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ささみ紗々

#3 転校生はお決まりの

「なぁ舜ちゃん転校生だってよ?」

「あぁ、うん」

「女子かな? 女子だといいよなあ〜」

「うーん」

「どしたんだよ、つれないなぁ」

「眠れなくて」

「転校生が楽しみで?」

「……そういうことにしとくよ」

 翌朝。家を出ると、友人の竜太郎が待っていた。こんな寒いのによくもまぁ、と手を挙げると、竜太郎は真っ赤にした鼻をこすって笑った。

 高校二年。思春期真っ盛り。
 毎朝とまではいかないが結構一緒に行くことが多い僕達は、いいのか悪いのか非リアである。……こいつ、顔はいいんだけど。僕と一緒にいすぎるせいか疑惑出てるし。受け止めきれる自信ないよ、僕。


 担任はまだ若い男性教師で、目元のホクロが少々色っぽい。去年も彼にお世話になった。つまり二度目の担任だ。
 生徒と歳が近いからか、なんでも話せる空気感を作ってくれている。見えない配慮が感じられると、僕まで惚れそうだ。

「ほら、席つけー」

 先生はわざと気だるそうに言葉を並べ、口元を隠す。
 新しい服だ。新しいかどうかは知らないが、少なくとも僕達が見たことない服。なにかが始まる朝は、たいてい先生は新しい服を着てくる。

 先生に続けて入ってきた転校生は、黒髪ロングの……って、え。あれ?

「うみちゃん?」

 周りがみんなこっちを見る。何あいつ、知り合い? どういうこと? ヒソヒソとこっちを見ながら話す声が聞こえる。うん、全部聞こえてるよねー。

 やらかした、と口元を引きつらせた僕がうみちゃんの方を向くと、あぁ、案の定。彼女はいかにも迷惑そうに眉間に皺を寄せていた。僕、総攻撃受けてない? 自己紹介する前から団結してどうするの。


「池水 うみです。好きなことは歌うことです。よろしくお願いします」

 淡々と語る彼女の顔は少しの緊張も見せることなく、けれど昨日よりだいぶ柔らかい雰囲気だった。
 ぺこりとお辞儀をしたとき、彼女の艶やかな黒髪が揃って揺れた。男女問わず息が漏れた。


「それにしても……同じ学校だなんて思わなかったよ。年上みたいだったから」

「そう? 年上ならなんで最初からタメ口だったのか気になるところだけど」

「そういうの、気にする人なんだ」

「別に気にはしないけど」

「どっちだよ…」

 僕が苦笑すると、うみちゃんも少しだけ笑った。


 何故かは知らないが、先生は僕の隣にうみちゃんを座らせた。確かに僕は教室の隅っこで、廊下側に隣はいなかったけれど、それにしてもこんな偶然あるだろうか。
 僕の前の席の竜太郎がたまに熱い視線を送っている。……なんか、面白くない。


 月曜の五限、授業が始まる一分前になっても先生はなかなか来ない。そのため僕達はとりあえず席について、おしゃべりを繰り広げている。
 数分前まではうみちゃんの席に人だかりができていて、僕は追いやられそうになっていた。
 人当たりの良さそうな笑顔を浮かべて、うみちゃんは槍のように飛んでくる質問に答える。あぁ、なんだか漫画みたいだ。



「ねぇ、連絡先教えてよ」

「ファッ!?」

 しばし見つめ合うこと数秒。
 廊下の向こうでは知らない顔や知った顔、ついでにおじちゃん先生や巨乳美人が行き来している。大きな声で話す女子達の、時折耳に刺さる甲高い笑い声。これは現実だ。

「いいよ、うん」

「今の間はなに」

「ううん、なんでも?」

 僕達は携帯を取り出してラインを交換する。……うみちゃんのアイコンは有名な絵師のイラスト。僕も知ってる。
『やっとここまで来れた』という意味深なステータスメッセージの意味は、聞かない方が無難だろう。

「ありが……」

 とう、まで言おうとして、隣を向いてやめた。
 だって、え、笑ってる。うみちゃんが! 笑ってる!

「なに」

「いや……」

 元の顔に戻りやがった。




 十二時前。
 課題の途中で寝てしまったようで、広げた英語のプリントにはべったりヨダレが付いている。やっべ。
 しかも解きかけの問題。解答には何を書いてるのかさっぱりの暗号が並ぶ。まるでウジ虫のような字だ。


 息を吐いて携帯を手に取ると、うみちゃんからのラインが一件。

『舜くん起きてる?』

 ……? これは。

『今起きた』
 返信すると、秒で既読がついた。

『は?』

『課題しながら寝てた』

『へぇ』

 なんだこの人。用ないのかな……?

 僕は基本、用のないラインはあまりしない方だ。好きな子なら別だけど……って、いや、僕は別にうみちゃんのことが好きとか、そういう訳じゃない。

『舜くんさ、運命って信じる?』

 どき。

 えーと。うみちゃんは一般論を聞きたいから僕に尋ねてきただけで、僕への純粋な疑問ってわけじゃない、よね。

 タイマーをつけておいたエアコンはもう切れて、部屋の中はだいぶ寒い。しかし、僕の体は熱を帯び始める。


『うーん、わからない』

 当たり障りのない返事をすると、またしても秒で既読がついた。

『だよねえ』


 なんて返せばいいかわからなくて、僕はそのまま迷う。指がキーボードの上を滑るけれど、言葉はうみちゃんの元に届く前に消える。悶々とした中で、画面は更新される。

『ありがと、それだけ!』


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