高欄に佇む、千載を距てた愛染で

本宮 秋

追慕

   第一話

木々が生い茂る中に、清らかな川が流れる。白波が立つことのない平瀬の清流。
川底の水草が、流れに漂う様に静かに。

その川に架かる古びた橋。

遥か昔に作られた風情のある橋。

名は……

 “ 愛染《あいぜん》橋 ” 

作られた年月は確認出来ない程、朽ちている。橋を支える両岸のコンクリートも崩れ掛け、コンクリートの中に埋もれている石の多さに古い時代に作られた橋だと言う事を認識させられる。

地名とも所縁が無いのに、愛染橋とは。

かつては、町と町を結ぶ橋の様だったが今は、その町すら消え山の中の寂しい橋。
車一台が、やっと通れる位の小さく細い愛染橋。

何故か、引き寄せられるように……

橋の真ん中で崩れ落ちそうな欄干越しに川を覗く。
何故この場所に、惹かれたのか……

橋を後にしようと……

背後に気配の様な……
ただ、嫌な感じでは無い。
無論霊感がある訳でも無く。
振り返って見ても何も無い、
誰も居ない。
不思議な感覚を覚えたまま、愛染橋を後にした。

その夜。
夢を見た。
とても夢には思えない現実的なもの。
その夢には、自分は登場していない。
俯瞰で、見ているだけの夢だった。

 “ 愛染橋 ”

それだけは、はっきりと分かった。

ただ今日見た愛染橋の風景とは、違った。橋には女子高生? しかし雰囲気が、ひと昔いや、それ以上昔の感じ。
オーソドックスなセーラー服。膝下までの長いスカート、地味な髪型。所謂、昭和時代そのまま。
そこに背の高めな男子高校生らしき人物。二人の雰囲気は良かった。恋人同士の様。
俯瞰で見ている自分は、その二人を静かに見守っているだけ……

「高校卒業後は、働くんだよね? 遠い所だよね? 」
女子高生が訊く。

「働かないとね、進学したいけど親父が病気だから…… 妹もいるし。親には負担かけたくないからな」

「じゃあ…… 卒業後は離れ離れ…… か〜〜。嫌だな。私も進学辞めて一緒に行こうかな」

「進学させて貰えるなら、大学行けよ! 勉強好きだろ? 」

「好きでは、ないよ。こんな田舎じゃ他にする事ないから」

「確かに離れるのは辛いけど…… しょうがないか。でも会えなくなる訳じゃ無いし、そんな簡単な気持ちで付き合ってる訳じゃ無いし。少しの辛抱だろ」

「うん。でも不安。忘れられそうで」

「お前こそ大学に行った途端、俺の事なんて…… 高卒の男じゃ」

「関係ないよ。私はずっと待ってるよ。
またいつか…… こんな風に居られる事を」

夕焼けの空の下、淡い青春模様。


夢のせいか、場面が瞬時に切り変わる。

冬⁈
いや、春の初め。

場面が変わったと思っていたが、季節が変わっただけだった。
同じ橋の上。

あの男女が、居た。
その感じから卒業式の後の様。

「やっぱり離れたくない」
女子高生が俯きながら言う。

「俺だって。でも大丈夫。会いに行くから。金稼いで、なるべく早くに」

「お願い…… 変わらないでね! ずっとだよ。私も、ずっと好きでいるから」

「当たり前だろ! ちゃんと迎えに行くから、待ってろよ!
大学で軽い感じの男に、いい顔すんなよ」

「しないよ。ずっと今の気持ちのままでいるから…… 約束! 」


今時の高校生に比べたら幼く、お互いにシャイで。
でも余りにも純情な姿に、引き込まれてしまった。

二人は、手を繋ぐだけの愛情表現。
それだけでもお互いドキドキしてる様が、こちらにも伝わって来た。

……


若くして社会に揉まれたあの男子高校生は、すっかり大人びた雰囲気になっていた。
一年後? 二年後?
それくらいの時間経過に思われた。

春先に故郷に戻って来た様だった。
あの “愛染橋” で、待ち合わせ?

田舎の女子高生が、すっかり綺麗な大学生に変わっていた。
ただ……
彼女の表情が、暗かった。

「大丈夫か? 何か俺に出来る事は、無いのか? 」
男が訊く。

「何とか、大丈夫。わざわざ来てくれてありがとう。忙しいのに…… 」

「突然で、驚いたけど。まさかあの元気だったお前の親父さんが…… 」

「しょうがないよ。こればっかりは運命だから…… 」

「こんな事が無ければ、お前と…… また 付き合おうと、考えていたけど。もう少し時間を置こうか」

「ごめんね。私も、その気持ちは変わって無いよ。ただ…… 少し、もうちょっとだけ時間くれる? 私もいきなり、お父さんがいなくなって…… ショックというか。
こんな事になったのに、私だけ幸せには…… 」

「そうだな。落ち着いたら考えよう」
男が、話を続ける。
「だいぶ変わったな、この辺り。すっかり寂れた。この橋と橋から見る川だけだな! 変わってないのは」

「なんか、懐かしく感じる。いつもこの橋から夕陽を見てたよね」

「そうだな。見てたな夕陽。夕陽も変わってないかな? 」


それが、あの高校生時代の気持ちのままでいた最後の言葉だった。

         第一話      終

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