あなたの未来を許さない

Syousa.

第三日:03【御堂小夜子】

第三日:03【御堂小夜子】

 眼鏡を外し、目頭をつまんで十秒近く息を吐き続ける小夜子。ここまで話しただけでも、彼女は猛烈な疲労感に襲われていた。
 正直もう、この羽虫と一秒だって話をしたくはない。だが、このまま休んでいるわけにはいかないのだ。
 数回揉んで、諦めたように眼鏡をかけ直す。

(こいつらが私たちを人間扱いしていないのは、今に始まったことじゃあないわ)

 また脱線してしまった。昨日と同様、この調子では何の支度もできないまま、あの空間へ放り込まれてしまう。

「話戻しましょ、話」
『うんそうだね。その方がいい。ただ君の疑問にも可能なだけ答えてあげて、納得した上で対戦に臨んでもらったほうがいい、と僕は考えているんだ。その上で、君との信頼関係を築けたらと思っている。そもそも【教育運用学】って、そういう学問だしね』

(なーにが信頼関係よ。笑わせないで欲しいわ)

『で、次なんだけどさ。【対戦成績確認】って言ってごらん。一字一句その通りでなくても大丈夫。ある程度は人工知能が解釈して、融通してくれるからね』
「じゃあ……【対戦成績確認】」

 やはり少々恥ずかしげに、小夜子が呟く。
 今度現れたのは文字列ではなく、一覧表のようなものが映された三枚の画面だ。浮かび上がったものを触ってもすり抜けるところから、これもやはり神経接続されたナノマシンによる投影なのだろう。

「対戦者一覧……? 能力名【ハリケーンミキサー】、監督者トーマス=マッケイン、〇勝一敗……能力名【ライトブレイド】、監督者ミリッツァ=カラックス、二勝〇敗……能力名【ガンスターヒロインズ】、監督者レジナルド=ステップニー、〇勝〇敗二分……」

 一番左端の画面を適当に読み上げると、そこには対戦者の能力名、監督者名、そして対戦成績が記されていた。勿論小夜子の【スカー】とキョウカの名前も記載されている。
 一覧名簿は大きく分けて二つの種類に分かれており、白地に黒の文字で書かれたものと、黒背景に白文字で記されたもので構成されていた。
 違いは小夜子でも即座に分かる。見やすいほうの「白地に黒」が勝ち残っている対戦者で、やや読みにくい「黒に白文字」が負けて脱落した者たちである。黒地グループの中に【グラスホッパー】の名があるのだから、間違いはない。
 次にその横。二枚目を見る。

「【サンダーブレーク】対【ホームランバッター】引き分け……【ロックキャノン】対【ハートブレイク】はハートブレイクの勝利……【ハウンドマスター】対【与一の弓】はハウンドマスターの勝ち……【ペロリスト】対【ワーウルフ】引き分け……【デスサイス】対【六尺褌】引き分け……【グラスホッパー】対【スカー】……はスカーの勝利……」

 画面の上側には「初日対戦表」と表示されていた。
 試みに指でタブレットのスクロールを模してみる。すると一覧は下へと動き、当日の全対戦結果が表示されていく。

 今度は三枚目を見る。そこにはやはり二日目対戦表、というタイトルがつけられていた。
 殺し合いの記録だと思うと、あまり見る気にもなれない。少女はすぐに目を逸らす。

『他にも対戦中に【残り時間確認】っぽく言えば対戦時間の確認が可能だし、【対戦領域確認】なら戦闘エリアを囲む場外負けバリアーが視認できるようになる』
「そんな大事なことは最初に言えやああああああああ!」

 ペットボトルで殴りつける。容器は妖精のアバターをすり抜けて床に命中。勢いで手からスッポ抜け転がっていった。

『野蛮な奴だなあ。学校だとあんなにオドオドしているくせに』
「ハッ! 見たようなこと言わないでよ」

 荒く息を吐きながらの、小夜子。

『見ていたんだよ。だって面談時間以外も、君たち対戦者の生活はモニターしているからね。君が学校でスクールカーストの底辺やってるところも、スーパーマーケットで弁当とパンを買って帰るところも、毎朝隣の美人さんに過剰なスキンシップしているところだって見ていたよ』
「ね! 美人でしょ!? 美人よね! 美人なのよ! だよねー、そうよねー、未来人から見てもやっぱりキレイだもんね、あの子~」
『あ、え? うん!? 反応するの、そこなんだ……!?』

 たじろぐキョウカ。
 そんな彼女を放ったまま、小夜子は語り続ける。

「えりちゃんはねー、中学の時にモデルとかもやったことあるのよ。勿論あの子は慎ましいから自分からそんなことに応募するわけじゃないの。あの子のお母さんの友達がティーンズファッション誌の編集長をしていた時期があってね、その人にどうしてもって頼まれて仕方なく引き受けたのよ。お母さんからもお願いされちゃってたしさ。でもそれでもやっぱりあの子はそういう目立つことはあまり好きじゃないから何回かやっただけでやめちゃったんだけどね。それでもちょっと載っただけで反響がブワッと来て、一時は何社もの芸能プロダクションからタレントやモデルにならないかってスカウトが家だけじゃなくて通学路まで待ち伏せしてきたりしてさ。ただあの子は絶滅危惧天然記念世界遺産の大和撫子っていうのかな? やっぱり人前で肌を見せたり自分の美しさをアピールしたりするのは嫌いなの。あ、勿論あの子は自分が美人だー、なんて鼻を高くしているわけじゃないのよ? あの子はそういう外見が重視されるような世界や人は苦手なだけ。だからずっと芸能プロからの誘いも断り続けてたんだけどさ、一社だけすーーーーっごくしつこいのがいたのよ。毎日のように通学路で待ち伏せしててさ、あんまりしつこくねちっこく迫ってくるもんで、えりちゃん泣いちゃったのね。それで私頭にきて、そのスカウトマンを石で殴って追い払ったの。そしたら警察沙汰になってまーたえりちゃん泣いちゃってね……まあ、結局芸能プロ側がやりすぎたスカウトをして申し訳ない、てことで手を引いたもんでその件はおさまったんだけど、その話が広まってまたえりちゃんのキレイさが評判になってねー。ま、元々前から評判だったんだけど。私さ、下駄箱にラブレター入っているのなんか漫画やアニメでしか見たこと無かったんだけどね、あの子って貰っちゃうのよ! ホントに。しかも一度や二度じゃないのよ? でね、それも男子だけじゃなくて女子からも貰うの! すごくない!? 普通男子から人気ある女子って同性から妬まれたり疎まれたりしてイジメとか嫌がらせとかの対象になったりするじゃない? でもねー、あの子ねー同性からも人気あるのよねー。性格も良くて勉強も運動もできるし、もうね、完璧超人なのよ。ほらさ、学園のマドンナなんてドラマとか映画の中しか存在しないって思うでしょ? それがいるのよ。いたのよこれが。いやーすごいすごい。でさ、高校に入ってからの話なん」
『ちなみに今朝、君がマスターベーションしているのも見た』
「殺す」
『いや、なんか、ごめん』
「殺すわ」
『ごめんってば、ちゃんと途中でモニター切ったから』
「即座に切りなさいよ! アンタだってやったことあるでしょ!?」

 怒気を漲らせ「ずずい」とキョウカに詰め寄る小夜子。

『う……あ、はい。まあ、嗜む程度には』
「見られたくないでしょ!?」
『そ、そうだね。今度からは気をつけるよ。可能であれば事前に教えてくれないかな? そうしたら、その間は見ないようにしておく』
「何でそんなアホみたいな申告しなきゃいけないのよ! ていうか、人のプライベート見るんじゃないわよ! ……ってそもそも人権を認めてないんだっけか」

 先程の話を思い出して、肩を落とす。

『まあ、そうなんだけどね。さっきも言った通り、君らに人権は適用されない。ただ僕は、他の連中とは違って恐怖や苦痛で人を従わせるのはあまり好みじゃないんだ。死んだグランマが昔、「負の感情によって得られた関係は、いつか負の感情によって破壊される」って教えてくれたしね』

(アンタに対して負の感情以外、ないわよ)

『今回だって、埋め込んだナノマシンに神経干渉させて苦痛を与えれば、君を一発で従順にさせられるのは分かっているんだけど……そんなことはしないつもりだよ』
「ナノマシンで、そんなことまでできるの?」
『日本の古いコトワザで「百聞は一見に如かず」っていうんだろう? 加減して少しやってみようか』
「いややめ」

 口にしたところで、びくん! と小夜子の身体が痙攣した。

 背中から腰にかけたあたりに、体内へと太い針を何本も突き刺されたような激痛が襲いかかった。切り傷擦り傷腹痛頭痛、昨晩の対戦で負った骨折とも違う。強いて例えるなら歯科治療で奥を抉られるかのような痛みが一番近いのだろうか。だがもし数値で換算できるならば、今までに味わったものの数十倍の値が弾き出されるだろう。
 声を上げることも叶わず、痙攣しながらエビ反りになり倒れる小夜子。口からは唾液が泡となって吹き出し、下は失禁で濡れ始めた。

『じゃあストップ』

 襲っていた痛みはぴたりと止まり、眼鏡の少女は気絶寸前だった意識をなんとか繋ぎ止める。
 そうしてしばらく荒い呼吸を続けて横たわっていた小夜子であったが……やがてゆっくりと起き上がり、

「よく分かったわ。もういい。もういいです」

 と、か細い声で伝えた。

『出力をセーブしてこれだからね。きついだろ? 僕はサディストじゃあないから、こういうのは嫌いなんだ。でも他の監督者の中には、これを使ってる奴もいるかもね。人を従わせる【教育運用学】の中でも、下策ではあるが手っ取り早い手法の一つとされているからさ』
「……そう」

 改めて思い知らされる小夜子。未来人の技術と力があれば、二十一世紀人をいたぶるのも、生殺与奪も思うがままなのだと。

 逆らえない。
 抗えない。
 圧倒的な立場の差。

 自分たちにできることは、未来人の用意したルールに従い少しの間生き延びることだけなのだ。そう小夜子は再確認させられた。同時に、恵梨香と一緒にいられる時間はもうほとんどないのだ、とも。

(これほどの圧倒的な力があるのなら、私たち対戦者を一人だけ残して皆殺しにする、ということですら慈悲をかけたつもりになるのも無理はないわ)

 ……ふと、他の対戦者のことが気になった少女。

(苦痛で従わされて、相手を殺すことを強いられた人も……いるんだろうな)

 そう考えると、胃が締め付けられるような感覚を覚えるのであった。

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