【新】アラフォーおっさん異世界へ!! でも時々実家に帰ります

平尾正和/ほーち

第7話『おっさん、アジトに忍び込む』後編

 ロロアはここに至るまでの経緯をゲレウに説明し、ときおり敏樹がそれを補足した。
 その話し声で何人かは目を覚ましたが、男性のほうはともかく、女性のほうは敏樹をかなり警戒しているようだった。
 このような所に囚われている以上、どのような目に遭っているのかは想像に難くない。
 男性であるというだけで警戒されても仕方のないことなのだろう。


「よくぞロロアを救ってくださった。トシキ殿、改めてお礼を」
「いえ、俺がそうしたかっただけですから」
「ふむ。しかしここから出ると言うが一体どうやって? 少人数ならともかくこれだけの人数となると……。それにこの牢をどうする?」
「転移がありますから」


 念のため〈拠点転移〉の同行条件を再度調べなおしてみたところ、“使用者に直接触れるか、10センチ以内の距離で間接的に触れること”という条件を確認できた。
 おそらく間接的な接触に関しては、衣服や装備越しでも触っていれば同行者と見なされるようにするためのものだろう。
 幸いお互いを隔てているのは鉄格子なので、敏樹が手を突っ込むなりして触れてもらえば問題なく転移を発動できるだろう。


「ただ、全員を一気にというのは厳しいですね。魔力が足りない」


 前回〈拠点転移〉で集落に戻ってまだ12時間ほどしか経っておらず、いま〈拠点転移〉を発動するには魔力を消費する必要がある。
 消費魔力は転移先の距離と同行者の人数で変わってくるのだが、『情報閲覧』で算出したところ集落まで転移する場合、いまのMPだと6人が限度だということが分っている。
 ロロアの他に5人でMPは枯渇するわけだが……。


「そういうことなら女性たちを優先させてほしい」


 とゲレウが申し出るのは自然な流れであろう。


「助かると分かってあと半日耐えるのは相当キツいものがあるはずだ。助けられるなら一秒でも早く解放してやりたい」
「しかし……」
「なに、俺たちは連中にとって大事な商品だから、あまり傷つけられることはない。食事も不要だしな。それに、トシキ殿に少し確認したいことがあるのだが」
「なんでしょう?」
「この山賊団を潰すと言ったな?」
「ええ、まあ」
「だったら……」


 と、ゲレウからの確認や提案を受けた敏樹は、ひとまず彼らをここに置いていくことにした。


「では足りない魔力は我々のものを。どうせ日がな寝ているだけだから、気絶するまで持っていってくれてかまわんよ」
「後日のこともありますし、ほどほどにしておきますよ」


 5人の水精人から魔力を提供してもらい、さらに手持ちの魔石から魔力を吸収したところで、女性たち全員を同行できるようになった。
 準備を終えた敏樹は、鉄格子の前にしゃがみ両腕を牢屋内に突っ込んだ。


「じゃあ、適当に触ってください。触りたくなければ服をつまむとかでもいいんで」


 敏樹が鉄格子の前に立った時点で中の女性たちの大半が一時後ずさったが、ひとりふたりと敏樹の腕に触ったり服をつまんだりしている内に残りの女性たちも安心したのか、身を寄せ合って敏樹の腕に集まってきた。
 ただ、ひとりだけ立ち上がれないのか這い寄ってくる女性がいた。
 立ち上がれないどころか両腕も動かないようで、言い方は悪いが芋虫のように身体をよじらせてなんとか移動していた。
 何人かの女性が手助けしようとしたが、その女性は首を振って拒否し、自力で敏樹のもとに訪れると、口を開けて彼の指を咥えた。


「っ!?」


 咥えられた指には歯の感触が伝わってこなかった。
 見れば上下とも前歯から犬歯のあたりまですべての歯が抜かれているようだった。
 その理由がなんとなくわかるだけに、敏樹は山賊どもに対して胸くそ悪い思いを抱く。


「ゲレウさん、後ほど」
「ああ。トシキ殿、頼んだぞ」
「では、集落に帰らせていただきます!」


 全員が自分に触れていることを確認した敏樹は、集落に向けて〈拠点転移〉を発動した。


**********


「もう、離しても大丈夫ですよ」


 突然景色が変わったことに声を上げることもできず驚く女性たちに、敏樹は優しく声をかけた。


「ああ……ほんとうに……?」
「もう、外なの?」
「……うそ、こんな簡単に……」


 女性たちは戸惑いつつも、敏樹から離れ、周りを見回したり、壁も鉄格子もない広場をふらふらと歩いたりし始めた。
 やがて実感がわいてきたのか、大声を上げて泣き始めたり、手を取り合い、あるいは抱き合って感涙にむせぶ者もいた。
 最後に残ったのは敏樹の指を咥えていた女性だった。
 身を起こして敏樹の指を咥えていたのだが、力尽きたのか指を離してその場に倒れそうになった。


「おっと……」


 このまま地べたに倒すのもかわいそうだと思い、敏樹は咄嗟に踏み込んで女性の肩を抱いて支えた。
 自分が抱えられたことに気付いたその女性は、敏樹のほうを見上げ、ゆっくりと口を動かし始めた。


「あ……ぃ……が……おぉ……」
 彼女はそう言って力なく笑ったあと、目を閉じてぐったりと敏樹に身を預けた。
 ふと視線を動かすと、その女性の頭にぴょこんと立つ犬耳が見えた。


「……ロロア」
「はい」


 ロロアは敏樹のすぐ近くで心配そうにその様子を見ていた。


「この娘、ロロアのテントに入れてやってもいいかな?」
「はい、もちろん」


 敏樹は犬耳の女性を抱き上げてロロアのテントに入り、マットレスを敷いて横たえてやった。
 穏やかに寝息を立てる彼女に毛布を掛けたあと、ロロアのテントを出てテント近くの広場へむかう。
 そして〈格納庫〉からワンタッチ式のテントをふたつ取り出して組み立てた。
 明け方のまだ寒い時間帯である。
 いまは興奮であまり寒さを感じないかも知れないが、いずれつらくなってくるだろう。
 敏樹は組み上がったテント適当に固定し、中に布団やクッションを置いていった。
 二人用のテントだが、詰めれば三~四人は入れるだろう。
 一時的に寒さをしのぐだけならロロアのテントと合わせてこれで充分だと思われる。
 女性たちはその敏樹の様子を、遠巻きに、少し怯えたように見ていた。


「ロロア、あとは任せた」
「はい」
「俺はグロウさんのところへ報告に行ってくる」


 もう少し落ち着くまでは、この場に男である敏樹はいないほうがいいだろうと思い、敏樹はロロアに後を任せてその場を去った。


 敏樹がロロアのテントを離れてグロウの家に向かっていると、進行方向から数人の住人がこちらに向かってくるのが見えた。
 先頭にいるはどうやらグロウの息子のゴラウらしい。


「トシキさん!? どうして……」
「いや、ゴラウさんこそ」
「僕は、なにやらこっちから声や物音が聞こえてきたら様子を見に……。じゃあもしかしてロロアは?」
「ええ、無事救出しましたよ。他にも――」
「エルア!?」「ニリアッ!!


 突然、ゴラウ一行の中から声が上がった。
 敏樹が後ろを見ると、救出した水精人の女性ふたりがそのあとについてきていたのだった。


「トウサン!!」「ア……アナタァ!!」


 ふたりは家族のもとに駆け寄り、抱き合って帰還を喜んだ。
 よくよく考えれば彼女たちにとってここは実家であり、わざわざ集落の外れにとどまる必要はない。
 であれば、もっと早く帰るよう促してやればよかったと、敏樹は少し反省した。


「トシキさん、これは……?」
「ちょっとアジトに忍び込んで、囚われていた女性たちを助けてきました」
「助けてきました、ってそんなこともなげに……。じゃあ他の住人も?」


 ゴラウの言葉に敏樹は首を横に振る。


「さすがに全員は無理だったので、ゲレウさんの頼みで今回は女性だけを。ここの住人はそちらのお二人だけでした」
「そうですか、ゲレウが……」
「で、いろいろとグロウさんに報告と相談をしたいんですが……」
「じゅあ、一緒に行きましょう」
「ああ、それから。ロロアの家の近くに救出した女性達を休ませています。できれば男性は近づけないようにしてください」
「わかりました。みんなに申し伝えておきます」


 ゴラウは同行した者たちに指示を伝えると、敏樹を連れてグロウの待つ長の家へ向かった。


「トシキよ、ロロアを助けてくれてありがとう。まずは礼を言わせてもらう」


 そう言ってグロウは深々と頭を下げた。
 彼の希望で家の中にはいま敏樹とグロウしかいない。


「しかし、その上で言わせてもらう。なぜ戻ってきた?」
「ロロアがそれを望んだからですよ。あなたたちの犠牲の上にある人生なんかじゃあの娘は幸せになれない」
「むぅ……」
「それに俺だって随分と世話になったんです。見殺しにして、はいさようならなんて無理ですよ」
「だが……、ではどうするのだ? このままだと奴らはまだ来るぞ?」
「ええ。なので、とりあえずあの山賊団は潰そうと思います」
「は?」


 表情の読みづらい蜥蜴頭ではあるが、口をぽかんと開けているいまのグロウは、呆けているのがまるわかりのなんとも間抜けな表情であり、敏樹は吹き出しそうになるのをこらえた。


「アレを潰してそのあと何が出てくるかはわかりませんがね。鬼が出ようと蛇が出ようとその都度叩き潰せばいいのかなって」
「むむ……」


 グロウが腕を組んで頭をひねっていると、突然入り口のドアが勢いよく開け放たれた。


「父さん、やろう!!」
「な……ゴラウ!?


 扉を開けて現れたのは、グロウの息子ゴラウ……だけではなかった。


「長、もう俺たちも我慢の限界です」
「オサ!! タタカイマショウ!!」
「長っ!!」
「オサッ!!」


 と、十名を超える住人がゴラウの後ろに控えていた。


「お主ら……」
「グロウさん。恒久的にではないにせよ、この集落がある程度平和にならないと、ロロアはここを出ませんよ?」
「むう……。では……、やるか」
「おおっ!!」


 集まった住人から歓声があがる。


「できるかぎり俺も協力させてもらいますよ」


 敏樹は集まった住人たちに作戦の概要を伝えた。


「みなさんがその気になれば200人やそこらの山賊団なんて簡単に潰せると思うんですけどね。どうせならこっちの犠牲は少ないほうがいいでしょう」
「ふむ……。しかしトシキの負担が大きすぎやしないか?」
「なんの。これまでお世話になった分のお返しだと思えばどうってことないですよ」


 住人達から心配げな、あるいは申し訳なさそうな視線を受けた敏樹だったが、彼は気負う様子もなく笑って答えるのだった。



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