嫌悪感マックスな青春~マジでお前ら近づくな~

黒虱十航

ほどよいアルコール

そもそも、である。今日、こうやって生谷さんが俺を連れ出した動機について考えていなさすぎたのだ。色々な言い訳に納得してしまっていた自分が今になって思うと滑稽である。ただ、別に今に限っていえばそこまで考えるほどの問題でもない。ただ、問題が無いかと聞かれればそれは否である。実際問題、生谷さんが何処かに行ってしまっている訳だし外はもう暗い。夜道を女性1人で歩くというのは少なからず問題が発生する可能性があるのだ。生谷さんのことだからさっきの俺みたいに圧倒的武力の前であっても何とかなるのであろうとは思う。逃げることも容易いだろうし対戦になったときもおそらく勝つだろうとは思う。しかし、世の中には少なからずいるのだ。圧倒的武力を間違った方向に暴走させ、結果的に俺さえかなわないような力を持った輩が。その点において、先ほどの不良はそこまでではなかったといえる。しかし、生谷さんは、女性なのだから言うまでもなく俺より可愛い。むしろ俺を可愛いという輩達の方が間違っている。実際俺、並みの女子の数倍可愛いだろうけど。でもまあ、それはそれ、これはこれだ。
(めんどくせぇ)
声には出さずとも確実に口の中ではそういいかけていた。そもそも俺だって眠いのだ。その中で不良から逃げて生谷さんを1人背負って家に帰ってきたのだし朝早くに起こされた。眠いと思うくらいの権利は会ってもいいと思う。今だってうとうとしているのがいい証拠だ。台所からはその眠気を妨げんとする匂いが漏れ出ていてそのおかげで何とか今も考え続けることが出来る。しかしこれもそろそろ限界が来る。早めに答えを出さなければいけない。
「うわぁぁぁ」
あまりの眠さに欠伸を漏らしながらも一応今後の対策について考えていた。


しかし、俺が一生懸命考えているのにもかかわらず玄関が再び開く音がして何者かが侵入してきた。といっても入ってくる人の心当たりなんて1人しかおらずその1人こそが今俺をこうやって考えさせている張本人である。そのことにイライラしながらも部屋に戻ってくるのをじっくりと待つ。階段を上る音がやけに鮮明に聞こえて生谷さんが近づいているのを確かに感じる。
「ごめん、ごめん。ちょっと用があって外に出ちゃった」
生谷さんは、俺の部屋のドアを開けるなりすぐにそういった。俺がいることを完全に感知していたかのように全く迷いなくそういった。手で何かをもって体の後ろに隠しているがその物が何であるのかは、俺にもわかりかねた。箱に入っていて縦長。しかし、分かるのはそれだけでそれより先の事は一切分からない。まるでそれを目的としているようにいやらしく箱に入ったそれからは、匂いもしなかった。
「いえ、俺としても勝手に家に連れてきたのは悪いと思ってるんで。ただまあ、できれば今回限りにしてほしいですね。そういうのは」
「んー、そうだね。私も勝手に寝ちゃったしこれでお相子ってことでいいよね?」
「いや、それはそれでちょっと強引だと思うんですけど。まあいいです。それでその隠してるものは何なんですか?」
何かすごい気になるしいっその事聞いてみたほうがいい。人というのは好奇心の生き物、とまでは行かないがそれでも気になったことを気になったままにしておくというのは精神衛生上よろしくない。すると生谷さんは、満面の笑みを浮かべた。質問したこと自体は間違ってないといっていいようだ。
「ちょうど妹さんが料理失敗したみたいだしちょっと飲まない? いいワインが手に入ったんだよ」
その言葉が耳に入ったときには、生谷さんがすごく大人に見えた。別にワイン如何こうで言っているから大人に見えたとか大人びているから大人に見えたとかそういうことじゃないしそういう次元の話でもない。端的に言ってしまうなら何千年も生きている仙人のオーラを感じたのだ。
「…………」
「へぇ、未成年じゃないんですか、とは言わないんだ」
「まあ、そりゃ言うべきなんでしょうけど言う気が失せたっていうか」
正確には言う気が失せたんじゃない。言うべきではないと思ったのだ。この人は、未成年ではない。もしくは、特別に許されている。そうでなければここまで堂々といえない。勿論、世界には未成年でも酒をがんがん飲む輩がいるだろう。でも、俺は生谷さんがそういう輩とは別種の存在であると思う。
「なるほど……今回は、成功かどうか。それでは歯車を回させていただきます」
「は?」
一瞬真剣な面持ちで敬語を使って発した言葉の意味を1%すら理解することが出来なかった。この人の行動原理を言うのはそもそも理解が難しい。それは否定できないのだが、それでも1%も理解しきれない、ということは無かった。50%は、理解できたし少しでも理解していれば自分を丸め込むことも容易だった。しかしながら今回ばかりは完全に、100%理解できなかった。
「今のは、どういう」
「――よし、今日は伝手を色々使ってゲットした超レアなワインをあけちゃうからね。ねぇねぇ、なんかゲーム無いの? どうせだったら将棋とかチェスとかそういうのでぼこぼこにしながら飲みたいんだけど」
言葉をさえぎるように俺の唇を押さえた生谷さんは、逆に俺に問うてきた。俺の質問は、聞こうとすらしないということには少し傷つくがそれは逆に言ってしまえばそこがかなり重要であるということなのだろう。
「あー、ゲームってそっちですか。チェスは一応ありますけど」
「ルール分かるよね?」
「あ、まあ」
「じゃあ、チェスやりながら飲もう。グラスも持ってきてあるから」
簡易的に置いてあるテーブルにチェスの盤を置くのが俺でグラスを用意しながら待つのが生谷さん、というとんでもない労働量の差なのだがこちらが格下な訳だし文句は言えない。ただ、まあチェスは超得意だ。テニス以上に得意なのにも理由がある。
「じゃあ、私が先手でいい?」
「そうですね。いいですよ」
生谷さんに先手を譲ってゲームが始まり生谷さんは、ワインの栓を手馴れた手つきで抜いて2つのグラスに綺麗に注いだ。


ワインについて別段詳しいわけではない。飲んだ事がないのは、当然だが未来永劫、飲むことはないだろうと思うほどに遠い存在だった。アルコールに弱いわけじゃない事は既に分かっている。よくあるパッチ検査とやらでアルコールに強いという風に出た。けれども飲んでもビールでこんなおしゃれなお酒を口にすることはないであろうと思っていた。しかし、詳しくない俺でも分かるほどにいいワインが目の前で注がれている。黄金色に染まった液体は、その存在を知っていようが知らなかろうが喉が欲する香りを発している。部屋中に広がったその香りは既に鼻腔に届きフルーティーな味を連想させる。
「じゃあ、始めようか」
そういってから、生谷さんは美しい手つきでこまを動かした。

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