喚んで、育てて、冒険しよう。

島地 雷夢

48

 モンスターにエンカウントする事もせず、そして岩とか草の上に落ちたと言う訳でもなく、丸い金属板は二十メートルくらい離れた所……まぁ、小さくなっている今となっては二メートルかそこらだと思うが、薬草の陰に隠れるように落ちていた。 手に取ってまじまじと観察する。銅で出来たような円盤の中央に親指大の穴が開いており、蚯蚓がのたくったような、また所々に斑紋が環状に彫られている。厚くも無いな。大体爪と同じくらいの薄さか。それでもへなへなと揺れる事無く、自重で曲がる事も無く真っ直ぐピンとなっている。 あと、傷一つ付いていない。どのくらいの高さから落ちたのか分からないが、もしかしてこの薬草の葉がクッションとなったとかか? いや、これくらい薄くて小さいのなら落ちても軽くてそもそも壊れないか? よく分からん。
『クエストを達成しました。 Point 5       』
 開始数分で一つ目の臨時クエストをクリアしたか。最初のクエストと言うだけあって楽だったな。また、獲得したポイントは5か。多いのか少ないのか分からないが、まぁ、恐らく少ない部類だろうな。「あ、あーっ! それですよー!」 と、別の方向を探していたフチが文字通りに翅を羽ばたかせて飛んで来て円盤を俺の手の中から掻っ攫っていく。「ありがとうオウっちー!」 やや目元に涙を溜めながら何度も頭を下げて礼を言ってくるフチ。「よかったな」「はいっ」 フチは円盤を天に掲げ、じっくり見ている。多分、傷がないかどうかを確認しているのだろう。先に確認した俺ではあの紋様が最初から彫られていたものか分からないからな。しておくに越した事はないだろう。 で、俺は確認作業中のフチから視線を逸らして隣に聳え立つ薬草へと向ける。 ……今思えば、この薬草ってきちんと【採取】のスキルで採取出来るのだろうか? 試しに薬草の根元を掴んで引き抜いてみようとする。 するとだ。まさかの採取に成功と言う結果に終わった。つい目を大きく開いて驚いてしまった。 大きな蕪の話のように何人も後ろに連なる事も無く、一人でこう、そこらの草を抜くように簡単に抜けてしまったではないか。そして、光となった薬草は俺の胸の中へと仕舞い込まれて行った。 採取は出来た。で、これが使えるかどうかが問題だ。もしかして使えないとかだったら意味のない行為だしな。 メニューを開き、アイテム欄を呼び出して薬草の項目を確認する。
『薬草×14 ※現在の使用可能数:1』
 文字は灰色ではなくなっていたが、使用出来るのは今採取した薬草だけのようだ。 つまり、イベント開始前に持っていたアイテムは使用不可能の制限を課せられるが、イベント期間中に手に入れた使用不可能と同種のアイテムは制約から逃れるようだ。 まぁ、そうしないとどうにも出来なくなるだろうしな。運営にこれくらいの良心があってよかったと安心するよ。「……採れましたね」「……採れた」 俺の後ろにいるパーティーメンバー二人も驚いているようだ。まぁ、元の大きさで言えば自分の背丈と同じくらいの木を引き抜いたのと同じ事だからな。抜いた本人でなくとも驚きもする。「……うん、傷はついてない」 で、フチのほうも確認作業が終わり、ほっと胸を撫で下ろしていた。「改めて、オウっち、サクっち、アケっち、リトっち、フレっち。探すの手伝ってくれてありがとうございましたー」 頭を深く下げ、礼を言い終えたフチはそのまま顔を上げて円盤を脇に抱える。「何か御礼をしたいと思ったのですが、生憎と私は寝巻のままなので何も持ってなくて……」 そのワンピースは寝巻だったのかよ。まぁ、寝起きに落としたと言っていたからなぁ。だったら普通の恰好はどのようなのだろうか? と変な疑問が浮上してきた。「でですね。皆には手間を掛けちゃうかもですけど、よければ私の家に来ませんか? そこでオモテナシなんかしたいなー、と考えてるんですが」 そんな俺の疑問は当然フチには分からず、そんな事を提案してくる。「どうでしょうかね?」 やや不安そうに訊き返してくるフチ。俺としてはここでフチの家――つまりはセイリー族の集落に行けるのであれば行きたいと言うのが本音だ。おもてなし云々は置いておくとしても、セイリー族の集落にさえ行けば臨時クエストを多く受ける事が出来るだろうしな。それに、このイベントにセイリー族が深くかかわっているのは分かっている。イベント終盤にはもしかしたら集落を舞台とした大規模なクエストが展開されるかもしれないからな。行っておいて損は全くない。 それとなくパーティーメンバーに視線を向けてみると、サクラはややびくつきながらも小さく頷き、アケビは「いいんじゃない」とあっさり答えた。リトシーもフレニアも渋る事無く行きたいと言った意思表示をしている。この二匹は単なる興味本位だけかもしれないが、これでパーティーメンバー全員は集落に行く事に異論はないと言う事とになった。「……じゃあ、それで」「はいっ! では五名様ごあんなーい!」 パァっと顔を明るくしたフチの元気いっぱいな声と共に、辺りが一気に暗くなった。そして、上の方から羽ばたき音が聞こえ、風が吹いて来て思わず手を翳す。傍らのリトシーが風圧に負けて転がりそうになったので慌てて抱き抱える。 その際に上を見たのだが、巨大な鳥がそこにいた。いや、巨大ではないか。だが俺の倍くらいの大きさはあるから壮観だな。因みに、三羽いる。森に溶け込むように不毛の色は木肌に近い色となっている。まん丸の目が俺達を射抜いているが、別に得物を発見したと言う鋭い眼光ではなく、どちらかと言えば珍しいなぁ、という好奇心がばんばん伝わってくるような眼差しだ。「あ、御安心を。この子達は私の友達なので皆さんを取って食おうとはしませんから。ではでは、早速この子達にお乗り下さいな」 フチは舞い降りてきた三羽の鳥を示しながら俺達を誘導する。 まず手始めに未だにフチに対して人見知りを継続させているサクラがフチに腰に手を回されて軽く飛翔し、優しく鳥の背中に乗せられる。サクラの横にフレニアが宙を浮かびながらぴったりとつく。 次にアケビは自分で攀じ登ろうとしたが上手い具合に乗れなかったのでフチの手助けを借りて無事に乗った。その際に「ふかふか」とやや頬を染めながら羽毛の感触を味わっていたが。 で、俺は抱いていたリトシーを頭に乗せて必死に攀じ登る。その際に羽毛を強く引っ張ってしまい「ピー!」と甲高い鳴き声をあげる。 乗り終え、リトシーを自分の前に置いた後に「悪い」と一言謝る。が、どうやら結構痛かったらしく首を回して涙を浮かべながら俺を軽く睨んできた。痛くとも暴れず、そして痛みを与えてきた俺を乗せていると言う事はもしかしてある程度飛んでから振り落とす算段なのだろうか?「あ、大丈夫ですよー。この子達は気性が荒くないので振るい落とすなんて事はしませんから」 そんな俺の不安を感じ取ったのか、羽を羽ばたかせて空に浮かんでいるフチが涙目の鳥の頭を撫でながらそう説明してくる。いや、説明になっていないだろ。それはあくまでも普通の時であって、今回は俺が羽毛を強く引っ張って、そんな奴を快く乗せてくれるとは思えないのだが。「大丈夫だってー」 説得力皆無の軽い調子でそう言われても不安しかないのだが。「……本当に悪かった」 強く引っ張ってしまった箇所を擦りながら更に謝る。「後で何か料理作るから」 そしてついそんな事を言ってしまう。相手は近所の子供でもサクラでもないので、食べ物で機嫌を直してくれる保証は何処にもないのにな。「…………ピー」 この一言が効いたのか、仕方がないなぁ、と言わんばかりに一鳴きすると顔を正面に戻す。
『臨時クエスト【鳥のおやつを作ってあげよう】を強制的に受諾しました』
 まさかの臨時クエスト扱いとなっていた。え? 何でだ?「では、しゅっぱーつ!」 そんな俺の疑問なぞ当然フチは知らず、上へと向けて翅を羽ばたかせて飛んで行く。その後に続いて三羽の鳥が螺旋を描きながら飛んで行く。そのまま真っ直ぐ上を目指せば俺達を落としてしまうからだろう。わざわざその事を配慮してくれるとはな。ありがたいな。御蔭でリトシーが転がり落ちずに済みそうだ。 以前に四不象に乗った時とは違い、翼を羽ばたかせる振動が伝わってきて体が程よく上下される。 ………………………………気持ち悪くなってきた。 生き物に乗るのもどうやら駄目なようだ。四不象の時は例外だったみたいだな。あれは振動が全く無かったと言うのが大きいな。今回はばりばり振動が伝わってきて、更には脳までシェイクされて三半規管に大ダメージだ。 吐きそう。でも吐けない。それがVR。VRアクセラレーターによって時間が加速している現状で現実の体にこの吐き気が影響してない事を祈るばかりだ。「着きましたよー」 悪夢のようなフライトはものの数分で終えられた。上昇して移り変わっていく景色なんて眺める余裕なんてこれっぽっちも無い。吐き気を我慢し、落ちないように前傾姿勢にするので精一杯だったのでな。 俺は転げ落ちるように鳥の背中から降りた。いや、もう本当に転げ落ちたな。「うぐぶっ」 で、背中を強か打ち付ける。吐き気が一気に込み上げてくる。思わず口を両手で抑える。「オウカさん? 大丈夫ですか?」 と、鳥から降りたサクラがしゃがみ込みながら安否を確認してくる。「高所恐怖症?」 アケビはズレた事を言ってくる。俺は高所恐怖症ではない。ただ極度に酔いやすい体質なだけだ。 俺は二人のどちらの問いにも言葉で答える事が出来ず、力無く目を閉じて首を横に振る。その際に三半規管が刺激されて更に吐き気が……馬鹿な真似をした。「しー……」 力無くぐったりと四肢の力を抜いているとリトシーが俺の頬を葉っぱで優しく撫でた後に【生命の種】を使用してくれる。だが、残念ながら効果はない。だがその気遣いを無駄に出来ないので緩慢な動作ではあるがリトシーの頭を撫でて労う。「ピー?」 更には一匹の鳥……多分俺を乗せてくれた個体が俺の額を嘴で軽く突っ突いてくる。何の意図があるかよく分からない。ただ単純に心配してくれているのか、はたまた何でこんな所で寝そべっているの? と思っているだけか。もう考える気力も削がれて鳥にいいようにされている。「ありゃりゃ? オウっちはダウンしちゃったのですか?」 そんなフチの声が鼓膜に響き、誰かが俺を無理矢理起こして背負う。脇腹の辺りに何か当たっているのだが、これは何だろうか?「これは悪い事をしましたね。ですから私が責任を持って家まで運びますよー」 声のする方向から、どうやらフチが俺を背負っているようだ。となると、この脇腹に当たっているのは翅か。 そのまま背負わられ、何処かに移動する。目を伏せているから風景なんて分からないが、耳には人の声が聞こえてくる。集落だから普通に人もといセイリー族が行き交っているのだろう。俺達と同様にここまで来たプレイヤーも含まれているかもしれないが。 道なりとしては結構上下の差があったように感じられる。その所為で身体が揺られて酔いが醒める事は無かった。「はい、着きましたー」 どのくらい歩いたのか見当つかないがフチの言葉と共に、扉が開け放たれる音が聞こえた。そのまま直進して右に曲がり、そこでフチは立ち止まる。「取り敢えず、オウっちはソファに横になってて貰いましょうか」 背中から下ろされた俺は宣言通りにソファに仰向けの状態で体を預けられる。その後荷余り間もなく額に冷たく湿ったものが乗せられる。「額に水で濡らした布を乗せときますねー。酔っている時に効くか分かりませんけど」 濡れタオル的な物か。ひんやりとして気持ちいいな。「じゃあ、私は一度着替えてきますので、皆さんはここで待ってて下さい」 足音が段々と遠ざかっていく。 うぅ……イベント開始早々こんな事になるとはな。予想外だった。皆に迷惑掛けてしまったな。 それから数十分はそのままで、時折誰かが濡れた布を取り換えてくれた。「…………」 酔いがある程度醒め、起き上がっても大丈夫だろうと思って目を開けて上体を起こす。「オウカさん、もう大丈夫ですか?」 膝を付いて傍らにいたらしいサクラが不安そうにそう聞いてくる。「あぁ、ある程度は」「そうですか」 ほっと胸を撫で下ろすサクラ。「乗り物に弱い?」「弱い」 膝に手を突いてやや前屈みになっているアケビの問いに俺は即答する。「そっかそっか。それはオウっちに悪い事しましたね」「あんた誰?」 アケビの後ろにいる奴を視界に収めると、ついそう言ってしまう。いや、オウっちと言ってくるのでフチなのだろうが、先程とあまりにも違い過ぎてつい失礼な言葉を口走ってしまった。 ワンピース姿から丈の長い法衣を身に纏い、背筋もピンと伸ばしていてにへらっとした顔をしていない。髪も綺麗に梳かされており真っ直ぐと下に流れている。「いやだなぁ、フチですよー」 で、あんた誰と言われた当人はにへらっと笑っておばちゃんのようなあらまぁ動作をする。 うん、やっぱりフチだった。


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