喚んで、育てて、冒険しよう。

島地 雷夢

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 ローズはツバキの実の姉。本名は香坂野梨子で、今年で十九になる大学一年生。現在は隣県の大学に通っているそうだ。自宅からではなく、近くのアパートを借りて通っているとか。北の森のボス討伐の際に偶然知り合った、とか何とか。 偶然知り合った際もフルアーマーだったが、ローズの方から声を掛けて来て、子供の頃のトラウマ出来事を耳打ちされて、実の姉だと分かった、と。ツバキ談。 わざわざ姉弟確認にトラウマを掘り返してやるなよ、とは思う。が、もう過ぎた事だし、俺は関係ないので声に出して言わない。 で、ツバキとローズの関係が顕わになった所でお開きとなった。何でもローズの方にメッセージが届き、急ぎの用事が出来てしまったから、だそうだ。「本日は私の我儘に付き合ってもらい、ありがとうございました」「こちらこそ、ありがとう」「では、失礼します。またお会いしましょう」 ローズは礼儀正しく頭を下げてから、踵を返して東の方へと歩いて行く。が、数歩歩いた所でピタリと立ち止まる。「……あぁ、そうでした。これだけは言っておかなければいけませんね」 再び体をこちらに向けたローズは真っ直ぐと俺を見る。「総評……と上からの物言いのようになってしまいますが、あなたは確かに強いです。魔法を一切使わない近距離主体のプレイヤーの中では、右に出る者はあまりいない事でしょう」 ローズは俺をそう評してくれる。「重量武器でないが故の攻撃力の低さも、息も吐かぬ連続的な攻撃によって補われています。武器だけではなく蹴りも交え、手数の多さによって攻撃の他に相手の対処もこなす事が出来ます。ただ、それを行う為には充分な練習が必要になってきます」 充分な練習……まぁ、俺の場合は姉貴との台所戦争で培われて身に染み込んだんだよな。初めはぎこちなかったけど、日に日に上達していって両手に持ったナイフとフライパンで攻撃と防御の両方やれるようになったのは嬉しかったな。これで姉貴の攻撃を捌く事が出来るって。 ただ、現実はそう甘く無くて、防御してもその上を行く攻撃方法で俺の意識を刈り取りに来たんだよな。そっからは更に武器だけじゃなくて足とかも使って対処しようと思って、頑張ったな。それでも姉貴には一回も勝つ事が出来なかったけど。「血のにじむような努力をしたからこそ、そこまで強くなったのでしょう」 ですが、とローズは一呼吸置く。「惜しむべき所があります。あなたは右側を庇って戦っていました。恐らく無意識にやっていたのだと思いますが、あれでは存分に動けないでしょう。実際、右側に攻撃をした際に少々過剰に防いだり、回避する際も僅かにですが他よりも引いて避けたりしていました。その癖をなくせれば、もっとキレがあり、次の動作に移行する際もワンテンポ速くなると思われます」「…………そうか。わざわざありがとう」「そう言っていただけて幸いです。では、今度こそ失礼します」 ローズは頭を下げ、くるりと向きを変えて遠ざかって行く。 右側を庇ってる、か。まぁ、そうしてしまっている原因は分かってるんだが。「右側庇ってた、ねぇ」 と、隣に立つツバキが腕を組みながら俺の顔を覗き込んでくる。「何だ?」「いや、そりゃ前髪で右目隠してりゃ無意識に庇うだろうな、と思ってな」 そう言いながら俺の前髪を摘まんで弄ってくる。「俺もローズの言葉で気になり始めたんだけど、これでちゃんと前見えてんのか?」「見えてるぞ。髪掛かってるって感じが全く無い」 ゲームだからか、幾ら前髪で隠れていようとも視界が遮られる事はない。快適にゲームを楽しんでもらえるようにと言う開発側の配慮なんだろうな。 まぁ、俺としてはこれの御蔭で大分動けてるんだよな。ちゃんと両目で見えるから遠近感覚がつかめる。「そうなのか?」「あぁ、なら自分の前髪降ろして確かめて見ろ」 ツバキは俺の言葉に頑張って前髪を自分の目に掛かるように持っていく。「……あ、本当だ。髪が一気に透けて視界が何時もと変わんなくなった」「だろ?」「こんな仕様だったなんて知らなかった」 ほえー、と感心するツバキ。まぁ、ツバキは俺よりも髪短いし、普通にしてれば前髪が目に掛かるような事も無いから気付かなかったのも当然か。「と言う訳で、視界に関しては良好だ」「成程なぁ。……けど、やっぱ右側庇ってんのはその前髪にあると思うんだよな」 ただ、ツバキとしてはどうしても俺の前髪が原因だと思いたいらしい。「だってオウカ、学校でもずっと右目隠してんじゃん。きっとリアルでのそれが影響してんじゃねぇか?」 ビシッと俺の前髪に指を突き付けてそんな事を言ってくるツバキ。「……いや、それはないな」 俺は首を横に振って否定する。「いやいや、意外とリアルでの癖ってのがVRでも反映されるもんだぜ? だから、リアルで右目を隠さなくなったら動きも変わんじゃね?」 と言う訳で、とツバキはこう提案してきた。「明日、前髪切ってきたらどうだ? いや、切る切らないは置いといて、右目隠さないように少し避けるとかヘアピンで留めるとかの方がいいか?」「いや、だから別に変らな」「試してみろって。別に無理して切る必要はないんだからさ。それで動きがよくなったらお前も儲けもんだろ? 少しの間だけでも試してみろって。損する訳でもないし」 ぐいぐいとツバキは押し付けてくる。……実際問題そんな事しても変わらないんだが、言っても訊かないだろうし、やってみないと駄目なんだろうな。「……分かったよ。明日そうしてみる」 軽く息を吐きながら、俺はツバキにそう返事をしておく。まぁ、高校生にもなった事だし、中学の頃とは違う髪型にでもしてみようかとも思っていたから丁度いい機会だと思う事にしよう。別にツバキは髪を切る事を強制している訳でもないし。校則では別に男子のヘアピン禁止なんて書いてないから、大丈夫だろう。「で、この話題はこれで終わりにして」 と、ツバキは俺が抱えて静かに寝息を立てている蜂に目を向ける。「こいつって何て名前なんだ? 俺見た事無いぞ?」「……多分、ビーワスって奴だと思うんだが、俺が見た奴と姿が違うから異なる可能性がある」 今の今までこいつの名前を知らずに頭を撫でたりしているんだよな。そろそろステータスを確認して名前――と言うか種族? でも確認した方がいいな。 メニューを開いてステータスを確認する。「名前は……ミビニーだと」「ミビニー、なんか言いづらいな」 ツバキはそんな事を言うが、言いづらくてもそれがこいつの名前なんだから仕方ないだろう。「こいつ――ミビニーは風属性、か」 翅があって飛ぶからか? まぁ、この形で土属性とか火属性って言われるよりも納得する。その属性故に【初級風魔法・補助】を覚えていた。攻撃の方は覚えていないから、ミビニーもリトシーと同様に補助型のパートナーなんだろうな。「で、因みにステータスはどんな感じよ?」「敏捷が高い。あと、運も高い」 ツバキに催促されてステータス値を確認するとやはりと言えばいいか、リトシーとはまるで違うステータスをしている。そして孵化した直後と言う事もあり、レベルは1だった。「運高いのか」「その代わり、耐久と魔法耐久が低い。他の数値は大体同じくらい、だな」「固有技は?」「固有技は……【花粉団子】?」「何? その如何にも花粉症の奴に大ダメージを与えそうな技名は?」「いや、攻撃技じゃないらしい。どうやらリトシーの【生命の種】の体力版みたいだ」 つまり、体力回復の技と言う事だ。ただ、信頼度が高くなければ逆に体力が減ってしまう可能性も出て来るが。「……あぁ、あれね。蜜蜂が子供の餌として作る食料、だったっけか?」「俺も詳しくは知らんが、多分そうなんじゃないか?」 この場に養蜂をしてみたいと言うアケビがいれば解説してくれるんだろうが、まぁ、特に詳しく知りたいと言う訳でもないからいいか。 取り敢えず、ミビニーに関しての情報はこれくらいか。「で、どうすんだ? 暫くはその子のレベルでも上げんのか?」 ツバキは頭の後ろで手を組みながら俺に訊いてくる。「……いや、まずは俺の所の奴等と打ち解けて貰う事にする」 あまり急がずにレベルを上げなくてもいいだろう。それよりも、リトシーやフレニア、キマイラとの仲よしにしておかないとな。独り仲間外れ、とはか洒落にならないくらいに肩身の狭いを持意をする事になるし。 まぁ、あいつらなら仲間外れにするなんて血も涙も無いような事はしない筈だから、心配するだけ無駄な気もするな。ミビニーの態度次第だが。「そうか。……って事は今から拠点に移動すんのか?」「いや、もうログアウトするが?」「あれ? もう?」 ツバキは目をぱちくりさせているので、ログアウトする理由は簡単に口にする。「まだ宿題終わらせてないんだよ。だから、今日はここで終わり」 本当なら宿題終わらせてからSTOをやろうとしてたんだが、ツバキからのメールを受け取ったから後回しにしたんだよな。「お前……真面目だなぁ」 ツバキは呆れ半分感心半分の息を漏らしている。「そう言うお前はどうなんだ?」「俺? 明日誰かに見して貰おうかなって思ってるから手つけてねぇ」「……そんな事だと、後々苦労するぞ?」「いいんだよ。別に」 いいのか? まぁ、本人がいいと言うならこれ以上は何も言うまい。「じゃあ、俺はもうログアウトするからな」「おぅ、じゃあまた明日学校でな」「あぁ」 俺はメニューからログアウトを選び、現実世界へと戻る。「さて、やるか」 DGをベッドの上に置いて、鞄から教科書とノート、筆記用具を取り出して宿題に取り掛かる。 ……明日、椿は俺に見せてって言ってくるのだろうか? 可能性としては……高いだろうな。


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