先輩はわがまま

Joker0808

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「良く入院中の子供にも泣かれてしまうんだが……そんなに怖いだろうか?」

「い、いや……その……正直…少し……」

 俺は恐る恐るそう答える。
 すると、御子さんのお父さんは大きな溜息を吐き下を向いてしまう。

「そうか……私の表情が問題か……」

「いっつも眉間にシワを寄せて、難しい顔ばっかりしてるからよ」

「仕方ないだろ、こう言う顔なんだ」

 あぁ、そう言う顔なのか……そうとわかると安心するが、表情が固定されているぶん、表情がわからないので、それはそれで厄介だと思う。
 そんな話しをしている途中、リビングのドアが開いた。
 そこには、部屋着に着替えた御子さんが、頬を膨らませて立っていた。

「話しが長いのよ! あんまり次郎君を困らせないで!」

「別に困らせてなどいない、ただお前の事を聞いていただけだ」

「もう、だから帰ってきたく無かったのよ!」

 御子さんはそう言って、俺の隣に座る。
 俺の飲んでいたコップを奪い取り、ビールを一気に飲み干す。

「あぁ~……美味しい……」

「御子さん、それ俺のです」

「良いでしょ、代わりの注いであげるから」

 そう言って御子さんは、俺のコップにビールを注ぐ。
 その様子を御子さんの両親は、ジッと見ていた。
 なんだかもの凄くやりにくい……。

「娘の彼氏と二人で酒を飲むのを楽しみにいたんだが……やはり娘と家内に邪魔をされてしまったな」

「あはは……まだチャンスはありますよ」

 御子さんは俺の隣に陣取り、自分のコップを持ってきてビールを飲み始める。
 先輩のお父さんは、ビールからウイスキーに飲み物を変更し、ガブガブと飲み始める。
 先輩の両親はお酒が強いらしく、結構な量を飲んでいるはずなのに全く酔っ払う気配が無い。
 そんな両親から生まれた、御子さんはと言うと……。

「うぅ……次郎く~ん……もっとお酒ぇ……」

「御子さんは相変わらずですね……」

 そう、御子さんは直ぐに酔っ払う。
 缶ビール三本目で、顔を真っ赤にして俺に寄りかかって来る。
 不思議な事に、この人は大きな飲み会の席ではこうならない。
 必ずと言って良いほど、俺と二人で居る時か、女性だけで飲んでいる時しか、こうはならない。

「ん~…」

「眠くなって来ました?」

「うん……寝る……」

 御子さんはそう言って、俺の膝を枕にして眠り始めてしまった。
 つまみとビールで足りたのだろうか?

「あらあら、うちの馬鹿娘はもう潰れちゃったの? 折角お夕飯も気合いを入れたのに」

「まぁ、疲れていたんだろう、寝かせて置いてやりなさい。それよりも岬君に食事を」

「あ、すみません、何もしなくて……」

「良いのよ、貴方はお客様なんだから。それに娘と是非とも結婚して欲しいもの」

「こら、あまりプレッシャーを与えるものでは無いぞ」

「あら、でも私には何となくだけど、うちの馬鹿娘には岬君しか居ないと思ってるのよ?」

「だから、そう言うプレッシャーを……」

 やはり御子さんのお母さんは、俺と御子さんが結婚する事を望んでいるらしい。
 御子さんは綺麗だし、性格さえなんとかすれば十分魅力的な女性だ。
 対して俺は……何の取り柄も無い普通の学生。
 俺の方が捨てられるのではないかと思う事も多い。
 大晦日の特番をリビングの大きなテレビで、先輩の両親と見ながら、俺はふとそんな事を思う。
 しかし、俺は決めたのだ。
 御子さんが俺から離れるていくその日までは、俺がこの人の支えになろうと。

「しかし、この番組も長いことやっているな……笑ったら罰ゲームでケツバットなんて、どれくらい痛いんだろうな」

「みんな結構痛がってますよね」

「お父さんはこういうゲームは得意ね」

「そんな事はない、私だって腹を抱えて笑うことくらいある」

「25年の付き合いだけど、私はそんな貴方を見た事ないわよ」

「そうだったか?」

 なるほど、御子さんのお父さんはあまり笑わないのか……俺は仲良くなれるだろうか?
 御子さんのお母さんがつくってくれた食事は凄く美味しかった。
 年末で、しかも俺が来るからと、手の込んだ料理が多かった。
 しかも、俺が無理して全部食べなくても済むようになのだろう、量も丁度良い。
 
「料理美味しいですね、かなり手の込んだ物ばっかりで」

「そう言って貰えると嬉しいわ」

 御子さんのお母さんの食事を楽しみながら、テレビを見ていると隣で寝ていた先輩が目を覚ました。

「ん……今何時?」

「夜の10時過ぎた位ですよ、御子さんもお母さんのご飯食べたらどうですか?」

「あら、お母さんだなんて呼んでくれるのね」

「あ、いや! すいません……つい」

「良いのよ、本当にそうなるだろうし」

「あ、あはは……」

 ついつい口が滑ってしまった。
 お母様とか、御子さんのお母さんとか言えば良かったかな?
 そんな事を考えていると、先輩のお父さんが俺をジッと見てきた。
 なんだろうか?
 もしかして何か問題があっただろうか?
 それならば、もう一度謝った方が……。
 などと考えていると、先輩のお父さんが口を開いた。
 
「岬君」

「は、はい?」

「……お父さんと呼んで構わないよ」

「あ。は、はい……」

 どうやら自分も呼んで欲しかったらしい……。
 御子さんも目が覚めたようで、食事を始めた。

「御子さんのお母さん、料理お上手ですね」

「まぁ……確かにそうね……」

「御子さんも少しづつ覚えましょうね」

「う……わ、わかってるわよ…」

 嫌そうな顔をする御子さん。
 いや、だってピーマンの芯を食べようとする人だもん、そりゃあ基本くらいは覚えて欲しくなるよ……。
 食事を終え、俺と御子さん家族は再びソファーで酒を飲みながら大晦日の特番を見る。

「この芸人は、今年良く見たな」

「人気が有りましたからね」

「どうせ一発屋よ」

 終盤に差し掛かった人気バラエティー番組を見ながら、俺たちはそんな話しをする。
 御子さんは今度はワインを飲み始め、俺は御子さんのお父さんと同じウイスキーを水で割って飲んでいた。
 流石に少し良いが回って来た。
 御子さんは完全に出来上がっている。

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