【新】アラフォーおっさん異世界へ!! でも時々実家に帰ります
第10話『おっさん、宣言する』
「なるほど、〈精神耐性〉のレベルを上げると、精神的ダメージの回復につながるのか……」
再度グロウの家で眠らせてもらったあと、目覚めた敏樹は救出した女性たちをなんとかできないか考えあぐねていた。
そして、そのヒントはシーラにあると考えた。
シーラは女性たちの中で最も酷い状態だった。
肉体的には言うまでもないが、精神的なダメージも相当酷かったはずである。
実際回復前に敏樹が近づいたときは、相当怯えていたのだ。
それが昨夜は当たり前のように話し、嫌悪と恐怖の対象の男である敏樹に後ろからとはいえ抱きついていたのである。
となれば考えられるのは回復術の【癒しの光】か、回復の過程で襲い来る激痛を耐えるために与えたスキルのどちらかが有効に作用したのだろう。
そこでまず敏樹は、精神的なダメージを癒やすのに役立つ回復術がないかを『情報閲覧』で調べてみたのだが、残念ながらいまだ回復術は人の心を癒やすには至らないらしいことがわかった。
肉体的な傷を治すことで間接的に精神を癒やすことはあっても、傷ついた精神に直接作用する魔術はないらしい。
ならばあとはスキルだろうとさらに調査を進めた結果、〈精神耐性〉のレベルを上げることで精神的なダメージの回復につながるという情報を得ることが出来たのだった。
『情報閲覧』によれば、精神に受けた傷も肉体同様放っておけば自然に回復するものらしい。
しかし肉体と違って精神というのは意図的に休めるのが困難だという。
例えば辛い経験をした人は、望むと望まざるとにかかわらず、その辛い経験を思い出してしまい、思い出す度にまた精神が傷ついていく。
その辛い記憶を思い出しても傷つかないだけの耐性を手に入れてしまえば、後は時間とともに壊れた精神は癒やされるのだとか。
「へええ……」
ただし、これら精神云々の話はこちらの世界にしか通用しないことかもしれない。
『情報閲覧』はあくまでこちらの世界の情報を網羅しているに過ぎないのだ。
魔法というものが存在し、その影響を受けながら歴史を紡いできた人類と、まったく異なる文明とともに発展してきた元の世界の人類との間で、精神構造に根本的な差異があっても不思議ではない。
「トシキよ、そろそろよいか?」
「あ、はい。大丈夫です」
グロウに促されて立ち上がり、彼について家を出ると、そこにはロロアが立っていた。
「あ、あの……トシキさん。みんなから伝言が」
「みんな?」
「トシキさんが山賊から助けた――」
「ああ、俺たちが助けた、な。えっと、伝言って?」
「“ありがとうございました”と」
「ん?」
「その……、みんな、まだトシキさんにお礼を言ってないというか……言えないというか……。だから代わりに伝えてほしいって」
あのとき。
アジトに囚われていた人たちを助けて集落に着いたとき。
彼女たちは怯えるように怖れるように遠巻きに敏樹を見ていた。
しかしいま思い返すと、皆一様に戸惑いがあったように思える。
それは恩人である敏樹に礼のひとつも言えないことに対する申し訳なさのようなものではなかっただろうか。
「そうか……」
別に感謝されたくて彼女たちを助けたわけではない。
ただ見過ごせなかったというだけのことだった。
だとしても、この先ずっと彼女たちにそのような想いを抱かせたまま過ごさせるというのは、どうにも後味が悪い。
せっかく助けたのだ。どうせならこの先いい人生を送ってもらいたいものだ。
「あの、ところでこれは……?」
家の前の集会場に、そこに集落の住人の、おそらく全員が集まっていた。
その八割ほどが蜥蜴頭であり、その蜥蜴頭の水精人が数十人ひしめき合っているというのはなかなかに壮観であった。
「うん。ちょっとみんなに集まってもらって――、そうだ。悪いけど彼女たちも呼んできてくれないかな」
「わ、わかりました」
物々しい雰囲気と、どこか真剣な敏樹の様子に押され、ロロア場慌てて自分のテントへと走った。
「トシキ殿、全員集まっています」
集合した住人の中から、ゴラウが進み出てそう告げた。
「わかりました。少し待ってください」
しばらく待ち、ロロアが女性たちを連れて住人の少し後ろに待機したのが見えた。
女性たちはただ事では無い雰囲気を感じ取って怯えてはいたが、ロロアが彼女たちの精神的な支柱になっているのか、なんとか踏みとどまっていた。
「みなさま、お世話になっております。トシキです!」
女性たちがそろったところで、敏樹は全員に声が届くよう、まずは挨拶をした。
どこか場違いな挨拶ではあったが、普通の社会人にできるのはこれが精一杯だろう。
「先日俺とロロアで山賊のアジトに忍び込み、一部人質のみなさんの救出をしたのはご存じかと思います」
住人たちがどよめく。
敏樹自身はグロウとゴラウ、帰還時にゴラウとともにいた一部の住人に対してのみ正式に報告していたが、狭い集落なのでその事実は全員が知っていた。
「それ以降、俺が調べた山賊たちの状況をお知らせします」
そこで敏樹は、昨日ふらふらになりながら調べ上げた情報を朗々と話し始めた。
未だ囚われているゲレウたちに危害を加えられていないこと、今回の救出劇と集落との関連はまだ疑われていないことなどである。
「連中が動くにはまだ時間があると思います。なのでそのあいだ、しっかりと準備を進めましょう。そのお手伝いはさせてもらいます。なので時が来たら――」
そこで言葉を区切り、敏樹は集まった人たちをぐるりと見回した。
そして大きく息を吸う。
「山賊団・森の野狼を叩き潰しましょう!!」
おおー!! とゴラウを中心とした十数名の住人から歓声があがる。
しかし大半の住人は不安のほうが大きいようで、戸惑うように互いを見合ったり、敏樹を伺ったりしていた。
「みなさん。何が不安ですか? アジトの場所がわからない? 俺とロロアはそのアジトに潜入しました。誰にも気付かれずにたどり着ける方法もルートもわかっています」
その言葉に、住人の間からざわめきが起こる。
そう、いままでこの集落が森の野狼に逆らえなかった最大の要因はそこにあった。
何度か一部の武闘派が集落から帰る山賊一味を追跡して襲撃をかけようとしたのだが、なぜか事前に察知され、森のゲリラ戦で撃退されていたのである。
そのときに多くの住人が囚われ、あるいは命を落としたため、それ以降はほぼ言いなりの状態であった。
しかし敏樹とロロアは実際にアジトへ忍び込み、十数名の人質の救出に成功しているのだ。
これは、はったりでも何でもないのである。
「武器が足りない?」
そう言ったあと、敏樹は予備も含めた片手斧槍4丁、トンガ戟2丁、ダガーナイフ8本、コンパウンドボウ5張と矢を百本以上、なんとなく使えそうだと思って持っていたサバイバルナイフなどを〈格納庫〉から取り出し、地面に並べた。
「俺が用意しましょう! 戦い方も俺がなんとかしましょう。というか、そもそもみなさんが本気になれば200人そこらの山賊団なんてひとひねりでしょう」
それもまた事実である。
精人の能力は人類を遙かに上回るのだ。
多少の犠牲を覚悟するのなら、50人いれば素手であっても制圧できるはずである。
「あとは……連中の後ろにいる奴らが怖いですか?」
これも大きな懸案事項である。
森の野狼のバックには、なにやら大きな権力がひかえているようだった。
そこを下手に刺激することで、精人と人類とが敵対するようなことになっては困るのだ。
「ご心配なく。この世界にあるどの国も、精人のみなさんを害することは法で禁じられています。である以上、義は俺たちにあるんです」
これも『情報閲覧』によって調べ上げた事実である。
精人を害しようなどというのは、人類の内でもごく少数であり、だからこそそういった連中は山賊などという非合法な組織を使わざるを得ないのだ。
「森の野狼を殲滅すればそのバックにいる連中は当分の間動けません。それに、どういう人物や組織が後ろにいるかもすべて調べ上げています。なら、そういった連中が妙な動きを見せたら、片っ端から潰していけばいいだけです」
そこでもう一度敏樹は集まった人たちをぐるりと見回した。
「もう一度言います。森の野狼を潰しましょう!!
『おおおおおおおおおぉぉぉぉぉ!!』
怒濤のような歓声が上がった。
再度グロウの家で眠らせてもらったあと、目覚めた敏樹は救出した女性たちをなんとかできないか考えあぐねていた。
そして、そのヒントはシーラにあると考えた。
シーラは女性たちの中で最も酷い状態だった。
肉体的には言うまでもないが、精神的なダメージも相当酷かったはずである。
実際回復前に敏樹が近づいたときは、相当怯えていたのだ。
それが昨夜は当たり前のように話し、嫌悪と恐怖の対象の男である敏樹に後ろからとはいえ抱きついていたのである。
となれば考えられるのは回復術の【癒しの光】か、回復の過程で襲い来る激痛を耐えるために与えたスキルのどちらかが有効に作用したのだろう。
そこでまず敏樹は、精神的なダメージを癒やすのに役立つ回復術がないかを『情報閲覧』で調べてみたのだが、残念ながらいまだ回復術は人の心を癒やすには至らないらしいことがわかった。
肉体的な傷を治すことで間接的に精神を癒やすことはあっても、傷ついた精神に直接作用する魔術はないらしい。
ならばあとはスキルだろうとさらに調査を進めた結果、〈精神耐性〉のレベルを上げることで精神的なダメージの回復につながるという情報を得ることが出来たのだった。
『情報閲覧』によれば、精神に受けた傷も肉体同様放っておけば自然に回復するものらしい。
しかし肉体と違って精神というのは意図的に休めるのが困難だという。
例えば辛い経験をした人は、望むと望まざるとにかかわらず、その辛い経験を思い出してしまい、思い出す度にまた精神が傷ついていく。
その辛い記憶を思い出しても傷つかないだけの耐性を手に入れてしまえば、後は時間とともに壊れた精神は癒やされるのだとか。
「へええ……」
ただし、これら精神云々の話はこちらの世界にしか通用しないことかもしれない。
『情報閲覧』はあくまでこちらの世界の情報を網羅しているに過ぎないのだ。
魔法というものが存在し、その影響を受けながら歴史を紡いできた人類と、まったく異なる文明とともに発展してきた元の世界の人類との間で、精神構造に根本的な差異があっても不思議ではない。
「トシキよ、そろそろよいか?」
「あ、はい。大丈夫です」
グロウに促されて立ち上がり、彼について家を出ると、そこにはロロアが立っていた。
「あ、あの……トシキさん。みんなから伝言が」
「みんな?」
「トシキさんが山賊から助けた――」
「ああ、俺たちが助けた、な。えっと、伝言って?」
「“ありがとうございました”と」
「ん?」
「その……、みんな、まだトシキさんにお礼を言ってないというか……言えないというか……。だから代わりに伝えてほしいって」
あのとき。
アジトに囚われていた人たちを助けて集落に着いたとき。
彼女たちは怯えるように怖れるように遠巻きに敏樹を見ていた。
しかしいま思い返すと、皆一様に戸惑いがあったように思える。
それは恩人である敏樹に礼のひとつも言えないことに対する申し訳なさのようなものではなかっただろうか。
「そうか……」
別に感謝されたくて彼女たちを助けたわけではない。
ただ見過ごせなかったというだけのことだった。
だとしても、この先ずっと彼女たちにそのような想いを抱かせたまま過ごさせるというのは、どうにも後味が悪い。
せっかく助けたのだ。どうせならこの先いい人生を送ってもらいたいものだ。
「あの、ところでこれは……?」
家の前の集会場に、そこに集落の住人の、おそらく全員が集まっていた。
その八割ほどが蜥蜴頭であり、その蜥蜴頭の水精人が数十人ひしめき合っているというのはなかなかに壮観であった。
「うん。ちょっとみんなに集まってもらって――、そうだ。悪いけど彼女たちも呼んできてくれないかな」
「わ、わかりました」
物々しい雰囲気と、どこか真剣な敏樹の様子に押され、ロロア場慌てて自分のテントへと走った。
「トシキ殿、全員集まっています」
集合した住人の中から、ゴラウが進み出てそう告げた。
「わかりました。少し待ってください」
しばらく待ち、ロロアが女性たちを連れて住人の少し後ろに待機したのが見えた。
女性たちはただ事では無い雰囲気を感じ取って怯えてはいたが、ロロアが彼女たちの精神的な支柱になっているのか、なんとか踏みとどまっていた。
「みなさま、お世話になっております。トシキです!」
女性たちがそろったところで、敏樹は全員に声が届くよう、まずは挨拶をした。
どこか場違いな挨拶ではあったが、普通の社会人にできるのはこれが精一杯だろう。
「先日俺とロロアで山賊のアジトに忍び込み、一部人質のみなさんの救出をしたのはご存じかと思います」
住人たちがどよめく。
敏樹自身はグロウとゴラウ、帰還時にゴラウとともにいた一部の住人に対してのみ正式に報告していたが、狭い集落なのでその事実は全員が知っていた。
「それ以降、俺が調べた山賊たちの状況をお知らせします」
そこで敏樹は、昨日ふらふらになりながら調べ上げた情報を朗々と話し始めた。
未だ囚われているゲレウたちに危害を加えられていないこと、今回の救出劇と集落との関連はまだ疑われていないことなどである。
「連中が動くにはまだ時間があると思います。なのでそのあいだ、しっかりと準備を進めましょう。そのお手伝いはさせてもらいます。なので時が来たら――」
そこで言葉を区切り、敏樹は集まった人たちをぐるりと見回した。
そして大きく息を吸う。
「山賊団・森の野狼を叩き潰しましょう!!」
おおー!! とゴラウを中心とした十数名の住人から歓声があがる。
しかし大半の住人は不安のほうが大きいようで、戸惑うように互いを見合ったり、敏樹を伺ったりしていた。
「みなさん。何が不安ですか? アジトの場所がわからない? 俺とロロアはそのアジトに潜入しました。誰にも気付かれずにたどり着ける方法もルートもわかっています」
その言葉に、住人の間からざわめきが起こる。
そう、いままでこの集落が森の野狼に逆らえなかった最大の要因はそこにあった。
何度か一部の武闘派が集落から帰る山賊一味を追跡して襲撃をかけようとしたのだが、なぜか事前に察知され、森のゲリラ戦で撃退されていたのである。
そのときに多くの住人が囚われ、あるいは命を落としたため、それ以降はほぼ言いなりの状態であった。
しかし敏樹とロロアは実際にアジトへ忍び込み、十数名の人質の救出に成功しているのだ。
これは、はったりでも何でもないのである。
「武器が足りない?」
そう言ったあと、敏樹は予備も含めた片手斧槍4丁、トンガ戟2丁、ダガーナイフ8本、コンパウンドボウ5張と矢を百本以上、なんとなく使えそうだと思って持っていたサバイバルナイフなどを〈格納庫〉から取り出し、地面に並べた。
「俺が用意しましょう! 戦い方も俺がなんとかしましょう。というか、そもそもみなさんが本気になれば200人そこらの山賊団なんてひとひねりでしょう」
それもまた事実である。
精人の能力は人類を遙かに上回るのだ。
多少の犠牲を覚悟するのなら、50人いれば素手であっても制圧できるはずである。
「あとは……連中の後ろにいる奴らが怖いですか?」
これも大きな懸案事項である。
森の野狼のバックには、なにやら大きな権力がひかえているようだった。
そこを下手に刺激することで、精人と人類とが敵対するようなことになっては困るのだ。
「ご心配なく。この世界にあるどの国も、精人のみなさんを害することは法で禁じられています。である以上、義は俺たちにあるんです」
これも『情報閲覧』によって調べ上げた事実である。
精人を害しようなどというのは、人類の内でもごく少数であり、だからこそそういった連中は山賊などという非合法な組織を使わざるを得ないのだ。
「森の野狼を殲滅すればそのバックにいる連中は当分の間動けません。それに、どういう人物や組織が後ろにいるかもすべて調べ上げています。なら、そういった連中が妙な動きを見せたら、片っ端から潰していけばいいだけです」
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