スキルイータ

北きつね

第百四話

/*** カズト・ツクモ Side ***/

 解散となったはずなのに、俺は椅子から降りられない。

 ミュルダ老とシュナイダー老がにこやかに笑って”少しお待ち下さい”と言ってきているからだ。

 皆が退出したのを確認してから、ミュルダ老とシュナイダー老とヨーンが、俺の足元に近づいてきた。

「ツクモ様。さて、ゆっくりお話をしましょう。まずは、場所を執務室に移動しましょうか?」
「わかった。ミュルダ老。その前に、クリス!」

「はっはい」

 後ろで小さくなっていたクリスに声をかける。

「9人の名前は決まったか?」
「決まっています」
「わかった。名前を変えていこう」
「はい!それで、カズトさん。僕の名前も変えて欲しいのだけどいいですか?」

 ミュルダ老を見るが問題ないようだ。

「わかった。それでどうする?」

 クリスは、クリスティーネ・ミュルダ・ペネムという名前にしたいようだ。ペネムを家名に入れるのは、問題ないだろうか?
 ミュルダ老やシュナイダー老が居るので意見を求めるが問題ないという認識を示す。問題ないのなら希望通りの名前にする。他の者も、家名を”ペネム”で統一したいようだ。いいのかな?とは思ったが、問題ないと説明されたので、そのまま受け入れた。
 俺の感覚でいうミドルネームの部分に出身地を示す街名を入れる事になっている。
 名前は、クリスと皆で考えていたようだ。

ルートガー・サラトガ・ペネム
 元サラトガ領主の息子で、今年16歳になる。まとめ役のような立場のようだ。

ヴィマ・アンクラム・ペネム
ヴィミ・アンクラム・ペネム
 元アンクラム領主の二人の娘だ。
 似たような名前だけど、本人が喜んでいるからそれでいいだろう。元々の名前を短くしただけだが、印象がだいぶ違ってくる。

イェレラ・ショナル・ペネム
 ルートガーの腹心的な立ち位置になっている。
ラッヘル・ショナル・ペネム
 女児だが農業の知識がありペネムの管理でも役立っている。
ヨナタン・ショナル・ペネム
 女児で1番の年下、皆の妹的な存在になっている
イェルン・ショナル・ペネム
 男児で、文字や計算の覚えが1番良く既に教育を受けていた元アンクラム領主の娘たちよりも勉強面では優れている
ロッホス・ショナル・ペネム
 男児で幼いながら脳筋の雰囲気が出始めている
イェドーア・ショナル・ペネム
 下から二番目で皆の弟

 クリスが説明を加えながら俺に紹介する。その後、本人に確認してから名前を変更していく。

 全員の変更が終了した。
 実験区で確認したのだけど、名前に関しては、”偽装解除”ができない。もとに戻すには、もう一度元の名前で偽装するしか無いようだ。これも、スーンが言っていた、継続実験の一つだ。変えたばかりのときには、偽装解除で元に戻るが、いつの間にか解除不可能になってしまう。時間なのか、なにかのトリガーが有るのかを調べてもらっている。

 10名揃って立ち上がって、俺に頭を下げて礼を言ってくる。
 クリスが先頭になって部屋から出ていこうとしたが、シュナイダー老が
「少し待て。ペネムダンジョンの事での話もある。クリスティーネ殿だけでも残って欲しい」

 ミュルダ老も承知しているようだ。
 実際には、ペネムだけが残れば俺が話できるからいいのだけど、上層部は”クリスが管理している”事を知っている。

 クリスだけでは不安だという事で、ルートガーも残る事になった。
 そして、なぜかルートガーから俺が睨まれる。まぁサラトガの領主を殺したのは俺のようなものだしな。思う所が有っても仕方がないのだろう。
 他の8名は途中まで一緒に移動して、執務室の近くで待機している事になった。
 ヨーンが先頭にたって移動していく。

 俺は、新しい名前になった8名と一緒に移動する。

 移動している最中に、下から二番目のイェドーアが俺の袖を引っ張る。
「どうした?」
「ツクモ様。ルート兄を悪く思わないで下さい」
「別に悪くなんて思わないから安心しろ」
「ありがとうございます」

 ちょこんと頭を下げる。

「ツクモ様。イェドーアが心配しているのは、ルートが・・・」

 ここで急に小声になった。

「ルートは、クリス様に惚れていて、1番の難敵が、ツクモ様なので、警戒しているのです」
「はぁ?俺?」
「はい。クリス様は、ことあるごとに、ツクモ様の事を褒め称えるので、感謝しつつも面白くないのです」
「へぇ・・・そうか、クリスは気がついているのか?」
「どうでしょうか?ルートの気持ちは・・・あまりにも露骨なので・・・俺たちは気がついていますが・・・本人は隠せていると思っているみたいなのですよ」
「それじゃしっかり応援しないとな?」
「え?よろしいのですか?」
「どういう事?」
「いえ、リーリア殿やナーシャ殿は、クリス様をツクモ様の正妻にと考えていらっしゃましたよ?」
「ないない。確かにクリスは可愛いと思うけど、正妻とか考えたことはないよ」
「そうなのですか・・・ツクモ様。すごく無礼な話ですが、もし、万が一ですが、ルートがクリス様との婚姻を望んだ場合どうされますか?」
「ん?クリスがOKだせば、俺は許可するよ?そもそも、俺の許可って必要なのか?」

 え?ここでため息?
 俺、イェレラになにか心配されることを言ったか?

「ツクモ様。クリス様は、ツクモ様の眷属ですよね?」
「あぁそうだな」
「僕たちは、そんなクリス様の眷属兼従者です」
「あぁそうなるな」
「まだおわかりになりませんか?」
「ん?」

「(リーリア殿やナーシャ殿がおっしゃっていたとおりなのですね)あのですね。ツクモ様、私などがこんな事を言うのはおかしいとは思いますし、無礼だとは思います。しかし、あえて言わせて下さい」
「あぁ構わない。何かおかしかったら言ってくれ」

 何度目かのため息の後で

「ツクモ様。クリス様はじめ、私たちの主であり、父親なのです。だから、婚姻の許可はツクモ様に求める事になります」
「あぁそういう事なら、わかった。別に反対するつもりもない。俺は、無理矢理が嫌いなだけで、お互いが納得しているのなら、反対はしないし、祝福するから安心しろ」
「わかりました・・・」

 まだなにかありそうなのだが、残念ながら、執務室に到着してしまった。

「イェレラ。今度、ゆっくり話をしよう。俺も、同い年位の男性と話がしたいからな」
「わかりました」

 一礼して、隣室に8名を率いて入っていく。
 誰に教えられたのかわからないけど、考えもしっかりしているし、クリスの下にもいい人材が育っているな。

 そういう意味では、俺の回りも”イエスマン”だけになっていないのは良い事だろうな。
 俺も注意しないとな。今後、街の規模が大きくなっていくと、耳障りの良い事だけを言ってくる奴も増えるだろうけど、そんなやつよりは、小言に聞こえても、しっかりと意見をくれる者の話をしっかりと聞かないとな。

 執務室に入る。
 俺が真ん中の椅子に座って、スーンは俺の後ろに立つ。

 右側には、ミュルダ老とシュナイダー老が座っている。左側には、ヨーンとゲラルトとクリスが座って、クリスの後ろにルートが立っている。ソファーには余裕があるので、ルートにも座るように言ったが、”自分はクリス様の従者ですので、ここでお願いします”と言われてしまって、現在のような状態になっている。

 タイミングを見計らっていたのだろう、リーリアとレナータが飲み物と軽くつまめるものと、ヨーンの前には”食事”が用意された。
 俺の前には、コーヒーだけだ。それぞれ好きな飲み物が用意されているようだ。会議ではないので、好みの物を出すようだ。

「ツクモ様。リヒャルトから連絡が来たのですが、バトルホースを繁殖させるとお聞きしましたが?」

 まずは、バトルホースの話か?

「あぁそのつもりだ。それに、ライの眷属になっているから、従順にもなると思うぞ」
「!!」

 ヨーンが身を乗り出してきた。

「旦那!それ、俺たちにも!?」

 ヨーンたち初期に来た獣人族・・・居住区に住んでいる者たちは、非公式の場所だと、俺の事を”旦那”と呼ぶ者が多い。俺も、別に不快でもないし、身内感が出て好きなので許している。

「シュナイダー老。どうしたらいい?リヒャルトには、”貸出”で考えるとは言っておいたが、幹部や一部の者には融通してもいいと思うけどな」
「ツクモ様のお許しが出るのなら、行政区。居住区。神殿区。宿区。ミュルダ区。サラトガ区。アンクラム区で所有する様にできれば良いと思っておる。繁殖も、お許しいただけるのなら、その範囲で行う事にしていただけると助かります」
「いいよ。配分とか決めて、後で申請して、そういう事だから、ヨーンもいいよな」
「もちろんです!」

 バトルホースに関しては、それほど大きな問題は無いようだ。
 繁殖も区で自主的に行える所は、自分の所で行って、そうじゃない所は、ダンジョン内で繁殖管理を行う。ギュアンとフリーゼに委託する形になる。ギュアンとフリーゼへの確認は明日になると思うが、本人たちが別にやりたい事が有るようなら、繁殖はクリスたちの役目にしてしまえばいい。

「それで?」

 まずは、事務的な事として、本日の会議のまとめをスーンが行うので、後で確認して欲しいという事だ。
 決まった事や繰り越したことなどをわかりやすくまとめてくれるという事だ。

「ツクモ様。今回の件は」
「すまないとは思っているが、1番勝率が高い方法を取ったまでだ」
「わかっております。わかっておりますが、御身だけでの行動はお控え下さい」
「わかった。わかった。でも、カイとウミとライが一緒だったし、エリンも一緒だったのだけどな」
「ツクモ様。カイ様達の実力は嫌という程わかっております。わかっておりますが、ツクモ様の場合、ステータスを偽装されています」
「そうだな」
「それが悪いとはいいませんが、抑止力になりません」

 あぁそうか、シロ達も最初俺のことを鑑定して舐めきっていた様子だったからな。
 鑑定のスキル持ちが居ることを想定しておかないとダメなのだろうかな?

「わかった。抑止力になるような護衛を付けていけという事だろう?」
「はい。これから、獣人や魔物だけではなく、人族も支配下に入ってきます。ご配慮いただければ幸いです」
「お!そういう事なら」
「ヨーン殿?貴殿たち長が護衛についてどうする?」

 護衛については、信頼できる事という大前提がある為に、あまりいいアイディアが出てこない。

『大主様』
「ん?スーンなんだ?」

 しまった、普通に話しかけてしまった。

「大主様。皆様、発言をお許し下さい」

 スーンが一礼して話始める。
 ヒルマウンテンに住んでいたのは、竜族だけではなく、アンクラムに近いヒルマウンテンの洞窟に、吸血鬼の一族が住んでいて、その者たちが、俺に恭順の意思がある事を、古い知り合いのスーンに伝えてきたという事だ。

「スーン殿?それは、ティア族の事か?」
「たしか、ティアという家名を使っていたと思います」
「ツクモ様!この話を進めましょう。竜族ほどではありませんが、吸血鬼一族が軍門に下ったとなれば、他の種族も従うかも知れません。その上、護衛についてもらえれば抑止力としては最高です」

 どうやら、この世界の吸血鬼は日中でも活動可能で、増えるのは血の契約のみだという事だ。
 実際には、血の契約時に吸血行為をするだけで、それ以外は一般の人族と代わりがないという事だ。

 いったん護衛の件は保留としたが、吸血鬼が訪ねてくると言っているので、許可を出す事にした。その上で護衛を任すことができるのかを考える事にした。
 眷属化を受け入れた者に俺の護衛を任せる事になるのだと思う。

 同じ様に、いくつかの種族が恭順を望んでいるという事だ。アトフィア教の撃退が大きなきっかけになったようだ。

 次は、俺からのお願いとしてゲラルトに、馬具の作成が可能化聞いた。
 作るのは問題ないが、初めて作る物だからどうなるかわからないという返事だ。それで問題はないので、作ってもらう事に決まった。実験と調整はヨーンが担当する事になった。
 馬具の実験の為に、バトルホースを一頭ヨーンが預かる事も決まった。すごく、すごく嬉しそうにしていた。

 シロに関しても質問が飛んだが、俺の客人扱いで押し通した。時間が有るときに、話をして今後のことを決定する事も説明した。
 ミュルダ老とシュナイダー老・・・もしかしたら、ゲラルトとルートは、多分シロの正体に気がついているが、俺の客人という事で納得してもらった、

 ミュルダ老とシュナイダー老とゲラルトの要望として、ダンジョンの難易度を落とせないかという事だが、却下した。クリスの後ろに立つルートも、俺の意見に賛成だ。

「ルート。なぜそう思う?」
「私ですか?」
「クリスに言わせてもいいが、お前の考えが聞きたい」
「はい。ご命令とあらば・・・まず・・・」

 うん。サラトガでダンジョンを見てきただけは有る。
 的確に、ペネムダンジョンの問題点を告げている。そして、全面的に正論だ。

 俺も感じていたことだけど、安全方向になりすぎている。そして、商業区や商隊が楽を考え始めている。
 確かに、街の発達のためには、素材は必要だろう。その必要な素材を得る為に、ダンジョンを使うのは間違っていない。間違っていないが、それなら、正当な方法で採掘を行う事を優先しよう。

 ルートの言い分は、今でもそれほど難しくないダンジョンなのに、これ以上簡単にしてしまうと、舐められてしまう。
 それならば、多少強くしても、兵の訓練に使ってもいいだろうし、商隊や商家が冒険者を雇えるようにしてみただろうだという事だ。俺としては、ルートの意見を採用したい。

 今、お互いの問題点をぶつけ合っている。
 そのうち話はまとまるだろう。

「ミュルダ老、シュナイダー老、クリスとルートも、俺は、ルートの考えに1番近い。違うのは、兵の訓練に使えばというのは、許可できない。俺たちの街に魔物特化の兵なんていらない。魔物なら、カイ達やスーン達にまかせてしまえばいい」

 少し冷めてしまったコーヒーを飲む。

「商隊や商家が、冒険者を囲って、ダンジョンにアタックさせるのは賛成だ。ゲラルト!そうなった場合に、商隊や商家が素材を持ち込んで道具を作る事は可能か?」
「えぇ大丈夫です。素材の指定はさせてもらうとは思います」
「それは当然だな。ミュルダ老もシュナイダー老もそれでいいな?」
「はい」「問題ありません。早速、ヨーン殿に獣人族の囲い込みを頼まないとですな」

「え?いいのですかい?」
「ヨーン。若い獣人で商隊や商家と契約していいという獣人が出たら許可してやれよ」
「そりゃぁもちろんです。対等な契約なんて無理だと思っていましたが・・・」

 そうか、元々は奴隷として買ってやらせていた事だったのだよな。正式契約なら問題にはならないだろう。

 獣人もそれで稼げるようになるし、今までやっていなかったのか・・・・あぁ俺が問題だったのだな。俺が奴隷を解放しているのは、皆が知っている。だからって正式な契約まで否定しないのだけど、そうは思っていなかったと言う事だな。

 これで終わりかと思ったのだが、大きな問題が残っていた。

「ツクモ様・・・」

 申し訳なさそうに、ミュルダ老が俺に一枚の紙を渡してくる。

「我らは、わかっていますし、この街に住む者は違う事はわかっております」

 何やら言い訳がましいが、内容を見て納得した。

 俺を名指しで”獣人族や人族を支配下に置いて、魔物の楽園を作ろうとしている魔王カズト・ツクモ”と批判的な事が書かれている。

 他にもいろいろ書かれているが概ね同じだ。

 うーん。共存は難しいのかな?
 そんなにマウントを取りたいのかな?

「なぁミュルダ老。ペネム街と友好的な街と集落と、そうじゃない街に分けた場合この大陸の情勢はどうなる?中立の連中も考えてみて欲しい」
「申し訳ない。すぐには用意できない」
「どの位で用意できる?」
「1ヶ月・・・いや、2ヶ月見ていただければと思います」

「スーン。この紙をばらまいている連中の街を突き止める事はできるか?」
「容易です」
「頼む。判明したら・・・って心当たりが有るだろうけど、証拠が揃ったら正式な抗議を入れて、商隊を拒否しろ、あと難民は喜んで受け入れると宣伝しろ。あと、今日決まった税の話も合わせて広めてしまえ」
「かしこまりました」

 経済戦争になるか、武力衝突になるか、今はまだわからないけど、俺は右頬を殴られたら、相手の両頬を殴ることは有っても、左頬を差し出すような事はしない。

 やっと静かに暮らせると思ったのだけどな・・・。まだまだ静かにできそうにないな。
 洞窟に籠もって、スキル道具の開発とかして過ごしたいな。後、新しいスキルの開発もしてみたいからな。

 あっ攻略も忘れないようにしないとな・・・。

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