彼女は、オレの人肉を食べて強くなる。

執筆用bot E-021番 

エルフの森に行くまでの道程

 しばらく森で過ごすから、エルフ翁に挨拶しに行くと言って、オークたちは馬車をユックリと動かしはじめた。各森にはエルフの長がいる。それがエルフ翁というそうだった。


「人間が木々を伐採するときなどは、必ずこのエルフ翁の許可を得ておるはずじゃ」
 と、クレハが教えてくれた。


 異世界と言えば、エルフだ。


 エルフに会いたいという気持がもたげてくるとともに、こんなことをしていて良いのだろうか……という気持にもなってくる。


 母のことが気になってきた。


 今朝になってオレがベッドにいないことを知って、心配しているだろう。父が単身赴任でずっと家にいないから、その分、オレはなるべく母を支えたいと思っていた。余計な心配はかけさせたくない。


「なんじゃ。何か不安なことでもあるか」
 オレとともに御者台に座るクレハが、そう尋ねてきた。


 血の取引が終わってオレの首には、ふたたび首輪がかけられていた。その首から伸びている鎖と、馬の手綱を、クレハは両方にぎっていた。


「母さんのことが、ちょっと気になってさ」
「オヌシ。母親がおるのか」


「そりゃ、いるだろ」
「ふむ」
 と、クレハは、何か考えるような顔をしていた。


 思えば、クレハには両親ともにいないのだ。無神経なことを言ってしまったかもしれないと思った。


「悪い」
 と、謝った。

 謝られたことが意外だったようで、クレハはキョトンとした顔をした。クレハは、こうした気の抜けた顔を見せることが多かった。そのあまりに無防備な表情は、とても弱肉強食のトップに立つ種族の顔とは思えなかった。


「別に変な気を使う必要はない。しかしまぁ、親に心配をかけるのは、良くないな」
 何か思い当ることがあったのか、クレハは何度もうなずいた。


「イキナリこっちの世界に連れてきたのは、クレハの妖術とやらなんだけどな」
「仕方なかろう。そういう術じゃ」


 クレハはスねるようにして、唇をとがらせて言った。


「魔法みたいなものなんだろ。その妖術で、オレから母さんにメッセージを届けるとか出来ないのか?」


「そんな都合の良いことは出来ぬわ」


 まぁ、しかし――とクレハは言葉を続けた。


「妖術はただ異世界人を召喚するだけの術であって、オークに何か特別なチカラを与えてくれるものではないからな。じゃが、妖術でオヌシを地球に帰してやろうと思えば、帰せる」


「帰せるのかッ」


 クレハが強くオレを引っ張ってきた。おのずとオレは顔をクレハに顔を寄せることになる。亜麻色の髪からたちのぼっている香りが、鼻腔をくすぐった。


「帰せるというだけじゃ。帰すつもりなど、サラサラない」
「そりゃそうか」


 こうして鎖でつないでいるぐらいなのだ。帰してもらえるはずがない。母さんに連絡を取るのは諦めるしかなさそうだ。


 やがてオレたちの間に会話はなくなった。


 馬車はユッタリと進んでいった。いつの間にやら石畳の道は消えていた。馬車では通れないほどの獣道が続いていた。オレたちは馬車を降りて、獣道を進むこととなった。オークたちの頭首だからか、先頭を歩くのはクレハだった。オレはそんなクレハに引っ張られるように歩いていた。


 草木が生い茂り、獣道はけわしかった。背丈の低いクレハは進むのに苦労していた。こういうときはカムイのような大きな男が先頭を歩けば良いのに。カムイならば、この程度の草木はたやすく踏み分けて進めるだろう。


 後ろを振り返って、カムイの姿を探した。だが、他のオークたちの姿が見えるばかりで、カムイの姿は確認できなかった。


「ホントウにこの先に、エルフ翁がいるのかよ」
「うむ。間違いない」

「じゃあ、先頭はオレが歩くよ」
「うにゅ?」


 と、例によってクレハは稚拙な声音で、首をかしげた。クレハは不意を突かれると、そうした幼稚な態度を見せる癖があるようだった。


「ほら、草で肌が切れるだろ」


 ブリオーによって足元はちゃんと隠されていた。だが腕は露出していた。草木はクレハの顔にまで簡単に届いていたし、このままだと、そのキレイな顔にも傷がつきかねなかった。


「どうしてオヌシが、先頭を歩く必要がある?」
「そのほうが効率がいいじゃないか。オレのほうが身長は高いんだし」


 オレなら草ぐらいは簡単に踏み分けられる。チカラや体力ならクレハのほうが上だろうが、足の長さならオレのほうがある。このぐらいの気遣いは、出来てトウゼンじゃないかという非難の意味も込めて、後ろのオークたちにも聞こえるように、大きな声でそう言った。


「ほら。逃げたりしないから」
 と、オレはクレハを背負うことにした。


 背中にクレハのつつましい胸の感触があった。抱え持った手には、クレハの細くてやわらかいフトモモの感触があった。


「オヌシ。我らに食われるという意識がないのか?」


 背中から、あきれたようなクレハの声があった。
 けれど、クレハは素直にカラダをあずけていた。


「それぐらいわかってるけど、なんで?」
「自分を食おうとする相手を、ふつうは助けたりせんと思うがなぁ」


「女の子が四苦八苦してたら、男だったらふつうは助けるんだよ」
 クレハのことを健気だと感じたのだ。


 両親もなく、寄る辺もない。そんなクレハはこの小さなカラダで、オークたちをまとめて、先陣を切っているのだ。何を食べて生きているのか――なんて、どうでも良く思えるのだった。そして、オレが少し手を貸すだけで、クレハのチカラになるのであれば、助けるのがホントウな気がしたのだ。


「なかなか気の利く家畜じゃな」
 と、クレハは言った。


 その言葉には、愛情のようなものが含まれているように思えた。クレハの頭がやわらかくオレの背中に預けられるのを感じた。 


「食うよりも、生かしておいたほうが、オレの使い道はあるかもしれないぜ」
「食う以上の価値を、オヌシには見いだせぬな」


「そうハッキリ言われると、へこむなぁ」
 だが、クレハの言う通りかもしれなかった。


 頭がいいわけでもなく、運動も苦手。容姿に恵まれたわけでもなく、才能があるわけでもない。
 

 しかし、食われるならば――。
 ただ、食われるというだけで、神になれる。 


「たしかに、オレみたいなヤツは、食われたほうがいいのかもなぁ」
「なんじゃ、おセンチになったか」


「ちょっとな」
「くんくん」
 と、背中にいるクレハはオレの首筋に鼻を押し当ててきた。


「あんまり臭うなよ。汗かいてるんだから、恥ずかしいだろ」
「いい匂いじゃ。こうして背負われていると、頭がオカシクなりそうじゃ」


「他のオークが見てるけど、いいのかよ」
「背負ったのはオヌシじゃ。これは不可抗力じゃろ」


 他のオークたちが、嫉妬の目でオレとクレハのことを見ているのがわかった。


 獣道はさらに険しくなっているようだった。オレが両手を回しても抱えきれなさそうな巨木が、大量に生えているのだった。木の根っこがアチコチの土を盛り上げていて、足場を悪くしていた。

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