彼女は、オレの人肉を食べて強くなる。
エルフの森に行くまでの道程
しばらく森で過ごすから、エルフ翁に挨拶しに行くと言って、オークたちは馬車をユックリと動かしはじめた。各森にはエルフの長がいる。それがエルフ翁というそうだった。
「人間が木々を伐採するときなどは、必ずこのエルフ翁の許可を得ておるはずじゃ」
と、クレハが教えてくれた。
異世界と言えば、エルフだ。
エルフに会いたいという気持がもたげてくるとともに、こんなことをしていて良いのだろうか……という気持にもなってくる。
母のことが気になってきた。
今朝になってオレがベッドにいないことを知って、心配しているだろう。父が単身赴任でずっと家にいないから、その分、オレはなるべく母を支えたいと思っていた。余計な心配はかけさせたくない。
「なんじゃ。何か不安なことでもあるか」
オレとともに御者台に座るクレハが、そう尋ねてきた。
血の取引が終わってオレの首には、ふたたび首輪がかけられていた。その首から伸びている鎖と、馬の手綱を、クレハは両方にぎっていた。
「母さんのことが、ちょっと気になってさ」
「オヌシ。母親がおるのか」
「そりゃ、いるだろ」
「ふむ」
と、クレハは、何か考えるような顔をしていた。
思えば、クレハには両親ともにいないのだ。無神経なことを言ってしまったかもしれないと思った。
「悪い」
と、謝った。
謝られたことが意外だったようで、クレハはキョトンとした顔をした。クレハは、こうした気の抜けた顔を見せることが多かった。そのあまりに無防備な表情は、とても弱肉強食のトップに立つ種族の顔とは思えなかった。
「別に変な気を使う必要はない。しかしまぁ、親に心配をかけるのは、良くないな」
何か思い当ることがあったのか、クレハは何度もうなずいた。
「イキナリこっちの世界に連れてきたのは、クレハの妖術とやらなんだけどな」
「仕方なかろう。そういう術じゃ」
クレハはスねるようにして、唇をとがらせて言った。
「魔法みたいなものなんだろ。その妖術で、オレから母さんにメッセージを届けるとか出来ないのか?」
「そんな都合の良いことは出来ぬわ」
まぁ、しかし――とクレハは言葉を続けた。
「妖術はただ異世界人を召喚するだけの術であって、オークに何か特別なチカラを与えてくれるものではないからな。じゃが、妖術でオヌシを地球に帰してやろうと思えば、帰せる」
「帰せるのかッ」
クレハが強くオレを引っ張ってきた。おのずとオレは顔をクレハに顔を寄せることになる。亜麻色の髪からたちのぼっている香りが、鼻腔をくすぐった。
「帰せるというだけじゃ。帰すつもりなど、サラサラない」
「そりゃそうか」
こうして鎖でつないでいるぐらいなのだ。帰してもらえるはずがない。母さんに連絡を取るのは諦めるしかなさそうだ。
やがてオレたちの間に会話はなくなった。
馬車はユッタリと進んでいった。いつの間にやら石畳の道は消えていた。馬車では通れないほどの獣道が続いていた。オレたちは馬車を降りて、獣道を進むこととなった。オークたちの頭首だからか、先頭を歩くのはクレハだった。オレはそんなクレハに引っ張られるように歩いていた。
草木が生い茂り、獣道はけわしかった。背丈の低いクレハは進むのに苦労していた。こういうときはカムイのような大きな男が先頭を歩けば良いのに。カムイならば、この程度の草木はたやすく踏み分けて進めるだろう。
後ろを振り返って、カムイの姿を探した。だが、他のオークたちの姿が見えるばかりで、カムイの姿は確認できなかった。
「ホントウにこの先に、エルフ翁がいるのかよ」
「うむ。間違いない」
「じゃあ、先頭はオレが歩くよ」
「うにゅ?」
と、例によってクレハは稚拙な声音で、首をかしげた。クレハは不意を突かれると、そうした幼稚な態度を見せる癖があるようだった。
「ほら、草で肌が切れるだろ」
ブリオーによって足元はちゃんと隠されていた。だが腕は露出していた。草木はクレハの顔にまで簡単に届いていたし、このままだと、そのキレイな顔にも傷がつきかねなかった。
「どうしてオヌシが、先頭を歩く必要がある?」
「そのほうが効率がいいじゃないか。オレのほうが身長は高いんだし」
オレなら草ぐらいは簡単に踏み分けられる。チカラや体力ならクレハのほうが上だろうが、足の長さならオレのほうがある。このぐらいの気遣いは、出来てトウゼンじゃないかという非難の意味も込めて、後ろのオークたちにも聞こえるように、大きな声でそう言った。
「ほら。逃げたりしないから」
と、オレはクレハを背負うことにした。
背中にクレハのつつましい胸の感触があった。抱え持った手には、クレハの細くてやわらかいフトモモの感触があった。
「オヌシ。我らに食われるという意識がないのか?」
背中から、あきれたようなクレハの声があった。
けれど、クレハは素直にカラダをあずけていた。
「それぐらいわかってるけど、なんで?」
「自分を食おうとする相手を、ふつうは助けたりせんと思うがなぁ」
「女の子が四苦八苦してたら、男だったらふつうは助けるんだよ」
クレハのことを健気だと感じたのだ。
両親もなく、寄る辺もない。そんなクレハはこの小さなカラダで、オークたちをまとめて、先陣を切っているのだ。何を食べて生きているのか――なんて、どうでも良く思えるのだった。そして、オレが少し手を貸すだけで、クレハのチカラになるのであれば、助けるのがホントウな気がしたのだ。
「なかなか気の利く家畜じゃな」
と、クレハは言った。
その言葉には、愛情のようなものが含まれているように思えた。クレハの頭がやわらかくオレの背中に預けられるのを感じた。
「食うよりも、生かしておいたほうが、オレの使い道はあるかもしれないぜ」
「食う以上の価値を、オヌシには見いだせぬな」
「そうハッキリ言われると、へこむなぁ」
だが、クレハの言う通りかもしれなかった。
頭がいいわけでもなく、運動も苦手。容姿に恵まれたわけでもなく、才能があるわけでもない。
しかし、食われるならば――。
ただ、食われるというだけで、神になれる。
「たしかに、オレみたいなヤツは、食われたほうがいいのかもなぁ」
「なんじゃ、おセンチになったか」
「ちょっとな」
「くんくん」
と、背中にいるクレハはオレの首筋に鼻を押し当ててきた。
「あんまり臭うなよ。汗かいてるんだから、恥ずかしいだろ」
「いい匂いじゃ。こうして背負われていると、頭がオカシクなりそうじゃ」
「他のオークが見てるけど、いいのかよ」
「背負ったのはオヌシじゃ。これは不可抗力じゃろ」
他のオークたちが、嫉妬の目でオレとクレハのことを見ているのがわかった。
獣道はさらに険しくなっているようだった。オレが両手を回しても抱えきれなさそうな巨木が、大量に生えているのだった。木の根っこがアチコチの土を盛り上げていて、足場を悪くしていた。
「人間が木々を伐採するときなどは、必ずこのエルフ翁の許可を得ておるはずじゃ」
と、クレハが教えてくれた。
異世界と言えば、エルフだ。
エルフに会いたいという気持がもたげてくるとともに、こんなことをしていて良いのだろうか……という気持にもなってくる。
母のことが気になってきた。
今朝になってオレがベッドにいないことを知って、心配しているだろう。父が単身赴任でずっと家にいないから、その分、オレはなるべく母を支えたいと思っていた。余計な心配はかけさせたくない。
「なんじゃ。何か不安なことでもあるか」
オレとともに御者台に座るクレハが、そう尋ねてきた。
血の取引が終わってオレの首には、ふたたび首輪がかけられていた。その首から伸びている鎖と、馬の手綱を、クレハは両方にぎっていた。
「母さんのことが、ちょっと気になってさ」
「オヌシ。母親がおるのか」
「そりゃ、いるだろ」
「ふむ」
と、クレハは、何か考えるような顔をしていた。
思えば、クレハには両親ともにいないのだ。無神経なことを言ってしまったかもしれないと思った。
「悪い」
と、謝った。
謝られたことが意外だったようで、クレハはキョトンとした顔をした。クレハは、こうした気の抜けた顔を見せることが多かった。そのあまりに無防備な表情は、とても弱肉強食のトップに立つ種族の顔とは思えなかった。
「別に変な気を使う必要はない。しかしまぁ、親に心配をかけるのは、良くないな」
何か思い当ることがあったのか、クレハは何度もうなずいた。
「イキナリこっちの世界に連れてきたのは、クレハの妖術とやらなんだけどな」
「仕方なかろう。そういう術じゃ」
クレハはスねるようにして、唇をとがらせて言った。
「魔法みたいなものなんだろ。その妖術で、オレから母さんにメッセージを届けるとか出来ないのか?」
「そんな都合の良いことは出来ぬわ」
まぁ、しかし――とクレハは言葉を続けた。
「妖術はただ異世界人を召喚するだけの術であって、オークに何か特別なチカラを与えてくれるものではないからな。じゃが、妖術でオヌシを地球に帰してやろうと思えば、帰せる」
「帰せるのかッ」
クレハが強くオレを引っ張ってきた。おのずとオレは顔をクレハに顔を寄せることになる。亜麻色の髪からたちのぼっている香りが、鼻腔をくすぐった。
「帰せるというだけじゃ。帰すつもりなど、サラサラない」
「そりゃそうか」
こうして鎖でつないでいるぐらいなのだ。帰してもらえるはずがない。母さんに連絡を取るのは諦めるしかなさそうだ。
やがてオレたちの間に会話はなくなった。
馬車はユッタリと進んでいった。いつの間にやら石畳の道は消えていた。馬車では通れないほどの獣道が続いていた。オレたちは馬車を降りて、獣道を進むこととなった。オークたちの頭首だからか、先頭を歩くのはクレハだった。オレはそんなクレハに引っ張られるように歩いていた。
草木が生い茂り、獣道はけわしかった。背丈の低いクレハは進むのに苦労していた。こういうときはカムイのような大きな男が先頭を歩けば良いのに。カムイならば、この程度の草木はたやすく踏み分けて進めるだろう。
後ろを振り返って、カムイの姿を探した。だが、他のオークたちの姿が見えるばかりで、カムイの姿は確認できなかった。
「ホントウにこの先に、エルフ翁がいるのかよ」
「うむ。間違いない」
「じゃあ、先頭はオレが歩くよ」
「うにゅ?」
と、例によってクレハは稚拙な声音で、首をかしげた。クレハは不意を突かれると、そうした幼稚な態度を見せる癖があるようだった。
「ほら、草で肌が切れるだろ」
ブリオーによって足元はちゃんと隠されていた。だが腕は露出していた。草木はクレハの顔にまで簡単に届いていたし、このままだと、そのキレイな顔にも傷がつきかねなかった。
「どうしてオヌシが、先頭を歩く必要がある?」
「そのほうが効率がいいじゃないか。オレのほうが身長は高いんだし」
オレなら草ぐらいは簡単に踏み分けられる。チカラや体力ならクレハのほうが上だろうが、足の長さならオレのほうがある。このぐらいの気遣いは、出来てトウゼンじゃないかという非難の意味も込めて、後ろのオークたちにも聞こえるように、大きな声でそう言った。
「ほら。逃げたりしないから」
と、オレはクレハを背負うことにした。
背中にクレハのつつましい胸の感触があった。抱え持った手には、クレハの細くてやわらかいフトモモの感触があった。
「オヌシ。我らに食われるという意識がないのか?」
背中から、あきれたようなクレハの声があった。
けれど、クレハは素直にカラダをあずけていた。
「それぐらいわかってるけど、なんで?」
「自分を食おうとする相手を、ふつうは助けたりせんと思うがなぁ」
「女の子が四苦八苦してたら、男だったらふつうは助けるんだよ」
クレハのことを健気だと感じたのだ。
両親もなく、寄る辺もない。そんなクレハはこの小さなカラダで、オークたちをまとめて、先陣を切っているのだ。何を食べて生きているのか――なんて、どうでも良く思えるのだった。そして、オレが少し手を貸すだけで、クレハのチカラになるのであれば、助けるのがホントウな気がしたのだ。
「なかなか気の利く家畜じゃな」
と、クレハは言った。
その言葉には、愛情のようなものが含まれているように思えた。クレハの頭がやわらかくオレの背中に預けられるのを感じた。
「食うよりも、生かしておいたほうが、オレの使い道はあるかもしれないぜ」
「食う以上の価値を、オヌシには見いだせぬな」
「そうハッキリ言われると、へこむなぁ」
だが、クレハの言う通りかもしれなかった。
頭がいいわけでもなく、運動も苦手。容姿に恵まれたわけでもなく、才能があるわけでもない。
しかし、食われるならば――。
ただ、食われるというだけで、神になれる。
「たしかに、オレみたいなヤツは、食われたほうがいいのかもなぁ」
「なんじゃ、おセンチになったか」
「ちょっとな」
「くんくん」
と、背中にいるクレハはオレの首筋に鼻を押し当ててきた。
「あんまり臭うなよ。汗かいてるんだから、恥ずかしいだろ」
「いい匂いじゃ。こうして背負われていると、頭がオカシクなりそうじゃ」
「他のオークが見てるけど、いいのかよ」
「背負ったのはオヌシじゃ。これは不可抗力じゃろ」
他のオークたちが、嫉妬の目でオレとクレハのことを見ているのがわかった。
獣道はさらに険しくなっているようだった。オレが両手を回しても抱えきれなさそうな巨木が、大量に生えているのだった。木の根っこがアチコチの土を盛り上げていて、足場を悪くしていた。
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