【新】アラフォーおっさん異世界へ!! でも時々実家に帰ります
第8話『おっさん、癒やす』
「トシキさん、連れてきましたけど……」
敏樹の前に現れたロロアは、例の犬耳の女性を抱えていた。
女性のほうは目覚めており、手足はだらんとたらしているが体幹には力が入るようで、怯えるようにロロアへと身体を預け、敏樹に不安げな視線を向けている。
あのあと軽く話し合いを終えた敏樹は、グロウに頼んでロロアへ使いをよこし、犬耳の女性を連れてきてもらったのだった。
「ありがとう。こっちへ」
これまでに集落の住人は20名以上が連れ去られており、集落内には空き家状態のテントがいくつかあった。
そのうちのひとつを使わせてもらうようグロウに許可を取り、【浄化】という生活魔術で綺麗にしたあと、マットレスを準備していた。
「ここに寝かせてもらえるかな」
「はい」
ロロアは犬耳の女性を慎重に横たえる。
「あぅっ……」
「あっ……ごめんなさい」
マットレスに身体を乗せた瞬間、犬耳の女性の顔が苦痛に歪む。
ロロアは咄嗟に謝ったが、女性のほうは気にするなとでも言ったような表情で首を横に振った。
「しかしひどいな。なんでこの娘だけ……」
「……他の人たちから聞いたんですが」
この女性、とにかく気が強く、最後まで反抗的な態度を崩さなかったらしい。
最初の内は泣いて謝って許しを請うていたようだが、それが無駄と悟ってからはひたすら反抗を続けたようだ。
あまりにも抵抗が激しかったため、手足の指を折られ、腱を切られて動きを封じられたが、それでも抵抗を止めず、とある山賊の一部を咬みちぎったことで歯を抜かれ、舌の一部を切り取られたのだとか。
それだけ酷い目に遭っておきながら、彼女の目からはまだ光が消えていなかった。
とても強い女性なのだろう。
それでも安全な場所に出て張り詰めていた緊張が解けたのか、敏樹が軽く肩に手を置いただけでビクンと体を震わせ、ロロアから聞いたような気の強さはなりを潜めて、ただただ怯えた視線を敏樹に向けるのだった。
「んん……むぅ……うぅ……」
「大丈夫、酷いことはしないから怖がらないで」
犬耳の女性は敏樹から逃れようと身体を仰け反らせ、目尻に涙をためて小刻みに首を横に振った。
敏樹は肩に手を置いたままタブレットPCを取り出し、思念で『パーティ編成』メニューを開いてフレームに彼女を収めた。
《シーラ をパーティに加えますか?》と表示されたため、迷わず《はい》をタップする。
「シーラっていうんだな」
「っ!?」
突然名前を呼ばれたことにシーラは驚き、そして表情が怯えから警戒に変わる。
そのせいかシーラの目に少し力が戻ったのを感じた敏樹は、これ以上なだめるのをやめて本題に入ることにした。
「さて、シーラがこの先どういう人生を歩むにせよ、身体はしっかりと治しておかないとな」
その言葉に、シーラの目が大きく見開かれた。
「俺なら君の身体を元に戻せる」
「あ……あ……」
シーラの目がさらに大きく開かれ、口内を見られたくないと思ってかずっと閉ざされた口がぽかんと開かれた。
敏樹の背後では驚きのあまりロロアが息をのむ音が聞こえた。
魔術が発達したこの世界では、病気や怪我の治療を行なう術もかなり発達していた。
原理は魔術と同じものではあるが、治療や回復に関わるものは特別に回復術と呼ばれ、魔術とは異なるものとして人々に認識されている。
その管理元である組織も異なり、魔術の管理は魔術師ギルドが、回復術の管理は治療士ギルドが行なっているのだが、ここでの詳細説明は省略させていただく。
大抵の怪我や病気は回復術で治せるが、欠損の再生だけは不可能…………ということになっている。
しかし実際のところ治療士ギルドのごく一部の者のみが欠損再生も可能な回復術の存在を知っている。
ただし、あまりに高度な術式のため習得できる者がほとんどおらず、それは回復術というよりも奇跡と呼ぶにふさわしいものであった。
その奇跡の技を、敏樹はポイントを消費して〈全魔術〉というスキルにチェックを入れることで習得していたのだった。
「ただし、これだけボロボロになった身体を戻す以上、それ相応の傷みや苦しみがある」
欠損、あるいは損傷部位の再生を行なうということは、死滅した、あるいは機能が停止した細胞や神経を作り替える必要がある。
その工程で相当な痛みに耐えなくてはならないということを、敏樹は『情報閲覧』で確認していた。
指の一本を再生するだけでも、常人なら正気を失うほどの痛みを伴うらしいが、そのあたりも自分ならフォローできるという確信が、敏樹にはあった。
「もしかすると死んだほうがマシってくらい、つらいかもしれないけど――」
そこまで言ったところでシーラは身体を起こし、敏樹に身を預けてきた。
敏樹を見る目には力が戻り、口は固く結ばれている。
「よし、じゃあ始めるか」
敏樹は唯一『聖級』と呼ばれる最高ランクの回復術【癒しの光】を発動した。
「くっ……」
めまいを覚え意識が遠のきそうになるのを必死でこらえながら、敏樹は術をかけつづけた。
高度な回復術だけあって、消費魔力量も尋常ではないが、そのための魔力はさきほどグロウの家に集まっていた住人から譲り受けていた。
さすが精人だけあって魔力の回復が早いのか、前回かなりの魔力を融通してもらってそれほど経っていないにもかかわらず、今回も相当な量の魔力をもらえた。
集落とは関係のない人間の女性に使うという事情を説明したが、彼らは快く力を貸してくれたのだった。
「あぁ……う……ぐぐぅ…………ぎゃあああああああああああっ!!
最初は淡い光に包まれ穏やかな表情を浮かべていたシーラだったが、やがて苦悶に歪み始め、そして絶叫をあげた。
こうなることは事前に予想がついていたので、テントに対して〈音遮断〉の効果を付与しており、彼女の悲鳴はこのテント内にのみ響くのだった。
敏樹はその苦痛を少しでも和らげるべく、タブレットPCを使って〈苦痛耐性〉と〈精神耐性〉のスキルレベルを上げていった。
このために、先ほど彼女をパーティに加えたのである。
もともと長い監禁生活のせいかそれらのスキルを習得していたシーラは、悲しいかなその監禁生活のおかげでかなり多くのポイントを所有していた。
各スキルもパーティに加えた時点ですでにレベルアップ可能な状態だったので、【癒やしの光】発動前にまずスキルレベルをアップさせていたのだが、発動から数十秒でさらにレベルアップが可能な状態になった。
その後も適宜レベルアップを行なっていった結果、〈苦痛耐性〉はレベル9に、〈精神耐性〉はレベル8まで上がった。
そのおかげか、シーラはうめき声を上げる程度で、最初のように絶叫することはなくなった。
「もう少しか……」
敏樹が【癒やしの光】を使っておよそ2時間が経過している。
「んぁっ……ふぐぅ…………」
回復が順調に終わりかけているのか、あるいは耐性スキルが上手く作用しているのか、シーラはときおりくぐもったうめきを上げてわずかに身じろぎする程度にまで落ち着いた。
「んぅ……すぅ……すぅ……」
さらに1時間が経過し、ときおり短くうめくものの、シーラは寝息のような等間隔で穏やかな呼吸を始めた。
シーラのローブやマットレスがぐっしょりと汗に濡れているのを見て取った敏樹は、彼女を抱え上げると、汗まみれのマットレスに足で触れて〈格納庫〉にいれ、その機能をつかって綺麗にした。
さらに、抱え上げたシーラに【浄化】をかけてやると、汗まみれだった身体とローブが綺麗になった。
そのおかげか表情も少し穏やかになり、半開きになっている口からは、綺麗に生えそろった歯が見えていた。
マットレスを置き直した敏樹は、その上にシーラを横たえ、タオルケットを掛けてやった。
「ロロア、〈格納庫〉の中の物を使っていいから、あとは任せてもいいかな?」
「はい」
ロロアに開放している〈格納庫〉の共有スペースには、日本で購入した日用品や衣類が収納されているので、それを使えばある程度の看護は可能であろう。
随分苦しそうな状態だったが、ようやく穏やかな寝顔を見せるようになったシーラを見て、ロロアは安堵したように息を吐いた。
ロロアはシーラの傍らにしゃがみ込むと、〈格納庫〉からタオルと水のタンクを取り出す。そしてタンクの水でタオルを濡らし、シーラの額に置いた。
「じゃあ、あと頼むな」
「はい。お疲れさまでした」
テントを出た敏樹は少しフラフラとした足取りでグロウの家に行き、部屋の一角を借りて眠りについた。
敏樹の前に現れたロロアは、例の犬耳の女性を抱えていた。
女性のほうは目覚めており、手足はだらんとたらしているが体幹には力が入るようで、怯えるようにロロアへと身体を預け、敏樹に不安げな視線を向けている。
あのあと軽く話し合いを終えた敏樹は、グロウに頼んでロロアへ使いをよこし、犬耳の女性を連れてきてもらったのだった。
「ありがとう。こっちへ」
これまでに集落の住人は20名以上が連れ去られており、集落内には空き家状態のテントがいくつかあった。
そのうちのひとつを使わせてもらうようグロウに許可を取り、【浄化】という生活魔術で綺麗にしたあと、マットレスを準備していた。
「ここに寝かせてもらえるかな」
「はい」
ロロアは犬耳の女性を慎重に横たえる。
「あぅっ……」
「あっ……ごめんなさい」
マットレスに身体を乗せた瞬間、犬耳の女性の顔が苦痛に歪む。
ロロアは咄嗟に謝ったが、女性のほうは気にするなとでも言ったような表情で首を横に振った。
「しかしひどいな。なんでこの娘だけ……」
「……他の人たちから聞いたんですが」
この女性、とにかく気が強く、最後まで反抗的な態度を崩さなかったらしい。
最初の内は泣いて謝って許しを請うていたようだが、それが無駄と悟ってからはひたすら反抗を続けたようだ。
あまりにも抵抗が激しかったため、手足の指を折られ、腱を切られて動きを封じられたが、それでも抵抗を止めず、とある山賊の一部を咬みちぎったことで歯を抜かれ、舌の一部を切り取られたのだとか。
それだけ酷い目に遭っておきながら、彼女の目からはまだ光が消えていなかった。
とても強い女性なのだろう。
それでも安全な場所に出て張り詰めていた緊張が解けたのか、敏樹が軽く肩に手を置いただけでビクンと体を震わせ、ロロアから聞いたような気の強さはなりを潜めて、ただただ怯えた視線を敏樹に向けるのだった。
「んん……むぅ……うぅ……」
「大丈夫、酷いことはしないから怖がらないで」
犬耳の女性は敏樹から逃れようと身体を仰け反らせ、目尻に涙をためて小刻みに首を横に振った。
敏樹は肩に手を置いたままタブレットPCを取り出し、思念で『パーティ編成』メニューを開いてフレームに彼女を収めた。
《シーラ をパーティに加えますか?》と表示されたため、迷わず《はい》をタップする。
「シーラっていうんだな」
「っ!?」
突然名前を呼ばれたことにシーラは驚き、そして表情が怯えから警戒に変わる。
そのせいかシーラの目に少し力が戻ったのを感じた敏樹は、これ以上なだめるのをやめて本題に入ることにした。
「さて、シーラがこの先どういう人生を歩むにせよ、身体はしっかりと治しておかないとな」
その言葉に、シーラの目が大きく見開かれた。
「俺なら君の身体を元に戻せる」
「あ……あ……」
シーラの目がさらに大きく開かれ、口内を見られたくないと思ってかずっと閉ざされた口がぽかんと開かれた。
敏樹の背後では驚きのあまりロロアが息をのむ音が聞こえた。
魔術が発達したこの世界では、病気や怪我の治療を行なう術もかなり発達していた。
原理は魔術と同じものではあるが、治療や回復に関わるものは特別に回復術と呼ばれ、魔術とは異なるものとして人々に認識されている。
その管理元である組織も異なり、魔術の管理は魔術師ギルドが、回復術の管理は治療士ギルドが行なっているのだが、ここでの詳細説明は省略させていただく。
大抵の怪我や病気は回復術で治せるが、欠損の再生だけは不可能…………ということになっている。
しかし実際のところ治療士ギルドのごく一部の者のみが欠損再生も可能な回復術の存在を知っている。
ただし、あまりに高度な術式のため習得できる者がほとんどおらず、それは回復術というよりも奇跡と呼ぶにふさわしいものであった。
その奇跡の技を、敏樹はポイントを消費して〈全魔術〉というスキルにチェックを入れることで習得していたのだった。
「ただし、これだけボロボロになった身体を戻す以上、それ相応の傷みや苦しみがある」
欠損、あるいは損傷部位の再生を行なうということは、死滅した、あるいは機能が停止した細胞や神経を作り替える必要がある。
その工程で相当な痛みに耐えなくてはならないということを、敏樹は『情報閲覧』で確認していた。
指の一本を再生するだけでも、常人なら正気を失うほどの痛みを伴うらしいが、そのあたりも自分ならフォローできるという確信が、敏樹にはあった。
「もしかすると死んだほうがマシってくらい、つらいかもしれないけど――」
そこまで言ったところでシーラは身体を起こし、敏樹に身を預けてきた。
敏樹を見る目には力が戻り、口は固く結ばれている。
「よし、じゃあ始めるか」
敏樹は唯一『聖級』と呼ばれる最高ランクの回復術【癒しの光】を発動した。
「くっ……」
めまいを覚え意識が遠のきそうになるのを必死でこらえながら、敏樹は術をかけつづけた。
高度な回復術だけあって、消費魔力量も尋常ではないが、そのための魔力はさきほどグロウの家に集まっていた住人から譲り受けていた。
さすが精人だけあって魔力の回復が早いのか、前回かなりの魔力を融通してもらってそれほど経っていないにもかかわらず、今回も相当な量の魔力をもらえた。
集落とは関係のない人間の女性に使うという事情を説明したが、彼らは快く力を貸してくれたのだった。
「あぁ……う……ぐぐぅ…………ぎゃあああああああああああっ!!
最初は淡い光に包まれ穏やかな表情を浮かべていたシーラだったが、やがて苦悶に歪み始め、そして絶叫をあげた。
こうなることは事前に予想がついていたので、テントに対して〈音遮断〉の効果を付与しており、彼女の悲鳴はこのテント内にのみ響くのだった。
敏樹はその苦痛を少しでも和らげるべく、タブレットPCを使って〈苦痛耐性〉と〈精神耐性〉のスキルレベルを上げていった。
このために、先ほど彼女をパーティに加えたのである。
もともと長い監禁生活のせいかそれらのスキルを習得していたシーラは、悲しいかなその監禁生活のおかげでかなり多くのポイントを所有していた。
各スキルもパーティに加えた時点ですでにレベルアップ可能な状態だったので、【癒やしの光】発動前にまずスキルレベルをアップさせていたのだが、発動から数十秒でさらにレベルアップが可能な状態になった。
その後も適宜レベルアップを行なっていった結果、〈苦痛耐性〉はレベル9に、〈精神耐性〉はレベル8まで上がった。
そのおかげか、シーラはうめき声を上げる程度で、最初のように絶叫することはなくなった。
「もう少しか……」
敏樹が【癒やしの光】を使っておよそ2時間が経過している。
「んぁっ……ふぐぅ…………」
回復が順調に終わりかけているのか、あるいは耐性スキルが上手く作用しているのか、シーラはときおりくぐもったうめきを上げてわずかに身じろぎする程度にまで落ち着いた。
「んぅ……すぅ……すぅ……」
さらに1時間が経過し、ときおり短くうめくものの、シーラは寝息のような等間隔で穏やかな呼吸を始めた。
シーラのローブやマットレスがぐっしょりと汗に濡れているのを見て取った敏樹は、彼女を抱え上げると、汗まみれのマットレスに足で触れて〈格納庫〉にいれ、その機能をつかって綺麗にした。
さらに、抱え上げたシーラに【浄化】をかけてやると、汗まみれだった身体とローブが綺麗になった。
そのおかげか表情も少し穏やかになり、半開きになっている口からは、綺麗に生えそろった歯が見えていた。
マットレスを置き直した敏樹は、その上にシーラを横たえ、タオルケットを掛けてやった。
「ロロア、〈格納庫〉の中の物を使っていいから、あとは任せてもいいかな?」
「はい」
ロロアに開放している〈格納庫〉の共有スペースには、日本で購入した日用品や衣類が収納されているので、それを使えばある程度の看護は可能であろう。
随分苦しそうな状態だったが、ようやく穏やかな寝顔を見せるようになったシーラを見て、ロロアは安堵したように息を吐いた。
ロロアはシーラの傍らにしゃがみ込むと、〈格納庫〉からタオルと水のタンクを取り出す。そしてタンクの水でタオルを濡らし、シーラの額に置いた。
「じゃあ、あと頼むな」
「はい。お疲れさまでした」
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