はありそうなサイズの紙に包まれた何かや、パンをスライスしたものの上にチーズやトマトやよくわからない何かが乗ったものが20枚くらい乗ってる皿などがある。まぁサラダはちょっと食べたいと思うが、どう見ても4人前はありそうだな…間違いなく頼み過ぎだ。

「冒険者なのにこの程度を食べれないんスか!?」

「じゃあ冒険者のお前が全部食えよ。」

「無理ッスよ!」

「…とりあえず俺はカウブルの香草焼きというのを食べたい。他はそれを食べてから考える。いいか?」

「しょうがないッスね。ウチも出来る限り頑張るッスから頼むッスよ。」

俺が無言で女を睨むと、女は目をそらして「さぁさぁ、食べるッスよ〜。」といいながら自分の皿に取り分け始めた。

その後もくだらない話やこの国や町の噂話。少し離れたところにダンジョンがあることや、今は首都まで行かなくても冒険者ギルドがあるという話を聞きながら食べていたんだが、もう無理だ。これ以上は食えない。

俺は頑張ったと思う。とりあえずカウブルの香草焼きは完食。ミートパイの半分は完食。魚とサラダも完食。この辺でキツかったが、最後に紙に包まれてた、じゃがいもを潰したものの上に大量のキノコとチーズがかかったやつをなんとか完食した。だが、じゃがいもを先に食べたのは失敗だった。もう何も口にすら入らない。今食べ物を口に含んだらプラスアルファで吐き出す自信がある。

俺がここまで頑張ったというのに、この女は最初に取り分けたそれぞれの料理の10分の1ずつしか食べてない。それすら食べ終わったのは俺がギブアップするのとほぼ同時。つまりこいつは喋りながら自分のペースで食べたいだけ食べただけだ。頑張った俺がバカみてぇじゃねぇか…。まぁどれも美味かったからいいけどさ。ただ、俺は食べ物を残すのがあんま好きじゃねぇんだよな。

「これどうすんだよ。まだお前が注文した分は半分以上残ってんぞ。」

「そうッスね。残りは持ち帰るッスかね。」

「…は?」

「ここは入れ物を自分で用意すれば持ち帰り出来るんスよ。ただ、プラス料金はかかっちゃうッスけどね。」

「…。」

「お兄さんもいるッスか?使い捨て容器があるんで欲しかったらあげるッスよ。」

「…せっかくだからもらっとく。」

「了解ッス!」

女がフンフンフフンと鼻歌を歌いながら容器に入れるのを俺はただただ見ていた。

ここにきて理解した。女が皿から直で食べずにわざわざ全て小皿に取り分けて食べてたのは持ち帰りを考慮して汚さないためだったんだな。

しかも女は一食分あれば十分だといって、残っている物のほとんどを俺に渡してきた。
せっかくだからもらうことにした。実際美味かったのは確かだから、アリアたちにお土産としてちょうどいいだろう。だいぶ冷めちまったけどな。

話のキリも良かったし、俺はそろそろ帰りたかったから、解散することになったんだが、腹が苦しすぎて椅子から下りるのが辛かったし、歩くのはもっと辛い。吐きそう…。

なんとか苦しさに耐えながら、店員に美味しかった旨を告げて店を出た。

女とは向かう先が反対方向とのことだったから、その場で別れて俺は一人で宿に向かって歩いている。

けっきょく互いに名前も聞かなかったし、もう会うこともないだろう。

まぁそこそこ楽しかったから、あの女と一緒に飯を食ったことを時間の無駄とは思わないが、腑に落ちねぇ。



…頑張って完食しようとした俺の努力はなんだったんだよ。

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