喚んで、育てて、冒険しよう。

島地 雷夢

77

「……倒したのか」 抑揚のないノイズ交じりの声。ローブは【十晶石の幻塊】の真下に立って俺に顔を向けている。もうこのまま【圧殺パン】の下敷きにしてしまおうとも思ったが、残念な事に【捌きの一太刀】で体力切れの為、全回復するまで動けずにいる。「しかも、独りでか。強いのだな」 ある意味感心、ある意味警戒の籠っている言葉。「だが、その様子では力を出し尽くした末、辛くもと言った体だな?」 倒れ伏している俺の姿を見てそんな事を言っている。まぁ、体力を全消費なんて何回もしたから力は出し尽くしたと言うべきなんだろうが、意外と生命力の方は七割くらい残ってるからそこまで辛くもと言う訳ではない。最後の方なんて無傷で倒せたし。……攻略法を見付けるまで苦戦したのは認めるけど。「私としてはやられてくれた方が都合がよかったのだが……まぁ、いい」 ローブは俺から顔を逸らして辺りを見回す。俺もローブの視線を追ってよくよく見れば、俺以外のプレイヤーもこの場にいる。俺と同じように倒れている者もいれば、逆に光っているロープで雁字搦めになっている者もいる。パートナーや召喚獣も同様に拘束されている。 そして、人数としては二十人くらいしかいない。恐らく、まだ自分自身と同じ能力の幻人と戦っているか、敗北してしまったのだろう。勝つのだって一対一では虚でもつかないと俺と同じ方法以外では勝つのは難しいだろうし。「どちらにしろ、結果は変わらないからな」 ローブは視線を真上に向ける。そこには【十晶石の幻塊】があるのだが、先程よりも輪郭がはっきりとしていて、神殿にある【妖精の十晶石】と見間違うくらいだ。そこから光が漏れ出し、辺りを十色に染める。「自らの幻に負けた者。打ち勝った者。その全てが、礎となったのだから」 十色の光が弱まると、一瞬で【十晶石の幻塊】が消え去った。辺りも昼間のように明るかったのが時間相応な暗闇に覆われる形に立ち替わる。「これで……もう」 中央にいるだろうローブは淡々と言葉を吐き出していく。「私の願いは叶う」 感情なんて、籠められていない無機質な言葉だ。「君の願いが叶う」 この場にいるプレイヤーに聞かせようとしていない。「私達の願いが叶う」 ただ、自分自身に聞かせているように取れる。「さぁ……全てを…………塗り替えよう」
『緊急クエスト【十晶石の幻塊】を達成しました。』
『Point 1108』
 クエスト達成のウィンドウが目の前に現れるのとほぼ同時に俺の体力が全快したので、一気に立ち上がってローブの方へと【シュートハンマー】を繰り出す。先程と位置が変わっていなければそのまま当たる筈だ。 ……ただ、手を離れているので感触で分かる事はなく、そして視界も真っ暗なので見えない。判断材料は気配と音くらいか。「……そう言えば」 幸いにして、ローブはこの場から立ち去ってなかったようだ。このままの状態ならフライパンが直撃するだろう。そう思った。「お前に言ったな。また会う機会があるとしたら、その時こそ消えて貰おう、と」 だが、フライパンは当たらず、一瞬で俺の首を絞めるようにローブが詰め寄って掴みかかった。「…………がっ……」「この場にあの五人がいないのは、仕方ないとするか」 呼吸がしづらく、苦しい思いをしながらもここにサモレンジャーはいないのかと場違いにも思ってしまう。【十晶石の幻片】を手に入れられなかったのか。 いや、本当にそんな事思っている暇なんてない。ローブが俺の首を絞める指の力が段々と強くなっていく。気道や喉仏が潰されんばかりに圧迫されていくが、ここはゲームの世界……STOの中では体の破損は存在しない。なので喉が潰される事はないが痛みはある程度セーブされていても健在だ。 苦し紛れに指を掴んで緩めようと思いっ切り引っ張るが、ビクともしない。こうしている間にも生命力と、呼吸を封じられたせいで体力が減っていく。 そんな中、自分の横に何かが落ちる音が聞こえた。
『スキルアーツの再現に失敗しました』
 そして、無情にもスキルアーツ失敗のウィンドウが表示されてしまい、体力が瞬時に0へ、生命力も二割減らされる。どうやら【シュートハンマー】は戻ってくるフライパンをキャッチ出来ないと失敗の判定を喰らってしまうようだ。今の音は戻ってきたフライパンが落ちた音だったんだろう。 体力が0では、抗う事も出来ずローブの指を緩めようと必死になっていた両手の力が無くなり、だらりと下がってしまう。呼吸が出来ない状態で体力が0になった事で、代わりに生命力が急激に減っていく。ただ、意識だけははっきりしている。これが現実世界と全年齢対象のVRゲームの違いか。 意識が朦朧としないから、思い起こされる。 あぁ、俺はまた(・・)こうやってやられるのか。今回はゲーム内の死に戻りで、怪我をする訳ではないが、折角ためたポイントがいくらか減ってしまう。死ぬ程、頑張ってポイント溜めしなきゃいけなくなるな。「お前だけでも……消えて貰う。あの五人もどうせ夜が明けさえすれば」 より一層指の力を強めた瞬間に、ローブの指は俺の首から離れて行った。俺は碌に受け身も取れずにそのまま無様に地面に落ちて咳込む。「……暗闇でも幾人か見える者がいるようだな」 ローブはそう言うと一息に俺から離れる。そのすぐ後に炎の塊がローブがいた場所にぶち当たる。 これによって僅かに光が生み出され、その際ローブの腕に一本の矢が刺さっているのが見て取れた。 と、誰かが俺の抱き起して肩に腕を回してくる。「オウカ、大丈夫?」 カエデだった。この場にいるという事は、どうやらカエデは幻人に勝ったようだ。そして、あの矢を放ったのも恐らくこいつだ。「な………なんと、か」 生命力は二割弱残っている。あのままだったら今頃死に戻りしていた筈だ。「助、かった。ありが、とう」「礼は後。取り敢えずあいつを何とかするのが先だと思う」 カエデは視線を右へと向ける。そちらに俺も目だけ向けるとローブが立っていて、俺に顔を向けている。現在、この跡地の一部は誰かの光魔法によって先程の昼間のような明るさではないが、それでも目で見て確認出来るくらいに明るくなっている。 そんなローブに向けて、この場にいる全プレイヤーが攻撃を仕掛けている。このイベントのラスボス的な存在だと先程の緊急クエストで予想したようで、攻撃の手を緩める事はない。 が、ローブの方も数の暴力をものともしない身のこなしだ。 多対一に慣れているとでも言えばいいか。剣を振ってきたプレイヤーの懐に潜り込んで拳を鳩尾にブチ込み、そのまま後ろで気を窺っていた槍を装備しているプレイヤーごと吹っ飛ばす。更に後ろに控えていた魔法職が避ける間もなく激突し、一気に三人を行動不能にしながらも更に攻撃を避け、足を払い、プレイヤーの攻撃を他のプレイヤーに当たるように搖動している。 プレイヤーも、そしてパートナーも召喚獣もいいように弄ばれているようにしか見えない。俺とサモレンジャーが戦った時は【十晶石の幻片】を使用していて、物理的な攻撃はあまりしていなかった。が、これを見る限りローブは本来魔法に頼らず格闘主体の戦法だと思える。 実際、あの時も俺の攻撃は全て防がれていたし、格闘主体のサモイエローの攻撃を喰らわずにカウンターを放っていたのだから、その線は強いと思う。 接近戦では分が悪いと判断したのか、遠方から魔法や矢で攻撃していく。が、ローブにしてみればそちらの方が避けやすいようで僅かな挙動で紙一重に避け、遠距離攻撃しているプレイヤーやパートナーに向かって行き、攻撃を繰り出している。 今の所ローブに立ち向かって死に戻りになったプレイヤーはいないが、時間の問題だろう。何か打開策が無いと全滅する羽目になる。「来い、シェイプシフター」 と、そんな中カエデは召喚獣を喚ぶ。シェイプシフターがカエデの横に出現し、ローブは異変を察知したかのようにシェイプシフターへと視線を向ける。警戒しているようでローブが視線を向けたそのまま五秒が経ち、シェイプシフターは姿形を変えていく。 シェイプシフターは五秒以上見た相手のもっとも恐怖する存在へと姿を変える召喚獣。果たして、このローブが恐れているものとは一体? 黒い球体だったシェイプシフターは人の姿へとなる。いや、正確には女性のセイリー族へと変貌した。恰好はフチのような服装だが、それよりも豪奢。澄んだ透明な翅が二対背中に生えており、白い髪が靡き、青い瞳がローブへと向けられる。「あ……」 ローブは手を伸ばしてシェイプシフターに近付くが、はたと立ち止まる。 セイリー族に変化したシェイプシフターは相手を見下し軽蔑するかのような、一切の厚意が見られない冷たい眼で容赦なくローブを射抜く。「……やめろ」 ローブは悲痛な声を出す。あまりにも先程とは違って感情が籠っていた声だったので、攻撃しようとしていたプレイヤー達は虚を突かれて全員が固まった。「その姿で、そんな目をしないでくれっ」 ローブは自分の側頭部に手を持っていき、首を横に振りながら後退する。「やめろ、やめろやめろやめろっ!」 声を荒げ、その場に崩れ落ちる。「君まで、そんな目で私を見ないでくれっ‼」 この場にいるプレイヤー全員がついていけていない。しかし、俺とカエデはこの女性のセイリー族の冷たい目がローブにとっての最大の恐怖だという事は分かる。「私は、君がいたから頑張れたんだ……。なのに、君まで他の奴等と同じように私をそう言う風に見たら……私は……私は……俺はああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ‼」 天を仰いで一気に叫び出すローブ。ノイズ交じりだった声が少し低めの男の声へと変貌する。「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」 悲痛な叫びを上げながら、ローブの体は土に戻り、その場で崩れ落ちた。その影響で声がぶつ切りとなり、変な静寂が跡地を包み込む。 全員が辺りを警戒するが、それも杞憂に終わる。何の音沙汰も無いという事は、どうやら完全にローブはこの場からいなくなったようだ。「……終わった?」「多分、な」 俺はローブの脅威が無くなったので、改めてカエデに礼を言おうと口を開く。「カエデ、あり、が……」 が、緊張の糸が切れてしまったらしく、意識が急に遠退いて行く。 最後まで言う事が出来ず、視界が黒一色に染まる。


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