あなたの未来を許さない

Syousa.

第七日:04【御堂小夜子】

第七日:04【御堂小夜子】

 今日は十月三十一日、土曜日。
 明日は十一月一日、日曜日。
 明後日は十一月二日、月曜日だが学校が創立記念日で休み。
 明々後日は十一月三日、火曜日。これは文化の日で祝日。

 つまり残った対戦者の数から残り対戦数を推測すれば、おそらく今日が小夜子にとって最後の登校日となる。
 勿論恵梨香にとっても、だ。そんな惜しむべき最後の下校時間を、小夜子と恵梨香は手を繋ぎながら帰っていた。

「明日から連休だね」
「えりちゃんは、何かするの?」
「明日はお母さんとお出かけ。買い物行って映画を観てくるの。お母さん、月曜から会社にカンヅメなんだってさ。帰ってくるのは、六日の夜だって言ってた」

(そうすると、明日でおそらく、えりちゃんはおばさんとお別れになるのか)

 恵梨香の胸中を思い……小夜子の眼球と鼻の奥が、詰まるように熱く痛む。

(そうね。家族とそういう時間をしっかり持っておいたほうがいいわ)

 きっとその記憶は、恵梨香の力になるだろう。その思い出が、恵梨香を絶望手前で踏み留まらせるに違いない。戦いの最中でも。未来に行っても。

(それがいいと思うわ)

 一人目を閉じ、頷く。

「どうしたの?」

 そんな親友の様子を見て、恵梨香が問いかける。慌てて取り繕う、小夜子。

「ああいや、おばさん、忙しくない部署に移れたと思ったのにねえ」
「何か増刊号があるから大変らしいの、今月は」
「へえ」
「さっちゃん連休は? どうするの?」
「お休みっていうのは、お外に出なくていい日のことを言うのよ? 勿論、家にいるわ」
「うわ~、引っきこっもり~」

 あはは、と笑い合う。
 他愛無い。でも、かけがえのない時間。

(ずっとこの時間が繰り返してくれればいい)

 アニメや漫画、ゲームなら、いくらでもループ物があるというのに……あの小説の娘も、アニメのあの子も、ゲームの男も、みんな、みんな、羨ましく妬ましい。

(なのに何故、私たちの時間は有限なのだろう)

 小夜子は去りゆく一秒一秒を噛み締めながら、苦い思いとともに胸の中で呟いていた。

 そのまましばらく歩く二人。そのうちに、恵梨香がふと思い出したように問う。

「そう言えばさっちゃんを迎えに行った時、教室にいなかったけど。何処行ってたの? スマホ置いたままで」
「ん? トイレよ? BIG BONUSのほう」
「それは失礼しました」

 嘘である。恵梨香に無駄な心配をかけまいとする、偽りだ。だが幸い恵梨香も、それ以上は追及してこなかった。

「えりちゃんこそ、吹田先輩のほうは良かったの?」

 何の気なしに、小夜子も問い返す。特に何かを意図した訳ではなく、ただ単に話を逸らすために。

「うん、別れてきた」
「へえ」

 何も考えずに相槌を打つ小夜子。恵梨香が何を言っているのか咄嗟に理解できず、言葉を頭の中で数回再生してから整理する。
 整理できた。

「はぁぁぁあああああああああ!?」

 素っ頓狂な声を上げる小夜子。すれ違った自転車の主婦が驚いた顔をして一瞬振り返り、そして遠ざかっていく。

「ちょ、さっちゃん、声大きい! 近所迷惑だって」
「何でよ!? 何やってんの!? 仲良かったじゃない!」

 小夜子にとっての二人は、絵に描いたような円満健全交際男女であった。恵梨香からも、何処に出掛けたとか何をして遊んだとか、しょっちゅう聞かされたものだ。
 小夜子とて彼女のことを思えばこそ、痛む胸を押さえつつ、甘んじてその話に耳を傾けたものである。
 なのに。何故。

「落ち着いて、さっちゃん。どうどう、どうどう」
「どうどうじゃないわよ」

 何故か小夜子側が取り乱す、珍妙な状態となった。

「何でそんなことになってんの!?」

 問いかける小夜子。

(吹田先輩のことだって、えりちゃんの心の支えになるはずなのに)

 恵梨香は「うーん」と唸っていたが……しばらくして、ぽつりと口を開く。

「私はもう、あの人に何もしてあげられないから」

 それを聞いて小夜子は目を閉じ、深く息を吸って、ゆっくりと吐き出す。

(ああ、そうか)

 恵梨香は彼のことを案じたのだ。
 対戦に負ければ、今夜にでも恵梨香は死ぬ。それこそ、死体も残さずに。たとえ勝ち抜いたとしても、どのみちあと数日でこの時代からは消え去るのだ。

 だから自分の影を彼が追わぬように、その心を、縛らぬように……恵梨香は、身を引いておいたのだろう。

「はあ」

 だが小夜子は、恵梨香の気持ちに理解を示して慰めるわけにはいかない。恵梨香の境遇を知っていると、分かるのだと明かすことはできないのだから。
 それ故に信奉者は、敢えて女神を慰めなかった。何か言えば、ボロが出そうだ。

「そうなのかー……そーゆーの私には全然分からないわー」

 だから嘘をつくしかない。恵梨香は何も言わず、ただ、寂しげに前を向いていた。

(えりちゃん)

 今の言葉で余計、傷つけてしまったのだろうか? その懸念が、眼鏡の少女を焦らせる。二人の間に流れる沈黙が、さらに彼女を追い詰めていく。
 そしてとうとう耐え切れなくなった小夜子は、思ってもいない言葉でその場を誤魔化した。

「大体私、恋愛とかしたことないしね」

 嘘の多い、一日である。

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