裏切られた俺と魔紋の奴隷の異世界冒険譚

葉月二三

197話



あと1時間近く、何して時間を潰せばいいんだよ。

この世界は娯楽施設がないから、飯を食わないとなると一気にやることがなくなるな。
裏に行けば賭博場とかあるかもしれないが、わざわざ探してまで行きたいとは思わんし、喫茶店みたいなところで飲み物だけ頼んで長居するのもなしではないが、1時間ってのが微妙だな。

武器防具屋巡りでもいいけど、同じく1時間だと中途半端になりそうだ。

ギルドは面倒ごとになることが多いイメージがあるから用もないのに行こうとは思わないし、奴隷市場は地味に遠い。

そういやさっきは軽く挨拶しかしなかったからとおっちゃんのところに邪魔しにきたんだが、なんか忙しそうだからやめた。

…今思うと俺はこの世界での知り合いが少ないな。いや、日本でも知り合いはいても気軽に話せるやつは少なかったな。

ふと薬屋が目に入った。

薬関係はほとんど使ってないから買う必要はないんだが、そういや最近顔だしてねぇな。
向こうは俺のことを客としか…いや、客とすら思ってないかもしれねぇが、俺からしたらこの世界で付き合いの長いやつの1人なんだよな。
知り合いが全くいない世界でわりと親切にしてくれたのは今でも感謝してるし、アリアと仲良くしてくれてるみたいだから、せっかくここまで来たんだし挨拶くらいはしておくか。


薬屋の前に来ると、小さい看板が扉についていた。

「ニア、これには何て書いてある?」

「?『へいてん』です。」

「そうか。」

ならあの女がいるんだろうなと扉を開けると、後ろからニアの「えっ?」という驚いた声が聞こえた。

中に入ると棚に商品を並べている女が手を止めて、睨むようにこっちを見た。

「なんだ、あんたか。」

「おう、久しぶりだな。」

「そうね、久しぶり。それで、いまだに表の看板が読めないの?」

女がジト目で俺を見てきた。

「まぁ俺は読めねぇけど、今日はニアに確認を取ったうえできたんだよ。お前に用があったからな。」

「なに?今忙しいんだけど。」

確かに棚の補充という仕事はしているが、全く忙しそうには見えない。でも俺が邪魔してるのは間違いないから余計なことはいわないが。

「邪魔して悪いな。ただの挨拶だから気にせず仕事を続けてくれ。」

「私たちってそんな仲だったっけ?」

「どうだろうな。でもアリアとは仲良くしてくれてるみたいだから、保護者としては挨拶くらいはしとくべきだろ?」

「…そういうことにしておくわ。」

そういって女は補充作業を再開した。

「今日は婆ちゃんはいるのか?」

「いないわよ。」

「いつもいないな。」

「お婆ちゃんはあんたと違って忙しいのよ。とくに今は大災害が始まってるから、終わるまでは頻繁に王城に呼び出されるわけ。」

まぁ俺は自由に生きてるから比べられても困るが。

「また魔王でも生まれたのか?」

「今回は大災害とはたぶん関係ないかな。こんな時期に戦争を仕掛けた馬鹿な国のせいで、こっちに矛先が向いてもいいように準備してるらしいよ。」

ケモーナ以外にもそんなことしてるとこがあんのかよ。

「アラフミナに近いとこなのか?」

「隣のクルムナよ。この前、悪魔に国の8割くらいを荒野にされたらしくて、失った分を他の国から奪うつもりなんじゃない?それで、狙われたのがケモーナみたいよ。アラフミナよりは勝てる見込みがあると思ったのかしらね。実際ケモーナとの戦争はクルムナ優勢で終わりが見えてきたみたいで、次はアラフミナが攻められる可能性があるから多めにポーションとかを作ってるんだって。装備品も大量に作ってるらしいから、専属の鍛治師の人たちも大変みたいよ。」

またケモーナかよ。
まぁ個人に戦争しかけるような馬鹿な国だから、一回滅ぼされた方がいいかもな。

「それは俺に話していいことなのか?」

「アリアちゃんが知ってたから、あんたに話す分には問題ないはずよ。」

アリアは既に知ってたのか。
ローウィンスからの情報か?

「そうか。」

「お婆ちゃんになにか用があったの?」

「そういうわけじゃねぇんだけど、ふと思い出したから聞いてみたいことがあってさ。」

「何?」

女が補充作業の手を止めて俺を見た。
俺はアイテムボックスから龍の鱗を1枚取り出して、女に見えるように持った。

「前に神薬にニータートの生き血の他に龍の鱗や涙が必要っていってたよな?龍の鱗ってのはこれでいいのか?」

「アリアちゃんから聞いてないの?」

俺が質問したはずなのに質問で返された。
だが、女の質問の意味がわからない。

「何をだ?」

「神薬の材料のことよ。」

「聞いてない。アリアは知ってるのか?」

「あぁ…アリアちゃんがあんたにいわなかったってことは成功してから伝えたかったのかもね。だから私は何もいわなかったことにしてもらえない?あと、出来ればアリアちゃんに確認するのもやめてあげてほしいな。」

女は申し訳なさそうな顔をした。

なんだ?出来上がった神薬をサプライズでプレゼントする気だったのか?だとしたら確認するのは野暮ってもんだな。

いや、アリアの場合は使った分を返そうとしてる可能性の方が高そうだな。買うのはお金がもったいないから手作りとか…ありえそうだ。

「まぁ急ぎで欲しいわけじゃねぇからな。アリアが話してくれるまで待つさ。」

「なんかごめんね。ありがとう。」

「いや、気にすんな。」

俺は持ってた鱗を女に放った。
女は驚いた顔をした後に荷物を床に置いて、慌ててキャッチした。

「なにしてんの!?この鱗の価値がわからないの!?」

龍の鱗は床に落ちたくらいじゃ傷一つつかねぇだろ。

「やるよ。」

「え?」

「これからもアリアをよろしくな。んじゃ。」

「え?…あ、うん。」

女が呆けてる顔を見てから、手をヒラヒラと振って薬屋を出た。








「「「「「「おかえりなさい。」」」」」」

『超級魔法:扉』で宿屋と繋げて扉を開けると、アリアたちが扉の前に並んで立って出迎えてくれた。

薬屋を出てからは人気のない場所を探すのにけっこうな時間がかかったから、いい場所を見つけたときには日暮れの時間を過ぎていた。だからそのまま帰ってきた。

「ただいま。俺がいない間になんかあったか?」

「…とくにはありません。出かけた者もいましたが、今は全員揃ってます。」

「ならいい。明日も早いから飯食い終わったら早く寝ておけよ。」

「「「「「「「「「はい。」」」」」」」」」

俺も食後はシャワーなどの寝る準備をとっとと済ませて、早々に眠りについた。









地下59階。

まだ誰も攻略していないとされているフロア。

今朝も俺らが朝飯を食べてる最中にマルチが宿屋に来て、全員が食べ終わってすぐにここまできた。

ここからはなんの情報もないうえに音や匂いで察知してくれるセリナもいない。本当ならこれ以上の探索はやめておくべきなのかもしれないが、雨のせいで他にすることがないからな。
まぁ俺が先頭で進んで、隠し部屋にさえ入らなければ大丈夫だろ。ゴーレムは少し苦戦したが、あれは硬いってだけで強いわけではなかったから、魔物の強さ的にもしばらくは大丈夫なはずだ。

「俺とヴェルとニアが前衛で、アリアとテンコは援護、イーラとサーシャはマルチの護衛だが、危ないときはフォローしてくれ。後ろはアオイとヒトミとウサギに任せる。俺らが戦闘中も参戦せずに警戒しててくれ。」

「「「「「「「「「はい。」」」」」」」」」

アリアたちの返事を聞いてから、地下59階を進み始めた。

初っ端で道がY字に分かれているから、とりあえずは左に進む。べつに左手法というわけではない。ダンジョンマップがあるからてきとうに進んでもいつかは下の階にいけるから、左を選んだのはなんとなくだ。

しばらく歩くとさっそく俺の観察眼が反応した。
だが、何もいない。

トラップゾーンに反応してるのかと思ったが、気になるのはあの岩場なんだよな。またゴーレムか?いや、違う。反応してるのはその影だ。

しかも一体じゃねぇ。よく見ると少し先の壁や天井の窪みの影も反応してやがる。

もしやと思い後ろを振り返ると、俺たちの方に向かってスルスルと近づいてくる複数の影があった。
完全に囲まれた。

「悪い、囲まれた。魔物の姿は見えないが、影に注意しろ。」

いや、こういうときの鑑定スキルじゃねぇか。

鑑定を使ったら、魔物の名前がわかった。

「シェイムシャドウって魔物だ。」

『上級魔法:光』

アリアが魔法を発動すると影が浮き彫りになった。一瞬台所にいるGだと錯覚するくらいにうじゃうじゃいやがる。

一つ一つはそこそこ大きな影だから、一つ見て勘違いすることはないんだが、視界に20、30体と映ってたらGを連想しちまった。

「っらぁーーー!」

俺がそんなことを考えていたら、ヴェルが一番近いシェイムシャドウに殴りかかった。だが、影はダメージを負っていないかのようにスルリと移動した。

「…物理無効を持っている可能性があります。」

まぁ影だからな。

今度はニアが近場のシェイムシャドウを掴んだ。いつのまにかガントレットを外してた黒い右手で。

「掴めますね。……握り潰せます。」

ニアが床にいたシェイムシャドウを掴んだ後にそのまま腕に力を入れて握りつぶすと、影はドロリと床に落ちて動かなくなった。なんの音も鳴っていないんだが、グチャリという幻聴が聞こえる気がする潰れ方だ。

1体のシェイムシャドウが壁を伝って近づいてきた。気づかれてないと思っているのか、けっこう近くまで這ってきている。

俺はそのシェイムシャドウを殴りつけた。

シェイムシャドウは弾けたが、壁が硬くて腕が痺れた。
トラップの主電源が埋まってない壁はこんなに硬いのかよ。
まぁでも殴れば殺せるならなんとかなるな。

他のやつらは大丈夫かとチラリと確認を取ったが、既にほとんどのシェイムシャドウを倒していやがった…サーシャが。

サーシャが血で作ったっぽい赤い短槍が壁や床に大量に刺さっていて、その下にドロドロの影があるからサーシャが殺したんだろう。相性が良かったのかもな。知らんけど。

残りは前方の5体と後方の3体の計8体か。

少し距離があるから踏み込もうとした瞬間、1体のシェイムシャドウが急に盛り上がったから、警戒して近づくのをやめた。

盛り上がったシェイムシャドウは黒いまま人型になった。

その人型のシェイムシャドウが走って近づいてきた。

「僕がやるよ。」

「さっきはダメージを与えられてなかったみたいだが、大丈夫なのか?」

「『気纏きてん』を使えばダメージを与えられると思うから問題ない。」

きてん?
なんかのスキルか?

俺が疑問に思いながらヴェルを見ていると淡い光のような何かを纏いだした。
ゴーレムと戦っているときと同じやつだ。

「それはスキルか?」

「そうだよ。武闘家のジョブを取得してから手に入れたスキルだね。これなら物理無効の加護持ちにもダメージを与えられるはずだよ。」

武闘家って使えそうなジョブだな。
ヴェルが手に入れてるってことは格闘系のジョブだよな?ならなんで俺はずっと武器を使わずに戦ってるのに武闘家を得られないんだ?喧嘩の延長じゃ武術と認められないってことか?
まぁ今まで手に入れられなかったのだから諦めるしかないだろ。もしかしたら龍族限定なのかもしれねぇし。

「そうか。なら任せる。」

「ありがとう。」

すぐ近くまできていたシェイムシャドウをヴェルが予備動作なしで殴りつけた。
ただ腕を振るって殴っただけなのに殴られた部分の黒い液体のようなものが飛び散った。

体の一部を失ったシェイムシャドウはその場で一瞬止まり、その一瞬のうちにヴェルの腰の入った追撃をくらって弾け、ドロリと形が崩れた。

残りの4体も盛り上がったと思ったら黒い人影になった。ただ、この4体のシルエットがなんかヴェルに似てる気がする。

ヴェルが間合いを詰めると、それに反応するように2体が前に出てきた。

ヴェルがその内1体のシェイムシャドウに殴りかかると、ヴェルと同じ動作で殴りかかってきた。まるで相打ち覚悟のように。

ヴェルが左手で相手の腕を内側に流しながら首を逸らして避けるとシェイムシャドウも同じ動作をしようとした。ただ、力負けしたのか避けきれずに顔部分が弾け、ドロリと形が崩れた。

すぐ後ろにいたもう1体のシェイムシャドウが、腕を振り抜いた姿勢のヴェルに殴りかかった。

俺の位置からだと普通に見えるが、ヴェルからしたら死角だろう。それなのにまるで敵の位置がわかっていたように踏み出している右足を軸足にし、左後ろ回し蹴りでシェイムシャドウの顔部分を蹴り飛ばした。

さすがに無理やりの蹴りだったみたいで、シェイムシャドウの顔部分は弾けることなく、よろめいただけだった。

ヴェルは一歩引いてすぐに体勢を立て直し、よろめいているシェイムシャドウに殴りかかった。

だが、シェイムシャドウはそれがわかっていたかのように体勢を屈め、右手首をヴェルの突き出された右腕に添えながら持ち上げ、左拳でヴェルの右脇腹を殴った。

シェイムシャドウの攻撃は見事に綺麗に決まったんだが、いかんせんパワーが足りなかったみたいでヴェルにはノーダメージだ。いや、精神的には大ダメージだったっぽいな。あからさまに不機嫌な顔をしたヴェルが持ち上げられてる右腕を引いて、そのまま力任せに肘打ちをシェイムシャドウの顔部分に決めた。
肘打ちを食らって倒れたシェイムシャドウに追い打ちをかけるようにヴェルが屈みながら顔部分を殴り潰した。

それだけではイライラが収まらなかったのか、口もとに魔力をタメ始めたと思ったら、残り2体のシェイムシャドウを睨みつけ、振り向きざまにブレスを放った。

…だからそれやられるとこっちも熱いんだよな。

タメが短かったからかすぐにブレスは終わったが、炎が静まった場所には何も残っていなかった。

たかが1発殴られただけなのにまだイライラが収まらないのか、不機嫌な顔のままこっちを振り向いた。いや、後方のシェイムシャドウの確認か。

俺も一応後ろを確認したが、問題なく片付いていた。

「フンッ…。」

後ろでヴェルが不機嫌に鼻を鳴らしたのを聞いて、俺はヴェルを見た。

「なんだい?」

「ヴェルは体が丈夫だからってまともに攻撃を受けすぎだ。ちゃんと避けろ。せめて避ける努力はしろ。じゃなきゃ、ヴェルの防御力を上回る敵が現れたときに対処できなくなるぞ。」

「…善処する。」

何かいいたそうにしながらも飲み込んだようだ。

「いいたいことがあるならいえ。」

「…本来なら、いくら幼体の僕相手だとしても龍族に致命的なダメージを与えられる人間や魔物なんてそうそういないといいたいんだけど、リキ様の周りにはたくさんいるからね。何もいい返せなくなっただけだよ。すまない。これからは回避の練習もちゃんとする。アリアもすまなかった。」

ちゃんと理解してんならかまわないんだが、なんでアリアにまで謝った?

「…わたしは気にしていません。何か聞きたいことなどがあれば、わたしでよければいつでも聞いてください。でも、セリナさんに聞くのが一番だと思います。」

「ありがとう。」

なんか2人で勝手に話が進められているんだが…まぁいいか。話してる内容からして戦闘訓練とかの話だろ。

「わかればいい。」

俺はそれだけいって先に進むと、他のやつらも後ろをついてきた。

その後も二度ほどシェイムシャドウの集団と戦闘をしたが、どうやらあいつらはこっちの戦う姿を見て真似てくるみたいだな。徐々に完成度を高めてくるみたいだが、完コピする前に二度とも全滅させちまったから、どの程度まで強くなるのかはわからなかった。

合計三度の戦闘を終え、通路を少し進んだところに下り階段を見つけた。ただ、この小部屋への入り口がトラップゾーンになってやがる。

今までこの階にトラップが一つもなかったのは油断させてここで殺すつもりだったのか?
まぁ俺らがたまたまトラップがない道で来てしまっただけかもしれないが。

「アリア、トラップの解除を頼む。」

「…トラップですか?」

ん?今までは近づけばアリアでもトラップを見つけられた。だが、今回はまだ気づいていなかったっぽいし、俺がいってもわかっていないみたいだ。

「どうした?」

「…この辺りは地面や壁に色が違う部分も盛り上がっている部分もありません。わたしにはどこからどこまでがトラップなのかわかりません。ごめんなさい。」

確かにいわれてみれば今までのような見ればわかる感じではないな。俺は観察眼があるからわかっただけだし。

「アオイはわかるか?」

「集中すれば微かにその辺りが他と違うことはわかるが、妾はトラップの解除など出来ぬぞ?」

アオイが指差したのは一部の地面と壁だ。俺の観察眼が反応してる場所と同じではあるが、集中しないとわからないくらいなのか。
今までのがわかりやすかったのはここのトラップに気づかせないためか?それともこの階からいきなりトラップの難易度が上がるってだけなのか?

後者なら面倒だな。前者ならこれを乗り越えればまた楽なトラップになる可能性もなくはない。

まぁどっちにしろこのトラップをどうにかしなきゃなんだが。

反応してるのは5箇所か。

入り口の壁と階段手前の地面の2箇所はトラップ発動エリアだろう。階段があるスペースの奥の壁にある1つは主電源か?じゃあスペース入ってすぐの地面にある小さな反応が下から上がってくるやつの解除用だとして、こっちからトラップ解除できるスイッチは入り口手前の壁にあるやつだろう。

入り口手前の壁の違和感部分を手で払うと、ボロボロと表面の土のようなものが落ちた。

…。

疑問に思いながら、違和感のある部分とは関係ない壁を払っても何も落ちてこない。

…さすがにこれは人為的なものだろう。というかこれ、殺しにきてるよな?
俺の観察眼が反応しなければ先頭の何人かは死んでた可能性がある。もちろんトラップの内容次第だが、確かめる気はない。

俺は隠されてた壁のスイッチの蓋をあけた。

「アリア、これがたぶん解除用のやつだ。頼んだ。」

これでアリアが解けないなら、誰も解けないだろうから主電源を破壊して進むつもりだ。

「…。」

アリアがチラッと俺を見てから、解除用のスイッチを見上げた。だが、返答はない。無視か?

「アリア?」

「…ごめんなさい。届きません。」

「あ、あぁ、気づかなかった。悪いな。」

そういってアリアの後ろに回って脇腹を掴み、持ち上げた。
脇腹を掴んだ瞬間、アリアがビクッと体を硬直させたが、気にせず持ち上げたらアリアが首と肩を捻って振り向いた。

「…さすがにリキ様にこんなことをしてもらうのは申し訳ないです。」

「気にするな。アリアは軽いからこのまましばらく持ち上げてても疲れねぇし、アリアが解除するまではどうせ暇だしな。ゆっくり解除してくれ。それとも俺に持ち上げられるのは不快か?」

「…あ…いえ……そんなことは!…………ありがとうございます。」

アリアにしては珍しく焦ったような声を出したと思ったら、俯いてお礼をいってきた。そしてそのまま前を向いて作業を始めた。

急に脇を触られるのは不快かもしれないが、さすがに俺は踏み台にはなりたくなかったから、アリアに考える暇を与えないように即行動したんだがうまくいったな。

まぁサーシャに踏み台になれっていえば済む話だったと今気づいたが、実際にアリアは軽いし、しばらくは大丈夫だろう。


「…解除できたと思います。」

いくらアリアが軽いといっても両腕を上げっぱなしにするのは地味にしんどいなと思い始めた頃にアリアが終わりを告げた。

一度アリアを下ろしてから、改めて入り口を見ると、反応が薄くなってる。たぶん解除されたのだろう。ただ、階段の前の地面は解除されてないっぽいな。

とりあえず入り口を通ってみたがトラップが発動した感じはなかったから成功だろう。
振り向くと、入り口の壁を挟んでさっきのスイッチのちょうど反対側にもスイッチだと思われる違和感があった。じゃあこの2つが入り口の壁のトラップ用で、床のトラップじゃない方の違和感がそのトラップ解除用スイッチか。こんな立て続けにめんどくせぇな。

それでも解除しなきゃ先に進めないから仕方ねぇか。

俺は足で地面の土みたいなのをどかすと、その下から蓋のようなものが見えた。というかこれがスイッチだ。
一応蓋をあけて見たが、間違いなさそうだ。

「アリア、今度はこっちだ。」

「…はい。」

アリアはしゃがみ込んでトラップの解除を始めた。

「この階の魔物がシェイムシャドウで良かったッスね。」

俺が暇そうにしていたからか、マルチが声をかけてきた。

「なんでだ?」

「前にここの最深階を攻略したのはAランクパーティーだっていったじゃないッスか?彼らは確かに強いんすけど、あんま魔法を使わないんスよ。だからたぶんシェイムシャドウを倒せなくて引き上げるしかなかったんだと思うんスよね。でもそんなことを正直にいいたくないから地下58階までしか行ってないことにして、このダンジョンの攻略を諦めて他のとこに行っちゃったんだと思うんスよね。」

ん?

「そんなにそのAランクパーティーが嫌いだったのか?」

「え?…いや、違うッスよ!他に行ってくれて良かったとかじゃないッス!もし彼らが普通に攻略出来てたら、このトラップで死んでた可能性があるッスから、彼らじゃ攻略出来ないシェイムシャドウで良かったって話ッスよ!」

「紛らわしいな。というかべつに魔法じゃなくても倒せるじゃねぇか。そんなに強くもなかったし。」

「お兄さんたち基準で考えたらダメッスよ…。普通は物理攻撃は効かないんスからね。シャドウほどじゃないッスけど、シェイムシャドウも魔法を使うジョブ以外の者からしたら脅威ッスから。」

「シェイムシャドウごときをシャドウと比べないでほしいな♪」

いつのまにか近づいていたヒトミが声と口もとだけいつもの明るさと笑顔で口を挟んできたが、目が笑ってない。
前にサーシャがサキュバスのことを見下していたことがあったし、魔族の中でも種族の上下関係があるのかもな。
ヒトミが機嫌を損ねるってことはドッペルゲンガーもシャドウとかいう種族の近親種なのか?知らんけど。
とにかくこれ以上は触れないのが一番だろう。

「申し訳ないッス。名前も特徴も近いから「全然違うよ♪」……そうッスね。よく考えるまでもなく違ったッスね。ハハハ、ウチは何いってるんスかね。」

マルチはバカなのか謝っておきながら余計なことをいい、鼻がつくほど顔を近づけて否定してきたヒトミにビビって、乾いた笑いをしながら訂正し始めた。

ヒトミが怒ってんの初めて見たかもしれん。
よっぽど譲れない部分なんだろう…。

「…解除出来たと思います。」

アリアが空気を読んだかと思うようなタイミングで解除を終わらせた。まぁさすがにたまたまだろうがな。

観察眼で確認してもちゃんと解除されてるように見えるから大丈夫だろう。

「ありがとな。アリア。」

偶然だとは思うが、アリアのおかげで変な空気にならずに済んだから、礼をいってアリアの頭を撫でようとして、ガントレットを嵌めていることに気づいてやめた。
ガントレットをつけたままだと痛いだろうし、わざわざ外してまで頭を撫でるのもなんか違うしな。

俺は中途半端に止めた手を誤魔化すようにそのまま階段を下りた。

「………はい。」

俺が中途半端に手を出したせいでアリアは遅れて返事をし、そのまま俺の後ろをついてきた。





階段を下りた目の前には大きな扉があった。むしろ地下60階には階段前のちょっとしたスペースと大きな扉しかない。
目を凝らして見てもトラップすらなさそうだ。

「これが最深階か?」

「…そうだと思います。ここは大型ダンジョンだったみたいです。」

誰ともなしに確認を取ったらアリアが答えてくれた。
まだ雨止んでねぇのにダンジョン探索終わっちまったじゃねぇか。まぁボスの攻略が残っているからまだ終わったわけじゃねぇけど、地下59階の魔物の強さからしてこのまま挑んで問題ないだろうし、今日でダンジョン探索は終わりになるだろう。

「たった数日で大型ダンジョンを攻略ッスか…。」

マルチが苦笑いをしながら、ゆっくりと扉へ近づいていった。
その後ろをついていこうと歩き出そうとしたところで、ニアが半身を俺の前に割り込ませて邪魔してきた。

なんだ?と思ったら、ニアだけでなく、隣のアリアと後ろのテンコ以外が警戒するような体勢を取っていた。

敵でも現れたのかと周りを見るが、俺の観察眼に反応するものは何もない。

扉の前でマルチは止まり、その大きな扉を見上げてから振り向いた。

「お兄さんたちは異常なまでに強いと思ってはいたッスけど………どうしたんスか?」

マルチは言葉を途中で止め、不思議なものを見る顔をして首を傾げた。

まぁ気持ちはわかる。

なんせ、マルチの両隣には鎌を持ったイーラと赤い大剣を持ったサーシャがいて、少し離れてはいるが、マルチを自分の間合いギリギリの位置になるように位置取ってアオイとヒトミが武器を構え、ニアが俺の正面の視界を塞がない位置で盾を構えているからな。
マルチの位置から見たら自分が警戒されているように見えるだろう。
ウサギとヴェルもそれぞれ俺とアリアの隣で警戒しているようだが、全員がマルチを見ていた。
ん?マルチから見たら警戒されてるように見えるとかじゃなくて、こいつらはマルチを警戒してるのか?なんで今さら?

「…ボス部屋に入ってしまうとあなたを警戒する余裕があるかがわからないので、その前に確認したいことがあります。」

マルチの問いに答えたのはアリアだ。
俺自身何が起きてんのかわかっていないから答えられなかったんだが、どうやらこの状況を作ったのはアリアみたいだな。

「いきなりどうしたんスか?」

「…あなたはなぜ、リキ様に近づいたのですか?」

「何いってんスか?出会ったのは偶然ッスよ。そんときにビビッときたからパーティーに入れてもらえるように頼んだだけッスよ。」

「…偶然ですか?」

「そうッスよ。そもそもお兄さんたちが待合所に後から来たんじゃないッスか。」

「…誘引系の魔法を使ったうえに無効化されたからとわざわざ自分から出向いたのが偶然ですか?」

「…何いってるんスか?」

俺には訳がわからないから成り行きに任せていたら、マルチが目を細め、声がワントーン落ちた。

「…6日前の夜の話です。」

マルチはその言葉を聞いて目を閉じて少しだけ俯いたかと思ったら、口が裂けたのかと錯覚するような笑みを浮かべた。

その瞬間、イーラとサーシャがマルチの首を狙って武器を振るった。

「待て!」

俺が反射的に声をあげると、イーラとサーシャはピタリと武器を止めて俺を見た。

たしかにこいつが口だけ笑った瞬間に怖気が走ったが、敵意とは違った。
それにアリアが何を考えているかはわからないが、話を終えていないのに殺すのはまずいだろ。マルチ程度ならいつでも殺せるだろうし、出来れば敵意を向けてないこいつを殺したくはないと思っている自分がいた。

「…イーラ、サーシャ、殺してはダメだといったはずです。」

「殺してないじゃん!」

「ぐっ…すまぬ。」

「…イーラ。」

「…うー……ごめんなさい。」

イーラとサーシャはマルチの首に向けたままだった武器を下ろした。

どうやらアリアも殺すつもりはないみたいだ。
それにしてもあの2人がちゃんと謝るとか、アリアの方が立場が上なんだな。

「殺さないのですか?」

顔を上げたマルチは貼り付けたような笑顔で首を傾げながら確認してきた。
笑顔の質が変わっただけじゃなく、口調も変わっている。

「…まだ何も聞けていません。それに敵でないのならあなたを殺す理由がありません。」

「裏切りは許さないのでは?」

「…あなたの行為は裏切りとは違うと思います。そもそもまだ信用していませんでしたから。それにまだこちらに害がないので、とくに思うところはありません。」

アリアはそういって俺を見た。

たしかにこのダンジョンに斥候役が必要だから、俺らは斥候の技能を欲し、マルチはその代わりに素材なんかの金になるものを欲した。つまり互いの利益のために一時的に手を組んだだけの関係だから、心のうちで何を考えてようが、敵対されてるわけでもなければ害を与えられたわけでもない相手に思うところはない。いわばどうでもいい。

一時的に手を組む相手のことを探ることはおかしなことじゃないしな。それに気づけなかった俺が悪い。いや、アリアは気づいてたみたいだが。

「そうだな。どうでもいい。」

マルチの貼り付けたような笑顔が一瞬ピクリと動いた。

「どうやら私は噂よりも高く評価しているつもりでもまだあなたがたを過小評価していたようです。リキ・カンノさんの器の大きさ。アリアローゼさんの全能性。そして、個々人の戦闘力。全てにおいて今までの情報の上方修正が必要なようです。」

こいつは何をいってるんだ?

「…あらためて聞きますが、あなたはなんでリキ様に近づいたのですか?」

「これは失礼。重ねて失礼させていただきますが、先に私たちはあなたを害するつもりも敵対するつもりもないことを伝えさせていただきたく思います。」

マルチは右手を胸の上に置き、頭を下げてきた。

「リキ・カンノさんに近づいた理由ですが、リーダーがリキ・カンノさんに興味があるようでしたので、リキ・カンノさんがドールンにいらしたという情報を得たときに接触するべきと判断したためです。」

一応『識別』を使ってみたが、本当のようだ。

なんで俺なんかに興味を持ったのかはわからねぇが、マルチは指示されたってことか?

「お前はリーダーの命令で俺たちとダンジョンに潜ったのか?」

「いえ、違います。私に下されている命令はドルテニア全域の情報収集です。リキ・カンノさんに接触したのは完全なる自己判断のため、気に入らなければ私の首をはねていただいて構いません。」

「いや、べつに殺さねぇよ。」

「聞いていた話とは違うのですね。」

「どんな話を聞いてるんだよ。」

「エルフの話などです。」


…。


「…リキ様の情報を集めてどうするつもりですか?」

俺が黙ったからか、アリアがまたマルチに質問した。

「それは私たちが知るところではありません。私たちは集めた情報をただ上に伝えるだけです。」

「上?リーダーとか上とか、お前はなんかの組織の一員なのか?」

疑問に思ったことがそのまま口から出ちまって、またアリアの邪魔をしちまった。

「失礼、申し遅れました。私は『道化師連合』の名も無き駒でございます。」

そういって、また胸の上に右手を当てて頭を下げた。
頭を上げたとき、マルチの右手の甲にピエロのような紋様が浮かび上がっていた。

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