彼女が俺を好きすぎてヤバい

北西時雨

うまく言えないが、とにかくヤバい。(7・終)

「私、君みたいな人、嫌いなの」
「そうやってちょっかいかけてくるのも、私だけ君をチヤホヤしないからよねェ?」
「華やかなデートをしたり、或いは平穏な家庭を築きたいなら、……私みたいな人とは付き合わない方がいいよ」




 決闘後の夕方。
 教室で独り、本を読んでいるはるかがいた。
 そっと近寄って声をかけると、はるかは急に立ち上がってテンション高めにまくし立ててくる。


つばさくーん! おかえり! さっきの決闘見ててくれたっ?」
「見てたぞ」
「今日の子けっこー強かったーっ! 一分くらいで軽くひねるつもりだったのに、三分かかっちゃったもんぅ」


 そのまま永遠にしゃべり続けそうな勢いだったが、軽く制して口を挟む。


はるか
「なぁに?」
「もう誰もいないぞ」
「んぉ?」


 はるかは奇妙な声をあげて、今までまるで気づいていなかったのか、少々大げさ気味に周りを見渡す。
 そして、教室や廊下の方にも誰もいないのを見て、呟く。


「ホントだ」


 はるかはそう呟いた後、むふー、と言って大きなため息をつき、スッと静かになった。


 言うなれば、はるかは物静かな方が素に近い。


「お疲れさん」
「そうでもないよ」


 はるかは軽く首を振る。
 そして気を取り直したように、先程まで自分が座っていた席に俺を連れていく。


「ま、ま。じゃあここにお座りください」


 そう言って俺に自分の席に座るように促す。俺が座ると、


「お邪魔しまーす」


 と言って、座った俺の膝の上に腰掛け、おもむろに読書を再開した。


「これ、俺なんにもできないんだけど」
「好きなとこ触っていいよ」


 はるかが悪戯っぽく言う。
 そう言われてもな、と思いつつ、腹の方に手を回して抱きしめた。


「つかまったー」
「捕まえた」


 はるかの呟きに囁き返す。
 ふと読んでいる本が気になって尋ねた。


「なに読んでんだ?」
「長時間詠唱の概論及び実践」
「長時間詠唱?」
「一定時間持続して効果が欲しいときに使う魔術だよ。防御とか、雨乞いとかに使うみたい」


 彼女が身振り手振りを交えて説明してくれる。


「私、すぱーっ、ていって、どぉーん、ってのが好きだからさ、こういうのは苦手なんだよね」
「苦手なのに読んでるのか」
「色々できた方がいいときもあるんだヨ。例えばねぇ……」


 はるかはおもむろにページをめくり、あるところで止まった。
 本に書かれた詠唱を始める。


「【風を呼ぶ者】――」


 始めは囁くような声で、次第に抑揚をつけて唱え続ける。
 微かに開けられた窓から微風そよかぜが吹く。風に乗せられた花びらがいくつも舞い込んできて、俺たちの周りをくるくる回る。
 花びらは、はるかの声に呼応するように上下と舞い踊った後、やはり風に乗せられて教室から出ていった。


「綺麗だ」
「ありがとう」


 俺の称賛に、彼女は素直に礼を述べた。


「ところで反省文とレポートは出したのか?」
「出した出した。渾身の力作さァ」
「聞いていいか?」
「なに?」
「どうして夜這いなんて」


 俺の質問に、はるかは憂い気に目を伏せて呟く。


「もたもたしていられないから」
「よそにとられる心配なら、しなくていいぞ」


 はるかと一緒にいるときに話しかけてくる女子は殆どいないし、妙な誘いや文句を言われても断ったりスルーしたりしている。
 黙ったままのはるかに、俺は軽くため息をついて聞く。


「だいたい、いいのか? 女子高生の初めてがそんなんでよー」
「えー? じゃあつばさ君はどんなのならいいと思うの?」
「そうだな……」


 逆に聞き返されて、戸惑いながらも、彼女の肩に顎を乗せて考えながら応える。


「オフシーズンの、誰もいない浜辺で散歩して、寒いとか靴に砂がとか言いながら静かな普通のホテルに泊まって、熱いシャワーを浴びて、夕飯の前に、とか?」


 俺の言葉にはるかが吹き出す。


「ちょっっっ、夢、見すぎ、じゃ」
「聞いたのはそっちじゃねーかよっ」
「妄想力が童貞みたいダゾ、はぁと」
「うるせぇ。事実じゃねえか」


 ……自分で言って悲しくなった。


「ごめんネェ言わせて」
「くぅっ」


 指摘されて余計悲しくなる。
 彼女はころころ笑いながら言った。


「分かった。つばさ君の青春期の思い出のためにも、できる限りの協力をするね」


 そして、こう呟く。


「本当につばさ君は私のことが大好きだなー」


 しみじみ言うはるかに、もう降参だと思いながら噛み締めるように言ってやる。


「あぁ、そうだよ」


 それに対して、はるかからの返事はとても静かな声だった。


「ごめんね、言わせて」


 はるかは、それきり黙って読書を再開する。


はるか
「なあにー?」
「こっち向け」
「なんでー?」
「いいから」


 はるかが本を閉じ、こちらを向く。
 俺は彼女の頬にそっと手を当てて、唇にキスをした。
 ゆっくり顔を離すと、赤くなったはるかが照れ笑いをしながらぼやく。


つばさ君はズルいねェ」
「嫌か?」


 彼女の耳を撫でながら聞くと、首を横に振って囁くような声でこう応えた。


「もう一回」


 そうやって何度か、最終下校のチャイムが鳴るまで、かわいいおねだりに応えてやった。

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