喚んで、育てて、冒険しよう。

島地 雷夢

another 08

「やはり、今の団長はいい。昔の団長も当然よかったが今の団長は元気溌剌としている。実に喜ばしい事だ。年相応に動き回り、あの笑顔で我々に振り向いてくれる。あの笑顔の御蔭で、こうして日々励む事が出来る訳だ。そして、今日の団長も実に可愛らしい。本日来ているオフクス族の山村は『Summoner&Tamer Online』では珍しい和をモチーフとした場所だ。ここ以外だと、シンセの街にあるおでん屋とクルルの横穴にあるたこ焼き屋くらいしか該当しないだろうな。もしくは、意図的にそう言った外装にしたプレイヤーの店くらいか。プレイヤーの格好だと保護者ローズの弟のツバキ達のパーティーが侍や巫女と言った日本古来よりの伝統を少しアレンジした装備しているのが印象深いな。ここに住まうオフクス族の恰好も時代劇や歴史の教科書で見る江戸の頃の町人と言った格好をしている。その他にも武士や侍は勿論の事、飛脚やら御代官やら、大名のような豪奢な着物を着た者もいる。出逢う頻度は町人の恰好をしたオフクス族よりも低いがな。そして、巷では忍者の恰好をしたオフクス族もいるという噂が流れているが、真偽は分からず仕舞いだ。今だ誰も見た事が無いので、NPC同士の世間話から零れたのか、はたまた自身の願望を口にしたプレイヤーの一端から流れ出たのか定かではない。にしても、狐耳に狐の尾を生やした忍者、か。耳はともかく、尾は隠さなければ隠密としては致命的ではないか? 頭隠して尻隠さずとは言うが、尻は隠しても尾が隠れてなければ元も子もあるまい。まぁ、世の中には合理的に考えるよりもそういった恰好の者を好む輩がいるので、開発陣営のサービスとして働いているのかもしれないな。もしくは狐がモチーフのオフクス族なので、人を騙す幻影が得意でわざわざ尾を隠さずとも問題ないという可能性もある。だったら、忍者の恰好もあまり意味がないのではないかと思うかもしれないが、多分にやはり人の目を騙せても動きにくくては隠密は務まらないのだろう。なので、このような和がひしめく場所で動きやすい服装と言えば忍者の恰好と位置付けられて、それを採用しているのかもしれないな。……おっと、話がそれてしまったな。で、このような和が満ちる場所にいる団長の恰好も着物姿だ。団長の髪の色、そして名前に合わせて紅葉柄の着物だ。結った髪に簪を差し、慣れない草履を履いてとてとてと歩く姿は実に初々しい。そんな団長の手を引いているローズも同じく着物を着ているが、こちらは柄の無い浅葱色のもので、よくそんなシンプル過ぎる物があったなと突っ込みを入れておこう。にしても、ローズよ。実に羨ましい事を平然としてくれるではないか。お揃いの恰好で、団長の手を引いて、街……ではなく山村を歩くとはな。我々は今、草葉の陰であまりの羨ましさに胸を抉られ血の涙を流しているよ。それでも我々がこうして己の欲に負けて出て行かずに物陰からひっそりと団長を見守っているのはローズが我々の信頼に値し、団長に下心なぞ持っていないからだ。ローズはあくまで、団長が転ばないように、そして逸れないように手を繋いでいるのだ。正に保護者の鏡と言えるだろう。これがもし保護者ローズではなく他の輩、それも男なんぞがやっていたら妬みと恨みで即行で繋いでいる手を引き裂いてPvPで一方的にぶちのめ(ワンサイドゲーム)していた事だろう。そんな羨まけしからん事は、我々の同意なくては許さず、そもそも許す訳もない。ただ、団長自らが手を繋いだのであれば情状酌量の余地はあり、だ。手を繋ごうと誘って下さった団長の好意は無碍に出来ないからな。そんな好意を踏みにじる愚か者は即刻引き離して一方的に殺る(ワンサイドゲーム)。……さて、害虫に絡まれる事無く団長は山村を楽しんでるな。土産物屋と言わんばかりのアイテムショップで気になる簪を手に取り、ローズに似合ってるか聞いて、保護者が頷けばとてとてと会計へ駆けてそれを購入し即座に装備。簪が先程買ったものにに置き換わり、新しく装備された簪はデフォルメされた可愛い狐が彫られている。うむ、いい。そして嬉しそうにはしゃぐ団長の頭を撫でるローズは実に羨ましい。その立ち位置を直ぐに代わってくれ、と声に出そうになったがぐっとこらえる。今日の我々機甲鎧魔法騎士団アーマードマジカルナイツはあくまでも物陰からひっそりと団長を見守る事が仕事だ。そもそも、今日はそれぞれが好きにしていいと言う安息日だ。俺の与り知れぬうちに団長は一緒に山村に行かないか、とローズを誘ったのだ。前日、ローズがぽろっと口にした事で初めて知った。俺が誘われなかったのは決して団長から疎まれたり嫌われたりしているからではなく、誘われるよりも前に現実世界リアルで友と久々に街に遊びに行こうと誘われていて、前もって団長にこの日の予定を伝えていたのだ。だから、団長は最初から都合の合わない俺を誘わなかっただけなのだ。お前達も俺と同様、以前からの予定が入っていたので団長から誘われなかったのだろう? こんな事ならフリーの日にしておけばよかった、と後悔の念に苛まされる気持ち、痛い程に分かる。まぁ、団長が誘ってくれれば現実の友との約束なぞ即『外せない予定が入ってしまったからまた今度』と一蹴していただろうがな。今日は友が途中で大学の教授から呼び出しを受けて遊べなくなったので、こうしてここに来れた訳だ。お前達も俺と同じように偶然来れるようになったのだろう? そして、折角だからローズと二人だけの団長のはしゃぐ姿を目に焼き付けようとこうして物陰からひっそりと見守っている。我々がいる時では決して見せないような仕草、そして表情をしかと目に焼き付けるのだぞ、皆の者。おっ、茶屋で暫し休憩をするようだ。団長は三色団子を六本とお茶、保護者はみたらし団子二本とお茶か。ふむふむ、一口頬張り、目を太陽光を跳ね返す水面のように目を輝かせている。そしてもう一口食べて満面の向日葵スマイルだ。それ程までにそこの団子が美味しいのか。そうかそうか。後で我々もあそこで食べてみようではないか。団長を虜にする程の団子、一体どれほどの味なのか検証が必要だ。……む? 何やら団子を眺め、ローズに話し掛けているぞ? ここからだと聞こえんな。こんな事なら【地獄耳】のスキルでも取っておけばよかったな。一通り話し終えたのか、今度はローズが誰かにボイスチャットを始めたな。やはり聞こえん。ボイスチャットをやめて団長と会話をしていると今度はボイスチャットがローズに掛かってきた。何なのだろうか、この微妙なる疎外感は。ボイスチャットも終え、団長とローズが暫し団子を食しているといきなり団長が目を一杯に開いて、笑顔で手を振ったではないか。ローズも立ち上がって会釈している。何故だ? ……あ、あれはオウカではないか。待て皆の者。出て行こうとするな。団長を元気っ子に変えてくれたオウカに一言物申したいのは分かるが今は耐えろ。全ては我々がいる時には決して見せない団長を見る為だ。分かったな? 分かってくれて何よりだ。それにしても、恐らくだが先程のボイスチャットはオウカを呼んだのだろうな。何故呼んだのか分からないが、一緒に山村でも回ろうとでもだから待てと言うとるだろう。恨めしい気持ちは身が裂けるように分かる。分かるから耐えるんだ。そしてこう思え。オウカと一緒の時にしか見せない団長の顔があるかもしれない、と。それを拝めるチャンスなんだぞ? もし我々が出て行ってしまえばオウカが気を利かせて立ち去ってしまうかもしれない。だから耐えるのだ我が同胞達よ。おっと、団長が急いで団子を食べ、喉につっかえてしまった。即座にお茶を渡し、背中を叩いてあげるローズは正に保護者そのものだな。その甲斐甲斐しさから近いうちにオカンの称号を得るかもしれないな。今度は先程よりもペースを下げて団子を食べ……あぁっと、団長がオウカに自分の団子を渡したではないか。しかも皿を持ってではなく団子の串を持った手渡しだ。団長からの手渡し団子を受け取り、オウカはそれを頬張る……羨ま妬ましいぞ……っ! だから出て行こうとするな。今出てしまえば全てがぶち壊しになる。耐えろ。俺も酸に身体を溶かされるような爛れた痛みを必死に我慢しているんだ。お前達の苦しみも分かるから耐えるんだっ。耐えて堪えて堪えて……む? どうやら団子を食べ終えたみたいだな。きちんと手を合わせてごちそうさまをしている。やはり団長は行儀がいいな。一息吐いて、次は何処へと向かうの……待て、団長とローズの前にウィンドウが現れたぞ。二人はそれにタッチして……消えた? 消えただと⁉ 『Log Out』の文字が浮かび上がらなかったからゲームをやめた訳ではないが……ついでオウカも消えた。一体何が起こったのだ? ……そう言えば、オウカはこの前のイベントで入賞し拠点を手に入れている。もしや、二人はオウカの拠点へ行ったのではないか? だとすると、招待されていない我々は今日はこれ以上団長の御姿を見る事が叶わない事に……」 全身にアーマーを纏った機甲鎧魔法騎士団アーマードマジカルナイツの面々は副団長ハイドラの言葉に絶望し、暫し打ちひしがれる事になった。 少しして立ち直り、モミジが笑顔を見せた三色団子を食べるべくよろよろと件の茶屋へと赴くのであった。

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