喚んで、育てて、冒険しよう。

島地 雷夢

93

「あ、忘れる所だった」 駆け出したものの、俺は即座にUターンして置きっ放し状態になっている卵を抱えて再び疾走する。 あのまま置いたままでも誰か別のプレイヤーに持っていかれる事はないと、初日のサクラとのやり取りで分かっているのだが、あのままの状態で孵化して何処かに行ってしまうかもしれないと言う不安に駆られた。 およそ一時間で孵化するのがパートナーの卵。もう三十分は経過しているので、PvPに熱中していたら何時の間にか孵化、なんて事も有り得る。 リトシーの時は孵化の瞬間を見る事が出来なかったので、こいつの孵化には立ち合いたいものだ。と、PvPの真っただ中で思っている。「取り敢えず、ツバキに追いつかないとな」 俺は速度を上げて駆け出す。 南門から東へと向かう道を疾走しているツバキを先頭に俺、ローズの順に足音を鳴らしていく。同レベルに調整されると、どうやら敏捷は俺が一番あるらしく、卵を抱えに戻ってもローズを抜かしてツバキとの差が縮まっている。 ここに来てもプレイヤーの姿を見ないのは不自然過ぎるが、それでもツバキが人混みに紛れて隠れ、不意打ちを仕掛けてくると言う可能性が消えたのでいいとしよう。「速ぇなおいっ! もう少し敏捷上げとくべきだったか⁉」 と後ろを振り返りながらそんな事を大声で愚痴るツバキ。首を回してもリークは落ちる事も無くツバキの頭の上に鎮座している。「ならっ!」 ツバキは右の路地裏へと急カーブしながら入り込んで行った。 恐らく、入った瞬間の不意打ち狙いか、もしくは狭い路地裏で強引に一対一に持ち込もうとしてるのか。可能性は後者の方が高い気がするな。 僅かに速度を緩めてローズと並ぶ。「どうする?」「このまま行ってもいいと思いますが、出来れば挟み撃ちの形に持ち込みたいですね。そうすれば撃破する際に同士討ちする確率は減るかと」「そうか。なら俺はこのまま路地裏に突っ込むから、ローズはツバキの攻撃に注意しながら入ってくれ」「言われなくとも、警戒します」 俺は速度を上げて、建物の外壁に手を添えながら路地裏へと入り込む。「喰らえやぁ!」 その瞬間、奥の方にいたツバキがスキルアーツを発動して俺に攻撃してくる。鞘に収めた状態の刀の柄に手を添え、一瞬で間合いをつけながら刀を振り抜く。確か【抜刀一閃】だったか? このままだと普通に当たってダメージを喰らってしまう。「おっと」 路地裏に入った際に俺は壁を蹴って空中に逃げる。反射的ではなく、最初からツバキの攻撃を避ける為に考えていた行動で、壁を切り付けながら振り抜かれた刀の回避に成功する。そのまま三角跳びをしてツバキの背後へと降り立つ。「うぇ⁉」「あぁ、上に行ったが?」 驚愕するツバキの声に頷きながら卵を抱え直し、包丁を順手で抜き取って攻撃を始める。「お前卵くらい置けよ!」「また移動するかもしれないだろが」 包丁で突くがスキルアーツが終了して直ぐに振り返り、それと同時に放たれた刀に弾かれツバキに届かない。 ツバキは刀で俺に切りかかって来るが、それを俺は包丁で軌道を逸らして直撃しないようにし、時折突いたり切り付けたりする。 幅が狭いのでツバキは思うように振る事が出来ない。反面俺の包丁はリーチが短いので何時いつもと同じように振る事が可能だ。「お前、ここ選んだの悪手だったんじゃないか?」 リーチがそれなりにある刀使いのツバキでは、こんな場所では存分に戦えないだろうに。「仕方ねぇだろ! お前等が二人掛かりで俺を先に仕留めようって言ったんだからぁ⁉」 と、俺に刀を突いて来ようとした寸前でいきなり身を捩った。何故かと言えば、追い付いたローズが背後からストレートパンチをお見舞いしたからだ。ツバキは紙一重でそれを避けた。よく俺と相対してて避けたな。今までの経験から来るものか、それとも気配を感じ取ったからか。「ふっ」 ローズはそのまま拳を放っていく。脇腹を抉るように、はたまた腰骨を砕くかのように、そして肩を脱臼させるかのように的確に、連撃としては俺やツバキより遅いものの、正確に狙った箇所を突いていく。 が、ツバキの方もただでは喰らわないようで、無理な体勢にしながらもローズの攻撃を避け、俺の斬撃を捌いて行く。正直言って凄すぎるぞお前。俺でもこんな事は真似出来ない。「ちょ! 挟み撃ちとかってねぇよ!」 ツバキは一杯一杯になりながらも声を出す余裕は残されてるようだ。「路地裏行くなら挟み撃ちされないように行き止まりを背にして戦うべきじゃないか?」「そしたら逃げ道無くなんだろ!」「それもそうか」 と会話を続けている最中でも俺とローズの攻撃は続いている。流石に動き続けてる分、ツバキの方が早く体力が尽きそうだな。スキルアーツも発動したみたいだし。そうなれば、こちらの一方的な展開に持っていけるような気がする。そう言えば、リークは頭の上からいなくなってるな? 何処に行ったんだ?「くっ! このままだと一方的にやられる!」 ただ、それはツバキ自身も分かっているようでこの状況を打破する策を考えているみたいだ。暫く無言になって俺達の攻撃を避け、捌き続けていると急に目を見開き、壁に視線を移した。「なら、俺も! オウカに出来て俺に出来ねぇ訳がねぇ!」 攻撃を喰らうのも構わず、ツバキは俺と同様に三角跳びを開始してこの場を脱出しようとする。先に上がったツバキの後を追って俺も跳ぶが、その瞬間に地面から突如伸びた木の槍に体を貫かれ、地面に落ちて生命力が二割持っていかれた。「……リークか」 卵だけは守るようにして落ち、仰向けの状態で僅かに光が下から生じて照らされているリークの姿を確認する。遠く離れていて、この暗闇で何処にいるか分からなかったが、俺の後ろにいたみたいだ。 で、リークはツバキを逃がす為に俺に向けて木属性の攻撃魔法を放った、と。あの光は魔法陣か。「逃げたな」 直ぐに起き上がって俺は上を見上げるも、ツバキの姿は何処にもない。恐らく初めてだったと思う三角跳びで滑らずに上まで行けたもんだと感心するが、これからどうするか。下手に追い掛けると顔を出した瞬間にバッサリ切られる可能性があるな。 ローズの方を見ると、既に姿はそこにおらず、ツバキの後を追い掛けたようだ。つまり、ローズも三角跳びを使用した事になる。まぁ、ゲーム内の身体能力なら生産特化し過ぎてなければ誰でも出来るのかもしれない。足元さえ注意していれば、の話だが。 となると、だ。ツバキは今ローズと交戦中の筈だ。確認の為に視界の下に表示されているツバキとローズの生命力を見ると、二人共減っていっているのが見える。一対一を繰り広げているのでツバキの後を追い掛けても撃ち落とされる可能性はない。だったら、直ぐに追い掛けていいな。「……その前に」 俺は魔法陣が消えて姿が確認し辛くなっているリークの方へと向かい、包丁を鞘に戻して卵とは逆の方に抱えて三角跳びを開始する。リークはもうPvPに介入する事は出来ないから、安心して運ぶ事が出来る。リークは迷子になった過去があるから一匹だけ取り残させるのは気が引ける。なので、ツバキが見える場所までは運ぶ事にした。 壁を蹴って上を目指し、傾斜のある屋根に着地すると同時にリークを降ろす。「こんの!」「つっ」 二人は真っ向からぶつかり、回避を取るのではなく互いに攻撃をぶつけていっている。だから生命力が減っていたのか。何故避けていないのかと思えば、ローズの攻撃速度が何故か早くなっているからだろう。目測だが、先程の二倍はある。 月明かりで微妙に確認出来るが、ローズの周りに風が渦巻いているのが見える。恐らく風属性の補助魔法を使って敏捷を底上げしているのだろう。だから先程よりも攻撃の出が速いのか。ツバキはあの速度を避ける事が出来なようで、回避を諦めて相殺、防御をしているみたいだ。 ローズに加勢しに行った方がいいのかもしれないと即座に頭を働かせて、包丁を抜き取って足を踏み外して下に落ちないように注意しながら二人の方へと駆け出す。「オウカも来たのかよ!」 脇に回り込むように旋回しながらツバキの懐へと向けて包丁を突き刺していく。が、ツバキが刀を片手だけで振ってローズの攻撃を相殺するのと同時に、自由になったもう片方の手で鞘の位置を調整して包丁の一撃を受け止めた。「さっきと場所が違うからな! 思う存分動き回ってやる!」 ツバキは先程よりも素早く、そして激しく動き回って俺とローズを攻撃していく。もう体力の消費を無視した動きで、こちらとしては防御に徹して体力切れを待てばいいと思うのだが、ツバキの動きがそれを邪魔する。 その防御に徹すると言う動きさえも、何時も以上に速く動かさなければ間に合わず一撃を喰らってしまう。 そして、極めつけはツバキの攻撃が一際厄介になり防御も同時にこなすようになった事だ。文字通りに。ツバキの振るった刀の軌跡は数秒消える事無く、その場に留まり続ける。それに触れるとダメージが発生し、武器による攻撃が遮られる。ただし、ツバキ自身の動きと攻撃はその軌跡に邪魔される事無く俺達へと向かって次々と放たれていく。 そして、この軌跡に当たると体力も削られ、結果的に俺達三人の体力消費は然程変わらなくなっている。 こんな技、俺は知らない。ツバキからも訊かされていないので、こいつの奥の手なのかもしれない。つまりは隠れスキル、か。 凄まじい攻防を繰り広げ、三人の生命力が半分を切り、俺の体力は一割を切る。ツバキとローズの体力もそろそろ切れてしまうだろう。「一応言っとくとな、お前等の体力切れが俺の狙いだよ!」 ツバキは僅かに口元を上げ、笑う。「俺、隠れスキル二つ持ってんだ! うち一つは体力が切れた時の回復速度が上がるって効果があるんだよ! つまり! 先に俺が動けるようになってどちらか一人を落とす事が出来るって事だ!」 マジか、そんな隠れスキルが存在するのか。だったら、このまま体力切れになったら危ないと言う事か。「まぁ、二人の体力が0になるより先に俺の体力が切れたら終わりだけどな! 賭けだよ!」 誰の体力が先に尽きるか、それが命運を分けるのか。相手の体力は生命力と違って表示されないからな。「お前そんな博打まですんのかよ」「しなきゃなぶられて負けんだよ!」 と、答えた瞬間に俺の体力が0になってその場に膝を付いてしまう。ツバキは俺に刀を振り下ろしてきたが、それはローズに防がれ、二人同時に膝を付く。どうやら全員がほぼ同時に体力0になったようだ。そして、ローズの風魔法も切れる。ツバキの言葉が本当ならば、先に動けるようになるのはツバキになる。「さぁ、回復したら誰を」「来て下さい、カーバンクル」 ツバキのにやけ面が、ローズの言葉に凍り付く。「やべ……忘れてた」 そして冷や汗を流し始めるツバキを余所に、アーマーの胸の部分が赤く光り出し、光が降りてくる。そこから水色の体毛を有した兎のように耳の長い猫みたいな生き物が現れる。額には赤い珠が埋め込まれている。こいつがカーバンクルか。「お願いします」「うきゅー!」 ローズの言葉にカーバンクルは頷き、額の珠から柔らかく優しい感じのする光が漏れ出しローズを包んでいく。「さて」 体力が切れた筈のローズは普通に立ち上がり、ツバキを見下ろす。もしかして、カーバンクルは体力を全快させる能力持ってるのか?「行きますよ、ツバキ」「お、お手柔らかに頼んます」 口元を引き攣らせているツバキへと、ローズは蹴りをお見舞いして宙へと舞い上がらせる。そしてアッパーを繰り出して更に上空へと浮かばせる。一撃一撃が重いらしく、これで二割消し飛んだ。いや、ツバキの耐久が俺と同じようにあまり高くないだけか?「これで、終わりです」 その言葉と共に、ローズは腰を低くして力を溜め、落ちてきたツバキの鳩尾に一撃をかます。 ツバキの生命力が0になり、身動き一つせずにその場に落ちた。「……さぁ、これで邪魔者がいなくなりました」 生命力が尽きても光にならずその場に留まり続けているツバキの体から目を離して、ローズは膝を付いている俺に顔を向ける。「あなたとの再戦は、体力が全快してからです」 少なくとも、当初の目的があるので体力切れの最中になぶられる心配はなかった。このまま安心して体力を回復させよう。


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