喚んで、育てて、冒険しよう。

島地 雷夢

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 体力が全快し、一度リークを身動ぎ一つしなくなったツバキの上に置き、卵が転がり落ちないようにツバキを支えに使う。 流石に両腕全てを使える状態の俺と戦いたかったローズはその時間をくれる。その間にローズはカーバンクルを還していた。 場所までは移動せず、このまま傾斜のある屋根の上だ。「…………」「…………」 対面の状態で一挙手一投足を捉える。先程のツバキ撃退の際の動きを見るからに、素の速さは姉貴以下。そして俺やツバキよりも遅い。しかし、風の補助魔法を使う事により一時的に俺とツバキよりも敏捷の数値が上がる。 拳の一撃は生命力が半分を切っていたツバキを三発で終わらせる程。一撃でも受けてしまえば致命傷になりかねない。ただ、最初の二撃で二割削れたのだが、最後の一撃では二割以上。もしかしたら最後の一発はスキルアーツだった可能性もある。もしくはクリティカル判定でも出たか。 どちらにしろ、俺も三発――下手するとスキルアーツの一発で終わるので迂闊に近付く事が出来ない。「土よ」 動かずにいるとローズが詠唱を開始する。風の魔法ではなく、土属性。屋根の上で使えるとは思えないが、そこはゲームの中の世界。常識は通用しないと思い、俺はローズを視界に収めたまま後退してこの場からの離脱を図る。「我が言葉により形を成し、大地を盛り上げよ。【アースウォール】」 屋根から降りて移り変わる視界の上部には、先程までいた場所に土の壁が出現したのが映った。あのままあの場所にいれば打ち上げられていた可能性がある。 ただ、詠唱に大地を盛り上げよと言っているのに、大地ではない。そこはやはりゲームだからと突っ込まない方がいいのかもしれない。使う場所が制限される魔法なんてあまり価値があるようには思えないし。 壁に片手と足を当てた状態で速度を調整しながら地面に着地し、上を仰ぎながらなるべく広い通りへと向かう。狭い場所での攪乱攻撃と言うのも手ではあるが、そう言う場所程先程の魔法を使われてしまえば避ける事が出来ない。少しでも魔法を避けれるように距離を開ける。 今の所、ローズは魔法は風の補助と土の攻撃……いや、補助か? の二つを発動させている。見た目から魔法特化ではなさそうなのだが、これ以上他の属性の魔法を使わないと言う保証は何処にもない。 追撃は無く、そのまま広い通りに出た瞬間。「ふっ」 屋根から何かが飛び出した。そのまま俺に向かってくるので、咄嗟に後ろに跳んで回避を図る。それは風を纏ったローズで、着地時に生命力が減らないようにとわざわざ【蹴流星】を発動させていた。石畳が破壊され僅かにクレーターが出来るが、直ぐに修繕される。流石はゲーム、か。 ローズは【蹴流星】が終わると同時に俺の方へと姿勢を低くしながら向かってくる。包丁とフライパンを抜き放ち、包丁で右の拳を、フライパンで左の肘の軌道を逸らし、自らの足で相手の蹴りを相殺する。生命力が減るが、直撃するよりもマシだ。 そのままローズは体を武器に、俺は包丁、フライパン、蹴りで何度かの応酬を繰り広げる。「水よ、我が言葉により形を成し、彼の敵を打ち抜け。【ウォーターシュート】」 その最中にローズが【ウォーターシュート】を発動させ、俺の胸に当てようとしてきたがフライパンでギリギリ防ぐ事に成功する。 俺の方も足を払おうとしたり、膝を狙ったり、垂れている髪を掴もうとしたり等、体勢を崩す要因になる攻撃を何度か仕掛けるも、ローズはそれら全てを対処してしまう。 このまま攻防を繰り返していれば、互いに生命力が削られる。しかし、それもローズの風魔法が効いている間まで、だ。 魔法は性質上詠唱をしなくては発動する事が出来ないので、その瞬間が分かる。なので、再度風の補助を受けるタイミングが丸分かりとなり、怒涛のラッシュを仕掛けて意識を集中させないようにしたり、顔面や喉を狙って行けば妨害出来る筈だ。 ただ、その際に攻撃受けるのも躊躇わずにスキルアーツを発動する可能性もある。そうするとこちらが攻撃しても――あまりに強烈な一撃でない限り中断されずにスキルアーツによる攻撃を強行してくる。 スキルアーツは魔法と違って詠唱は無く、他プレイヤーに見えないコマンドウィンドウを表示させて発動させるので、タイミングが分からない。しかし、自分の知っているものなら初動で判断は可能。その判断を見誤らなければ喰らう事はない筈だ。問題なのは、見た事のないスキルアーツに関しては攻撃しても相応の反応が返ってこない、と言った判別法しかない所か。そうなるとワンテンポ遅れるので、下手すると直撃してしまう。 包丁で連撃を繰り広げ、フライパンでガードし、蹴りで奇襲をかける。時折頭突きやタックルをかましたりして意表を突くがことごとく対応されてしまう。 向こうの攻撃も水魔法は左右に避け、土魔法は一気に後ろに下がって回避。蹴りは蹴りで捌き、拳はフライパンと包丁でいなす。「っ」 生命力が二割に差し掛かろうと言う頃にローズの体を纏う風が消え去り、動きが鈍る。 好機。だが同時に油断してはならないと自分に瞬時に言い聞かせて顔面に向けてフライパンを振り抜く。ローズは上体を後ろに引き、左手でフライパン自体に軌道を僅かに逸らす事で直撃を回避した。 フライパンを振り抜き、それを戻しながら包丁で突き刺していく。包丁での攻撃を終えたらフライパンで、交互に繰り返していく算段だ。時と場合によっては一度退いて体勢を立て直してから攻めに転じる事も考えている。 包丁の一撃を喰らったローズはそのまま体勢を崩して背中から地面に倒れるように落ちていく。このまま倒れてくれればマウントポジションが取れるので有利になる。 が、現実はそこまで甘くなかった。「解放パージ」 倒れる寸前のローズの言葉を合図に、ヘルム、そしてアーマーの一部が四方へと飛び散る。それが俺に直撃し、数メートル吹き飛ばされる。生命力はあまり減らなかったのが救いだった。 地面に背中を打ちつけるも、直ぐ様立ち上がって構えを取る。 顔まで隠し体全体を隠していたフルアーマーは姿を変えている。アーマーの部分は胸当て、籠手、そして膝から下しか残されていない。アーマーに隠されていた箇所は黄金のラインで紋様が描かれた衣服が装備されており、太腿を隠すくらいの丈のスカートを着用している。 ヘルムを失った頭部は金髪を翻し、頭髪と同色の眼が収められた顔が外部にさらけ出されている。その顔は何処となく誰かに似ているのだが、考えている余裕はない。 その理由としては手にアーマーと同じ意匠の槍が握られているからだ。先程まで素手だった筈が、何時の間に装備をしたのだろうか? その槍の形状は先が尖り、刃が斧のような形状をしている。所謂ハルバードという奴だろうな。ローズの身長よりも大きく、先端が重く遠心力により威力が増しそうだな。「機甲鎧魔法騎士団アーマードマジカルナイツ、か」 騎士団なのに徒手空拳は可笑しいと思っていたが、ここにきてそれらしい武器を即座に出現させたか。リーチでは確実に負けてる。そして重さもあるから一撃の威力もあちらが大分勝っている。 しかし、その大きさと重さ故にスピードは犠牲になっていると見ていいかもしれない。取り敢えず、もし振り抜く事があればその隙を突いて一気に距離を詰めて攻撃を仕掛ければいい。あれだけの大きさだと接近戦は不利にしかならないからな。形状からして突かれる可能性の方も低くはないが。 …………槍使い、と言う事で過去の嫌な記憶が甦ったが直ぐに消し去る。もうあの変態コート女には会わないから記憶消去だ記憶消去。「行きます」 半身を引いているローズは片手で軽々と身の丈を越えるハルバードを振るいながら突進してくる。スピード自体もフルアーマー状態よりも速くなっており、一気に範囲内へと入り込まれる。 俺は膝を付いて這いつくばるようにしてハルバードの一撃を避け、そのまま立ち上がって攻撃に転じようとするも、ローズは振り払った流れを利用して一回転し、軌道を変えた一撃を素早く繰り出してくる。 それを避ける為に立ち上がった瞬間に左へと跳んで回避する。しかし、その先もまだ範囲内でローズは踊るようにハルバードを振るいながら俺を攻撃していく。ただ連続しての回転攻撃なら単調でここまで必死に避けなくてもいい。 ローズは片手で振り回し、跳ねるように軽やかに、流れるように滑らかに緩急をつけ、そして俺が避けた先へと的確に軌道を変えての攻撃を繰り返してくるので同じ避け方では攻撃を喰らってしまう。もうこれがスキルアーツによる一連の流れではないかとも疑ってしまうが、それの真偽は分からない。 隙はないだろうか? 振り抜きはするが考えが甘く懐に潜り込む事が出来ない。リーチに差があるので俺に分があるのは接近戦だ。距離が開けば開く程俺は不利な状況に追いやられる。このままでも避けるのに精一杯で体力を消費していく他ない。ローズの方は遠心力を利用してるから体力の消費は少ないかもしれない。スキルアーツだったら発動時以外は消費しないので体力的に余計不利になるな。 ただ、二十秒以上はこの動きをしているのでスキルアーツの線は低いか。流石にここまで長い連撃系のスキルアーツはないだろうし。俺のように【AMチェンジ】でスキルアーツの再現でもしない限りな。 避け続けて息が上がり始め、体力も一割を切ってしまう。そろそろ攻撃に転じないと体力切れを狙われて一気に終わらされてしまう。「ふっ!」 ローズが周りながら右腕を引き、尖った先端を俺に向けて突き出してくる。俺の胸に向かってくる軌道で、屈んで避けても下に向けられた刃が背中を切り裂いてダメージを受けてしまう。 俺は体を僅かに横に逸らし、そのままローズの方へと踏み出して包丁の刃先を腹目掛けて突き出す。踊るような回転が止まった今しか攻撃するチャンスはないと思い、アーマーが弾け飛んで耐久が減った部分へと攻撃を仕掛ける。ハルバードの角度を調整しながら戻し、刃で攻撃してくる可能性も考慮してフライパンを逆手に持ち替えて背後を守る。 ぶすりと、肉を貫く感触。 しかし、貫いたのは俺の包丁ではない。貫かれたのもローズではない。 ハルバードを握っていたのとは逆の手に握られていた短い円錐型の槍が俺の腹を貫いた。長さは腕より少し短いくらいか。槍にしては嫌に短過ぎる気もする。 どうやら片手でハルバードを操っていたのはこの槍を持っていたからで、貫く前までは逆手に持って腕の陰に隠していたみたいだ。そして、俺の視線は振るわれるハルバードに向けられていたから存在に気付かなかった。 ローズの槍は俺を貫き、俺の包丁はあと一歩踏み出せば貫く距離で止まっている。 生命力はほんの僅かしか残ってないが、このまま無理に突き進めばドローくらいには持ち込めないか? と一瞬考える。しかし、貫かれた瞬間に背後を守っていたフライパンを降ろしてしまい、その隙を突かれて戻されたハルバードの刃で背中を切り裂かれる。
『You Lose』
 生命力が0になり、負けた。


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