喚んで、育てて、冒険しよう。

島地 雷夢

another 05

 衝撃が伝わり、鬼神――カウロがどうなったのか確認する事も出来ずにオウカは顔を下に向け、手を抑えて吐き気を堪えている。 シェイプシフターは急旋回を行う。慣性の法則が働いて振り落とされそうになるもバーによって固定されている所為で吹っ飛ばされず、無慈悲にも彼の頭は左右にシェイクされる。レールが無い分舗装されてない地面を爆走しているのでガタゴトと揺れるのがまたオウカに追い打ちをかけている。「きゃぁぁあああああああああああいやぁぁああああああああああああああああああっ‼」「しぃぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいぃぃいいいいいいいっ‼」「しぃぃいいいいぃぃいいいいぃぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいぃぃいいっ‼」 悲鳴を上げているサクラとリトシー、そしてリーク。声を上げられるだけマシだった。オウカは極度の吐き気と戦う為に声さえも出せない状況下にいる。「うがっ‼」 そんな中、ジェットコースターに姿を変えたシェイプシフターはまた地面に叩き付けられた直後のカウロを轢く。また跳ね上がり、頭から落下し、身動き出来ない所をアケビとツバキが攻撃していく。二人はカウロに同情してはいるが、彼を倒さないとクエストがクリア出来ず、そしてセイリー族を助けられない為、手心は加えない。 無防備な背中、胸、腕へと刀と短剣でどんどん切り付けていく。「おらっ!」「とぅ」 ツバキが【中級刀術】のスキルアーツ【抜刀一閃】を、アケビが【初級短剣術】のスキルアーツ【スラッシュ&】を繰り出す。「がっ…………」 スキルアーツが直撃したカウロは身動き一つしなくなる。「一応、終わりか?」「多分」 視線をカウロから離さず、刀の先でツバキは突っ突くが、全く反応が無い。どうやら意識を手放したようだ。「……なら、後はあのイワザル軍団をどうにかするべきか」 ふとボボナの実へと目を向けるツバキとアケビ。そこにあるのは昨日目にした時と同じ、五十以上ものイワザルの群れがボボナの実に群がっている風景だ。 ただ、どうにかするべきとツバキは言ったが、昨日の時点で狩り尽くす事が出来なかった。なので何か全滅させる為に特別な手順を踏む必要があるのではないか? と考えるも、如何せん思い浮かばないのが現状だ。アケビも同様にどうすればいいか腕を組んで思案する。 そんな中、オウカ達御一行を乗せたジェットコースターは今も尚土がむき出しの悪路を爆走している。 もう爆走する必要はないだろう、と言う事はない。シェイプシフターを召喚したカエデはジェットコースターへと向けて指を差しながら簡単な命令を下す。「シェイプシフター、次はあれお願い」 カエデが指したのはイワザルの群がるボボナの実。彼女はつまり、そのままあれに激突して来いと言っているのだ。シェイプシフターは対象に恐怖を与える為に動くが、その動きを邪魔しない命令ならば言う事を訊く。 シェイプシフターは次第にまた加速していき、ボボナの実が生っている木へと驀進していく。その間、オウカはついに耐えられなくなり、口元を押さえていた手を力無く離し、口から胃の内容物を外に排出するように空気が漏れ出す。 そんなグロッキーを通り越してしまったオウカなぞ微塵も気にせずにシェイプシフターは土の上から木肌へと乗り換える。急に真上に走り、しかも揺れが先程よりも段違いに酷くなる。口から生気が漏れ出しているオウカにはもう意識を手放したいくらいに脳味噌が揺さぶられ潰されてるんじゃないか? と言う錯覚にまで陥ってしまっている。 同行者である一人と二匹は怖がりこそすれ、酔ってはおらず、どちらかと言えば楽しんでいるように見受けられる。 ある程度上に向かいボボナの実が生っている枝へと差し掛かると、逆様になりながらそちらに進路を変える。重力に完全に逆らっているジェットコースターもといシェイプシフターはボボナの実と枝の結合部分へと衝突する。 それでもシェイプシフターは速度を落とさず、壊れる事も無く突っ切り、ボボナの実は枝から分断され、地面へと真っ直ぐに落ちていく。 地面に落ちたと同時に弾け、光となって消えていくボボナの実。それに群がっていたイワザルは無様に地面に投げ出されて身動き一つしていない。 今もなお逆様に爆走しているシェイプシフターは要は済んだと急旋回してそのまま元来た道を戻り、召喚者であるカエデの下へと全速力で戻っていく。 シェイプシフターはカエデの目の前で急停止し、乗っている二人と二匹はバーが体に食い込み前方に吹っ飛ばされずに反動で後方の座席に体を打ちつけられる。サクラ、リトシー、リークは目を回しているだけで済んでいるが、オウカはもう放心状態となっている。 バーが解除され、直ぐにアケビとカエデの手によってオウカはシェイプシフターの座席から引きずり出され、そしてそのままゆっくりと地面に仰向けに寝かせられる。「オウカ、本当に御免なさい」「うわぁ……あいつよりも顔が真っ青になってるぞ」「……悲惨」「……れにー」「……ぐるらぅ」 ジェットコースターに乗っていなかった三人と二匹がそれぞれ憐憫と謝罪の眼差しを彼に向ける。そんな彼はもう答える事はなく、屍のように黙りこくるだけだ。「……兎に角、オウカ達は放っておいた方がいいかもな」 ツバキはオウカから視線を外し、シェイプシフターに搭乗したままのサクラ、リトシー、リークを見る。未だに目を回しているので、オウカと違って乗せたままそっとしておく。恐怖を与える対象であるオウカが乗っていなければシェイプシフターが動く事はない。「本当、御免なさい」 カエデはもう一度深く頭を下げて謝罪する。オウカの体質からもしかしたら現実の乗り物にシェイプシフターが変身するかもしれないと思い、それでカウロを轢けば時間短縮に繋がると考えた。 結果としては予想の斜め上のアトラクションに変貌し、カエデの目論み通りカウロを轢いて戦闘不能状態にまで追いやる事に成功し、果てはイワザル軍団を地面に落とす事も出来た。 ただ、その為にオウカのトラウマとなってしまっただろう今回の事に責任を感じずにはいられない状態となっている。流石にここまで酷い状態になるとは思っていなかったのだ。精々鳥に乗った時と同じくらいだと高を括っていたが、自分の考えの甘さにカエデは後悔している。「……まぁ、今回は全面的にお前の独断が悪いわな」 ツバキは軽く息を吐いながらカエデの肩に手をそっと置く。 それと同時に、地面から青い光が湧き上がる。「「「っ⁉」」」 アケビ、ツバキ、カエデの三人は咄嗟に光の湧き上がった方向へと視線を向ける。そこはイワザルが地面に横たわっており、青光に包まれたイワザルの体は溶けて行き、地面へと染み込んでいく。「……これで」 むくりと、オウカ達から離れた所で放置されていたカウロが起き上がる。「これで、私の願いが叶う」 願い。その一言で三人は禁術の発動阻止に失敗したのだと悟ってしまう。時間をかけ過ぎたのか? それともイワザル全てを地面に接触させてしまったからか? どれが原因かは分からずにいる。「お前達が阻止しようと駆けまわっていたが、それは全て無駄に終わった」 ふらふらとよろめきながらカウロはアケビ達の方へと向かって行く。その身体は一歩歩く度にひびが入り、欠片が零れ落ちて土に戻っていく。 地震の体が崩れていく様を微塵も気にせずにカウロは目に暗い光を宿す。「これで、フラトが甦る。あの日、一族の為に身を捧げてしまった、優しいフラトを」 薄らと笑いながら、カウロは語る。「……フラト?」 小さく復唱したアケビの声がカウロの耳に届き、口の端を吊り上げる。「そうだ。フラト……。私の生きる意味……。私の大切なフラト……。何時も一緒にいてくれたフラト……。どうして君は一族の為に身を捧げてしまったんだ? どうして自分の命を優先しなかったんだ? どうして君を利用していたセイリー族を助ける為だけに私に力を与えたんだ?」 立ち止まり、天を仰ぎ、目の前のプレイヤー達を気にせずに語り続ける。三人はこのカウロの語りから、フラトが神子であると理解する。「禁術ってのは蘇生術の事か?」「あぁ」 ツバキの問い掛けにカウロは頷く。「この術を見付けるのに長い年月を掛けてしまった。しかし……漸く見付けたのだ」 カウロは笑いながら一歩、また一歩と彼等に近付いて行く。「禁術には、発動時に莫大な魔力を必要とする事以外にもいくつか条件があってな。一つは、蘇生させる者の素体となる贄は魔力を持たない事。魔力を持っていると素体の構成が出来なくなってしまう。そして、その素体はなるべく同じ種族で構成させた方が魂との拒絶反応が起きないのだが、お前達が邪魔をしたせいでそれは叶わなかった。まぁ、そうでなくとも十晶石の莫大な魔力があれば例えモンスターを素体にしようとも拒絶反応なぞ起こす事はないが」 手を広げる。その手は自重に負け、ぼろりと崩れ落ちる。「もう一つは甦らせる者の魔力を全て捧げる事。私の中にほんの僅かに残っていたフラトの魔力と、十晶石に移ってしまった魔力の一部が必要だった。莫大な魔力を得る必要もあったので、十晶石の魔力を全て手中に収める為に幻人を狩り、その核を寄り集めて幻塊を作り上げた」 口角を更に上げる。しかし上がり切る前に崩壊し、歯と歯茎が剥き出しになる。「そして……不完全に甦った者の瘴気を使用する事。この瘴気こそが要であり、これによって新たに作られる体に魂を定着させる事が出来る」 目を見開く。そうした瞬間に瞼は粉々になり、眼球が露出する。「フラトを甦らせる為に、わざわざ未練を残していたスケアリーアングールを復活させ瘴気を生み出させた。そいつを倒させる為に贄となるセイリー族の秘術を発動させ魔力を枯渇させた。まさに、一石二鳥だった。贄には出来なかったが、フラト復活の祝いに血祭りに上げてやるがな」 足が両方崩れ、支えの無くなったカウロの体はそのまま地面へと落ちていく。
「これで……私とフラトは二人だけで生きていける」
 地面に当たり、カウロの全てが粉々に砕かれる直前にそう呟いた。 完全に土に還ったカウロのいた場所に視線が釘付けとなる。嫌な静寂が辺りを包み、背筋に悪寒が走る。 青い光は未だに迸り続けている。贄を全て食らった光は次第に収束し、一つのモニターを生み出す。 そこに映し出されているのは暗い空間。ただし、その中心部には【十晶石の幻塊】の放つ光で照らされており、完全な暗闇ではない。 その下にローブを纏った人物が一人。フードで顔は隠されておらず確認が出来る。 白髪の髪は乱雑で、深い皺の刻まれた白い顔。黒真珠のような瞳。百年以上の時を過ごしたカウロその人だ。 先程土に還ったカウロはいわば傀儡。全盛期の姿を模して遠隔操作をしていたに過ぎない。故に、複数の個体が存在している。アケビ達の所以外にも、イワザルの群れを見付け出したプレイヤーの下に出現していた。 カウロが見上げる先には【十晶石の幻塊】。その中には二つの珠が存在しており、一つはフラトの魔力が移し込まれた珠。もう一つはスケアリーデッドアングールの瘴気が籠められた水晶玉。 その二つの珠から魔力と瘴気が漏れ出し、一つに混ぜ合わさる。それを中心に、十の色をした光が包んでいく。 次第に人の形へと変貌していく。神経が張り巡らされ、骨が形成され、内臓が出現し、肉が付く。 その姿はまさしく、【妖精の十晶石】から魔力が消え去る前に出現した神子――フラトそのものだ。「あぁ……フラト……」 しゃがれた声は歓喜に震えていた。今一度、彼女と一緒に歩んでいける事が心底嬉しい。カウロは眠っているように目を閉じているフラトへと手を伸ばす。「フラト……フラト……」 完全に復活を果たした体はそのままゆっくりと落ちて行き、【十晶石の幻塊】をすり抜けてカウロの前に浮かぶ。「フラト……」 カウロはフラトを優しく抱きしめる。体温を感じる。鼓動を感じる。肉体だけで構成されたのではなく、きちんと生命が与えられた事に安堵する。 すると、フラトは身動ぎを始める。「フラトっ」 体をゆっくりと離し、カウロはフラトを見つめる。 フラトはゆっくりと目を開け、そして――――。
「気安く触るな。老いた妖精如きが」
 右の手で、カウロの腹を貫いた。フラトの眼は、生前と同じく青い瞳ではなくなっていた。「我を利用し、二度も死に追いやった魔力無しが。忌々しい」 血のように赤い眼で冷たくカウロを一瞥し、フラトは腕を引き抜く。引き抜かれた後にから鮮血が一瞬だけ噴水のように噴き出す。「ふ、フラト……?」 何が起こったのか分からず、数歩後ずさったカウロはフラトと呼び掛ける。「フラト? それはこの体の名前か?」 フラトは――フラトの体をした何かは自分の体をまじまじと見て確認する。「残念だが、そやつではない」 醜悪な笑みを浮かべると、そのまま手に付いた血を長い舌で舐めとる。その舌は先が二股に分かれている。「我は蛇を統べる王。妖精どもには、こう言えば伝わるか? スケアリーアングールと」 フラト――スケアリーアングール=フラトは背中の翅を伸ばす。その翅は澄んだ透明とは程遠く、黒く焼け焦げたようで、所々に穴が開いている。「どういう訳か、我は再びこの地に戻ってきたようだ。先の復活は不完全であったが故に意思が剥離されていた。しかし、此度の復活では体が違うが、我の意思は損なわれていない」 翅をはばたかせ、宙へと躍り出る。「目論見が外れた愚かな妖精よ。我を復活させた礼に一つ、願いを叶えてやろう」 そう言うとスケアリーアングール=フラトは瞳孔を縦に細くし、【十晶石の幻塊】の前までくるとカウロを見下ろす。「お前達、妖精を血祭りに上げてやろう。……貴様は最後の最後、惨たらしく命を呑み込んでやるから、それまで決して死んでくれるなよ?」 吐き捨てるように言い終えたスケアリーアングール=フラトは、手を前方に翳す。「闇よ、我が言葉により形を成し、全てを切り刻め。【シャドウクロウパニック】」 そこを起点に幾重もの黒い刃が出現し、【十晶石の幻塊】を容易く切り刻んでいく。切り刻まれた【十晶石の幻塊】から魔力が溢れ出し、【妖精の十晶石】へと戻っていく。「闇よ、我が言葉により形を成し、全てを呑み込め。【ヘルダークネスドレイン】」 しかし、スケアリーアングール=フラトの唱えた闇魔法により、ほんの僅かな一握り以外の魔力がスケアリーアングール=フラトの中へと取り込まれてしまう。「充分な魔力だ。しかし……これでは満足に扱う事は出来んな」 魔力を取り込んだスケアリーアングール=フラトの体に変化が訪れる。人間と同じだった下半身は蛇のそれに変わり、髪は純白から漆黒へ変貌し意思があるかのようにうごめき始め、肌に鱗が生じていく。口の中に仕舞われた歯も一度全部抜け落ち、細く鋭い毒牙が上下二本ずつ生えていく。身体の大きさも元のスケアリーアングールと同じにまで膨れ上がる。「我の魔力と瘴気を吸収し、扱いやすくするか」 肥大化したスケアリーアングール=フラトはそのまま天井を突き破って地上へと躍り出る。【十晶石の幻塊】が壊されても存在し続けていたモニターは、それと同時に消え去る。 地響きと共に、スケアリーアングール=フラトは出現した。 各プレイヤーの前にマップが出現し、黒いマーカーが表示される。 そこはセイリー族の集落の真下。その黒いマーカーは南東へと移動していく。 スケアリーアングール=フラトが目指すのは襲撃の跡地――スケアリーアングールが一度復活した場所だ。「……どうする?」 ツバキはマップを見ながらアケビとカエデに尋ねる。「行った方がいい、とは思う」「けど……」 二人はそう言いながら横たわったままのオウカと、漸く立ち上がったが足取りが危なっかしいサクラ、リトシー、リークへと視線を向ける。「……もう少し休んでからの方が絶対にいいな」「「うん」」 他のプレイヤーが足止めしてくれる事を祈りながら、二人と二匹が完全に回復するのを待つ事にする。


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